「身体」と「知」を二項対立的にとらえるのが罠で、両者は相互作用のあるパラレルなプロセスとしなければならないんじゃないの。
今日の聖句「それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた〔のです〕。」(コリントの信徒への手紙二5・16-17より)
SBの画像圧縮の話が盛り上がってますが、PHSでは体感通信速度を上げるために結構昔からやられてる方法ですね。最初はプロキシソフトみたいのだったんですが、今じゃサーバ側で処理してます(高速化サービスと呼んでる)。もちろんこれを使うかどうかはユーザの判断で、そこが問題になるかと。
すなわち、画像圧縮をユーザが選択できるか、強制的に一律にかけるか。そのことを事前にユーザに説明していたか、そのあたりがやはり問題なのだと思いますね。
読売新聞「ステッカーで新聞勧誘お断りと意思表示していても勧誘行為をやめないッ!」ww ←読売新聞が政府会議で社長が嘲笑されたとして消費者庁等に抗議文を送付 - Togetterまとめ togetter.com/li/837596 @togetter_jpさんから
「新聞の普及とその戸別配達網が、... 押し売りを防ぎ、...」
<- ミイラ取りがミイラになってないか? 全部ではなく一部だとしても。
新聞の配達員が、一軒一軒にさわやかな声かけしている図は見たことがない。それに、彼らは非常に早いので、声かけされても困るお宅も多いだろう。おじいちゃんおばあちゃんにはいいタイミングなのかな?
うちに限らず、ブログやツイッターやニコ生はこの数年の炎上環境のなかで急におもしろくなくなった、というか、シリアス系とバカ系に完全にわかれちゃったよね。そしてうちとしては、事業として継続する以上、シリアス系にならざるをえなかった。僕的にも寂しいけどやむなしでしょう。
米のオキュパイ運動は,つまるところ持たざる者の持つものに対する噴飯を表明したわけだが,これが伝統的な「ブルジョア vs. プロレタリアート」の構図でなくて何だというのか.金融業やIT産業が日本よりずっと比重が高いと思われる米でも,結局は同じこと.
集団的自衛権を行使するときも,きっと「○○地域の安定・繁栄のため」「国際平和に貢献」などの文言が,米国の片棒担ぎの隠れ蓑にされるでしょう.そしてそういう宣伝を大手メディアが率先してやってしまう... twitter.com/kawazoemakoto/…
「世の中,足の引っ張り合いですよ」というのが自分の世界観.これは自分がずっと勉強してきたことがそういうパースペクティブだと書いてあるのを読んだことにも起因する.