ンデンデキ外伝

僕の話をしよう。

ポー・ダインバックスの一生

2007年11月28日 02時02分11秒 | 糞心ワープ関係
ポー・ダインバックスについて話しましょう。

みなさんは彼の人物像からついた愛称、「ポー・”ブラスト”・ダインバックス」の名前で聞くことも多いことかと思います。


私たちがテレビや雑誌で見る彼の少しとぼけた人柄。


あれは、嘘です。


いつの頃からかついた彼のミドルネーム「ブラスト」。
彼の生まれた土地では、未だにその言葉を口にするのは忌まわしいことであるそうです。

絵本「せみの一生」の主人公「ポッポ」がポー・ダインバックスその人をモデルにして考えられたというのは余りにも有名な都市伝説です。

しかしその話は伝説でもなんでもなく、紛れもない事実なのです。

昔いたずらや夜更かしをして母親に叱られるときに、よく「ポッポがくるよ!」と脅かされたものです。

今思えば、子供の頃に何度もそんなことを口にされて、よく今日まで生き延びられたなと恐ろしくなる。


恐らく世界で数人もいないでしょう。
「ポッポがくるよ!」という言葉にこんなに恐怖する者は。


逆に世界に数人は必ず居るということです。

今のこの瞬間も、この僕と同じように怯え続けている者が必ず居るのです。
僕は、顔も知らない、世界で唯一、同じ気持ちを共有できる僕の友人たちに心から同情します。


本当に、知らなければよかった。
知ろうなんて思うんじゃなかった。
好奇心が身を滅ぼすことになるなんて。

もう二つに一つだ。


そう、二つに一つだ。

アニメホールデンと呼んでくれ

2007年11月22日 01時49分13秒 | 糞オタク関係
今、ネットで自分が見ていたものから生まれるずっと前にやっていたものまで、色々とアニメやヒーロー物の動画を見ていました。


月曜から金曜までの六時代のテレ東アニメ、
水曜にはドラゴンボール、
朝学校に行く前に見てた再放送アニメ(今ならコナンとキテレツしかやんないもんな~)、物凄く早起きすれば、アストロガンガーやタイガーマスクという超超超激アツのレトロアニメに触れることができた。
金曜と土曜の夕方にはガンダムや勇者ロボットシリーズ、戦隊シリーズも始めはこの時間だった。
土曜の夜には鬼太郎三期、鉄拳チンミ、おぼっちゃまくん、好物目白押し。
日曜の朝は特撮と女の子アニメ、ビックリマン・・・この時間は未だにけっこう見る。


そういうのがいまだに好きなんです。

特にそれらの主題歌を聞くと、その当時のことを昨日の事のように思い出します。

テストで悪い点をとって初めて母さんに勉強のことで怒られたとき、「テッカマンブレード」の歌が流れていた。

ある日曜の朝に飼っていた猫が死んだとき、テレビからは「デジモンアドベンチャー」のエンディングテーマが流れてた。

ハウス名作劇場の「七つの海のティコ」の歌が流れていたとき、家族で食事を終えて僕は英語塾の宿題をやっていた。
日曜日は一週間で唯一家族が全員家に揃い食事をとり、お風呂にお湯を溜めていた。父さんはお風呂に入ったらすぐにソファで寝てしまっていたっけ。


あぁノスタルジア。

本当に昨日の事みたいです。
時々こうやって思い出すのですが、すぐにそれはもうどうしようもなく遠く離れてしまったものなんだって気付きます。


エヴァやアキラ、サウスパークとかかっこいいアニメも良いけれど、僕が本当に一番好きなのは少年時代にそこにあった子供向けのなんてことない作品でした。

僕の少年時代がいつ終わったのかは分からないけれど、きっと初めて違和感を感じたのは、友達みんなが「信長の野望」に大はまりした時でした。
その頃は紛れもなく少年時代と呼べたはずですが、少しずつ壊れていくものの始まりはきっとそこだ。
中学生になると、もうなにもかもが生々しくなっていた。
これはきっとみんなそうだと思います。


金もセックスも死も夢さえもなかったあの頃が何物よりも輝いていたように思えます。
バンド活動もクラブカルチャーもグラスを合わせる音も電話番号を交換することも、全て汚いことに思えてしまう。



