10月31日(日)
見合いの仲介をしてくださったかたのところへ。労をとっていただいたことの礼を言う。父母の話を真に受けないでほしい旨、伝える。
10月30日(土)
見合い。心配だったようで仲介の小父さん小母さんも臨席。どこの家も、体裁ばかり気にして、結局次の世代を不幸にしよう不幸にしようとしているんですね、といった話などする。相手方に失礼はなかったと思う。
10月29日(金)
実家に戻る。みいちゃん家に行く。あまり歓迎されない。『よのなか』(宮台真司・共著)を置いてくる。みいちゃんの顔見る前に帰宅。ところで私は本当にみいちゃんのことが好きなのだろうか。自我形成の未熟な他者に、理想の自身を投影しているだけなのではないだろうか。そこが自身の抱えるパターナリズム。ナルシシズム(自己愛)を自惚れ、ダブルスタンダード(二重規範)を二枚舌、と置きかえるように、パターナリズムを日本語に置きかえると、老婆心。
10月28日(木)
着色の作業があるので、一旦東京へ戻る。よっぴいて着色する。手間取る。『まんがサイエンス』見つからない。実家に送ったかな? 作業終わらない。あじまるさんから電話。レヴォ、委託で置いてくださる、とのこと。色々あじまるさんに愚痴を聞いてもらう。
10月27日(水)
学研のひみつシリーズを苦労して穿り出す。みいちゃん家にそれを持っていく。中学校までの理科は、これで十分対応できるはずだ。あと、あさりよしとおの『まんがサイエンス』があれば完璧だ。自分の中のパターナリズムに辟易する。よほど気をつけないと、随分と押し付けがましい行動を自分はとってしまうだろう。
10月26日(火)
親戚3軒巡る。みいちゃん家でみいちゃんの祖母と伯父と色々話する。昨日ほど険悪ではない。フラットな状態になる。みいちゃんの今までについて、知らなかったことを聞かせていただく。みいちゃんのこれからについて、色々話する。
10月25日(月)
土曜日の見合いの仲介をしてくださった方に会う。えらい大病を患ったのだと伺う。うちの親の言うことを真に受けてえらいご苦労おかけしたこと判明。申し訳なく思う。
散髪する。髪を少し脱色する。
みいちゃん家に行く。空気が険悪。みいちゃん家では、私は親戚だから「イナモン」ではないだろう、という前提で見ていたが、私がこれ以上ないくらい「イナモン」であることに、気づいたようだ。みいちゃんが私と話しようとすると、みいちゃんは伯父に根性焼きされる。みいちゃんに歴史の続きを教える。居たたまれない感覚から、うまく教えられない。みいちゃんが塾行った後、みいちゃんの祖母と伯父と話する。今まで親戚の誰にも言ったことないことを色々明かす。
10月24日(日)
(10月13日から23日までの行動はメモをしてあったが、この日以降にはメモがない。日付は記憶に頼る)
引き続き労働。客はがくんと減る。お遍路さんに行くにはどうしたらいいか一番札所に電話する。
閉店後、みいちゃん家に行く。みいちゃんの母(Cさん)から、介護の現場について話を伺う。以下、そのときのメモ。Y市は全国から見て最も介護福祉の遅れている地方のようだ。
介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格を得るには、学科試験と数ヶ月の実務研修が必要だ。ケアマネージャーへの受験資格がある仕事は、社会福祉士、看護士、介護福祉士など20種ある。これらの団体では講習会がある。ケアマネージャーは動くことで金になる。
だが、受験資格はあっても、当人にその意欲があっても、資格試験を受けることができない、という問題がある。個人的に受験しようとしても、実務研修する期間、休職することができない。皆が一斉に試験を受けると、仕事する人がその期間いなくなるからだ。受験意思ある者を犠牲にしている。そのため団体トップが、受験者を恣意的に選別することになる。これは、試験が年に一回しかない、というのが問題だ。
