🌸🌸扉の向こうに🌸🌸

扉の向こうにあるものは・・・

梔子

2014年05月28日 13時25分14秒 | 花の神話と伝説
別 名 「ガーデニア(Gardenia)」「せんぷく」葡(せんぷく)、山梔子(さんさし)
英 名  「Cape jasmine 、gardenia 」


花言葉 「私は幸せ者」「とても幸せです」「優雅」「洗練」
「清潔」「喜びを運ぶ」「幸福者」「夢中」「清浄」
     「楽しい日々」「私は幸せ」「胸に秘めた愛」
季 語  「仲夏」

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本州の中部以南に自生する常緑低木で、高さは一~三メートル。
庭木として多くの園芸種がある。六月~七月、枝先に香りのいい白色の六弁花を
咲かせ、夜にはさらに香りたちます。
アカネ科 クチナシ属
開花期・・・・春~初夏
原産地・・・・日本 台湾 中国 インドシナ
花色・・・・・・白
葉の形状・・照葉 長楕円形 長卵形
草丈・・・・20cmから80cm
花持ち・・・4日程度
クチナシ(梔子、巵子、支子、学名: Gardenia jasminoides)は、
アカネ科クチナシ属の常緑低木。
野生では森林の低木として自生するが、むしろ園芸用として栽培されることが
多い。果実が漢方薬の原料(山梔子)となることをはじめ、
様々な利用があります。
形態・生態
・樹高1-3 mほどの低木。
・葉は対生で、時に三輪生となり、長楕円形、時にやや倒卵形を帯び、
長さ5-12 cm、表面に強いつやがあります。
筒状の托葉をもちます。
・花期は6-7月で、葉腋から短い柄を出し、一個ずつ花を咲かせます。
花弁は基部が筒状で、先は大きく6弁に分かれ、開花当初は白色ですが、徐々に
黄色に変わっていきます。
花には強い芳香があり、学名の種名 jasminoides は「ジャスミンのような」
という意味があります。
・10-11月ごろに赤黄色の果実をつけます。
果実の先端に萼片のなごりが6本、針状についていることが特徴です。
また、側面にははっきりした稜が突き出ます。
スズメガに典型的な尻尾(尾角)をもつイモムシがつきますが、これは
オオスカシバの幼虫です。
奄美大島以南の南西諸島に分布するイワカワシジミ(シジミチョウ科)の幼虫は、
クチナシのつぼみや果実等を餌としております。
クチナシの果実に穴が開いていることがありますが、これはイワカワシジミの
幼虫が中に生息している、または生息していた跡です。
分布
東アジア(中国、台湾、インドシナ半島等)に広く分布し、
日本では本州の静岡県以西、四国、九州、南西諸島の森林に自生します。
人間との関わり
人家周辺に栽培されることが多い。
ただし、クチナシを植えるとアリが来るといって敬遠する例もあります。
品種改良によりバラのような八重咲きの品種も作り出されております。
・果実にはカロチノイドの一種・クロシンが含まれ、
乾燥させた果実は古くから黄色の着色料として用いられました。
・発酵させることによって青色の着色料にもなる。
これは繊維を染める他、食品にも用いられ、サツマイモや栗、和菓子、
たくあんなどを黄色に染めるのに用いられます。
・大分県の郷土料理・黄飯の色づけにも用いられております。
クロシンはサフランの色素の成分でもあります。
・果実は山梔子(さんしし)と呼ばれ、日本薬局方にも収録された生薬の
一つです。煎じて黄疸などに用いられます。
黄連解毒湯、竜胆瀉肝湯、温清飲、五淋散などの漢方方剤に使われます。
八潮市、湖西市および橿原市の市の花です。
黒人ジャズ歌手のビリー・ホリデイはしばしば、クチナシの花を髪に飾って
舞台に立ちました。

《基本情報まとめ》
クチナシ属(クチナシぞく、学名: Gardenia)は、アカネ科の属の一つ
・茜(あかね)科。
・学名
  Gardenia jasminoides(クチナシ)
  Gardenia radicans(コクチナシ)
   Gardenia : クチナシ属
   jasminoides :ソケイ属(Jasminum)に似た
   radicans : 根を生じる
 Gardenia(ガーデニア)は、18世紀のアメリカの医師かつ博物学者の、
 「Garden さん」の名前にちなみます。 
・開花時期は、 6/15 ~ 7/末頃。
 一重ものは早咲きで
 八重ものはやや遅咲き。
・いい香り。遠くからでも香ってきます。
・実(み)はオレンジ色で、薬用、染料になる。
 無毒なので、布以外にも、きんとん、たくあんなどの
 着色料にもなります。
・八重咲きものは実がならないが
 一重咲きものは実がなります。
・実の口が開かないところから”口無し”の名になりました。
 また、実にある突起部分くちばしに見立てた、
 「クチハシ」からの変化、という説もあります。
・「梔子」の漢字は漢名に由来。
・「小梔子(こくちなし)」は八重で「梔子」より少し小型。
 形はほぼ同じ。
・5月6日、7月2日の誕生花
・「口なしの 淋しう咲けり 水のうへ」  松岡青蘿(まつおかせいら)
 「薄月夜 花くちなしの 匂いけり」   正岡子規
 「山梔子(くちなし)や 築地の崩れ 咲きかくし」 堀麦水(ほりばくすい)
  静岡県以西の本州、四国、九州、沖縄、中国南部、台湾の暖帯から亜熱帯に
広く分布します。
高さ2m程になる常緑の低木で、各地で庭木・切り花用として広く栽培されます。
また観賞用としても栽培されております。
・「日本書紀」をはじめ、「古今集」などの古典や「延喜式」、「本草和名」、
「和漢三才図会」などの書物に採り上げられております。
・ボタン、カイドウなどとともに、名 花十友の1つとして採りあげられて
おります。
・ 梔の字は、中国の酒を入れておく器に似たくちなしの果実を巵といい、
これに木偏をつけたもので、くちなしとは果実が熟しても口を開かないから
「口無し」と いわれております。
・将棋盤や碁盤の脚はくちなしの実をかたどっております。
その意味は「対戦する人は無言。
それを見ている人も口だしするべからず」ということ。
・ヨーロッパでは青年が恋人に最初に贈る花とされ、盛んに栽培されました。
キャサリン・ヘップバーン主演の映画「旅情」(1955年 SUMMERTIME)
でもくちなしの花は、話の重要なポイントになっております。
愛の告白の後、もらったくちなしの花(ガーデニアと呼んでいた。))を
運河へ流してしまう。
また、あまりにも有名なラストのシーンでは、列車を追いかける恋人が走りながら
胸から差し出した、くちなしは強烈なイ ンパクトだった。
ガルデニアは学名であるが、よく使われているようだ。この名は最初にこの花を
記録したアメリカの医者で植物学者のA.ガーデンの名にち なんでおります。
もともと日本産のアメリカ園芸品種の大八重梔の花は大輪で甘い酔いしびれる
ような良い香りがするが、果実が出来ないので晩秋にはさみしいし、
薬用にもならない。
この木は乾燥を嫌うので、冬は根もとに落ち葉やワラなどを寄せて
かくしてあげます。
・夏に白六弁の芳香ある花を開きます。
・小雨の降る宵闇など湿気が多くなると、 香りが濃艶に感じます。
だから、夜匂ってうれしいところに植えておくのが、くちなしを植える場所の
ポイントになります。
部屋に置くと匂いは強烈、そのため茶席にい けるのを嫌われます。
・くちなしの熟果は、昔から黄赤色の染料にされました。
永井荷風は、和紙に木版手摺りの、くちなし染めの原稿用紙を造ったと
いわれております。
夏目漱石の漱石山房 用箋もくちなし染めの用箋といわれておりました。
昔の文人には喜ばれたものらしい。また、無毒なので、栗飯、沢庵漬け、
きんとんなどの料理に使われます。
天然色素 なので、量産できなく、最近はほとんど人口着色料に代わって
きております。漢方では消炎、止血剤として使われております。
あまり知られていないが、くちなしの花は食用になります。
やや甘味があり、肉質が厚く、香りもよいので、生のまま刺身のつまにしたり、
茹でて、酢の物や和え物 などに致します。
また花酒にしたり、天ぷらにしてたべます。
国の天然記念物としては熊本市黒髪に「立田山のヤエクチナシ自生地」として
保護されております。
 神話&伝説
・クチナシは、花のカトレアと並んで胸に飾るのに相応しい花です
ほのかな香りでどんな洋服にも似合い清楚です
男性は、ダンスパーティに女性を誘う時、クチナシを贈ります
女性は、ほのかな香りに包まれ幸せな気持ちになるでしょう
名前の由来・果実が熟しても割れないため、
「口無し」という和名の由来となっている説もあります。
・クチナワナシ(クチナワ=ヘビ、ナシ=果実のなる木、
つまりヘビくらいしか食べない果実をつける木という意味)から
クチナシに変化したという説もあります。
・一重咲きと八重咲きがあり 一重咲きがアメリカに渡り改良され
八重咲きになりガーデニアと呼ばれています
ウエディングブーケに良く使われています
しかし実になるのは、一重咲きで中国では、気持ちを落ち着かせる薬効と
されております。
花言葉のいわれ
アメリカでは、男性が女性をダンスパーティに誘う前に彼女に贈る
コサージュ用の花を花屋に届けてもらう場合、クチナシの花を選ぶように
いわれております。
クチナシの花には香水の原料となる甘い香りがあり、昔女性たちは
着物のたもとに入れていたそうです。
中国ではユリ、スイセン、ウメ、キクなどと七香の一つになっています。
みみなしやま【耳成山】
大和三山の一つ。
奈良盆地南部,橿原(かしはら)市にある標高140mの山。安山岩からなり,
円錐形の美しい山容をなす。
《万葉集》巻一に載る長歌〈藤原宮の御井の歌〉に〈耳成の青菅山は 
背面(そとも)の大御門に 宜(よろ)しなべ神さび立てり〉とうたわれた
ように,藤原京の北に位置する山であった。
三山相闘の伝説で著名であるが,歌枕でもあり,〈みみなし〉に
〈耳無し〉の意をかけて,この山に多数自生したクチナシを詠み合わせた
〈みみなしの山のくちなし得てしがな思ひの色の下染めにせむ〉
(《古今集》)などという歌もあります。
天国に咲くといわれているこの花は邪悪なものを追い払うといわれてます。
眺めていると気持ちが落ち着いてくるのは、この花に消炎、
鎮痛の作用があるからです。
★地上に咲いた最初のクチナシの花のお話。
ガーデニアという名の清楚な女性がいました。ガーデニアは白い色が好きで、
家具やカーテンや服やリボンを白い色で統一していました。
ある時、天使がガーデニアのところにやってきました。天使は植物の実をガ
ーデニアに渡し、(これは天国の植物です。大切に育ててください。
そして花が咲いたらキスして下さい。1年経ったらまた来ます。)と言って
天に帰っていきました。
ガーデニアは鉢植えを大切に育てました。
ちょうど1年経った頃、鉢植えの植物は白くて香りのよい花を咲かせました。
この花が地上に最初に咲いたクチナシの花でした。
ガーデニアがクチナシにキスをすると、天使が現れました。
天使は、(あなたこそ私の求めていた人です。)と言ってガーデニアにプロ
ポーズしました。ガーデニアと天使は結婚し、仲良く幸せに暮らしました。
ガーデニアは、くちなしの属名です。天国に咲くといわれているこの花は、
邪悪なものを追い払うともいわれております。 

