メイキング・オブ・マイマイ新子

映画「マイマイ新子と千年の魔法」の監督・片渕須直が語る作品の裏側。

2008年夏、山口オーディション 記憶修正版

2009年11月18日 06時13分03秒 | mai-mai-making
 ちょっと記憶が違ってました。

 2008年8月には、福田麻由子さんのテスト録音はまだやってませんね。
 この時期、進んでいたのは映像の編集で、8月21日Aパート編集、8月22日Bパート編集カット390まで。カット391以降は作業が進んでいないので、また後日です。
 翌8月23日、山口オーディションへ出発ですが、午後ぎりぎりまで東京で仕事して、羽田発17時5分の飛行機です。で、宇部へ着陸して列車で移動、22時35分に徳山へ着。このとき、引退間際の新幹線0系(引退記念塗装)に乗ることができてしまいました。

 そして8月24日、日曜日、午前9時から徳山の山口放送本社で、県内から集った子どもたちから声優オーディション。脇田美代アナウンサーに進行役をお願いしました。子どもたちには、完成画面を見ながら、マイクの前で一人ずつ喋ってもらいました。福田新子の音声との掛け合いじゃなかったでしたね。男の子たちにはシゲルかタツヨシ、女の子には新子、貴伊子、光子のいずれかの役の台詞をもらったのでした。

「番組に作るので、ワッキーがオーディションやってる風景も撮りたいので、一応やらせてみて」
 という話があって、脇田さんにもひづる先生の台本を渡してありました。
 オーディション用マイクの前に立った脇田アナは、まず自己紹介。
「脇田美代、23歳です」
 ???
「え? は、はい??」
「わたし、23歳です」
「は、はあ」
 たしかにお若いのですが、実力発揮中のアナウンサーの方と思ってたものですから、そんな大学出たてとは。
「ひづる先生、23歳ですよね」
 あ・・・・・・そういうこと。
 でも、台本のどこかにそんなこと書いたったけ、俺?
 いやいやいやいやいや、どこにも書かなかったぞ、そんなこと。
 読み込んで、役作り、きっちり作って来てる?
 ひょっとして、有望?

 さらに、現地の大人の方々に集まっていただいて、山口弁のガヤ収録を行いました。三田尻駅のプラットホームと、駅前で使うためのもので、これはオーディションではなく本番用素材です。完成していた映像に登場する駅前の通行人たちの風情に合わせてシチュエーションを決め、方言監修・森川信夫さんに来ていただいて、きわめて方言度の高い台詞を作りました。
 ここで山陽楼新築工事の人足役をやってもらったのが、先日のトーク&ライブ舞台監督の大橋さんでした。
「まあ、夏までにはなんとかせるいの」
 後日、千古役になる奥田風花ちゃんにも居残ってもらって、防府高校三人組のひとりとして、ここでも登場しています。天神さんの梅が枝餅を食べたがってる女子高生の役です。
「梅が枝餅食べようやあ」
で、「あんた食べすぎでね」といわれてしまいます。

 全部終了が18時。
 夜、「おつかれさま」と打上げをやった席上、脇田さんは、
「わたし、録音のために東京に行けるでしょうか?」
 内心、かなりOKかも、と思い始めておりました。
 その後、山口湯田温泉へ移動して一泊。せっかくの温泉ですが、羽をのばす暇もなし。翌日の昼食はもう、東京・荻窪でコンビニのうどんをすすっていました。この日、まだ作画担当者未定で残っていたカットを、13時からの作画打ち合わせで全部消化してしまおう、ということになっていましたもので。

 9月1日、キャスティング会議。
【新子、福田麻由子に決定済み】
【諾子、森迫永衣。交渉に入る】
【長子、本上まなみ。交渉に入る】
【ひづる先生 候補 脇田アナウンサー】
 主要キャスティングもかなり埋まってきました。
 あとは、シゲル、タツヨシら台詞の多い男の子たち。それに貴伊子が未定で残っています。
【貴伊子 声優案、俳優案を福田テスト収録後に再度選定 涼やかで高い声の人】

 9月2日、福田麻由子さんに渡す新子テスト収録用台本を作成。これで新子の音声を録音して、残るキャスティングのオーディションを録音新子との掛け合いで行う予定。
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