社会福祉協議会は、半官半民の組織だ。
社協は民間レベルまで福祉を広げる目的で作られた広報機関だ。国が平成元年に立てたゴールドプランというのがある。ホームヘルパー、在宅介護支援センターなどが必要となる。本来は市町村の福祉課などが請け負うのだが、全国的に社協がそれを委託で引き受けている。新法以前は社協は補助金で運営されていた。新法以降、社協は、半官半民、将来的には独立した企業へ発展することが望まれている。
だが、我がY市の局長(武川勉市長)には介護事業という発想がない。Y市長は、福祉のために金を出さない、と公言している。で、実際に出さないという政策だとのことだ。「介護保険があるから福祉を切り捨てる」というロジックだそうだ。結果、要支援要介護認定を受けた者はリハビリすることにより保険対象から外れ、介護サービスが受けられなくなる。
Y市武川勉市長と社協は、ヘルパーが足りないからサービスができない、と宣伝している。だがこれは嘘だ。ヘルパーはいる。Y市の社協はデイサービスとヘルプサービスのうち、ヘルプサービスを切り捨てようとしている。介護認定が始まると、今社協を利用している者のうち30%ははじかれる。結果、ヘルパーが活動する時間と支払う給与とのバランスから、ヘルプサービスは赤字になる、と、Y市社協は判断した。介護保険から人的に動いた企業に対して、時間単価4020円が支払われる。
Y市では、退院したが在宅できない人を、武川勉市長の経営する「老健」(白樺荘)へどんどん送っている。Y市のこの老健は、3、4年前に作られた。老健は特養ホームではない。老健は誰でも作れる。特養ホームは福祉事務所を通さないと入れない。Y市の老健は、市役所が受付をしている。これはおそらく法律違反ではないか? Y市の市長選に落選した栗原元市長は福祉に力を入れる人だった。
といった話伺う。耳慣れない言葉が多く、理解できないことが多い。ポイントとして、ケアマネージャーの試験が年に一回しかないというのは非合理である、という整理を自分的にはした。その件について、えだの幸男議員に訊いてみよう。えだの幸男議員は福祉厚生が専門だから、この関係について事務所に行って勉強させてもらおう。もう一点のポイントは、Y市は市長の選択を誤った、ということだ。さて、こちらのほうのことは、どう対応するのがいいのかな。
えらい久しぶりにみいちゃんに会う。ちょっと見ない間にみいちゃんはぷくぷくと横に成長していた。ルックスのことを言える資格は私にはないが、これ以上肥えると私が後悔してしまいそうだ。頼む、みいちゃん、心の空虚を食物で埋めようとしないでおくれ。
みいちゃんに理科を教える。歴史を教える。鎌倉幕府を覚えることが何の役に立つのか判らない、と、みいちゃんが言う。もちろん何の役にも立たない。歴史で重要なのは明治維新以降だ。教えている途中でみいちゃんの伯父が色々知ったかぶりをされるのが、なかなか迷惑で少し困る。みいちゃんに、あるもの渡す。
帰宅.。父母も帰宅している、と、荷物で判明。父母は既に就寝。
みいちゃんに渡したもの見返し、あ、これはみいちゃんの家族に見られたら相当まずいものだ、と気づく。あまり考えないで就寝する
10月23日(土)
前日の続きの客層。絶対数は減る。それとは別に通常の客層も来る。通常の客層は時間に妙にルーズで往生する。閉店後、利用客から、隣店の客への苦情を申告される。隣店の客に説明し理解を求めお願いする。
10月22日(金)
午前5時10分起床。前日の続きの客層に対応。客の要望に間に合う。国際電話など、いくつかの試行錯誤。
組合の奉仕活動参加。草むしり他。
この日もみいちゃんの祖母パートに来るも、ほとんど話できず。
パートのおばさん退勤後、桟橋係留の2人用エンジン舟の点検。浸水に気づく。水抜きの栓を抜く。店に戻り、客の応対。
日没後再びエンジン舟を見ると、桟橋に係留された状態で沈没している。舟のロープをとって岸まで手繰り、岸へ上げようと試みる。桟橋からロープを外す。ずぶずぶと水中に舟は完全に沈む。船底に残った空気のため、転覆する。
