「けやぐの道草横丁」

身のまわりの自然と工芸、街あるきと川柳や歌への視点
「けやぐ」とは、友だち、仲間、親友といった意味あいの津軽ことばです

#21.ふたつの国宝  (1)夕顔棚納涼図

2013年08月28日 | 工芸
● 国宝/紙本淡彩納涼図/しほんたんさいのうりょうず
久隅守景/くすみ・もりかげ/筆
二曲屏風/一隻/江戸時代(17世紀)
東京国立博物館蔵/1952(昭和27).11.22指定
149.1cm×165.0cm


  一般に「納涼図」または「夕顔棚納涼図」と呼ばれているこの日本画は、いつのころからか私の座右の一枚となりました。炎天の日の夕方など、デジタル画像とはいえ、芯からの涼しさ、ホッとする温かさを与えてくれます。

  久隅守景(生没年出生地不詳)は江戸初期の画家。狩野探幽門下の四天王の一人に数えられる「狩野派」のエリート画師でしたが、一男一女の不行跡により破門。また罪により佐渡に流され、一時、加賀・前田藩に寄食するなどの波乱の人生、さらに寛永から元禄期にわたるとされる極めて長い画業など、謎の多い画師といわれています。

  絵に描かれているものは、土壁・藁葺の掘立小屋という、いわゆる「雨露を凌ぐ」だけの住まい。防犯対策の「閂」もなく、入口は開放されています。この家にあるものは、大きな敷き莚(むしろ)と、か細い竹組みの庇(ひさし)棚だけです。莚には親子が三人同じ方向の何かに視線を向け(一般に左扇上方に描かれた満月を見ているといわれます)、はにかむように微笑みながらゆったりとくつろいでいます。

  庇棚の上には太く実った夕顔の実がいくつも描かれ、青々とした葉とともに炎天から日射しをさえぎり、屋内と屋外の中間に心地よい風通しの空間をもたらしています。豊かに繁る夕顔と、それを支えるには不安とも思えるか細い竹とが相まって、その夏は大風や大嵐に見舞われていないことを想わせます。家財道具や農工具は一切描かれず、完全に仕事や家事から解放されています。

「 夕顔のさける軒端の下涼み男はててれ女(め)はふたのもの 」

※ててれ=襦袢・褌,ふたの物=腰巻   

  この絵の元となったといわれている和歌です。和歌というにはいかにも生活染みて、「滑稽和歌」の趣きさえ感じられます。詠み人の木下長嘯子(きのした・ちょうしょうし)は、「おね」=北政所=高台院の甥にあたる武将・大名で、歌人としての作風は近世初期の歌壇に新境地を開いたとされ、松尾芭蕉にも少なからぬ影響を与えたといわれているようです。

  久隅守景はこの和歌に触発され、何ものからも束縛されない自由な境遇を求め、その代償として清貧な「雨露を凌ぐだけ」の生活に、小さな真の幸福=理想郷を夢見たのだと思います。そこには犯罪も災害もない、いつも最愛の家族と共に月の出を待ち侘びる時間と空間があります。

  「狩野派」は室町時代中期から江戸時代を通じて為政者の「御用絵師」グループとして、当然のように発注を独占し制作を続けていました。当時の中国=宋・元の画風の強い影響のもとに、その伝統的な様式美を継承することが最優先の仕事で、現代の芸術とは違い、個人の美意識を表現するなど思いもよらないことだったはずですが、「破門」された守景は、いつか自分ならではの表現をしてみたいと考えていたのでしょう。はからずもそれが、日本人なら誰でも理解でき、郷愁を覚える日本ならではの絵となりました。さすがに「狩野派」の名手といわれるだけあって、月・夕顔・人物・髪の毛・竹竿など、それぞれがすべて異なる高度な技法を用いた筆線で描かれているのだそうです。

  およそ300年の時を経て、戦後新たに制定された文化財保護法〈1950(昭25).8.29施行〉による第一次指定に選出され、近世初頭において、何気ない「民衆のくらし」の美に題材を求めた日本画の先駆けとして、私たちの眼前に姿を現わしました。「国宝」というととかく「敷居」の高いイメージがありますが、この作品ほど視線が低く肩の凝らない発想の絵画も少ないといえます。こうした、くらしの「ハレとケ」の「ケ(褻)」に主眼を置く作品を、60年以上も前に「国宝」指定に持ち込むために尽力された、当時の関係者の方々の熱意を想い、敬意を表したいと思います。


  なお、描かれた家族の「視線の先」には何かが描かれていたはず、つまり、この屏風は「一隻」ではなく、「一双」(ペア)だったのでは?という考え方も根強いようです。だとするとこの屏風は完品ではないことになります。しかし、当然そういった意見も踏まえ、国宝指定の審議は行なわれたものと想像します。右側の「一隻」のみでも、十分にその価値は、あると…。はたして若い家族の六つの瞳は、一様に何を見ていたのでしょうか?

  久隅守景は一時加賀・前田藩の食客として金沢に身を寄せていました。かくいう私も、北のふるさとを離れ、旧加賀藩江戸下屋敷地内の共同住宅に住まいを得、本籍を置かせていただいていること、偶然家紋も加賀さまと同じ「梅鉢」であることに何かの縁を感じます…。


朝夕の涼に拙筆歩き出し  蝉坊


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