11時半を少し過ぎてしまった。
開店が遅れるのは珍しくはないが、
火曜日のランチは勝負の日のような気がしていた。
すぐに男の人が入ってきた。
最近よく来てくれる人だ。
「あんこう鍋ってこの価格で食べられるんですか?」
やった!って感じ。
まさか、最初からあんこう鍋を食べる人がくるなんて考えてなかった。
それからいつもの顔が次から次へとやってくる。
そのほとんどがあんこう鍋だ。
昼間っから、あんこう鍋を食べる若者がこれほどいるなんて
驚きとともにとっても嬉しかった。
お造り膳や野菜膳がほとんどのはずが、
その倍の価格のあんこう鍋がこんなに出るなんて、
この世もまだまだ捨てたもんじゃない。
いつもと違うもの、
あまり食べたことのないもの、
美味しいかもしれないと感じたものに、
みんな挑戦できるのだ。
あんこう鍋は、早々とソールドアウト。
すごく希望が感じられた。
全く食べたことがないという人がほとんどだった。
にもかかわらず、僕の店と僕の考えたランチを信じてくれた
多くの客に感謝したい。
しかし、夜は落胆があった。
出張などで忙しくて2週間ほど顔を見せなかった人が来てくれた。
取引先の人を連れて。
56歳。
名古屋支店の最高責任者だ。
しかし、彼らの会話に落胆した。
僕は以前、
僕が名古屋に来たころからよく行っていた
日本料理の店に連れて行ったことがある。
法事などにも使われる立派な店構えの店だし、
大将は名古屋の有名な店で15年修行し独立した。
ただ、時代の流れというか、
一階は、誰でも気軽に入れる店にしようと、
高級定食屋のような造りに変えた。
家族やカップルも入れる店にした。
メニューも日本料理にこだわることなく、
エビフライなどの揚げ物も出すようになった。
それでもメインは、ふぐ料理と、ウナギだ。
魚料理は全てが美味しい。
美味しい煮魚が食べたいということで連れて行ったのを覚えている。
彼は僕に嬉しそうに話しかけた。
「あの店は本当にいいよ。
役員も時々行かれるそうで、
いい店だと言ってくれるんですよ。
本当にいい店を紹介してくれました」
問題はこれからだ。
彼が連れてきた取引先の大手企業の役員と呼ばれる人は
嬉しそうに話し出した。
「あそこは唐揚が美味しくてね。
僕は若い人たちを連れて行くと、
必ず食べさせるんだ。
次に美味しいのは、ウインナのセイロ蒸しだね。
あれは美味い。
僕は大将にいつも教えてあげるんだ。
ラーメンをやったら流行るぞって」
話を聞いていて情けなくなった。
60を過ぎた一人前の姿をした男が、
日本料理が何かも知らず、
そのような歴史のある店で、
腕を持った大将に、
唐揚を作らせ、
ウインナのセイロ蒸しを作らせ、
ラーメンまで作らせようとしているのだ。
店や大将のプライドを潰して自慢している男など
僕にとって存在価値はない。
「日本料理の店でよくそんなゲテモノを頼めますね。
僕ならそんな無礼な客はすぐに帰ってもらいますね」
「唐揚を頼んじゃいけないのか?」
「中華料理屋で頼めばいいじゃないですか。
あんなに立派な腕のある職人に失礼ですよ。
きっと河豚やウナギを食べたこともないでしょ」
「河豚は●●なら3000円だし、
ウナギはスーパーで買ったほうが安いじゃないか。
あの店だと、河豚は1万円も取るし、
うな重なんか8000円だ。
そんな金を使うのは馬鹿だよ」
60の男の言うことじゃないし、
あまりにも何も知らない日本人のサラリーマンを感じた。
こんな男が長をやってる会社の社員も可哀想だ。
常連の彼は、僕の言うことは理解している。
だから何も言わない。
取引先ならもっと大事にするはずだ。
彼もこういう結果を予想して連れてきたのだ。
馬鹿らしくなって何も話す気がなくなった。
それでも僕には、
あんこう鍋を選んでくれた客がいる。
みんなこんな馬鹿だけじゃない。
こんな馬鹿を見て、
あきらめるよりも、
本物を見つめようとしている人もいる。
明日がいい日であって欲しい。
5日は、また手術。
少しは気が重いが、
今回は今までのような逃げ出したいような恐怖感はない。
諦めではなく、
ここからがスタートのような気がする。
両脚が動かしづらい今だからこそ、
諦めるのはやめよう。
徒に塞ぎ込むよりも、
見せ掛けだけでも元気でいたい。
少しは僕も、大人になったのかもしれない。