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必要に応じ、加筆・訂正致します。

石楠花

2014年05月27日 09時06分03秒 | 花の神話と伝説
別 名 【ロードデンドロン(Rhododendron)】【西洋石楠花】

花言葉 「威厳」「警戒」「危険」「荘厳」「注意せよ」「警戒心を持て」
季 語 【初夏】
    石南花 /しゃくなぎ/せきなん

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・もともとは高山性の植物。日本にも数種が自生します。
・古くは神に捧げる木、忌み木とされ、庭木や植栽にする類の花木
ではなかったようです。
・ヨーロッパで改良が進み、明治の末に「西洋シャクナゲ」が渡来し、
一般的になっていきました。
・しゃくなげは”石南花”とも書きます。字音読みでこの字を当てていますが、
中国の「石南」はまったく別の木です。
・一般にしゃくなげとは”あまずしゃくなげ”の事を指し、
高さ 1~3m程の常緑低木で、背丈の低いようすから、
「尺なし(しゃくなし)」→「しゃくなげ」に なったとの説があります。
花言葉の由来
 高山に咲いておりますので、シャクナゲを採りに行くのは危険が伴います。
 ですから、そんな採りに行くために危険が付くという意味で
 「危険」や「警戒」といった言葉が付いてきました。
 高山の奥地に咲いていることから、
 「威厳」、「荘厳」という言葉が使われています。
 ちなみに「高嶺の花」という言葉がありますが、
 この言葉は高山の奥深くに咲いていて手に入れるのが難しい
 シャクナゲから来ていると言われています。
・シャクナゲは元々は高山植物で見たり手に入れたりするのが
とても困難な場所に生えておりました。
・未開の高山のような場所に生える花だったため、
入手には大変な危険を伴う花だから。
・入手困難な上に 綺麗な花を咲かせますので、
 高嶺の花の語源ともなりました。
・実はシャクナゲの葉は有毒で、ケイレン毒を持っているため、
摂取すると呼吸困難や嘔吐・下痢などを引き起こすようです。

ツツジ科の常緑低木。
原産地は北半球。
茎の先端に優雅で柔らかな花をつけます。
ヒマラヤから中国南部の高山地帯で多種が分布し、
たくましい生命力にあふれております。
花の色は、赤、ピンク、オレンジ、紫、青、黄など。
シャクナゲ (石楠花、石南花) は、
ツツジ科ツツジ属 (Rhododendron) 無鱗片シャクナゲ亜属、
無鱗片シャクナゲ節の総称です。
主に低木だが、高木になるものもあります。
また、日本ではその多くのものがツツジと称される有鱗片シャクナゲ亜属のものを
欧米ではRhododendron と呼んでいるので注意が必要です。
ただし、有鱗片シャクナゲのなかでも、ビレア(マレーシアシャクナゲ)の仲間は、
カワカミシャクナゲのように、日本でもシャクナゲと呼んでおります。
分布
Rhododendron としては主として北半球の亜寒帯から熱帯山地までの
きわめて広い範囲に分布し、南限は赤道を越えて南半球のニューギニア
・オーストラリアに達します。
特にヒマラヤ周辺には非常に多くの種が分布します。
特徴
いずれも派手で大きな花に特徴があります。
・花の色は白あるいは赤系統が多いが、黄色の場合もあります。
シャクナゲは葉にロードトキシンことグラヤノトキシンなどの
ケイレン毒を含む有毒植物です。
摂取すると吐き気や下痢、呼吸困難を引き起こすことがあります。
葉に利尿・強壮の効果があるとして茶の代わりに飲む習慣を持つ人が多く
存在しますが、これはシャクナゲに「石南花」という字が当てられているため、
これを漢方薬の「石南(オオカナメモチ)」と同一のもの
(この2つに関連性はない)と勘違いしたためであり、シャクナゲに
このような薬効は存在しません。
・シャクナゲは常緑広葉樹にもかかわらず寒冷地にまで分布しております。
寒冷地に分布する種類のなかには、葉の裏側を中にした筒状にして
越冬するハクサンシャクナゲなどがあります。
・日本にも数多くの種類のシャクナゲが自生しておりますが、その多くは変種であり、
種のレベルでは4種または6種に集約されます。
このほか、園芸用品種として数多くの外国産のシャクナゲが日本に導入されており、
各地で植栽されております。
主な種野生状態でも変種が数多く、また園芸植物としても
数多くの品種があります。そのため、種類数は定義によって大きく異なりますが、
おそらく数百種類はあると思われます。
東アジア広域
キバナシャクナゲ

R. aureum Georgi -シベリア東部・満洲・朝鮮半島北部・樺太・千島列島
・カムチャツカなど東アジアの寒冷地に広く分布します。
北海道から中部地方までの高山帯から亜高山帯上部にかけて自生する高山植物。
淡い黄色の花を咲かせる。
ヤエキバナシャクナゲ
R. aureum Georgi f. senamense (Y.Yabe) H.Hara) -八重咲き品種。
ゴシキシャクナゲ
R. aureum Georgi f. albiforum S. Watan. -花の白い品種。
ハクサンシャクナゲ
R. brachycarpum G. Don
-北海道・本州・四国と朝鮮半島北部の亜高山帯から一部はハイマツ帯まで
分布します。
・花は白から淡い紅色で、内側に薄い緑色の斑点があります。
亜高山帯の暗い針葉樹林内を彩る代表的な花です。
以下のような変種があります。
ネモトシャクナゲ
R. brachycarpum G. Don f. nemotonum (Makino) Hara -八重咲きの品種。
日本
アズマシャクナゲ
Rhododendron degronianum Carriere
-東北地方から中部地方までの山地・亜高山帯に分布しております。
・花は淡い紅色。以下のような変種がある。
アマギシャクナゲ
Rhododendron degronianum Carriere var. amagianum (T.Yamaz.) T.Yamaz.
-静岡県伊豆半島の山地に分布します。
ツクシシャクナゲ
Rhododendron japonoheptamerum Kitam. var. japonoheptamerum
-紀伊半島以西の本州・四国・九州の山地に分布します。
・樹高3~4mで淡い紅色の花を咲かせる。以下のような変種があります。
ホンシャクナゲ
Rhododendron japonoheptamerum Kitam. var. hondoense (Nakai) Kitam.
-中部地方以西の本州と四国の山地に分布します。
・花は赤紫から白まで変化に富んでおります。
キョウマルシャクナゲ
Rhododendron japonoheptamerum Kitam. var. kyomaruense (T.Yamaz.) Kitam.
-長野県南部と静岡県北部の南アルプス南部の山地に分布します。
・花は淡い紅色。自生しているものは環境省レッドデータリストによると
絶滅危惧II類。
オキシャクナゲ
Rhododendron japonoheptamerum Kitam. var. okiense T.Yamaz.
-島根県隠岐島に分布します。
ホソバシャクナゲ
Rhododendron makinoi Tagg ex Nakai
-静岡県と愛知県の山地に自生します。
自生しているものは環境省レッドデータリストによると絶滅危惧II類。
・名前のとおり、シャクナゲの中では葉が細い。紅紫色、または白い花。
ヤクシマシャクナゲ
Rhododendron yakushimanum Nakai
-名前のとおり屋久島の高所に分布します。
・花は淡い紅色。
次の変種があります。
オオヤクシマシャクナゲ
Rhododendron yakushimanum Nakai var. intermedium (Sugim.) T.Yamaz.
-基本種より樹高、葉とも大型。
ヒマラヤ
ロードデンドロン・アンソポーゴン

Rhododendron anthopogon D. Don.
-標高3800m~5000m付近のヒマラヤ高山に自生する小形のシャクナゲ。
文化
南海電気鉄道2300系電車の一編成の愛称がシャクナゲであり、
また2000系電車の一部にもこれが描かれております。
松永安左エ門が1954年(昭和29年)欧米を歴訪した際、
イギリスで3本を購入したうちの2本が、小田原の松永記念館に
植えられております。

《基本情報まとめ》
・躑躅(つつじ)科。
・学名
  Rhododendron
  metternichii など。
  (西洋石楠花を含めると、多数の学名あり)
   Rhododendron : ツツジ属
   metternichii : 採集家「メッテルニッヒ」さんの
 Rhododendron(ロードデンドロン)は、ギリシャ語の
 「rhodon(バラ)+ dendron(樹木)」が語源。 
・開花時期は、 4/10 ~ 5/ 5頃。
・漢字の「石南花」は中国産の別種だが、誤ってこれを用いて
 「しゃくなんげ」となり、しだいに「しゃくなげ」になりました。
  (「石楠花」は漢名)。
 また、背丈がやや低い姿から、「尺なし(しゃくなし)」
 →「しゃくなげ」になったとの説もあります。
・細長い葉っぱの先端に大きな花をつけます。
・本(ほん)石楠花や細葉(ほそば)石楠花、白山(はくさん)石楠花、
 東(あずま)石楠花など、いろいろ種類がありますが、
 ふだん街中でよく見かけるのは「西洋(せいよう)石楠花」かもしれません。
・6月5日の誕生花(石楠花)
・ネパールの国花。
・福島県の県花(根本(ねもと)石楠花)
・滋賀県の県花(石楠花)
 
※ツツジ科の花
 ツツジ(躑躅)  サツキ(皐月)  ミツバツツジ(三葉躑躅)  シャクナゲ(石楠花)  アザレア(Azalea)  カルミア(Kalmia) 
※はて? 巷で見かける石楠花は東石楠花でしょうか?
 それとも西洋石楠花でしょうか? 

