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鴨頭の掲示板

日本史学関係の個人的な備忘録として使用します。

【記事】 鴨頭俊宏《新刊案内》「竹本知行編『軍都広島の形成―遠くて近い原爆以前の広島―』」『地方史研究』第436号(2025年8月)

2025年08月08日 12時55分44秒 | いち研究者としての日記
地方史研究協議会に投稿していた標記の記事(査読なし)を掲載する『地方史研究』第436号(75巻4号)が完成し、東広島市内の自宅に届けられました。掲載頁は134~135です。
このたび案内した新刊は、編者が私立安田女子大学(広島市)の現代ビジネス学部で主宰するゼミのメンバーで執筆陣を構成し、卒業論文の作成にかかる研究の各成果を1冊の編著にまとめたものです。廃藩置県から原爆投下にいたる都市広島の発展史について、軍事産業・都市インフラ・人口動態3つの相関関係を意識しながら、変化を描き出しました。
発行は今年2月ですが、ちょうど今年の7月、客員教員を務める放送大学 広島学習センターで《公開特別講座》「日本近代における人口動態と地域社会・文化―広島県とその周辺地域を中心に―」(2025年度第1学期2回)があるため、その準備で重要な参考文献の1つとなりました。
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【備忘】 鴨頭俊宏《公開特別講座》「日本近代における人口動態と地域社会・文化 ―広島県とその周辺地域を中心に―」(放送大学 広島学習センター、2025年度第1学期2回)

2025年07月12日 23時05分52秒 | いち非常勤講師としての日記
7月12日(土)午前10時30分より90分間、放送大学 広島学習センターで標記の公開講座をおこないました。
今回は日本近代の人口動態がテーマですけど、今年はちょうど5年に一度の国勢調査が実施されるのを踏まえて、大正9年(1920)にその第1回が実施されたことに着目しました。明治時代のうちに関連する法律が定められたこと、しかし実は戦争などを理由に度々延期されていること、に触れつつ、当時の史料を解説するのに重点を置いています。
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【備忘】 放送大学 広島学習センター年度第2回教員懇談会・卒業研究ガイダンス(2025年6月22日)

2025年06月23日 02時42分45秒 | いち非常勤講師としての日記
6月22日(日)午後、広島市内の放送大学 広島学習センターで標記2件の行事が催され、出席してきました。卒業研究ガイダンスでは、私自身がこれまでに経験してきた四年制大学の一般的な卒業論文執筆との違いを学んでいます。
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【備忘】 交通史学会2025年度第1回「編集委員会」(2025年6月18日)

2025年06月19日 12時50分40秒 | いち研究者としての日記
6月18日(水)19時より1時間強、標記の委員会がZoomを用いたオンラインで開催されて、私は東広島市の自宅より参加しました。委員会では、司会を務めています。
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【記事】 鴨頭俊宏《新刊案内》「吉野健一編『日本史のなかの千葉県』」『地方史研究』第435号(2025年6月)

2025年06月13日 12時55分33秒 | いち研究者としての日記
標記の記事を掲載する地方史研究協議会『地方史研究』第435号が、完成して東広島市の自宅にも配達されました。掲載頁は138~139です。
広島県に研究拠点を置く私がなぜ標記の新刊(山川出版社、2025年3月)を手に取ったのかといえば、大学院生時代より専門的に取り組んでいるテーマに関し、最新の研究成果がいかに説明されるかをチェックするためでした。すなわち「鎖国」下外国船対応の情報ネットワークのことです。
今日の千葉県域をめぐっては、その期間に中国船の漂着事件が複数発生しており、幕末期には江戸湾防備の問題でも関係しました。もう1つ重要なのは、これは日本史学界でも一部の近世史研究者だけが語っていることなのですけど、元文4年(1739)のいわゆる「元文の黒船」への対応です。黒船来航といえば一般的には、嘉永6年(1853)ペリー来航が有名ですけど、実はその114年前、ロシア船が日本列島を探検に訪れており、上陸地の社会ではけっこうな騒ぎとなりました。これが「元文の黒船」です。この船は、千葉県域(房総半島)にも来ています。
今回の新刊で「元文の黒船」の新たな見解を述べることはありませんでしたが、ひととおり読み、別の学びを得ています。行政区分史の観点でいえば千葉県域は、古代律令制において下総・上総・安房の3ヶ国に分けられ、江戸時代でも「将軍の御膝元」の東隣ゆえ大藩が置かれず、中小藩と幕府直轄地とに細かく分かれつづけました。そのうえで成り立つ千葉県を、1つの社会として一般的な歴史ファンにもわかりやすく説明するのは容易でなく、相当なセンスが求められましょう。対して標記の新刊は、原始時代以来の歴史を、史跡・文化財を中心としつつカラーの図表・写真を駆使しながら192頁の分量で整理しました。史跡・文化財の探訪におけるハンドブックに適し、かつ、このように複雑な地域社会史をわかりやすく説明する方法を考えるのに資すると思います。
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【受贈】 加藤僚《研究動向・展望》「近世日本における河川交通の特質について―西欧との比較を通して―」『九州歴史科学』第52号(2024年12月)

