メイキング・オブ・マイマイ新子

映画「マイマイ新子と千年の魔法」の監督・片渕須直が語る作品の裏側。

台詞を山口弁に書き換える

2009年11月08日 20時21分31秒 | mai-mai-making
 シナリオをもとに絵コンテが作られ、そこで若干の台詞修正を加えて、ふつうならそこからアフレコ台本が作られます。しかし、この作品ではいきなりそうできない事情がありました。
 台詞をすべて山口弁に変えなければならないのです。
 この作業だけはわれわれの手に余るものです。けれど山口県防府市にはうってつけの人物がいる、と聞かされ、台詞の山口弁化作業をお願いすることにしました。といっても、表現のかなめである台詞を他人様におまかせしなければならないというのは、脚本家として正直、身構えてしまうことだったりもします。

 2008年4月6日。
 われわれが待つ東京の録音スタジオへ、防府から森川信夫さんがやって来られました。こちらから送付済みの台詞原稿を山口弁に翻訳したものを携えて。
「当時の山口弁は今の山口弁とは異なります。たとえば今の山口で話される『ぶち』などという言葉は当時ありません。あれはもっとあとの時期に県外の西の方から入ってきた言葉です」
 森川さんは、そんなふうにひとつひとつの言葉だとか、イントネーションの変化について、いつ頃どこで発生した言葉なのか、学究的にわきまえておられるました。とても博識でありつつ、お話がわかりやすい。
「ですから、台詞は今の山口弁ではなく、昭和30年の山口弁になるようにしました」
 こちらからはあらかじめ、山口弁をしゃべる登場人物ひとりひとりについて、「この人は昔ながらの方言を使う」「この人はかなり標準語化されている感じ」などと指定しておいたのですが、そうしたことにも柔軟に対応していただいていました。その上で、
「光子の方言の度合いが両親よりも深いのはうなづける話です。幼児は年寄りの祖父母に面倒見られることが多いわけですから」
 と、こちらのプランを、説得力たっぷりに肯定してくださいます。

 この日、森川さんを招いした場所が録音スタジオだったのは、森川さんに山口弁ぼ台詞を朗読してもらい、それを録音しておこうと考えていたからです。
 森川さんは貴伊子の台詞まで読んでいかれます。それもまた趣のある、どこか懐かしい当時の東京方言として。森川さんは貴伊子の人となりに感受性を刺激されてもいたようです。
 すっかり安心し、信頼させられてしまいました。

「じゃあ、新幹線の時間がありますから」
 録音を終えた森川さんは、つむじ風のように帰っていかれました。
 われわれの手元には、森川さんが吹き込んだ山口弁の全台詞を収めたCDが残されています。これが、これから作られてゆく演技の土台になってゆきます。
 声優のオーディションを始める1ヶ月前の話です。すでに、山口県出身の役者のリストアップが進められつつありました。
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