開店が遅れるのは珍しくはないが、
火曜日のランチは勝負の日のような気がしていた。
すぐに男の人が入ってきた。
最近よく来てくれる人だ。
「あんこう鍋ってこの価格で食べられるんですか?」
やった!って感じ。
まさか、最初からあんこう鍋を食べる人がくるなんて考えてなかった。
それからいつもの顔が次から次へとやってくる。
そのほとんどがあんこう鍋だ。
昼間っから、あんこう鍋を食べる若者がこれほどいるなんて
驚きとともにとっても嬉しかった。
お造り膳や野菜膳がほとんどのはずが、
その倍の価格のあんこう鍋がこんなに出るなんて、
この世もまだまだ捨てたもんじゃない。
いつもと違うもの、
あまり食べたことのないもの、
美味しいかもしれないと感じたものに、
みんな挑戦できるのだ。
あんこう鍋は、早々とソールドアウト。
すごく希望が感じられた。
全く食べたことがないという人がほとんどだった。
にもかかわらず、僕の店と僕の考えたランチを信じてくれた
多くの客に感謝したい。
しかし、夜は落胆があった。
出張などで忙しくて2週間ほど顔を見せなかった人が来てくれた。
取引先の人を連れて。
56歳。
名古屋支店の最高責任者だ。
しかし、彼らの会話に落胆した。
僕は以前、
僕が名古屋に来たころからよく行っていた
日本料理の店に連れて行ったことがある。
法事などにも使われる立派な店構えの店だし、
大将は名古屋の有名な店で15年修行し独立した。
ただ、時代の流れというか、
一階は、誰でも気軽に入れる店にしようと、
高級定食屋のような造りに変えた。
家族やカップルも入れる店にした。
メニューも日本料理にこだわることなく、
エビフライなどの揚げ物も出すようになった。
それでもメインは、ふぐ料理と、ウナギだ。
魚料理は全てが美味しい。
美味しい煮魚が食べたいということで連れて行ったのを覚えている。
彼は僕に嬉しそうに話しかけた。
「あの店は本当にいいよ。
役員も時々行かれるそうで、
いい店だと言ってくれるんですよ。
本当にいい店を紹介してくれました」
問題はこれからだ。
彼が連れてきた取引先の大手企業の役員と呼ばれる人は
嬉しそうに話し出した。
「あそこは唐揚が美味しくてね。
僕は若い人たちを連れて行くと、
必ず食べさせるんだ。
次に美味しいのは、ウインナのセイロ蒸しだね。
あれは美味い。
僕は大将にいつも教えてあげるんだ。
ラーメンをやったら流行るぞって」
話を聞いていて情けなくなった。
60を過ぎた一人前の姿をした男が、
日本料理が何かも知らず、
そのような歴史のある店で、
腕を持った大将に、
唐揚を作らせ、
ウインナのセイロ蒸しを作らせ、
ラーメンまで作らせようとしているのだ。
店や大将のプライドを潰して自慢している男など
僕にとって存在価値はない。
「日本料理の店でよくそんなゲテモノを頼めますね。
僕ならそんな無礼な客はすぐに帰ってもらいますね」
「唐揚を頼んじゃいけないのか?」
「中華料理屋で頼めばいいじゃないですか。
あんなに立派な腕のある職人に失礼ですよ。
きっと河豚やウナギを食べたこともないでしょ」
「河豚は●●なら3000円だし、
ウナギはスーパーで買ったほうが安いじゃないか。
あの店だと、河豚は1万円も取るし、
うな重なんか8000円だ。
そんな金を使うのは馬鹿だよ」
60の男の言うことじゃないし、
あまりにも何も知らない日本人のサラリーマンを感じた。
こんな男が長をやってる会社の社員も可哀想だ。
常連の彼は、僕の言うことは理解している。
だから何も言わない。
取引先ならもっと大事にするはずだ。
彼もこういう結果を予想して連れてきたのだ。
馬鹿らしくなって何も話す気がなくなった。
それでも僕には、
あんこう鍋を選んでくれた客がいる。
みんなこんな馬鹿だけじゃない。
こんな馬鹿を見て、
あきらめるよりも、
本物を見つめようとしている人もいる。
明日がいい日であって欲しい。
5日は、また手術。
少しは気が重いが、
今回は今までのような逃げ出したいような恐怖感はない。
諦めではなく、
ここからがスタートのような気がする。
両脚が動かしづらい今だからこそ、
諦めるのはやめよう。
徒に塞ぎ込むよりも、
見せ掛けだけでも元気でいたい。
少しは僕も、大人になったのかもしれない。