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ウィキペディア その他より
必要に応じて、加筆、訂正致します。

金魚草

2014年05月14日 00時14分57秒 | 花の神話と伝説
別 名  「スナップドラゴン(Snapdragon)」

花言葉 「清純な心」「図々しい」「図太い」「騒々しい」
    「推測ではやはりNOです」「でしゃばり」「予知」
    「快活」「おしゃべり」「おせっかい」「大胆不敵」
    「無作法」「推定」「推理」「傲慢」「欲望」
季 語 「仲夏」

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キンギョソウ(金魚草) とは、
春~初夏、金魚似の小形の花を穂状に多数つけて咲かせます。
ゴマノハグサ科キンギョソウ属の耐寒性多年草
(園芸上は一年草として扱われます)です。
庭先でよくみかける花で、赤や黄、白、橙、桃色の花を咲かせます。
草丈の小・中のものは花壇に、大きいものは切り花に向いています。
秋蒔き、春蒔き、温室用促成品種があり長期間出回っています。

キンギョソウ(金魚草)の花を小さくしたような花を咲かせることから、
リナリア(Linaria) は別名をヒメキンギョソウ(姫金魚草)と言います。

一般名:キンギョソウ(金魚草)
学名:Antirrhium majus(アンテリナム・マユス)
別名:スナップドラゴン(Snapdragon)、コモン ・スナップドラゴン(Common snapdragon)、
アンテリナム(Antirrhium)
分類名:ゴマノハグサ科キンギョソウ属
原産地:南欧~北アフリカの地中海沿岸
草丈:15~30cm(矮小種) 50~60cm(中性品種) 90~150cm(高性品種)
花径:3~6cm 花穂長:10~30cm 
開花期:4~7月(秋蒔き)、8~9月(春巻き)、温室用促成品種
花色:赤・桃 ・白 ・橙 ・黄 ・複色

キンギョソウ(金魚草 Antirrhinum majus)は
オオバコ科キンギョソウ属の植物。
南ヨーロッパと北アフリカの地中海沿岸部を産地とします。
その名の通り金魚のような花を穂状に数多く咲かせます。
花の色は赤・桃・白・橙・黄・複色。

種は微細ですが、性質は強健で、こぼれ種でよく殖えます。
一般的には秋蒔きの一年草で、寒冷地では春蒔きをします。。
本来は多年草の植物であり、年月が経つにつれて茎が木質化します。

・金魚の養殖で有名な愛知県弥富市の市の花にもなっております。

名前の由来
・ ふっくらした花が、尾ひれを広げて群がって泳ぐ金魚のように見えることから。
 波打つような花びらが金魚の尾びれに似ているところから。 
・花が金魚のおちょぼ口に似ているところからこの名前になりました。
・英語では「スナップドラゴン」と呼びます。
 ミツバチが花の中に入って 蜜を吸う様子を、ミツバチが
 ドラゴン(竜)に飲み込まれているような姿になぞらえて表現されました。
  (スナップ = かみつく)
 
カラフルで鮮やかな、金魚に似た花を穂状に数多く咲かせます。
・日本には、江戸時代後期に渡来してきました。
 アメリカに派遣した使節が種を持ち帰ったのがはじまりです。
 春の南房総では、たくさん温室栽培され5月頃が、花の最盛期になります。
 開花期は4月~7月、9月~11月と期間が長く、次々と花が咲くので
 育てやすい花です。
・金魚の養殖で有名な、愛知県弥富市の市の花にもなっています。

《基本情報まとめ》
・胡麻葉草(ごまのはぐさ)科。
・学名
  Antirrhinum majus
   Antirrhinum :
      キンギョソウ属
   majus : 巨大な
 Antirrhinum は、ギリシャ語で「鼻に似た」の意味です。
  花の形から。 
・地中海沿岸原産。
 江戸時代後半に日本に渡来。
・春の南房総ではたくさん温室栽培されます。
・種子からは良質の油がとれます。

・1月8日、12月2日の誕生花。

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とりあえずの掲載です。

※オオバコ科キンギョソウ属の植物と胡麻葉草(ごまのはぐさ)科
調べること
ウィキペディア・その他より掲載
必要に応じて、加筆・訂正致します。

空木(うつぎ)

2014年05月11日 19時54分36秒 | 花の神話と伝説
別 名 「卯の花(うのはな)」「雪見草(ゆきみぐさ)」
    「スレンダー」「(Deutzia)ドイツィア」


花言葉 「古風」「風情」「秘密」「秘めた恋」「夏の訪れ」
     「謙虚」(空木)
季 語  「初夏」
子季語 「空木の花、花卯木、初卯の花、卯の花月夜、卯の花垣 」
関連季語 「箱根空木の花、卯の花腐し 」

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・開花は五月中旬~六月頃。白く清々しい花を咲かせます。
・古歌には月光のようとも雪のようとも詠われております。
・旧暦四月(卯月)ころ咲くことからこの名があります。
・茎が空洞なので空木(うつぎ)ともいいます。
・「夏は来ぬ」の唱歌にも歌われているように、夏の訪れを感じさせる花である。
来歴
『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。
文学
・「卯の花の過ぎば惜しみか霍公鳥雨間も置かずこゆ鳴きわたる」
                      大伴家持『万葉集』
 「卯の花を腐(くた)す霖雨(ながめ)の水はなに
        寄る木積(こづみ)なす寄らむ児(こ)もがも」
                      大伴家持『万葉集』
 「卯の花もいまだ咲かねばほととぎす
           佐保の山辺に来鳴(きな)きとよもす」
                      大伴家持『万葉集』

・「ほととぎす我とはなしに卯の花のうき世の中になきわたるらむ」
                      凡河内躬恒『続古今集』
・「夕月夜ほのめく影も卯の花のさけるわたりはさやけかりけり」
                       藤原実房『千載集』
・「ほととぎす来鳴き響(とよ)もす卯の花の
           共にや来(こ)しと問はましものを」
             石上堅魚(いそのかみのかつお)『万葉集』
・「五月山(さつきやま)卯の花月夜 ほととぎす
             聞けども飽かずまた鳴かぬかも」
                       作者不詳『万葉集』
・「卯の花の咲き散る岳(おか)ゆほととぎす
               鳴きてさ渡る君は聞きつや」
                       作者不詳『万葉集』
・「神まつる卯月になれば卯の花の
             憂き言の葉の数やまさらむ」
                      源実朝『金槐和歌集』

・「卯の花をかざしに関の晴れ着かな」河合曽良(かわいそら)

 「卯の花や妹が垣根のはこべ草」 与謝蕪村(よさぶそん)

 「押しあうて又卯の花の咲きこぼれ」 正岡子規(まさおかしき)

・「山里は卯の花垣のひまをあらみ
          しのびねもらす時鳥(ほととぎす)かな」
                         加納諸平
実証的見解
ウツギはユキノシタ科ウツギ属の落葉低木。本州、四国、九州などの山地に自生し、生垣
などにも利用されます。
よく枝分かれし、高さは二メートルくらいになります。
卵形の葉は対生し、縁に鋸歯をもちます。
五月から六月にかけて、円錐花序を多くのばし白い小花を多数つけます。

ウツギ(空木、学名:Deutzia crenata)
アジサイ科ウツギ属の落葉低木で、ウノハナ(卯の花)とも呼ばれております。
特徴
樹高は2-4mになり、よく分枝します。
樹皮は灰褐色で、新しい枝は赤褐色を帯び、星状毛が生えます。
葉の形は変化が多く、卵形、楕円形、卵状披針形になり、葉柄をもって対生しまする。
花期は5-7月。
枝先に円錐花序をつけ、多くの白い花を咲かせます。
普通、花弁は5枚で細長いが、八重咲きなどもあります。
名前の由来
・花言葉「秘密」は、別名のウツギ(空木)の名の由来である中空の幹から連想してつけられています。
・別名「卯の花」(うのはな)、卯月(旧暦4月)に咲くことから。
   「うつぎの花」の略ともいわれております。
・「雪見草」(ゆきみぐさ)は見た目が雪のようなことから。
・花言葉「古風」は、古風な女性を思わせる花姿から連想したものだそうです
・ 属名の「ドイツィア(Deutzia)」は、スウェーデンの植物学者で「ツンベルク」博士の後継者「J.ヴァン・デル・デューツ」博士の名前にちなみます。
・茎が中空なので「ウツギ(空木)」とも呼ばれています。
・あるいは古くから木釘として用いられていたので「打つ木」からという説もあります。
・英名は「slender deutzia(スレンダー ドイツィア)」です。
・空木の花(うつぎのはな)の中間が略された呼び名ともいわれています。
※花に香りはほとんどなく、卯の花の匂う垣根の歌詞は、今にも花の香りが匂ってきそうに、枝をおおって咲きこぼれる小花を見ていて、受けた感じから書かれたのでしょう。
分布と生育環境
北海道南部、本州、四国、九州に広く分布し、山野の路傍、崖地など日当たりの良い場所にふつうに生育するほか、畑の生け垣にしたり観賞用に植えたりします。
下位分類
変種のビロードウツギの他、多くの品種があります。

ビロードウツギ Deutzia crenata Sieb. et Zucc. var. heterotricha (Rehder) H.Hara
シロバナヤエウツギ Deutzia crenata Sieb. et Zucc. f. candidissima (Bon.) H.Hara
オオミウツギ(クマガワウツギ) Deutzia crenata Sieb. et Zucc. f. macrocarpa Nakai
サラサウツギ(ヤエウツギ) Deutzia crenata Sieb. et Zucc. f. plena (Maxim.) C.K.Schneid.
ジクゲウツギ(ケウツギ) Deutzia crenata Sieb. et Zucc. f. pubescens (Makino) H.Hara
ムラサキウツギ(アケボノウツギ) Deutzia crenata Sieb. et Zucc. f. purpurina Honda

