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身のまわりに見受けられるようになった「グローバル化」と生きる上での大事な「こころの健康」。さまざまな観点から考えます。

第67回[欧米最新情報] 対人関係療法(IPT)の今(その2)~ IPT Basicのトレーニングに参加して~

2020-08-23 14:33:19 | メンタルヘルス
 
 
第67回[欧米最新情報] 対人関係療法(IPT)の今(その2)~ IPT Basicのトレーニング(シドニー、豪)に参加して~
 
前回の続きです。
 
「医学モデル」では、症状の背後にある病気を診断し、診断に基づいて有効な治療法を選択し、病気を治療しようとします。言いかえれば、うつなどの症状は、患者が抱えている病気(障害)から直線的に引き起こされるものであり、医師等が個別的に治療をする、というモデル(考え方)です。多くの身体的な疾患ではこのモデルは有効に機能している、と言われています。
 
当初のIPT(講師Scott博士は、「classic IPT」と表現されていました)では、「医学モデル」に沿って、患者に、「病者の役割」を与えていました。つまり、医学的に病気なのだから、しばらくの間、患者は人生の責任から免除され、変化の責任を引き受ける前に他人に許可された上で回復するように治療されるべきだ、と患者には指示されます。患者が「病者の役割」に同意しようがしまいがお構いなしでした。患者の経験についての協同的な理解を進めていくよりも、むしろ単純に「病者の役割」を押しつけただけでした。
 
この時代遅れの生物学的疾患モデル(医学モデル)によって、少なからずの問題が生じます。多くの臨床家が認めているように、医学分野は全体として、病気や機能障害についてより幅広い見解をとってきています。たとえば、糖尿病は、もはや単に『生物学的疾患』としては見られていません。そのかわり、心理学的、社会的機能、文化的、スピリチュアル的要因の文脈で理解されています。特に2型糖尿病は、飲食行動を引き起こす心理学的要因や治療にかかわる文化的影響が病気の発生や継続に、非常に重要なことが知られています。
 
精神医学的な病気も同じです。糖尿病のように、うつ病や他の精神疾患も生物学的基盤は疑いないことですが、と同時に、社会的・文化的文脈の中に組み込まれていて、心理学的・スピリチュアル的な意味に満たされています。患者に対して、制限された時代遅れの「病者の役割」を押しつけることは、患者自身のユニークな個人的経験を無視し、「害」とも言えます。より危険なことは、病者の役割をもつことで、治療を「座って待つ」ことを強い、彼(女)自身の社会的環境内での変革や対人関係の変化を促す責任をとることが難しくなることです。患者自身がその回復に積極的になるというエビデンスに、「病者の役割」は相反しています。そこで、「生物心理社会/文化/スピリチュアルモデル」へと進化したわけです。なお、講師Scott 博士は、患者とクライアントの用語を半々で使っておられました。
 
説明が長くなったので、他の重要な「アタッチメント(愛着)理論」へ行く前に、最初の演習について話しましょう。
 
インテ-ク(初回面接)のときに、「対人関係調査図(Interpersonal Inventory)」を作成してもらいます。対人関係調査図は、対人関係の焦点の置き換えが脅かされたときに、対人関係療法の治療プロセスを照らし出してくれる灯台のようなものです(タイトルの上図)。クライアント(患者)の社会的なネットワークの概略図で、「対人関係サークル図(Interpersonal Circle)」を使用します。同心円を2つ書いた図で、◎の大きい図です(参照:タイトルの下図)。
 
中心の円に最重要人物=最も身近にサポート(援助)してくれる人の名前(間柄)を、中心円の外側の円に密接にサポート(援助)してくれる人物を記入します。円外には、密接ではないですが、やはりサポートしてくれる人(拡張援助者。家族など)を書きます。あくまでも、クライアント(患者)が、誰を、どの円に記入するかを決定します。この対人関係調査図の記入に際しては、対人関係問題、コミュニケーション、ナラティブ、アタッチメントスタイルなどを参考にしてもらいます。ナラティブとは、クライアント(患者)自身を人生の専門家と位置づけ、個人の語り(ナラティブ)こそ現実、とみなして重視することです。アタッチメントスタイルについては、次回説明します。
 
演習ではまず、講師のScott博士が、自身が作成したご自身のInterpersonal Inventoryを提示し説明されました。その後、2人x14組(合計28人、講師含む)に分かれ、それぞれ、治療者とクライアント(患者)の役割で、面談をしながら、各自のInventoryを作成します。その後、立場を変えてトレーニングが進められました。Inventory作成時の話の引き出し方なども具体的質問方法などがアドバイスされました。
 
次回は、IPTの理論的支柱である、「アタッチメント(愛着)理論」、「対人関係論」、「社会理論」の概略を説明していきましょう。
 
注)タイトル上図の「対人関係調査図(Interpersonal Inventory)」と「対人関係療法(IPT)」との関連さし絵(IPTのガイド役としての対人関係調査図)は、Scott Stuart & Michael Robertson (2015) Interpersonal Psychotherapy A Clinician's Guide 2nd Edition p75から引用した。