岸からロープを手繰り舟を引く。舟が座礁する。
考える。転覆しているのだから、船内に空気を送れば浮くだろう。ドウコウ缶を用いて試みる。頭の中で予想したほど空気を人力では船内に送れないと判明。失敗。
闇夜の状態では作業困難なので、屋外照明を点けようとする。工事中のためスイッチの位置、不明。(後日聞いたところによると屋外照明は工事中のため点かないのだそうだ)
タイヤブルを使用。キー部分が錆びていたが、幸いにしてタイヤブルのエンジンは簡単にかかる。タイヤブルに舟のロープを結び、岸に引き上げようと試みる。舟の高椅子がブレーキになり、失敗。考える。
人力で舟をひっくり返そうと思う。そうすればブレーキになっている椅子が邪魔にならないはずだ。水に入って、踏ん張る。人力で舟をひっくり返すのは不可能だと判明する。
その間も、店に来客複数。閉店するに閉店できない。妹から電話。今夜は帰ってきて店番を手伝って欲しいと妹に頼む。ものすごく不機嫌になる妹。妹よ、私がどれだけしんどい思いをしているのか、少し同情してくれ。
タイヤブルでひっくり返そうとする。タイヤブルが水に入れるよう、足場を作るべく、色々作業する。タイヤブルで舟を持ち上げようとする。失敗。
テコを用いればどうだろう、と考える。試みる。失敗。考える。流されないようエンジン舟のロープを岸に繋ぎ、タイヤブルでテコを用いる試み。失敗。
タイヤブルで舟を強引に引いてしまうと、エンジンと座席が壊れる。そこでタイヤブルで押し出してみる。水中の浮力を利用してエンジン舟をひっくり返そうとする。舟の床と舟底の隙間は空洞になっている。そこへの浸水がいっそう進行していることが判明。いっそう重くなっている。人力でどうにかするのは不可能だ。
びしょ濡れになりながら考える。父が私を手元に置きたがるのはこういう時のためだ。父と二人がかりででもこのエンジン舟との格闘はしんどい作業だ。まして一人でどうすればいいのだ、と、思う。だが、これはブルーカラーの仕事だ。オーナーの仕事ではない。とも思う。
みいちゃんのことで望外なことがあったから、その反動でこんな目に今自分は遭っているのかな、と、オカルトな思考をする。
何が喜ばしいことで、何が辛いことなのかは、動物としての人間環境とは別な、文化文明による規定に制限されているのだ。だから、今置かれているこのことを不幸だと私が感じるのは、文化文明の方向付けの問題でしかないのだ、などと、脳内では無駄な思考が回転する。
気温がこの時期にしては暖かく、無風なのは自分にとって運がいい。その意味、不幸だと思うのは自己憐憫しすぎだ、と、考える。
エンジン舟をこのまま放置しておくわけにはいかない。考える。
エンジン舟のロープをタイヤブルに結ぶ。タイヤブルでエンジン舟を持ち上げ、とにかく岸に上げる。舟底の栓を開けるべく、プライヤを取りに店へ。
舟のもとへ。プライヤを使用して栓を抜く。どっ、と水が出る。栓を置きに店へ。店に妹がいる。若干言い争う。妹に頼みごとをして、舟のもとへ。
舟を人力でひっくり返そうとする。不可能だと思い知る。タイヤブルで舟を掲げる。斜めになったので、舟は更に水を放出。その上で、人力でひっくり返そうとする。動く。ついに舟がひっくり返り、転覆状態から通常状態になる。エンジンを外す。引き上げに成功する。
10月21日(木)
午前5時10分起床。普段と違う客層が大量に来る。慣れない事柄の対処で胃がチリチリする。合理的であるかのような客の要望に応えるべく、さらに胃をチリチリさせる。試行錯誤強いられる。国際電話、国際ファックス、代理店への連絡など繰り返す。幸いにして客層は概ね良質。午後9時閉店。精算。ものすごく疲れていたので、午後9時半、マッサージに行く。あまり上手ではないマッサージ師にあたる。