2025年05月21日 12時50分13秒 | いち研究者としての日記
加藤僚さんより標記論考の抜刷を1冊、私にも贈ってくださりました。ありがとうございます。
近世日本河川交通史の特質を、西欧と比較しつつ見出していくことを念頭に置きながら、双方の研究内容を整理されました。
ひととおり読み、今後議論を呼ぶであろうと興味をもったのは、双方の支配体制を比較するにあたって目線の置き方をどうするかです。日本史で近世に当たる時代は西欧でも近世に区分されるのですが、同じ時代区分名でも位置づけは異なっています。日本史の場合は中世に築かれた封建制度がかたちを変えつつ全国で残り続けるのに対し(※そもそも日本史学では、封建制度の捉え方自体が見直され、明確でなくなっています)、西欧の場合は、中世の封建社会から近代的な国民国家へと変容していく過程の時代と整理されます。これに応じるかたちで加藤さんは、日本史については領主(藩)目線で、西欧の場合は主に国家の目線で(※イギリスの内部を流れるテムズ川にも言及しています)、それぞれ支配と河川の関係を整理しました。
しかしながら江戸時代の藩主は、一般的な封建制度論を当てはめてみるとすれば国王―諸侯―領民のうち諸侯に該当するものであり、西欧において近代化を進める国家とは異なるものでしょう。
そもそも日本の近世と西欧の近世とは同じ目線で対照しづらいと言ってしまえばそれまでですけど、読者の立場からして同じ目線で対照できているとわかる方法論を検討してみるのがよいかもしれません。例えば、西欧のなかで17~18世紀に至っても中世以来の封建的なしくみが残りつづける地域社会を選び、このような社会における支配と河川の関係を論じた研究はないだろうかと思います。
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【備忘】 鴨頭俊宏《公開特別講座》「日本近世における人口動態と地域社会・文化 ―広島藩領とその周辺地域を中心に―」(放送大学 広島学習センター、2025年度第1学期1回)

2025年05月17日 20時31分54秒 | いち非常勤講師としての日記
17日(土)午前10:30~正午、放送大学 広島学習センターの客員教員に着任して初めての特別講座に臨みました。
今回は、全都道府県のなかで広島県が4年連続転出超過数1位となってしまっている実情を鑑み、市民のあいだでも関心が高いと思われることから、人口動態の歴史をテーマに選んでいます。そして、江戸時代広島藩領の場合を統計資料で位置づけつつ検討しました。
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【備忘】 本ブログPV数ちょうど310,000に到達(2025年4月24日)

2025年04月24日 22時46分59秒 | いち研究者としての日記
2025年4月24日(木)、久しぶりに本ブログのアクセス状況を確認すれば、開設5,550日目で通算PV数がちょうど310,000になっておりました。本当に偶然です。

すでに広報されていることですが、gooブログは本年11月に廃止され、ほかの媒体へ移行することになっています。これまでのペースからすれば、ちょうど32万に到達することは無いままになるでしょう。
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【受贈】 岡本健一郎「対馬藩における軍制と沿岸警備」(長崎歴史文化博物館『研究紀要』第19号、2025年3月)

2025年04月14日 19時15分52秒 | いち研究者としての日記
岡本健一郎さんより標記論文の抜刷1冊を私にも贈ってくださりました。ありがとうございます。
江戸時代いわゆる「四つの口」の1つを担いつつ、その前半期より十万石格並への家格上昇を目指した対馬藩について、17世紀後半~18世紀前半期に直面した「唐船打ち払い問題」への対応をとおし、長崎警備と連動した沿岸防備を重視していく流れを説明しました。
ひととおり読み関心をもったのは、論文に登場する「唐船」「異国船」「沿岸警備」3つの近世史用語をいかに使い分けるかです。うち「唐船」は当時、単に中国船あるいは中国製の船ばかりでなく、外国船自体を指して使う場合もあったので(唐船に乗り来日した外国人を指す「唐人」についても然り)、その史実が論述の疑問点を生んでいます。具体的には、論文の中核部分、第3章について章題を「幕府の唐船対策への対応」(掲載誌62頁)とし、岡本さんが読んだ史料に出てくる「唐船」の問題に注目したのに対し「おわりに」では「沿岸警備」や「享保期以降に異国船の脅威は…」(掲載誌68頁)などと、注目する用語が変わっています。しかしながら、これは有名な史実ですが、この論文で分析対象とした期間の延長線上にある文政8年(1825)「異国船打払令」を改めて読めば……
「一體いきりすニ不限、南蠻、西洋之儀は、御制禁邪教之國ニ候間」と、打ち払う理由を述べる箇所より「若押て致上陸候ハゝ(マヽ)、搦捕、又は打留候ても不苦候」と、打ち払い対象が上陸した場合の対処方法まで示すうえで、通達の最終部分につき「無二念、打拂を心掛、圖を不失様取計候處、専要之事候條、無油斷可被申付候」としつつ「尤、朝鮮、琉球なとハ船形人物も可相分候得共、阿蘭陀船は見わけも相成兼可申」と、打払対象外の船籍にも言及しているのです[脚註]。
すなわち「唐」の国の船と、それら以外の国の船とに区別がつけられているのです。ならば、論文で提起した、対馬藩における「唐船打ち払い」とはどう理解すればよいのでしょうか。
おそらく岡本さんが研究された打ち払い対象の「唐船」と、のちの幕府通達にある「唐」の船とは別ものと思われるので、論文中でその用語の整理を施されれば、読者は対象時期のあとの歴史まで見とおしやすくなるのではないかと考えます。

