1月26日、盛岡にいる亡き主人の兄が亡くなったと報せがあり、とうとうこの日が来た
ことを知った。主人亡き後何かと頼りになってくれた。私は東京にいる息子にも連絡して葬儀が
終わるまで滞在することにし、ホテルを予約した。少々風邪気味だったのを我慢して出かけたが
全て終わり宮古に着いた途端、咳に悩まされた。今日は大分気分がいい。本棚から宮古に関した
を探して読むことにした。小島俊一先生のみやこ今と昔ウオークと山根英郎先生の湾頭の譜に決
め燵に入ってでゆっくりと読ませて頂いた。お二人とも古き良き宮古のことを書かれ懐かしかっ
た。残念ながらお二人ともこのよにはおられない。町の様子もここでストップ。震災後の町の
様子は、大きく変わる。その変わり様は後の世に伝えるべく誰かの手に委ねられると思う。
今日の市場閑散として明日は休みだから、お店の人も早々に片付け帰る準備。
良く集まりました。男性5名女性5名で計10名みんなげんきですね。元気がないのは私だけで
1時間のみで、帰らせて頂きました。全身の寒気体温を計ったら7.9度、8.1度ぐらいでした。静
かに休んでいました。インフルかな?そんなはずはない予防注射は前にやっている。別物の風か。
沢口氏の情報では、宮古市の芸文協が寄生木の再販を頼んで印刷してもらったそうな。後で詳
しく聞きたい。100とか200とかあるいはもっと。出来るのかなそういうことが。また、昨年、
末広町 商店街のおかみさん達を前に佐香秀彦氏による寄生木の講演会があったそうな。勝子と
善平の恋文がテーマだったとか。聞いた人は涙ぐんでいたく感動していた。皆良くやっているね。
今年は年末に良いナメタを見つけられず残念だった。いまはどうかと行って見たらまあまあのも
のを見つけた。子持ちと言ってもそんなに多くない。牡蠣は昨日試しに作った甘辛煮が思ったより
良くできたので今日も買った。色々見て歩いたらアブラ坊主とかアンコウもあったし、トゲクリガ
ニも動いていたが見るだけに。イワシも沢山出ていたが買わない。本当は凄く美味しいそうだ。指
で開く方法を市場のおじさんに前教わった。唐揚げにしたり、フライパンで焼いて食べたりしたが
生は未だに食べれない。調理人が作ったら、可能かも。さて、この寒さに鶏さん卵を産んでるかな
と眺めまわしたらありましたよ。おばさん曰く、「この頃少し生みました。」と、2ケース買った
ら、手づくりのイチゴダイフクを頂いてしまいました。なんとまあ。