カウンターの中から客をのぞくといろんなことが見えてくる

日本人が日本食を知らないでいる。利口に見せない賢い人、利口に見せたい馬鹿な人。日本人が日本人らしく生きるための提言です。

一緒に行く人、この指止~まれ。

2013-03-13 | 人間観察
彰子先生とお酒を飲んだ。

明日の彼女の仕事を考えると、そう遅くまではいられない。

そうは思いながらも、こんなに楽しい夜はなかなか手放せない。

「今日は一緒にお風呂に入っていい?」

突然の申出に僕はびっくりした。

狭い風呂の中で、彼女は僕の膝に乗っかっていた。

「私、お父さんいないの」

僕は驚いた。

別段珍しいことでは無いことなのに、
なぜか大きな衝撃を受けた。

こんなに素直におおらかに育っている人が、
家庭に恵まれなかったのかと、
少し違和感を持った。

「私が13歳の時、不慮の事故で死んだの。
それから私は、対人恐怖症になったの。
だから恋人もできなかった。
それでも父が中学校の先生だったから、私もその道に進んだ。
間違いだと感じたこともあるけど、
原田さんに出会えて、私は教師になって良かったと思うようになった。
だから原田さんは、私の恩人。
お父さんと同じ仕事ができるのは、原田さんと出会ったから」

何も言えなかった。

みんな言いたくない過去を背負っている。

こんな若い子が、一生懸命生きてきた。

恥ずかしくなる。

それから彼女はずっと何も言わなかった。

しっかりとしがみついて、僕の身体にキスをしてきた。

しっかりと抱き合った。

強い絆ができたような気がした。

「明日、早いんだろ? 仕事」

「大丈夫。若いから」

「こんなオジサンでごめんな」

「だから安心なの。なぜかわからないけど、原田さんと繋がっているとき
すごく幸せな気持ちになれる。一人で逝っちゃぁ嫌だよ。私ね、お父さんの穏やかな死に顔を見ながら約束したの。私は、結婚した人と、一緒に逝くよって。結婚する人とは、『一緒に逝く人この指止まれ』って言って一緒に行く人じゃないとダメなの。だから、原田さんは、先に逝っちゃだめだよ。この指止まって一緒に逝きたい」

彼女の涙が寂しかった。

僕にこの子を幸せにしてあげられるのだろうか。

僕はこのとき、すごく大きな恐怖感のようなものを感じていた。

一日中、彼女の言葉が忘れられなかった。

そして夕刻、いとこのご主人から電話があった。

「文子が死んだ」

僕の従姉だ。

みんな先に逝ってしまう。

伯父も伯母も、父も母も、姉も弟も。

そして今度は従姉が逝った。

みんな、この指止まれ~って、どうして言わなかったんだろう。

一緒に逝く人、この指止~ま~れって。