見合いの仲介をしてくださったかたのところへ。労をとっていただいたことの礼を言う。父母の話を真に受けないでほしい旨、伝える。
10月30日(土)
見合い。心配だったようで仲介の小父さん小母さんも臨席。どこの家も、体裁ばかり気にして、結局次の世代を不幸にしよう不幸にしようとしているんですね、といった話などする。相手方に失礼はなかったと思う。
10月29日(金)
実家に戻る。みいちゃん家に行く。あまり歓迎されない。『よのなか』(宮台真司・共著)を置いてくる。みいちゃんの顔見る前に帰宅。ところで私は本当にみいちゃんのことが好きなのだろうか。自我形成の未熟な他者に、理想の自身を投影しているだけなのではないだろうか。そこが自身の抱えるパターナリズム。ナルシシズム(自己愛)を自惚れ、ダブルスタンダード(二重規範)を二枚舌、と置きかえるように、パターナリズムを日本語に置きかえると、老婆心。
10月28日(木)
着色の作業があるので、一旦東京へ戻る。よっぴいて着色する。手間取る。『まんがサイエンス』見つからない。実家に送ったかな? 作業終わらない。あじまるさんから電話。レヴォ、委託で置いてくださる、とのこと。色々あじまるさんに愚痴を聞いてもらう。
10月27日(水)
学研のひみつシリーズを苦労して穿り出す。みいちゃん家にそれを持っていく。中学校までの理科は、これで十分対応できるはずだ。あと、あさりよしとおの『まんがサイエンス』があれば完璧だ。自分の中のパターナリズムに辟易する。よほど気をつけないと、随分と押し付けがましい行動を自分はとってしまうだろう。
10月26日(火)
親戚3軒巡る。みいちゃん家でみいちゃんの祖母と伯父と色々話する。昨日ほど険悪ではない。フラットな状態になる。みいちゃんの今までについて、知らなかったことを聞かせていただく。みいちゃんのこれからについて、色々話する。
10月25日(月)
土曜日の見合いの仲介をしてくださった方に会う。えらい大病を患ったのだと伺う。うちの親の言うことを真に受けてえらいご苦労おかけしたこと判明。申し訳なく思う。
散髪する。髪を少し脱色する。
みいちゃん家に行く。空気が険悪。みいちゃん家では、私は親戚だから「イナモン」ではないだろう、という前提で見ていたが、私がこれ以上ないくらい「イナモン」であることに、気づいたようだ。みいちゃんが私と話しようとすると、みいちゃんは伯父に根性焼きされる。みいちゃんに歴史の続きを教える。居たたまれない感覚から、うまく教えられない。みいちゃんが塾行った後、みいちゃんの祖母と伯父と話する。今まで親戚の誰にも言ったことないことを色々明かす。
10月24日(日)
(10月13日から23日までの行動はメモをしてあったが、この日以降にはメモがない。日付は記憶に頼る)
引き続き労働。客はがくんと減る。お遍路さんに行くにはどうしたらいいか一番札所に電話する。
閉店後、みいちゃん家に行く。みいちゃんの母(Cさん)から、介護の現場について話を伺う。以下、そのときのメモ。Y市は全国から見て最も介護福祉の遅れている地方のようだ。
介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格を得るには、学科試験と数ヶ月の実務研修が必要だ。ケアマネージャーへの受験資格がある仕事は、社会福祉士、看護士、介護福祉士など20種ある。これらの団体では講習会がある。ケアマネージャーは動くことで金になる。
だが、受験資格はあっても、当人にその意欲があっても、資格試験を受けることができない、という問題がある。個人的に受験しようとしても、実務研修する期間、休職することができない。皆が一斉に試験を受けると、仕事する人がその期間いなくなるからだ。受験意思ある者を犠牲にしている。そのため団体トップが、受験者を恣意的に選別することになる。これは、試験が年に一回しかない、というのが問題だ。
社会福祉協議会は、半官半民の組織だ。
