私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

古代社会は男女平等な社会だったのです。豊玉毘売のお産の例から・・・

2019-03-14 09:04:23 | 日記
 産殿を造っている最中に豊玉毘売はお産が迫り、急きょ、産殿に入ります。その時に毘売は夫である火遠理命言います。
         “凡佗国人者。臨産時。以本国之形生”
 <スベテ アダシクニノヒトハ コ ウム オリニナレバ モトツクニノ カタチニナリテ ナモウムナル>

 「他国の人がお産する時は、故郷の国の形になって子を生むものです。だから、私もその通りにしますから」

         “願忽見妾<アヲ ナミタマヒソ ト マヲシタマイキ”

 「決して、私の姿を見ないでくださいね。」
 と、頼んで産殿に入ります。

 ここでも、また、あのイザナミが黄泉の国で、「私のの姿を決して見ないで」とイザナギに言ったように、「見ないで」と言われたにもかかわらず見てしまった結果、夫婦が離れ離れになってしまう事件と同じような事件が起きております。
  
 ここで、また、お話がそれますが、夫婦が、その一方の本来の姿を見た為に別れなくてはならないような事件が歴史上でよく起きておりますが、その例はイザナミや豊玉毘売など女性だけに限るのではないかと思いきや、男性にもあったと言うことが書紀には書かれております。
 大物主神がその例です。
 我が吉備津神社に祭られている第7代孝霊天皇の皇女である「夜痲登登母母曾毘売<ヤマトトモノソヒメ>」は、後に「大物主神」の妻となりますが、その姿を見たことがありません、「お姿が見とうございます」と頼んだところ、その翌朝、その姿を化粧箱の中に見て驚きます。蛇だったのです。余りにもびっくりして大声を上げます。それを聞いて神はその驚きようにびっくりして三輪山に逃げ帰って、再び、毘売の元には戻ってきませんでしたという例もあります。
 このように何も隠れるのはアマテラスなどの女性だけに限られたわけでもありません。男性にもあったのです。と云う事は、古代の社会では、男女平等の、男だ女だという差別のない社会だったと言う事も分かります。
 
   歴史って面白いですよね。???!!!!???

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