ご無沙汰してます。
生きてます。
事故って生活が一変するし、感情の動きの激しかったこと。
先月末には大学病院にまで行くことになって、そこまで大ごとなん~?と心配に。病院に5時間かかり、夕方には熱が出た。私が。子どもが大変なのに、私の方が子どもに心配されることがあったりで、心身の安定を保ちたいもの。
病院行く前にもしかしてと母に聞くと、たまたま同じ日の同じ時間に同じ大学病院の同じ整形外科で会う。母は高齢者の病院の付き添いや買い物代行の有償ボランティアをしています。
こんな所で会うとは。しかもよその人を連れて。
病院で3時間かかるとかは妊婦の時にもあったけど、4時間経っても診察ができないなんてことは人生初でした。手慣れた母は、病院開く前に診察券入れて、介護タクシーで来た患者さん連れて診察して、1時間半で終わってた。身内のことを褒めるわけじゃないけど、こんなボランティア、めちゃ助かるやん。そして今までのおじいちゃん・おばあちゃんの介護がめちゃ生きてる
。
そんな話を奇遇だとある人に話してたら、おじいちゃん、おばあちゃんがボランティアなど善行をしていたら、その影響が子や孫にまでいくよと教えてもらう。
そんなことがあるって知らなかった~。
何もスピリチュアルとかじゃなくて、そういうことわざがあるらしい。
積善の家には必ず余慶あり
自分で言うと、なんだか手前味噌のようですが、そういう力が働いたと思えば、親にも感謝です。
私は辛いことがあると、なんでこんな目に?と考えてしまったり、次にこれがないようにと1人反省会してしまうけど、「大難が小難になった」ってことよと教えてもらう。気を付けてということらしい。
そして、何もかもが手につかないのも束の間。
前から約束していた地域のお手伝いで、役割が出て来る。
こんな時に役割があるって、頭が混乱するかと思ったけど、ある程度の量の役割は、ときに頭が整理される。やらないといけない方向に頭が向いて、頭が切り替えられる。
そしてこんな時に、登校班の代表やらんとLINEあり。
頭の中が忙しくて、しばらく返事できなかったから「副代表ならやれると思う」と返事したら、もう決まったと。残ってるのがそれしかないからとやらにゃいかん訳でもないけど、交通安全のことで先生と話し合う機会があるやもと珍しく自ら引き受けました。
昔から、役割に対しては責任持つ方だけど、聞いてたよりあれもこれもと増えるもので、無理してやっちゃうとこがあるので、絶対しないといけないという場でなければ、ここ数年はできるだけ楽な役をやる、となってました。せこい人間になってたよ。(なんかの歌詞やな。)
登校班のお世話役はそこまで交通安全の話し合いには関係ないようで、あと1回お役が残ってるPTAで愛護委員することに。月1回の会議と月2の見守り、これを多いとみるか少ないとみるか。私は多いとみる方だけど、目的があるとやれるほう。(本当は、コロナ禍の学級委員が楽だったから、もう1回学級委員するつもりだったけど、皆目をつけたのか十分いたらしい。)人のためにやるとしんどくなって来た人なので、子どものためにやろうと思う。子どものためにやることはめぐりめぐって地域のためになるとは思う。
あとここまではできるけど、ここからはちょっと大変、を言うと案外「お手伝いできますよ」と言ってくれる人も出て来る。
しんどい中だけど、もともと予約してたから4月は月2キャンプ。1回はSnow Peak Way当たって行ったー。Snow Peakのイベント的に協賛企業が色んなブース用意してくれてるから、家族だけだと設営で必死で何もできないところ、テントの設営も教えてくれるし、焚き火カフェもしてくれるし、最高!
もう1回はSnow Peak Starter Camp当たったんだけど、台風1号の強風で中止に。そのキャンプ場は押さえてるから行けるけどって言われて迷ったけど、風速7mのとこでテント立てるのはテント崩壊覚悟で行かなあかんらしく、断念。その日の天気調べたら、あきらかにこっちの方が天気いいし、今年は行けないと思ってたチューリップまつりに予定変更。チューリップ&キャンプも良き。
キャンプしてる時の感覚が好き。
うまく言えないけど、ノイズが少なくてすっきりした感じ。
今ここで自分が必要なことに集中する感じ。
人にどう思われるとか考えなくて良かったり、人と比べたりしなくて良かったり。特に田舎の方の静かなキャンプ場では。
子どもがやりたいって言って、子どものために始めたキャンプだけど、親にも良い効果がある。
子どもは自分に必要なものを本能的に分かってる。ついでに親に必要なものも分かってる。子どもがもたらすギフトだな。
とりとめなく書いたけど、ここんとこの所感です。
(4/21FB投稿)