言語楼-B級「高等遊民」の戯言

日本語を中心に言葉の周辺を“ペンション族”が散策する。

続・辞書の個性(06/10/20)

2006-10-20 10:20:02 | 辞典
    辞書の個性は、語の定義・語釈だけでなく、用例にも顔を見せることがある。「洒落」(しゃれ)という言葉を例に引くと『岩波国語辞典』(第5版)は、

       【(言葉の同音を利用して)人を笑わせる、気の利いた文句。例、「へたな洒落はやめなしゃれ」の最後の部分が「なされ」とかけてある類。】

と、説明し、あえて?下手な洒落の実例を引き合いに出している。お堅いイメージのある岩波書店の辞典にしては珍しく遊んでいる感じもするが、個性的なことでは比類のない『新明解国語辞典』(三省堂、第5版)はどうかというと、

       【(その場の思いつきとして)類音の語に引っかけて、ちょっとした冗談や機知によってその場の雰囲気を和らげたり、盛り上げたりする言語遊戯。例、潮干狩りに行ったがたいして収穫がなく、「行った甲斐(=貝)がなかったよ」と言うなど。】

という具合で、洒落のレベルでは『岩波国語辞典』より一枚上手だ。

     用例が、どの語についても上記のように個性的というわけではない。いくつかの辞典でまったく同じ用例を挙げているケースもある。

     例えば「回文」(かいぶん)という語の場合。『岩波国語辞典』の定義に従えば、「上から読んでも下から読んでも、同じ言葉になる文句」だ。その用例として同辞典は、有名な「たけやぶやけた」という“文句”を載せている。同じ例文は、『現代国語例解辞典』(小学館)も、『大辞泉』(同)も出している。なんと『新明解国語辞典』も同じ例を挙げているのだ。しかし、「逆さ」、「田植え歌」と別の用例も追加し、独自色をアピールしている。(「たけやぶ……」の例は全文ひらがななのに、追加の例を二つとも漢字かな交じりにしているところに、ある意味が込められているように思える)

     カラー図鑑も兼ねた国語辞典の嚆矢(こうし)とも言うべき『日本語大辞典』(講談社)と、編著者陣が執筆した『問題な日本語』シリーズがベストセラーになって“副業”でも話題を集めている『明鏡国語辞典』(大修館)では、共に「たけやがやけた」という同じ用例を示している。上述の多数派とは「ぶ」が「が」に変わっただけだが、これもまた辞書の個性というべきか。


     〈参考〉「回文」は英語で“palindrome”というが、手元にある英和辞典10種のうち『リーダーズ』(研究社)、『ジーニアス』(大修館)、『新グローバル』(三省堂)など実に8種までもがそろって“Madam, I’m Adam”というまったく同じ用例をあげている(中には、その1例に加えて別の例文や単語を掲げている辞典もある)。
      
      ちなみに英英辞典では、“POD”の愛称で知られるオックスフォードの小型辞書が “nurses run”という文例を挙げている。英語を第二言語としている学習者向けの辞書の中では『ロングマン現代英英辞典(LDOCE)』が“deed”と“level”、『コウビルド英英辞典』が“refer”と、文ではなく単語を例に出している。米国の辞書を代表する『ウエブスター』の用例は、“Madam, I’m Adam”と“Poor Dan is in a droop”の2文だ。