僕もいつかは日曜日には家族で家でゆっくりするようになるのでしょうか。
もし僕の子供がアニメを見たがったら、僕は野球中継なんて見ないで一緒に見るのにな。



アニメでディープになれる俺は安上がり。

おでき

2007年11月20日 03時07分14秒 | 糞心ワープ関係
最近"おでき"ができるんです。

しかも全身、いたるところに。
それぞれ大きさ・色がまちまちで、しかもちょっと、ちょっとだけですよ?
臭うんですよ。
なんというからっきょうというか、絵の具というか、そんな感じの臭いです。
どっちにしろあんまり嬉しいものじゃないですよね。

幸い痛いとか痒いとかそういうのがないから放っておいたんです。
でもさっき顔洗ったときに、顔の真ん中、ちょうど鼻の頭あたりにでっかいそれを見つけてしまったのです。

緑色の表面はうっすら透明がかっていて、翡翠色とでもいえばいいのでしょうか。
けっこう綺麗なんです。

でもやはりおできはおでき。
顔の真ん中にそんなものがあったらウゲーです。

中学生の頃、顔中ニキビだらけにしても、ひとつも潰さず地道にクスリを塗り続けた僕ですが、流石にこんなものは一秒でも早く消してしまいたい。

で、潰したんです。


そしたら「ヴ、ヴぁ、ヴゅ・・・」って。

確かに僕は聞きました。
漫画じゃないんです。
おできを潰しただけで「ヴ、ヴぁ、ヴゅ・・・」なんて鳴りますか?
鳴らない。
でも僕は確かに聞いた。

間違いない。
今の音はこいつの声だ。
おできに見えたこいつらは生き物で知らない間に僕の身体を乗っ取ろうとしていやがったのだ。

「おい」

僕は鏡に向いたまま語りかけた。おでき状のそれに。

返事はない。おできの分際で無視か。

「おい!」

僕は声を荒げた。すると

「なんけ」

おでき状のそいつは今度ははっきりと分かる声で僕に答えてきた。
これで確信は確証された。

「一体お前はなんだ」

「わしゃあおできじゃあ」

喋ったと思ったらどこまでも気に障る野郎だ。
しっかり人間様の言葉を使って「わしゃあおできじゃあ」などとぬかしやがった。
喋るおできなどあるわけないだろう。

「いいか、俺にとってお前が何者かなんて大した問題じゃないんだ。言ってみればお前はまさに俺のおでき程度の存在ってわけだ。ただひとつ我慢ならないのは、おできであるお前がわざわざ自分がおできだと喋っていることだけだ」

「カメムシ、わしゃあおできじゃけん、難しゅうてようわからんわ、あーむ」


普段は割りと温厚なほうなんだよ。
でもこのときばかりはもうなにがなんだか分からなくなったね。

「もういい、僕は今すぐお前を潰す。冥土の土産に教えといてやる。僕がこの世で唯一最も許せないものはな、喋るおできなんだよ」


「ヴ、ヴぁ、ヴゅ・・・ヴあァゃ」


死んだ。殺した。あっけない。

それにしても気分が悪い。
全身不快な汗でぐっしょりだ。
ちょうど洗面所に居るのだからシャワーを浴びることにしよう。

僕はシャワーを浴びるべくべたつくシャツを脱いだ。
鏡に映る僕の身体にはびっしりと翡翠色のおできが照り光っていた。

サッピョロを歩く

2007年11月16日 02時07分41秒 | 糞何気ない日常関係
私たちの街札幌。
都会と言われようともやはり狭い街です。
南二条を越えた辺りからのその界隈あの界隈を歩けば必ず誰か知っている人に出会う。
逆にそこから駅前辺りまでは、例え知っている人でも僕の知らない顔をしている。

遠くからやってきた人は口を揃えて札幌は独特の街だ、面白い と言う。
ずっとこの街に住んでいる僕もそう思います。

札幌のまさに中心部に越してきてからは物理的に移動する距離は小さくなったけれど、以前以上に動いている。

16、7から何度も行き来した道を今日も歩く。
学生の頃には知らなかったことに毎日気づく。
自分が行き来した道を、ずっと年上の人たちが同じように何度も行き来したことを改めて知り、感動に似た感情をおぼえた。