《基本情報まとめ》
・雪の下(ゆきのした)科。
・学名
  Deutzia crenata
   Deutzia : ウツギ属
   crenata : 円鋸歯状の
 Deutzia(ドイツァ)は、植物学者ツンベルクさんの後継者の、
 オランダの「Deutz(ドイツ)さん」の名前にちなみます。 (18世紀の人)。
・開花時期は、 5/20 ~ 6/ 5頃。
・髄(ずい。茎や根の中心にある部分)が空洞になっておりますので、
 「空ろ木(うつろぎ)」が変化して「空木」になりました。
・材質は硬く、腐りにくい。
 昔から、木くぎや、神事のときの杵などに使われました。
・”実”は「独楽(こま)」のような形
 やぶがらしの花に似ております。

・ウツギはアジサイ科の落葉低木です。高さ葯1m、樹皮は淡褐色で初夏に短い新梢に総状花序をつけ、白色5弁の小花をたくさん咲かせ株を埋めつくします。日本や中国に分布し、万葉集にも24首の歌が詠まれ、初夏を飾る花として古くから親しまれています。
・ウツギは各地の山野に自生するほか、生垣や庭木として利用されます。材は極めて固いので木釘や楊枝などに使用され、枝葉の煎汁は黄疸に効くといわれます。昔はこのウツギの花が咲く頃を合図に田植えの準備をし、雨が多くこの花が少ない年は凶作、ウツギの花が多い年は豊作だと占っていたそうです。
・ 全体に小柄でウツギよりもほっそりしているので「ヒメウツギ(姫空木、姫卯木)といわれます。このヒメウツギやマルバウツギ、バイカウツギなどを総称してウツギといいます。花期は5~6月で鉢の市販期は4~6月頃です。
・春に芽吹いた葉はさわるとざらつき、晩春から初夏にかけて、よく分枝した枝先についたたくさんのつぼみが次々と開いて、白い5弁の花が花の重みでしだれた枝をおおいます。
・5月22日の誕生花(空木)
・6月3日の誕生花は、唱歌「夏は来ぬ」のウノハナ(卯の花)の匂う垣根の花。

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アジサイ科とユキノシタ科について
アジサイ科・・・
アジサイ科(アジサイか、学名:Hydrangeaceae)は、
双子葉植物の科の1つ。
新エングラー体系では、ユキノシタ科に含められていたが、クロンキスト体系ではスグリ科とともに別科としている。さらに分子系統学的にはユキノシタ科と縁遠いことが明らかになり、APG植物分類体系ではミズキ目に入れられている。
特徴アジサイ、ウツギ(ウノハナ)などの16属約190種を含む。低木または大型の草本でつる性のものも多い。主に東アジアと北アメリカの温帯から亜熱帯に分布する。がくと花弁の数は4または5で、ウツギ属などでは花弁が大きいが、アジサイ属の装飾花のようにがくの方が目立つ場合もある。アジサイ属のほかウツギ属やバイカウツギ属が花の観賞のため栽培される

ユキノシタ科・・・
ユキノシタ科(ユキノシタか、Saxifragaceae)は、双子葉植物に属する科である。ユキノシタやクモマグサ、ヒマラヤユキノシタ、ネコノメソウ、チダケサシ(アスチルベ)などの草本を含む。
新エングラー体系ではアジサイ、ウツギ、スグリなど(主に木本)を含めていたが、クロンキスト体系ではこれらをアジサイ科、スグリ科として分けている。さらにAPG IIIでは、ウメバチソウをニシキギ科、タコノアシをタコノアシ科に分離している。
花は両性花で放射相称または左右相称、花弁は4または5枚で雄蕊はその2倍ある。温帯から寒帯(高山にも多い)に分布し、観賞用に(または山草として)栽培されるものもある。

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ウィキペディア その他より
必要に応じて加筆・訂正等イタシマス・。

薔薇

2014年05月10日 07時45分42秒 | 花の神話と伝説
別 名  「Rose」
 

花言葉 「私はあなたにふさわしい」「内気な恥ずかしさ」「輝かしい」
    「愛嬌」「新鮮」「斬新」「私はあなたを愛する」「美」
    「あなたのすべてはかわいらしい」「愛情」「気まぐれな美しさ」
    「無邪気、爽やか」(薔薇)
    「無邪気、爽やか」(蔓薔薇)
    「特別の功績」(ミニ薔薇)
季 語  「初夏」
子季語  【西洋薔薇、しようび、花ばら、薔薇園、そうび】
関連季語 「茨の花、薔薇の芽、秋薔薇、冬薔薇」

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・薔薇は初夏、美しく香り高い花を咲かせます。
・茎には鋭い棘があります。
・観賞用に植えられるほか香水などにも利用されております。
・花の色も形もさまざまで、園芸登録されているものでも一千種を超えます。
・和名の「ばら」は、棘のある植物「うばら」「いばら」が転訛したものです。

来歴
『毛吹草』(正保2年、1645年)に所出。
文学
我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなるものといふべかりけり 紀貫之『古今集』
実証的見解
バラ科バラ属の落葉または常緑樹の総称です。
北半球の温帯地域に広く自生します。
蔓性のものも多く、枝に鋭い棘を持ちます。
葉は奇数の羽状複葉。花びらは通常五枚ですが、園芸種は八重咲がほとんどです。
日本には十数種の野生種がありますが、一般に薔薇といえば、
庭園や公園で観賞用に植えられる園芸種を指します。

バラ(薔薇)は、バラ科バラ属の総称です。
あるいは、そのうち特に園芸種(園芸バラ・栽培バラ)を総称しております。
ここでは、後者の園芸バラ・栽培バラを扱うことに致します。

・バラ属の成形は、灌木、低木、または木本性のつる植物で、葉や茎に棘があるものが多い。
・葉は1回奇数羽状複葉。花は5枚の花びらと多数の雄蘂を持ちます
(ただし、園芸種では大部分が八重咲きである)。
・北半球の温帯域に広く自生しておりますが、チベット周辺、中国の雲南省からミャンマーにかけてが主産地でここから中近東、ヨーロッパへ、また極東から北アメリカへと伝播しました。
・南半球にはバラは自生しておりません。
・世界に約120種があります。

名称
「ばら」の名は和語で、「いばら」の転訛したものです。
漢語「薔薇」の字をあてるのが通常ですが、この語はまた音読みで「そうび」「しょうび」とも読みます。
漢語には「?瑰」(まいかい)の異称もあります。
欧州ではラテン語の rosa に由来する名で呼ぶ言語が多く、また同じ語が別義として「ピンク色」の意味をもつことが多いようです。
6月の誕生花。
季語は夏ですが、(「冬薔薇」「ふゆそうび」となると冬の季語になります)。

用途
現在では鑑賞用として栽培されることが圧倒的に多いが、他にもダマスクローズ(Damask rose)の花弁から精油を抽出した「ローズオイル(Rose oil)」は、香水の原料やアロマセラピーに用いられます。
花弁を蒸留して得られる液体「ローズウォーター(rose water)」は、中東やインドなどでデザートの香りづけに用いられます。 また、乾燥した花弁はガラムマサラに調合したり、ペルシャ料理では薬味として用います。 日本では農薬のかかっていない花弁をエディブル・フラワーとして生食したり、花びらや実をジャムや砂糖漬けに加工したり、乾燥させてハーブティーとして飲用することもあります

栽培の歴史
・バラが人類の歴史に登場するのは古代バビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』にあります。
この詩の中には、バラの棘について触れた箇所があります。

古代ギリシア・ローマでは、バラは愛の女神アプロディテもしくはウェヌス(ヴィーナス)と関係づけられており、また香りを愛好され、香油も作られました。
プトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラはバラを愛好し、ユリウス・カエサルを歓待したときもふんだんにバラの花や香油を使用したと伝えられております。

ローマにおいてもバラの香油は愛好され、北アフリカや中近東の属州で盛んにバラの栽培が行われた。クレオパトラと同様にバラを愛した人物に、暴君として知られる第5代ローマ皇帝ネロがいる。彼がお気に入りの貴族たちを招いて開いた宴会では、庭園の池にバラが浮かべられ、バラ水が噴き出す噴水があり、部屋はもちろんバラで飾られ、皇帝が合図をすると天井からバラが降り注ぎ、料理にももちろんバラの花が使われていたと伝えられる。

中世ヨーロッパではバラの美しさや芳香が「人々を惑わすもの」として教会によってタブーとされ、修道院で薬草として栽培されるにとどまりました。

・イスラム世界では、白バラはムハンマドを表し、赤バラが唯一神アッラーを表すとされました。また、香油などが生産され愛好されました。
『千夜一夜物語』などやウマル・ハイヤームの『ルバイヤート』にもバラについての記述があります。

・十字軍以降、中近東のバラがヨーロッパに紹介され、ルネサンスのころには再び人々の愛好の対象になりました。
イタリアのボッティチェッリの傑作「ヴィーナスの誕生」においてもバラが描かれ、美の象徴とされているほか、ダンテの『神曲』天国篇にも天上に聖人や天使の集う純白の「天上の薔薇」として登場します。
またカトリック教会は聖母マリアの雅称として「奇しきばらの花」(Rosa Mystica)と呼ぶようになります。

バラの母ジョゼフィーヌ皇后
ジョゼフィーヌのバラの蒐集はバラの品種改良の基礎となっております。
ナポレオン・ボナパルトの皇后ジョゼフィーヌはバラを愛好し、夫が戦争をしている間も、敵国とバラに関する情報交換や原種の蒐集をしていた。ヨーロッパのみならず日本や中国など、世界中からバラを取り寄せマルメゾン城に植栽させる一方、ルドゥーテに「バラ図譜」を描かせました。

このころにはアンドレ・デュポンによる人為交配(人工授粉)による育種の技術が確立されました。
ナポレオン失脚後、またジョゼフィーヌ没後も彼女の造営したバラ園では原種の蒐集、品種改良が行われ、19世紀半ばにはバラの品種数は3,000を超え、これが観賞植物としての現在のバラの基礎となりました。

モダンローズの誕生
ハイブリッド・ティー(HT)系の誕生
HTの人気品種、鮮やかなピンクが特徴のマヌウメイヤン
1867年にフランスのギョーがハイブリッド・パーペチュアル系の「マダム・ビクトル・ベルディエ」を母にティー系の「マダム・ブラビー」を交配し「ラ・フランス」を作出し、これがモダンローズの第1号となり、品種改良が一層進むことになった。「ラ・フランス」が冬を除けば一年中花を咲かせる性質は「四季咲き性」といわれ、画期的なものでした。英国のベネットはこれに追随し、ティー系「デボニエンシス」とハイブリッド・パーペチュアル系「ビクトール・ベルディエ」を交配し、「レディ・マリー・フィッツウィリアム」を1882年に作り出し、これを新しいバラの系統として「ハイブリッド・ティー」系と命名しました。
ベネットの新品種は整った花容から、交配の親として広く利用されていきました。

