宮城の奥まった所にある「西宮」に玄宗皇帝は移されます。そこには、もはや、かっての華やかさはありません。老いの迫る侘びしい生活です。それを白居易は歌います。
夕殿螢飛思悄然 <夕殿に蛍飛び、思い悄然たり>
夕方の御殿にも蛍が時を忘れずに舞っております。しかし、皇帝の思いは楊貴妃のことで胸がいっぱいです。「悄然」ー愁い悩む事です
孤燈挑盡未成眠 <孤燈挑げつくし 未だ眠りを成さず>
かっては、昼間と紛うほど赤々と灯りがともされていたが、今は、ただ一つだけです。その明かりが燃え尽きても、未だ眠れません。
遲遲鐘鼓初長夜 <遅々たり鐘鼓 初めて長き夜>
鐘鼓<ショウコ>とは時を知らせる時計です。その音がやたらとゆっくりと時を刻みます。夜長の物思う秋が始まります。
耿耿星河欲曙天 <耿々たる星河 曙<アカツキ>ならんと欲する天
星河」は天の川です。耿々<コウコウ>とは光の幽かな様です。長い夜の天の川の幽かな光も消え、夜が明けようとしています。
鴛鴦瓦冷霜華重 <鴛鴦瓦冷えて霜華重し>
おしどり夫婦であった楊貴妃と玄宗を思い出させる御殿の屋根お飾っている「鴛鴦<エンオウ>瓦」にも霜がいっぱいに降りています。
翡翠衾寒誰與共 <翡翠の衾は寒く 誰と共にかせん>
翡翠の衾<シトネ>に、寒い夜を誰と一緒に寝られることがあろうか。一緒に寝てほしい楊貴妃は今はいない。
一人侘びし、くひっそり希望も何もない空しい生活を強いられている皇帝を、これでもかこれでもかと その悲哀に満ちた暮らしぶりを「思い悄然」「未成眠」「初長夜」「欲曙天」「霜華重」「誰與共」の3字で、よりリアルにその実態を書き出しています。もう一度声に出して御読みいただきたいのです。読むほどに、玄宗の胸の内が明らかになるように思えるのですが???