この街は本当に面白い。
いつか誰かが唾を吐き、ゲロを吐いた道を歩いているだけでも、自分がどこかへ向かっている気分になる。
面白い方へ行こうと思ってこれまでやってきたけど、どうやら自分で行こうと思えばまだまだ面白いものが見れそうです。

これから雪が降り、身体を温めなくてはいけなくなりますが、吹雪の中でもなお、前を見据えていれば何か見えてくるかもしれません。霊とか。

身体には十分お気をつけください。








でもやっぱり「コウジ、もう一杯くれないか」とは言えないなぁ。

ジェネレーションX以降の僕らはホモエモ

2007年11月13日 01時47分49秒 | 糞音関係
ひょっとして、その昔パンクと呼ばれてたものが90年代ではオルタナと呼ばれて、今はエモと呼ばれているだけではないでしょうか?

こんなことはロッキンオンあたりで何回も書かれているのでしょうけど。

同じように、古代に強い雄がより多くの雌と交尾できて、狩りが上手い男が家庭を持つことが出来て、地位や金のある人がより多くのひとに慕われるようになったのではないでしょうか。

こんなことは社会学あたりで何回も書かれているのでしょうけど。

そう考えると無欲ってすごいことだ。
そこに到達出来ればそれは宇宙レベルの事件だ。

こんなことは仏教あたりで何回も説かれているのでしょうけど。


こんな書かれ尽くして説かれ尽くして作られ尽くされた世界で僕らは何をすればいい?
まったく先人の想像力には頭があがる。
なんせ本来出すための穴に入れちゃったりするのが浸透してしまうくらいにして。

つまりそれは何でもやっていいってことだろう。

それもきっと誰かが既に言っていることなのだろうけど、大事なことは自分でそれに気づいて、実際にやることなのかも。



そんなことを考えた末、ありえないところに入れることをさっき決めた。
きっとそれもこれまで人が繰り返してきたこととそう変わらないはずだ。

芸術の秋!

2007年11月06日 01時11分44秒 | 糞心ワープ関係
私は陶芸に一生を捧げてきた。

若い頃は食べたいものも食べず、大概の若者のする遊びなど目も暮れず、女も抱かず、ただひたすら土と火とに向かい合っていた。
その甲斐あってか私の作品に金を払ってくれるものも徐々に増えていき、作品につくゼロの数は年々増えていった。
多くのものが趣味として終えていくこの道で、私は最も大きな成功を収めたといえるだろう。

だがしかし、ここ数年私はひとつも作品を完成させていない。

若い頃の情念に任せた作品も、陶芸家として成熟を果たした後の作品も、今の私には作れる気がしないし、作る気もしない。
言ってしまえば、私はここ数年ではなく、これまで一度も真に作品を完成させたことなどないのではないだろうか。

ろくろを回し、窯に火をくべる、この作業に私ほどの情熱を捧げたものがかつて世界に一人でも居ただろうか。
驕りととってもらっても結構だ。
しかし、人として当たり前の幸せの一切を放棄し、土をこね続けた私の情熱がどれほどのものか、私の駄作の数々からでもいくらか感じ取ってもらえるのではないだろうか。


なんて、馬鹿らしい。


もうこの際、私と君とで言ってしまおう。
私の作品など、情熱など、豚の糞ほどの価値もない尿瓶に過ぎないのだよ。


いくつの皿や壷を割ったことだろうか。
私の工房は既に歩く場所もない。
作っては壊し、壊しては作りの毎日の果て、先日遂に私は土を食った。

土の良し悪しを見るために食ったことはこれまで何度もあったが、あれだけの量をいっぺんに食ったのは初めてのことだった。

不思議と興奮した。
これまで手でこね続けてきたものを、歯でこね、腹でこねたのだ。

怒りと錯乱の果てに起こした愚行ではあったが、今ではどうしてもっと早くにやらなかったのだろうかと思っている(この年月を経て初めて到達できる境地なのだろうが)。
どうやら今こそ私は真に私の作品を完成することが出来るようだ。