黄色いバラの誕生
モダンローズ第1号「ラ・フランス」
当時のハイブリッド・ティー系には純粋な黄色の花はありませんでした。
そこで、黄色のハイブリッド・ティー系の品種を作り出すことが課題とされました。
1900年にフランスのジョセフ・ペルネ=デュシェ (Joseph Pernet-Ducher) が「アントワーヌ・デュシェ」の実生に原種の「ロサ・フェティダ(オーストリアン・イエロー)」をかけあわせて「ソレイユ・ドール」を作出、黄バラ第1号となった。しかし「ソレイユ・ドール」は「四季咲き性」がないので、一層の改良が加えられ、
1907年には四季咲き性の「リヨン・ローズ」、さらに1920年には完全な黄色のバラ「スブニール・ド・クロージュ」を完成させました。
ドイツのコルデスは「スブニール・ド・クロージュ」の子の「ジュリアン・ポタン」から1933年に「ゲハイムラート・ドイスゲルヒ(ゴールデン・ラピチュア)」を作出しました。
これが今の黄色のバラの親です。

欧米での品種改良の進展
コルデスは黄色のみならず、赤バラの改良にも尽力しました。
1935年に「クリムゾン・グローリー」を作り出し、これが後世の赤バラの品種改良に広く利用されることになる。英国では1912年に「オフェリア」を発表、花容、芳香に優れるだけでなく実をつけ易いことから、多くの品種の親になる。このようなヨーロッパでの品種改良は、第二次世界大戦で中断します。
品種改良の中心は、戦火に見舞われないアメリカ合衆国に移ります。
1940年にラマーツが「クリムゾン・グローリー」から「シャーロット・アームストロング」を作り出し、フランスのメイアンの「アントワーヌ・メイアン」がアメリカで「ピース」と名づけられ、1945年に売り出された。「ピース」は大きな花をつけることから、「巨大輪」とよばれ品種改良に利用されるとともに、戦後のバラの流行を作り出すことになりました。

フロリバンダ系(FL)の誕生
フロリバンダの品種の一つ「アンバークイーン」。一枝に房に花をつけます。
デンマークのポールセン兄弟が従来ある「ドワーフ・ポリアンサ系」の花を大きくし、北ヨーロッパの寒さに耐えられる品種を作出しようとしていた。1911年にポリアンサ系の「マダム・ノババード・レババースル」とランブラー系の「ドロシー・パーキンス」をかけ合わせ「エレン・ポールセン」を作り出し、続く1924年にはポリアンサ系の「オルレアンローズ」とハイブリッド・ティー系「レッドスター」の交配で「エルゼポールセン」「キルステンポールセン」などを出し、「ハイブリッド・ポリアンサ系」と命名された。これを受けてアメリカのブーナーなどが改良を続け、この系統は「フロリバンダ系」と命名される。さらにドイツのコルデスが1940年に「ピノキオ」を発表した。ブーナーがこれに追随して「レッド・ピノキオ」「ラベンダー・ピノキオ」を発表し、これがフロリバンダ系の完成と言われます。

その後、フロリバンダ系の改良は色の多様性を求めることに重点がおかれ、1944年にはドイツのタンタウが「フロラドラ」、1949年ブーナーが「マスケラード」を、1951年にコルデスが「インデペンデンス」を作出した。新しい系統であるが、「フロリバンダ系」は切花ではスプレーバラとして利用されるため、多くの品種が作り出されることになり、またハイブリッド・ティーとの交配も試みられ、ますます多様性を強めています。

「奇跡」のブルー・ローズへの挑戦
「シャルル・ド・ゴール」、HT、メイアン(1974)
サントリーフラワーズの青いバラ「アプローズ」(2004)
「青いバラ」は、オールド・ローズの「カーディナル・ド・リシュリュー」などが知られておりまし。しかし、純粋な青さを湛えたバラを作り出すことは、青いチューリップと同様に世界中の育種家の夢であり、各国で品種改良競争が行われた。1957年、アメリカのフィッシャーが「スターリング・シルバー」を出し、「青バラ」の決定版といわれた。しかし、競争はやまず、1957年にはタンタウが一層青い「ブルームーン」を発表しました。それにコルデスが1964年に「ケルナーカーニバル」を出し、1974年にフランスのメイアンは「シャルル・ド・ゴール」を発表と、熾烈な品種改良競争を展開した。日本でも青いバラに対する挑戦は盛んで、今日までに数多くの品種が生み出され、世界でも注目を浴びております。

2008年現在、一般的な交配による品種改良で最も青に近いとされる品種は、岐阜県の河本バラ園が2002年に発表した「ブルーヘブン」、アマチュア育成家である小林森治が1992年に発表した「青龍」や2006年に発表した「ターンブルー」等が挙げられます。

従来、青い色素を持つ原種バラは発見されていなかったため、従来の原種を元にした交配育種法では青バラ作出は不可能とされてきた。そのため、現在の園芸品種にも青色といえる品種は存在しない。また「青バラ」と呼ばれる品種は、主に赤バラから赤い色素を抜くという手法で、紫や藤色に近づけようとしたものである。しかし最近、サントリーの福井祐子らの研究により、青い色素を持たないとされてきたバラから、バラ独自の青い色素が発見された(「青龍」を始めとするいくつかの青バラより)。これはバラ独自のもののため、「ロザシアニン」(Rosacyanin)と命名された([1]、[2])。

しかし、この色素を持つ「青龍」は花粉をほとんど出さないために、交配親としては不向きとされており、遺伝子操作に頼らない青バラへの道は依然険しく長い道のりのままではある。だが、「ロザシアニン」の発見は、純粋な青バラ作出を目指す育種家にとって一つの希望を示したといえます。

日本におけるバラ
日本で作出されたバラの一つ「朝雲(あさぐも)」
近代前日本はバラの自生地として世界的に知られており、品種改良に使用された原種のうち3種類(ノイバラ、テリハノイバラ、ハマナシ)は日本原産です。
古くバラは「うまら」「うばら」と呼ばれ、『万葉集』にも
「みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」
という歌があります。
常陸国風土記』の茨城郡条には、
「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、イバラを穴に仕掛け、
追い込んでイバラに身をかけさせた」とあります。
常陸国にはこの故事にちなむ茨城(うばらき)という地名があり、
茨城県の県名の由来ともなっております。

江戸時代初期に、仙台藩の慶長遣欧使節副使・支倉常長が西洋からバラを持ち帰りました。
そのバラは、伊達光宗の菩提寺の円通院にある光宗の霊廟「三慧殿」の厨子に描かれたため、同寺は「薔薇寺」の通称で呼ばれるようになりました。

江戸時代には身分を問わず園芸が流行りましたが、バラも「コウシンバラ」
「モッコウバラ」などが栽培されており、江戸時代に日本を訪れたドイツ人ケンペルも
「日本でバラが栽培されている」ことを記録しております。
また、与謝蕪村が「愁いつつ岡にのぼれば花いばら」の句を残しております。

ノイバラの果実は、利尿作用があるなど薬用に利用されました。

紫雲(鈴木省三 1984作、大輪・四季咲き HT)
明治以後このように日本人にゆかりのある植物ですが、バラがいまのように
「花の女王」として愛好されるようになるのは明治以降になります。
明治維新を迎えると、明治政府は「ラ・フランス」を農業試験用の植物として取り寄せ、青山官制農園(いまの東京大学農学部)で栽培させた。馥郁とした香りを嗅ごうと見物客がしばしば訪れたので、株には金網の柵がかけられたといわれております。

まだ、バラは西洋の「高嶺の花」でした。

その後、バラが接ぎ木で増やせることから、優秀な接ぎ木職人のいる東京郊外の川口市の安行や京阪神地域の郊外・宝塚市山本で栽培が行われるようになりました。
バラは皇族、華族、高級官僚といったパトロンを得て、日本でも徐々に愛好され始め、
生産量も増え始めました。
大正から昭和のころには一般家庭にも普及し、宮沢賢治が「グリュース・アン・テプリッツ(日本名:日光)」を愛し、北原白秋の詩にもバラが登場しております。

第二次世界大戦で日本でもバラの栽培より野菜の栽培が優先され、生産が停滞します。

第2次世界大戦以後
しかし、戦後すぐの1948年には銀座でバラの展示会が開かれました。
さらに1949年には横浜でバラの展示会が開かれ、そのときにはアメリカから花を空輸して展示用の花がそろえられたのです。
鳩山一郎や吉田茂などのバラの愛好は、戦後日本でのバラの普及に大いに貢献しました。
このように戦後の高度成長の波に乗り、バラは嗜好品として庶民にも普及していき、日本でも品種改良が行われるようになりました。また、鉄道会社が沿線開発の一環として、
バラ園の造営を行うようになり、各地にバラ園が開園されました。

バラ園の造園
バラの価格が安くなり、一般に普及し始めたとはいえ、花の観賞を楽しむことができるのは、庭を持つ比較的裕福な家庭に限られていた。そのため、私鉄各社は沿線開発の一環として、バラ園の造営を沿線に行い、利用者の増加を図ることになりました。

その嚆矢は京阪電鉄でした。同社は戦前から枚方市で菊人形の展示などをおこなっており、
キクが秋の風物であるなら、春の風物として独自のバラ園でのバラの展示をし、集客を計画した。同社は「東洋一のバラ園」の造園をぶち上げ、当時、日本人ではただ一人の英国園芸協会会員で、バラの導入や品種改良で実績のあった岡本勘治郎をバラ園造営の監督に迎え、
「ひらかたばら園」を開園するに至りました。
その後、社名が京阪薔薇園になりました。

切り花の普及
日本ではバラは花卉としてはキク、カーネーションと並ぶ生産高があり、
ハウス栽培で年中市場に供給されるようになりました。
※薔薇の種類やバラ園は省略いたします。