社協は民間レベルまで福祉を広げる目的で作られた広報機関だ。国が平成元年に立てたゴールドプランというのがある。ホームヘルパー、在宅介護支援センターなどが必要となる。本来は市町村の福祉課などが請け負うのだが、全国的に社協がそれを委託で引き受けている。新法以前は社協は補助金で運営されていた。新法以降、社協は、半官半民、将来的には独立した企業へ発展することが望まれている。
だが、我がY市の局長(武川勉市長)には介護事業という発想がない。Y市長は、福祉のために金を出さない、と公言している。で、実際に出さないという政策だとのことだ。「介護保険があるから福祉を切り捨てる」というロジックだそうだ。結果、要支援要介護認定を受けた者はリハビリすることにより保険対象から外れ、介護サービスが受けられなくなる。
Y市武川勉市長と社協は、ヘルパーが足りないからサービスができない、と宣伝している。だがこれは嘘だ。ヘルパーはいる。Y市の社協はデイサービスとヘルプサービスのうち、ヘルプサービスを切り捨てようとしている。介護認定が始まると、今社協を利用している者のうち30%ははじかれる。結果、ヘルパーが活動する時間と支払う給与とのバランスから、ヘルプサービスは赤字になる、と、Y市社協は判断した。介護保険から人的に動いた企業に対して、時間単価4020円が支払われる。
Y市では、退院したが在宅できない人を、武川勉市長の経営する「老健」(白樺荘)へどんどん送っている。Y市のこの老健は、3、4年前に作られた。老健は特養ホームではない。老健は誰でも作れる。特養ホームは福祉事務所を通さないと入れない。Y市の老健は、市役所が受付をしている。これはおそらく法律違反ではないか? Y市の市長選に落選した栗原元市長は福祉に力を入れる人だった。
といった話伺う。耳慣れない言葉が多く、理解できないことが多い。ポイントとして、ケアマネージャーの試験が年に一回しかないというのは非合理である、という整理を自分的にはした。その件について、えだの幸男議員に訊いてみよう。えだの幸男議員は福祉厚生が専門だから、この関係について事務所に行って勉強させてもらおう。もう一点のポイントは、Y市は市長の選択を誤った、ということだ。さて、こちらのほうのことは、どう対応するのがいいのかな。
えらい久しぶりにみいちゃんに会う。ちょっと見ない間にみいちゃんはぷくぷくと横に成長していた。ルックスのことを言える資格は私にはないが、これ以上肥えると私が後悔してしまいそうだ。頼む、みいちゃん、心の空虚を食物で埋めようとしないでおくれ。
みいちゃんに理科を教える。歴史を教える。鎌倉幕府を覚えることが何の役に立つのか判らない、と、みいちゃんが言う。もちろん何の役にも立たない。歴史で重要なのは明治維新以降だ。教えている途中でみいちゃんの伯父が色々知ったかぶりをされるのが、なかなか迷惑で少し困る。みいちゃんに、あるもの渡す。
帰宅.。父母も帰宅している、と、荷物で判明。父母は既に就寝。
みいちゃんに渡したもの見返し、あ、これはみいちゃんの家族に見られたら相当まずいものだ、と気づく。あまり考えないで就寝する
10月23日(土)
前日の続きの客層。絶対数は減る。それとは別に通常の客層も来る。通常の客層は時間に妙にルーズで往生する。閉店後、利用客から、隣店の客への苦情を申告される。隣店の客に説明し理解を求めお願いする。
10月22日(金)
午前5時10分起床。前日の続きの客層に対応。客の要望に間に合う。国際電話など、いくつかの試行錯誤。
組合の奉仕活動参加。草むしり他。
この日もみいちゃんの祖母パートに来るも、ほとんど話できず。
パートのおばさん退勤後、桟橋係留の2人用エンジン舟の点検。浸水に気づく。水抜きの栓を抜く。店に戻り、客の応対。
日没後再びエンジン舟を見ると、桟橋に係留された状態で沈没している。舟のロープをとって岸まで手繰り、岸へ上げようと試みる。桟橋からロープを外す。ずぶずぶと水中に舟は完全に沈む。船底に残った空気のため、転覆する。