とても興奮しているが、恐ろしいほどに冷静だ。
この冷静さは確信からくるものであろう。
これまで私は窯から取り出し、作品が完成するまでその良し悪しを判断することは出来なかった。
しかし、もう窯は必要ない。

ただいま土は胃を経て大腸を過ぎ、小腸でこねくりまわされている。
土に命を宿すには窯の火は熱過ぎたのだ。
この人の温もりだ。
口蓋から入り、臓物で様々な分泌液と混じりあい、腸の中の温かなそれとなり、肛門から出産されて始めて土に命は宿るのだ。

「芸術とは内から生まれるものである」など言葉では何度も聞いてきたことだし、私自身も繰り返し述べてきた。
なのに何故素直にこうしなかったのか。

これに勝る人工物が存在しえるだろうか?
人工物でありながら、あらゆる人工物を超越する色、艶、形、それになんといってもこの・・・匂い!
さぁ、今こそ私の処女作を排出しよう。
そして私は生まれ変わるのだ。







※以下芸術的理由によりカット。

ストロング・スタイル

2007年11月01日 00時54分38秒 | 糞スケベ関係
自分でもにわかには信じがたいことでありますが、最近もしかしたら、マンガに出てきそうな強い者にしか興味のない男になりつつあるかもしれません。

馬鹿な。
あれだけ負け犬至上主義を掲げてきたこの僕が・・・。

しかし今日も今日とて、精液の薄い奴には興味がないので、ひとりサウナで腐った汗を捨てていたのもまた事実・・・。




いや、ちげーんだって。ちっげーーんだって。


例えばです。
僕が何回かバイトで入った遊園地のことを話しましょう。

そこの遊具はどれもどこかすすけていて、僕が担当したグルグル回る象のアトラクションもガシャガシャノイズが入った何年か前のモーニング娘。の曲をBGMにしてて、ニコニコ笑っている象もどこか申し訳なさそうな顔をしているように思えました。

あの調子ならどのアトラクションも同じような感じだったのでしょう。


夢を売るというただでさえ欺瞞の上に成り立っている商売をやっているのに。
せめて子供にはすすけた夢なんかじゃなくて、キラキラした夢を見せてあげようよ。
孫と遊びに来たじいちゃんばあちゃんに冷や汗流させないで、胸を張らせてあげようよ。

お前らちゃんとやれよ!と、思ってしまったのですよ。まったくもって。



ほら、誰かが言ったじゃないですか。
「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」って。


そう思うと、強いことも悪くないのかなって思ったのです。
強いこと以上に弱いことが人を傷つけることもあります。

かつては「誰よりも弱くなりたい」なんてのたまった自分ではありますが。
これからも二転三転、堂々巡りの繰り返しなのでしょうが。
それでも今日は強くなろうと小さく呟いてみよう。

自分が強いとも優しいとも思いませんさ。
でも強くなろうとはしていますさ。


・・・そうだ。強くなろう。強い男に。


そう決めた今日の仕事中、起床から何時間たっても何故か勃起が収まりませんでした。
この角度・硬度・・・何年ぶりか。
どうやら俺は既に強い男になっていたらしい。

ひとりの先輩の女性がそれに気づいたらしく、ぎょっとしていました。

「強い男にね、なったんですよ」

とあくまでも優しく刺激しないように教えてあげました。
彼女の手をそれにそっと導いて握らせてあげたら、キャーだかギャーだか叫んでてなんだか凄くテンションが高くなっているようでした。
けっこうホットな人なんですね。
手はひんやりして気持ちいいのに。

でもわかる。わかるわかる。その気持ちわかるよ。

「おい!」と他の先輩が大きな声を出してきました。
まぁそりゃびっくりしますよね。
先輩ったら僕の長大な逸物に嫉妬しっちゃったんですね。
わかるわかる。その気持ちわかるよぉぉぉぉ。。。。

その後も先輩なにやらずっとわめいてました。
弱い犬ほどよく吠えるってこと、納得しちゃいました。
可哀想だけど、弱いのってそれだけで惨めだよネ。

明日は何故かお休みを頂いちゃいました。
しかもどうやら好きなだけ休んでもいいとのことだそうです!
会社としても僕の強さを認めざるをえないといったところなのでしょうね!

いやー、強いってもうサイコーですぅ☆