《基本情報まとめ》
・薔薇(ばら)科。
・学名 Rosa : バラ属
 Rosa(ローザ)は、ギリシャ語の「rhodon(バラ)」や
 ケルト語の「rhodd(赤色)」が語源。
・開花時期は、 5/ 1 ~ 11/25頃。
 春(5~6月)と秋(10、11月)に咲くものが多い。
 
・いろいろ種類があります。
・とげのある木の総称がうばら」または
「いばら」(茨)が、「ばら」に略されました。
 (「茨」は”とげのある、つる草”を総称したもの)
・甘い香り。
 香水の材料にも使われております。
・草丈が20~30cmで、花の大きさが3cmぐらいの
 小さい薔薇を一般に「ミニ薔薇」と呼びます。
 たくさん花をつけます。
・古代から、繁栄と愛の象徴とされました。
 ギリシャ神話では、愛と美の女神の「アフロディーテ」が
 海から誕生したときに、大地がそれと同じぐらい美しいものとして、
 バラの花を作ったとされております。
 ギリシャ時代には、ビーナスに結びついて、「愛と喜びと美と純潔」を
 象徴する花とされ、これが、花嫁が結婚式にバラの花束を持つ風習に
 つながったとされております。
・ギリシャの叙情詩人
 アナクレオンが、紀元前6世紀(2500年前)に、
 「バラなる花は恋の花、 バラなる花は愛の花、バラなる花は花の女王」
 と唄っております。
・ローマ人は、一輪のバラを天井につるしてその下でした話は一切秘密にする、
 という約束を守ったので、「バラの下で」という言葉が「秘密に」という意味に 
 なって今に残っております。
・イギリス王室の紋章になっております”
 チュードル・ローズ”は、王位継承をめぐって
 ランカスター家とヨーク家の間に 起こった「バラ戦争」(14世紀)のあとで
 両家が結ばれて赤バラと白バラを組み合わせた紋章となったもので、
 このバラがイギリスの国花となりました。
・英語の「ローズ」の語源はケルト語の「赤い」という意味に由来します。

・イギリス、ルーマニア、
 ブルガリア、ポルトガル、
 ルクセンブルグ、モロッコ、
 サウジアラビア、    
 イラン、イラク、などの国花。
・茨城県の県花(薔薇)
・1月19日、2月10日、
 3月26日、4月11日、
 5月14日、6月17日、
 7月4日、8月3日、
 9月26日、11月15日、
 12月25日の誕生花
        (薔薇) 
 (色は、
  1月は白、2月赤、
  3月ピンク、4月オレンジ
  5月白、6月ピンク、
  7月黄、8月朱赤、
  9月淡紫、
  11月薄オレンジ、12月赤)

 10月11日の誕生花(蔓薔薇)
 10月22日の誕生花(ミニ薔薇)

 「紅ばらの花ゆくりなくぱっと真紅にひらきけるかも」
                      北原白秋
 「ほいいままという人言はさもあらばあれくれなゐ深きばらを愛でつも」
                      斎藤茂吉
 「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽のやはらかに春雨のふる」
                        正岡子規
 「薔薇深くぱあの聞(きこ)ゆる 薄月夜」正岡子規 


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ウィキペディアその他より
必要に応じて加筆・訂正致します。

菖蒲(しょうぶ)

2014年05月10日 07時00分31秒 | 花の神話と伝説
別 名 「菖蒲草(あやめ草)」

花言葉  「やさしい心」「忍耐」「あなたを信じます」「あきらめ」 
季 語  「仲夏」
子季語  「白菖、水菖蒲、あやめ、あやめぐさ、菖蒲髪 」
関連季語
「かきつばた、あやめ、花菖蒲、菖蒲湯、菖蒲葺く、菖蒲引く、菖蒲酒」

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解説
・端午の節句になくてはならない水辺の草。
・水中から剣のような緑の葉をのばし、夏に黄緑の小花をつけます。
・葉には芳香があります。
・邪気を払う植物の一つであり、端午の節句には菖蒲湯を立て菖蒲酒を作ります。
・古くは「あやめ」「あやめ草」といわれておりました。
「来歴」 『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。
文学での言及
白玉を包みて遣らばあやめぐさ花橘にあへも貫(ぬ)くがね 
                   大伴家持『万葉集』
ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな よみ人しらず
                       『古今集』
実証的見解
サトイモ科ショウブ属の多年草。
日本全国の池や沼などに繁茂します。
水中の泥に根茎が横たわり、そこから芳香のある剣状の葉がのびます。
五月から七月にかけて、茎の途中から黄緑色の肉穂花序(棒状の花)を出します。

ショウブ(菖蒲、Acorus calamus)
・池、川などに生える単子葉植物の一種。
・クロンキスト体系ではショウブ科(新エングラー体系などではサトイモ科)の
ショウブ属に属します。
・ユーラシア大陸に広く分布し、日本を含め東アジアのものは
変種 A. calamus var. angustatusとされます。
薬草、漢方薬としても用いられております。
特徴
・茎は湿地の泥の中を短く横に這い、多数の葉をのばします。
・葉は左右から扁平になっております。
・花は目立たず黄緑色の肉穂花序で5月ごろ咲きます。
・花茎は葉と同じ形で、花序の基部には包が一枚つきますが、これも花茎の延長のように伸びるので、葉の途中から穂が出たような姿になります。

菖蒲湯
・中国では古来より、ショウブの形が刀に似ていること、邪気を祓うような爽やかな香りを持つことから、男子にとって縁起の良い植物とされ、家屋の外壁から張り出した軒(のき)に吊るしたり、枕の下に置いて寝たりしておりました。
・日本でも、奈良時代の聖武天皇の頃より端午の節句に使われ始め、武士が台頭してからは「しょうぶ」の音に通じるので「尚武」という字が当てられるようになりました。
(勝負にも通じる)。
また、芳香のある根茎を風呂に入れ、菖蒲湯として用いられております。
漢方薬(白菖、菖蒲根)にもなっております。

同じ「しょうぶ」の名前をもち花の咲くハナショウブと
混同されることもありますが、両者は全く別の植物です。

古くは現在のアヤメ科のアヤメではなく、この植物ショウブを指して
「あやめ」と呼んでおりました。

近縁のセキショウ(石菖)はやや小柄な、深緑色の草で、渓流ぞいにはえます。
根茎は、昔から薬草として珍重されており、神経痛や痛風の治療に使用されました。
蒸し風呂(湿式サウナ)では、床に敷いて高温で蒸す状態にして
テルペン(鎮痛効果がある)を成分とする芳香を放出させて皮膚や呼吸器から
体内に吸収するようにして利用します。

「軒菖蒲(のきしょうぶ)」
端午の節句(5月5日)の頃、屋根の端に菖蒲やヨモギの葉を吊るして
邪気を払う風習。
伝説
葉の香りが強いため、古くから魔よけの効果があるとされ、ヨモギと一緒に
家の軒にさせば、邪気を払ってくれるとか、葉の形が剣にも似ているので、
病魔を退けられると信じられておりました。
    

《基本情報まとめ》
・里芋(さといも)科。
・学名
  Acorus calamus
    var. angustatus
   Acorus : ショウブ属
   calamus : 管の
   angustatus : 狭い、細い
 Acorus(アコラス)は、ギリシャ語の「a(否定)+coros(装飾)」が語源。
 「美しくない花」の意味からこの名がつきました。。
    (他にも諸説あり)
・漢名の「菖蒲」を音読みしたもの。
・「菖蒲」と書いて「あやめ」と読ませることもありますが、本来は「菖蒲」は
 こちらの植物を指します。<参考> 文目(あやめ)。
 ちなみに「花」をつけると花菖蒲。
・沼、川などの水辺に群生します。
・初夏に、うす茶色の花を咲かせます。
 花が咲く場所は変わっていて、 葉っぱの途中に花穂をつけます。
 ちょっと見た目には空中に浮いているように見えます。
・葉は剣状で、かすかに芳香あります。
 端午の節句(5月5日)の日に、菖蒲の葉をお風呂に入れる風習があり、
 薬効と香りによって、邪気を払うといわれる。(菖蒲湯(しょうぶゆ))。
 尚武(しょうぶ) → 菖蒲(しょうぶ)
 <参考> 柚子湯(ゆずゆ) → 柚子(12月)
・「ほととぎす今来鳴き初(そ)む 菖蒲草(あやめぐさ)
  かづらくまでに 離(か)るる日 あらめや」 万葉集 大伴家持

 「ほととぎす待てど来鳴かず菖蒲草(あやめぐさ) 玉に貫(ぬ)く日を
  いまだ遠みか」 (菖蒲草(あやめぐさ) = 菖蒲(しょうぶ))
                        万葉集 大伴家持
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http://www.tcct.zaq.ne.jp/bpbuv603/ayameguea-1.html
花のこと(花の匂う)より
菖蒲草(1)                
万葉集や古今集には菖蒲草(あやめぐさ)がたくさん詠まれている。これは花が綺麗なアヤメやハナショウブではなく、セキショウやショウブである。古代の人はなぜこんな地味な草に興味を示したのだろう。この地味な草を調べていくと、照葉樹林帯に属するわが国の民俗と信仰、とりわけ女の象徴としての意味がそこにあったことに気がつく。以下、何篇かに分けてこの草に象徴された古代の民俗を辿ってみることにしよう。            
    (一) 節句  
 まず、今では男の子の祝いになっている端午の節句が、昔は女の節句だったということから始めてみよう。こう云うと逆説めくが、これが女の節句であったことは、すでに大方の認めるところで、疑う余地はないのだが、その根拠になっているのが、この節句に一貫して使われてきた菖蒲草が、古代は女の祈りにつながる草だったということである。
 
草を調べて昔を知るというとおかしいようだが、これがおかしくないのは、わが国の古代は精霊信仰が行われていた時代で、草や木には霊魂が宿っていて、人々はそういう草木と語り合いながら暮らしていたからである。そして、節句や年中行事などに使われた草には,信仰の跡がまだ残っているからである。
 