 [註]
・『御觸書天保集成』下(岩波書店、1941年)858~859頁(史料番号:6541)
・鴨頭俊宏《歴史教育》「近世史用語『異国船』をいかに教えるか」『山口県地方史研究』第129号(2021年)
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【備忘】 放送大学 広島学習センター教員懇談会

2025年04月14日 12時15分06秒 | いち非常勤講師としての日記
今年度より本職の兼業で客員准教授としてお世話になる放送大学 広島学習センターは広島大学東千田キャンパス(広島市)のなかにあるのですが、ここで開かれる教員懇談会に初めて臨みました。
懇談会では、出席者間で自己紹介を交わすとともに、年間のスケジュールや職務につき説明を受けています。

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【受贈】 下向井紀彦《史料紹介》「三越社員のみた競合百貨店―昭和八年『神戸大丸視察記』―」『三井文庫論叢』第58号(2024年12月)

2025年04月12日 04時21分48秒 | いち研究者としての日記
下向井紀彦さんより標記《史料紹介》の別刷を1冊、私にも贈ってくださりました。ありがとうございます。
昭和8年(1932)に神戸三越で雑貨主任を務めていた芹澤清という人物が同じ都市のライバル店神戸大丸を視察した報告書(副題の三井文庫所蔵参考図書、D四二一-一五七)を、関連史料を参考にしつつ翻刻しています。
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【受贈】 下向井紀彦《史料紹介》「大塩の乱後における三井越後屋大坂本店の再建記録―天保十一年『開店諸用控』―」『三井文庫論叢』第58号(2024年12月)

2025年04月11日 12時58分16秒 | いち研究者としての日記
下向井紀彦さんより標記《史料紹介》の別刷を1冊、私にも贈ってくださりました。ありがとうございます。
三井越後屋の大坂本店は天保8年(1837)2月、大塩平八郎の乱で焼失しました。約3年半の再建期間を経て天保11年(1840)11月、営業を再開しています。副題にある三井文庫所蔵史料(本九九一)の翻刻を中心としつつ関連史料の紹介もしながら、再建の歴史像を描き出す道筋をつけたといえましょう。
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【受贈】 下向井紀彦《研究ノート》「経営史料からみる越後屋の貸傘」『三井文庫論叢』第58号(2024年12月)

2025年04月11日 12時55分51秒 | いち研究者としての日記
下向井紀彦さんより標記《研究ノート》の別刷を1冊、私にも贈ってくださりました。ありがとうございます。
当時巷間で川柳の題材として取りあげられるほど有名な江戸時代三井越後屋の貸傘サービスにつき、経営コストとの兼ね合いに着目しつつ創業から明治維新期に至る長期的なスパンで、歴史的変化を描き出しています。
掲載誌42頁などで、19世紀に入り原材料費の高騰でサービス用の傘の調達費用が云々を論述していますが、それはまさに今日の国内社会が直面している問題に通ずる歴史ではないかと、興味をもたされます。
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【記事】 鴨頭俊宏《新刊案内》「田中洋平著『住職たちの経営戦略―近世寺院の苦しい財布事情―』」『地方史研究』第434号(2025年4月)

2025年04月11日 12時45分28秒 | いち研究者としての日記
地方史研究協議会に投稿していた標記の記事を掲載する『地方史研究』第434号が完成し、東広島市の自宅にも配達されました。掲載は102~103頁です。
このたび案内した新刊は、著者が令和元年(2019)に吉川弘文館より出版した単著を基礎としつつそこからさらに発展させた研究内容を、一般的な歴史ファンも読みやすいよう平易な文章で説明するものです。同じ出版社より歴史文化ライブラリー 614として刊行されました。

記事には、完成書を私にも1冊寄贈してくださったことに対する感謝の意もこめています。

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【備忘】 本ブログのべ訪問者数が17万人に到達(2025年3月21日)

2025年03月22日 14時27分00秒 | いち研究者としての日記
閲覧履歴をチェックしてみたところ、開設5,516日目(およそ15年1ヶ月半)の3月21日(金)、のべ訪問者数が17万人に到達しておりました。
研究関係の備忘メモ代わりに使用しているため1ヶ月あたり1~2本のペースで投稿していることから、毎年安定的にのべ1万人強が訪問してくれている感じです。
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