岸からロープを手繰り舟を引く。舟が座礁する。
考える。転覆しているのだから、船内に空気を送れば浮くだろう。ドウコウ缶を用いて試みる。頭の中で予想したほど空気を人力では船内に送れないと判明。失敗。
闇夜の状態では作業困難なので、屋外照明を点けようとする。工事中のためスイッチの位置、不明。(後日聞いたところによると屋外照明は工事中のため点かないのだそうだ)
タイヤブルを使用。キー部分が錆びていたが、幸いにしてタイヤブルのエンジンは簡単にかかる。タイヤブルに舟のロープを結び、岸に引き上げようと試みる。舟の高椅子がブレーキになり、失敗。考える。
人力で舟をひっくり返そうと思う。そうすればブレーキになっている椅子が邪魔にならないはずだ。水に入って、踏ん張る。人力で舟をひっくり返すのは不可能だと判明する。
その間も、店に来客複数。閉店するに閉店できない。妹から電話。今夜は帰ってきて店番を手伝って欲しいと妹に頼む。ものすごく不機嫌になる妹。妹よ、私がどれだけしんどい思いをしているのか、少し同情してくれ。
タイヤブルでひっくり返そうとする。タイヤブルが水に入れるよう、足場を作るべく、色々作業する。タイヤブルで舟を持ち上げようとする。失敗。
テコを用いればどうだろう、と考える。試みる。失敗。考える。流されないようエンジン舟のロープを岸に繋ぎ、タイヤブルでテコを用いる試み。失敗。
タイヤブルで舟を強引に引いてしまうと、エンジンと座席が壊れる。そこでタイヤブルで押し出してみる。水中の浮力を利用してエンジン舟をひっくり返そうとする。舟の床と舟底の隙間は空洞になっている。そこへの浸水がいっそう進行していることが判明。いっそう重くなっている。人力でどうにかするのは不可能だ。
びしょ濡れになりながら考える。父が私を手元に置きたがるのはこういう時のためだ。父と二人がかりででもこのエンジン舟との格闘はしんどい作業だ。まして一人でどうすればいいのだ、と、思う。だが、これはブルーカラーの仕事だ。オーナーの仕事ではない。とも思う。
みいちゃんのことで望外なことがあったから、その反動でこんな目に今自分は遭っているのかな、と、オカルトな思考をする。
何が喜ばしいことで、何が辛いことなのかは、動物としての人間環境とは別な、文化文明による規定に制限されているのだ。だから、今置かれているこのことを不幸だと私が感じるのは、文化文明の方向付けの問題でしかないのだ、などと、脳内では無駄な思考が回転する。
気温がこの時期にしては暖かく、無風なのは自分にとって運がいい。その意味、不幸だと思うのは自己憐憫しすぎだ、と、考える。
エンジン舟をこのまま放置しておくわけにはいかない。考える。
エンジン舟のロープをタイヤブルに結ぶ。タイヤブルでエンジン舟を持ち上げ、とにかく岸に上げる。舟底の栓を開けるべく、プライヤを取りに店へ。
舟のもとへ。プライヤを使用して栓を抜く。どっ、と水が出る。栓を置きに店へ。店に妹がいる。若干言い争う。妹に頼みごとをして、舟のもとへ。
舟を人力でひっくり返そうとする。不可能だと思い知る。タイヤブルで舟を掲げる。斜めになったので、舟は更に水を放出。その上で、人力でひっくり返そうとする。動く。ついに舟がひっくり返り、転覆状態から通常状態になる。エンジンを外す。引き上げに成功する。
10月21日(木)
午前5時10分起床。普段と違う客層が大量に来る。慣れない事柄の対処で胃がチリチリする。合理的であるかのような客の要望に応えるべく、さらに胃をチリチリさせる。試行錯誤強いられる。国際電話、国際ファックス、代理店への連絡など繰り返す。幸いにして客層は概ね良質。午後9時閉店。精算。ものすごく疲れていたので、午後9時半、マッサージに行く。あまり上手ではないマッサージ師にあたる。
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