節句というと、もう桃の節句か端午の節句ぐらいしか思い出さなくなったが、五節句といって人日(じんじつ)(一月七日)、上巳(じょうし)(三月三日)、端午(たんご)(五月五日)、七夕(たなばた)(七月七日)、重陽(ちょうよう)(九月九日)の五つがあり、江戸時代には庶民が祝う休日に定められていた。もっと前は律令で定めた宮中の行事で、朝廷で祭られていたのだが、次第に民間に下りてきて、江戸時代にはもうすっかり庶民の祝いになっていた。その間、いろいろな風俗が入り混んで、この端午の節句が最もよい例なのだが、意味や祝い方がすっかり変わってしまった。特に、武者人形や雛人形を飾るようになってからは、商業主義が強く反映されて、元の意味が忘れられてしまった。しかし、上巳の桃、七夕の竹、重陽の菊のように、季節の花を節物にすることだけは昔から変わっていない。端午の節物は菖蒲草で、この草から偲べる昔の節句の姿を少し探ってみよう。
 
 節句はもともと中国の祭祀で、暦と一緒にわが国へ渡ってきたものである。古代、宇宙や天体の運行は神秘なもので、暦を定めて季節を祭るのは天子の大切な仕事であった。中国では奉朔(ほうさく)(朔は暦)ということが行われていて、暦を貰った天子は、授けてくれた天子の祭祀を受け入れることになっていた。暦による一種の支配関係である。
 
 わが国でも暦の導入は古くから試みられたが、制度に暦法が組み入れられたのは持統天皇の御世で、節句もその時、律令で定められて宮中の正式な祭祀になった。大和朝廷が祭祀の主要な部分を中国から入れていたことは認めざるを得ない。節句が宮中の行事だったのは、この種の祭祀は天子が祭るものだったからである。
 
 大麻暦というのは伊勢神宮が発行している暦だが、これを見ると神宮の祭祀スケジュールのほかに、農作業の時期と段取りが細かく指示されている。暦は季節の運行を告げるものだから、農耕社会にあっては必然的に農業暦の役目を果たしていたわけで、稲作の社会に、神道と中国の祭祀を携えて立っていた大和朝廷の性格を見る思いがする。
 
 仏教や中国の祭祀が入ってくる前のわが国の信仰は、穏やかな自然信仰であったと思う。かつて、蘇我氏と物部氏の争いを仏教と神道の争いと教わったが、今では政権をめぐる権力闘争だったと見直されているように、わが国の古代には異国の神との争いがない。節句はきわめて穏やかに日本に入ってきた。そして、わが国の風土に融和し、姿を変えて季節の祭りとして定着していった。端午の節句はもっとも親しまれた節句で、早くから庶民化して、さまざまに独自な風俗を作ってきた。

   (二) 端午
 端午の節句、尚武(しょうぶ)(菖蒲)の節句、あるいは五月の節句とも呼ばれるこの節句は、比較的早くから庶民に親しまれて、いろいろな世俗がなかに混じりこんでいる。菖蒲を尚武と勝負にかけて、男の節句に変えてしまったのは武家社会だが、その飾りになった武者人形は江戸時代になってから出てきたものである。蓬(よもぎ)で作った人形(ひとがた)に厄を移して流したのが原型だというが、鎧や兜、幟(のぼり)などが作られて祝いは次第に装飾的になってきた。そして人形作りが町人の職業になると、時代の風俗を映した人形が出現して、節句は商業主義の影響を大きく受けるようになった。武者人形・鯉幟・柏餅などの節句グッズが整い、尚武の奨励は江戸期のみならず、明治の富国強兵の国策下でさらに拍車がかかり、終戦までそれは続いた。
 
 端午は最初の午の日という意味で、午が五に通じるところから五日になり、さらに高じて五月に定着したという。日本へ入ってきた時には、その意味がすでに固まっていたのだが、菖蒲草が節物になったのは、香気の草が、邪気を払い長生きの祈りに使われたからといわれる。
 
 初夏に草花を飾って祈る祭りには、今宮神社の「やすらひ祭」や率川(いざかわ)神社の「三枝(さいぐさ)(百合)祭」がある。そしてその信仰のもとには三輪山の花鎮(しず)め(鎮花祭)がある。花から出てはびこる活霊を鎮めて、病悪や害虫を防ぐために祈るもので、中国思想の影響があるというが、花の多い日本にはまことにふさわしい祭である。この時期の草花には成長の精気がみなぎっていて、端午の菖蒲草や蓬にも、邪気をはらうばかりでなく、草の精気に触れて、生長にあやかる願いがこめられていたのかも知れない。
 節の花である菖蒲草は、この時季の薬草だから、湯に入れたり(菖蒲湯)、酒にしたり(菖蒲酒)、煎じたりして、薬効が広く利用されていた。しかし、本質はこれから述べようとする、これを軒端に挿して祈ったり、蘰(かづら)にして被ったりしたことのほうで、この儀礼が節句の中心をなす信仰と深いつながりをもっていた。 
 菖蒲草は万葉集では十二首に詠まれていて、それを見ると、菖蒲草が端午の節物であったことや、その日にあった行事を知ることができる。
 霍公鳥(ほととぎす)待てども来鳴かず菖蒲草玉(たま)に貫く日をいまだ遠みか
 霍公鳥いとふ時なし菖蒲草蘰(かづら)にせむ日此ゆ鳴き渡れ
 霍公鳥来鳴く五月の 菖蒲草 花橘に貫き交へ 蘰にせよと
 白玉を包みて遣らば菖蒲草花橘に合へも貫くがね
 四首だけ揚げてみたが、特長的なのは、菖蒲草は決して単独では歌われず、必ずなにか他のものと一緒に歌われていることである。他のものというのは霍公鳥(ほととぎす)・花橘(はなたちばな)・蘰(かづら)・珠玉(たま)・蓬(よもぎ)などで、特に、霍公鳥と橘とは密接な関係を持っていた。十二首を調べると、いろいろに枝葉はついていても、内容は「霍公鳥 来鳴く 五月の 菖蒲草 花橘 蓬を珠玉に貫き 蘰にせむ日」に尽きる。
 意味は「霍公鳥が来て鳴く 五月の日に 菖蒲草と花橘と蓬を 珠玉に貫いて蘰にし 頭に被る」ということで、菖蒲草の歌はすべてこの趣旨で一貫している。この五月の日というのが端午の節句で、この日に菖蒲草は橘や蓬と一緒に蘰に作られて、頭に被られたのである。
 初夏の季節信仰だから、この季節のものが歌に登場してくる。時鳥は万葉集では霍公鳥と記されて、この時季に来て鳴く霊鳥であった。また橘も、この時季に咲く常世の国の木であった。いずれも古代の重い言霊を秘めた鳥と木で、菖蒲草はこれらと霊的な関係で結ばれて、信仰の世界で重きをなしていた。
  
   (三)水辺の神
 菖蒲草の仲間を、もっとも親しい時鳥(ほととぎす)から眺めてみよう。時鳥は万葉集では霍公鳥(ほととぎす)と書いて、菖蒲草と橘と卯の花が咲く時季に飛んできた。たまに藤や楝(せんだん)に止まることもあるが、万葉では圧倒的にこの三つに来て鳴いている。霍公鳥には托卵(たくらん)の性質があって、鶯の巣へ卵を生み放して自分では育てない。この特異な習性のほかに、鳴声や姿から、死人の霊魂を運ぶ冥途の鳥で、霊魂を鎮める力を持つと信じられていた。
 次に、橘(花橘)は常世の国から渡ってきて、清浄な言霊をやどし、長寿が祈願された古代随一の霊木であった。また、卯の花は田の神が水田へ降りてくる時の招ぎ代で、田植えの時期や稲の実りを知らせる大切な木であった。いずれも菖蒲草と同じ初夏に咲いて、霊がやどる木として崇められていた。
 霊鳥である霍公鳥はこの時季に渡ってきて、他には止まらず、もっぱら霊魂がやどるこの三つに止まって鳴いたのである。菖蒲草・花橘・菖蒲草・卯の花、このセットはいずれも生命が躍動する五月に咲いて、その中心が端午の節句なのだが、霍公鳥を中心にする霊魂で結ばれていた木と草であった。
 それでは、菖蒲草にはどんな霊が宿っていたのだろうか、日本民俗語大辞典には次のような解説がある。
『宮中ではアヤメの輿(こし)によって、水辺の神を誘い込んで祭ることになっていた。水辺の神は女性によって奉仕されていたゆえに、水辺の花で人間の生殖器に類似型のものがあれば、それを物忌みのしるしとしたり、魔除けに利用した。五月の端午のアヤメグサ・カキツバタ・シャガなど一連の花を、各地の盆歌に「盆ぼんぼんは 今日あすばかり あしたは嫁のしおれ花 萎えた草を櫓へ上げて 下から見れば あやめぐさ あやめぐさ」などと、女性の隠し所の象徴とする理でもあるが、水中根生のものは、物の性格を転向させる呪術用のものであった』 
 つまり、水辺の神を招いて奉仕したのがアヤメの輿にいた女性で、菖蒲草を仰ぐ形を女性の隠し所をみて、生殖と霊転生の呪術に使う草として崇めていたというのである。性器の崇拝は原始社会においては何処でも行われていたもので、豊穣を願う祈りの原型でもあった。菖蒲草が端午の節物だった理由に、ここで見る女性の美と生殖への賛美と、大地母神への信仰があったことは見逃せない。端午の節句が女の節句であったことはこの辺からも分かる。
 次に「球(たま)に貫(ぬ)き 蘰(かづら)にせむ・・・」に移ろう。これは「宝石のように紐に通して 蘰をつくる・・・」という意味である。蘰は草木を巻いて頭に被ったもので、装飾的な意味もあるが、草木に宿る神を崇めるアニミズムの風俗であった。花にこもる神の霊を頂き、その霊力を浴びて、神との合体を願う祈りが込められていた。歌にある白玉は真珠のことで、真珠も花も美しいものは紐に通して挿頭(かざ)したり 首や腕に吊るされた。だが、菖蒲草の花はあまり美しくないので、使われたのは香りが目的で、花のほうは花橘が受け持ったのだろう。
 菖蒲草は蘰になって女ばかりでなく、贈られて男の頭にも被られた。この蘰を作って被ることが、端午の節句の大切な儀式だったのである。           

   (四)薬玉
 菖蒲草は蘰(かづら)になって端午の節句に被られたのだが、薬草としての評価が高かったこの草には、「珠(たま)に貫(ぬ)く」という表現にもう一つ重要な意味があった。それは薬玉(くすだま)のことである。
 この頃「薬日(くすりび)」と呼ぶ日があった。五月五日のことだが、人々はこの日に「薬狩り」と称して、野山へ出て薬草を摘むのを習いとしていた。薬玉は採集した薬草を束ねて、蓬(よもぎ)と菖蒲草を垂らし、香料を入れた小袋をさげ、それを五色の糸で飾った草の玉である。典型的な中国の形で、この習慣が中国から渡ってきたことを示している。
 薬玉は今でも開店や進水式など、物事のスタートを祝うのに使われているが、もともとは不浄を払う香りの高いもので、割った後の形が原型に近い。端午の節句は薬玉を柱など高いところに掛けて、周囲を清める日でもあった。歌にある「菖蒲草 球に貫く日・・」は五日のことで、菖蒲草は深く五月の節句と結びついていたのである。

 「聖武天皇の天平十九年五月、太上天皇(元正帝)詔して曰く、昔、五月の節句、菖蒲草を蘰となし常に用いしが、此の来、このこと已に停む 今より後 菖蒲蘰(あやめかづら)をせぬ者 宮中に入る勿れ」。これは続日本紀にある記述で、かつて行われていた蘰の習慣が緩んできたので、この復活を命ずる朝廷の意向を伝えている。これが女帝である元正帝から出ているのは、菖蒲の殿で水辺の神を祭るのが女官たちの役目で、その祭祀に必要な菖蒲蘰の着用に女帝が特に執心したことを偲ばせる。
 菖蒲草・蘰・女・水辺の神。五月は田圃へ水を入れる大切な月で、水辺に咲く草や花の季節でもあった。この菖蒲蘰着用の令は平安期になってからも発せられたが、次第に理知的になっていく平安の人々に効き目はなく、菖蒲蘰だけでなく、蘰の習慣は次第に衰えていった。
 ここで菖蒲草そのものに触れておこう。当初に述べたように、ここで云う菖蒲草は、今私たちが見ている、花が綺麗なアヤメやハナショウブではない。サトイモ科のショウブ属に分類されているショウブ(菖蒲)とセキショウ(石菖)である。五月頃出てくる肉穂状の花序は花か葉か分からず、お世辞にも美しいとは云えない。同じサトイモ科には、ミズバショウやザゼンソウのような草もあるのに、これは一向に目立たぬ花である。こんな平凡な草に、なぜ古代の人が大切な信仰を寄せたのだろう、理解に苦しむが、眺めてきたように、草から発する香気を尊び、豊穣の祈りにつながる女の生殖をここに見ていたからだろう。
 この時代、花の美しいアヤメはまだない。アヤメ科のアヤメ・キショウブ・ハナショウブが出てくる前である。ハナショウブの原種であるノハナショウブが現れたのが室町期だという。そして江戸時代になるとアヤメもハナショウブも出揃ってくるのだが、これらへの呼称は必ずしも明確ではなく、また「花菖蒲」という表現は、これらの混在を許すのに都合の良い言葉であった。
 したがって、古代・中世の歌に詠まれた菖蒲草はショウブかセキショウである。このことを忘れて古典を読むと、ハナショウブやアヤメが昔から色美しく咲いていたような錯覚に陥るのだが、菖蒲草は美しくなく、あくまで香りか、あるいはこれから述べる根に意味があった草で、信仰の面が強かったことを心に留めておくべきである。

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5月

2014年05月01日 18時05分12秒 | 月の和名
別 名 「皐月」「菖蒲月(あやめづき)」
5月(ごがつ)はグレゴリオ暦で年の第5の月に当たり、31日あります。
日本では、旧暦5月を皐月(さつき)と呼び、現在では新暦5月の別名としても用いられております。
和名の由来
※5月 皐月(さつき)
耕作を表す古語【さ】から。
早苗を植えることから【早苗月(さなえづき)】から転じたとの説もあります。
神にささげる稲をあらわす【皐】の字があてられました。
陰暦(旧暦)五月の呼び名で、五月・皐月・早月などと書きます。

【神に供える稲を植える月】という意味で【さつき】の【さ】は、
神仏にささげる白米である神稲(くましね。おくま:御供米とも言う。)のことです。

【早苗月】とも言います。早苗(さなえ)の【さ】も神稲のことで、早苗とは苗代から田圃へ植え替える頃の稲の苗。陰暦5月は、田植えの季節でした。

・「さつき」は、この月は田植をする月であることから「早苗月(さなへつき)」と言っていたのが短くなったものです。
また、「サ」という言葉自体に田植の意味があるので、「さつき」だけで「田植の月」になるとする説もあります。
日本書紀などでは「五月」と書いて「さつき」と読ませており、皐月と書くようになったのは後のことである。
また「皐月」は花の名前となっております。
・「菖蒲月(あやめづき)」の別名もあります。

※旧暦の五月は新暦では6月から7月に当たり、梅雨の季節です。
五月雨(さみだれ)とは梅雨の別名であるし、
五月晴れ(さつきばれ)とは本来は梅雨の晴れ間のことです。
英語名などのMayはローマ神話で豊穣を司る女神マイア (Maia) の名に因むといわれてております。12か月で唯一英語名に略称が存在しない(英語名の略称は3文字で表すため、もともと3文字の5月は略称が無い)。
異名
いななえづき(稲苗月)いろいろづき(五色月)うげつ(雨月)けんごげつ(建午月)
つきみずづき(月不見月)さつき(皐月)さなえづき(早苗月)さみだれづき(五月雨月)
しゃげつ(写月)たちばなづき(橘月)ちゅうか(仲夏)ばいげつ(梅月)
よくらんげつ(浴蘭月)

五月の季語
立夏、初夏、卯月、卯浪、牡丹、更衣(ころもがえ)、袷、
鴨川踊、余花、葉桜、菖蒲葺く、端午、菖蒲、草合、武者人形、幟、吹流し、
鯉幟(こいのぼり)、矢車、粽(ちまき)、柏餅、菖蒲湯、薬の日、薬玉、新茶、古茶、
風呂、上族、繭、糸取、蚕蛾、袋角、松蝉、夏めく、薄暑、セル(毛織物の一種)、
母の日、夏場所、夏炉、芭蕉巻葉、苗売、苗物、苗植う、茄子植う、
根切虫、練供養、葵祭、祭、筑摩祭、安居、夏花、夏書き、西祭、若楓、新樹、
新緑、若葉、柿若葉、椎若葉、樟若葉、常磐木落葉、松落葉、杉落葉、夏蕨、
筍、篠の子、筍飯、蕗(ふき)、藜(あかざ)、蚕豆(そらまめ)、豌豆(えんどう)、
豆飯、浜豌豆、芍薬、都草、踊子草、駒繋、かくれ蓑、文字摺草、
羊蹄の花(ぎしぎしのはな)、擬宝珠、ゲンノショウコ、
車前草の花(おおばこのはな)、罌粟の花(けしのはな)、雛罌粟(ひなげし)、
罌粟坊主、罌粟掻、鉄線花、忍冬の花(すいかずらのはな)、韮の花、
野蒜の花(のびるのはな)、棕櫚のはな(しゅろのはな)、
桐の花、朴の花、泰山木の花、大山蓮華、手毬花、アカシアの花、
金雀枝(えにしだ)、薔薇、茨の花、卯の花、卯の花腐し、袋掛、海酸漿、
蝦蛄、穴子、鱚、鯖、飛魚、烏賊、山女、綿蒔、菜種刈、
麦、黒穂、麦笛、麦の秋、麦刈、麦扱、麦打、麦藁、麦藁籠、麦飯、穀象

《5月の行事》
4月23日から5月5日 - 弘前さくらまつり(青森県弘前市)
4月29日から5月5日 - ゴールデンウィーク
5月3日から5日 - 九谷茶碗祭り(石川県能美市)
5月1日 - メーデー(労働祭)(世界中)
5月3日 - 憲法記念日(日本)
5月3日、4日 - 博多どんたく港まつり(福岡市)
5月3日から5日 - ひろしまフラワーフェスティバル
5月3日から5日 - 浜松まつり(浜松市)
5月4日 - みどりの日(日本 2007年 - )2006年までは、4月29日
5月5日 - こどもの日(日本、韓国)、端午の節句(日本)
5月5日 - Cinco de Mayo(メキシコ、アメリカ合衆国のメキシコ移民)
5月5日 - 解放記念日(オランダ、デンマーク)
5月9日 - ヨーロッパ・デー(EU加盟各国 但し5月8日や7日、5日などに設定している国も多い)
5月10日 - 母の日 (南アメリカ、中央アメリカの多数の国、およびインドなど)
第2日曜 - 母の日(アメリカ合衆国を中心とする北アメリカ、カリブ海諸島、ヨーロッパ、オセアニアなどの多数の国、および東アジア(但し韓国のみ8日))
5月15日 - 沖縄本土復帰記念日(日本)
5月25日 - 5月革命記念日(アルゼンチン)
最終日曜 - メモリアル・デー(アメリカ合衆国 本来は5月30日)
日付不定(中国暦4月8日) - 灌仏会(台湾、香港、マカオ、韓国など)
日付不定 - ユーロビジョン・ソング・コンテスト(グランドファイナルは原則土曜日開催)

5月に行われるスポーツ[編集]
第1土曜 - ケンタッキーダービー(競馬 アメリカ・ケンタッキー州ルイビル)
第1日曜 - 天皇賞・春(競馬 京都競馬場)
上旬 - ゴールデングランプリ川崎(川崎市等々力陸上競技場)
上旬 - 全日本プロ選手権自転車競技大会記念競輪
上旬(ゴールデンウィーク後)から6月中旬) - プロ野球セ・パ交流戦
第3日曜 - NASCARスプリント・オールスターレース(モータースポーツ アメリカ・ノースカロライナ州シャーロット)
中旬 - UEFAヨーロッパリーグ決勝(サッカー ヨーロッパ)
第4日曜 - 優駿牝馬(競馬 東京競馬場)
下旬の土曜日 - UEFAチャンピオンズリーグ決勝(サッカー ヨーロッパ)
最終週 - モナコグランプリ(モータースポーツ・F1 モナコ公国公道)
最終週 - インディ500(モータースポーツ・インディカー・シリーズ アメリカ合衆国・インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)
最終週 - 笹川賞競走(競艇)
最終日曜(無い場合は6月第1日曜) - 東京優駿(競馬 東京競馬場)
最終月曜から2週間 - 全仏オープン(テニス パリ・スタッド・ローラン・ギャロス)
下旬から6月上旬 - スタンレー・カップファイナル(NHL)

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