カルトvsオタクのハルマゲドン/虚業BLOG

オタクと政治に関するBLOG

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

1999年12月26日から31日

2012年03月27日 01時26分40秒 | Weblog
新しい日記から、古い日記へ、という順番で表示されています。

 12月31日(金)

 (30日より)早朝、足立真一さんより電話。言うてはならないことを口にして足立真一さんを怒らせる。ごめんなさい。

 実家へ。二人いる妹がともに帰省すると母から聞いていたが、着いてから、妹1号の帰省は1月1日だと聞く。妹1号は大川興業のライブ『忘年会』に行ったそうだ。二千年問題に備えて今年は実家で年越ししよう、と、私を誘ったのは妹1号だった。そうだな、と、聞いたその時は私は思った。あとで妹1号から「年末どこにも行く予定がなくて淋しかったからそう言っただけだよ」と言われる。真に受けた私がバカだった。

 いつものことだが、実家は心が休まらず、居心地が悪い。

 母方の祖母が半身不随になって長い。家族が多忙で垂れ流しになる時間がある。妹2号が見舞った時、悪臭がしたと言う。兄妹で祖母に空気清浄機を送ろう、という話になる。妹2号が買いに行く。

 実家に、みいちゃんの母と祖母と弟が歳暮を届けに来る。みいちゃんは来ず。みいちゃんはどうしているか訊きたかったが訊く勇気が湧かず。みいちゃんの家族に弄ぶともなく弄ばれている気がする。意識化するのを避ける。
 みいちゃんの弟が釣りをしたいと言う。私は釣りの趣味を持たない。水鳥の餌やりにみいちゃんの弟を誘う。
 雁とマガモとヒヨドリ鴨と名前知らない渡りの鴨とアヒルの群れ。主に渡り鳥で人間に慣れていない。餌をやると、さっと水鳥は逃げる。私たちが移動すると、水鳥たちは争って餌を食べ出す。動物の反応を見るのはそれなりに面白い作業だ。

 テレビ、レコード大賞とか紅白歌合戦とか流れるのを観ながら妹2号とだらだらと話する。私は家族の中では妹2号にわりと心許しているがそのことが妹2号には負担でそうとう鬱陶しいようだ。
 妹2号の仕事場での様子を、母が勝手な想像をもとに揶揄する。その想像は誤りだ、と、妹2号が反駁する。対人スキルは接客スキルの延長なので、必要より高すぎるくらいだ、と、妹2号が自己評価する。接客スキルで対人するから、対人スキルの低い人からは「心のトモダチ」だと勘違いされ、妙に懐かれることがあって困る。と、妹2号が言う。
 私が話に乗る。妹2号の対人スキルは私と比較すると人間関係の中から経験的に得たものの度合いが高いが、私のものはほとんどが営業用の接客スキルだ。
 自分を振り返ると、ひどく人を受け入れないところがある、という話を妹2号が言う。早朝の足立真一さんに対する失言を思い返し反省する。客商売していると人を信用しないとこがあって良くないね、と、環境のせいに私はする。

 妹2号は「19」のファンだそうだ。妹2号が接客している間に「19」の演奏が始まる。それを妹2号に教えること、接客を交代することを私も母も怠る。妹2号が機嫌を損ねる。妹2号との会話が殺伐とする。

 今年の年越し蕎麦は、近くの村で生産した蕎麦だ。近くの村で蕎麦を生産していることを私は知らなかった。有名なのだそうだ。
 その村に隣接する町は蕎麦を食べる習慣はほとんどない。うどんが主食だ。村同士の人の流入がほとんどなかったのだろうか、と、父と話す。

 父就寝。母就寝。妹2号との会話がいっそう殺伐とする。妹2号に追われ、暖房のない、元妹2号用の部屋に行き、日本テレビの『いけ年こい年』観る。就寝。

 12月30日(木)

 実家へ帰省する前にUPするものUPしようとHPいじる。
 ディグさんから、プレイステーション貸して下さいとの電話。引っ越し以来全く整頓していない荷物を、プレステ求め整頓する。汚れた大量の服を洗濯。プレステの本体とコードは見つかるが、コントローラーが見当たらない。探すのに疲れたのでディグさんに経過説明する。コントローラーはディグさんの部屋にあるとのこと。問題解決。ディグさん来室。
 『ビブリボン』をディグさんがプレイする。その傍らで私は紀伊国屋ファクス文書を打ち込む。コインランドリーが閉まる前に、ディグさんに留守番頼み、洗濯物を取りに行く。干す。ディグさんと食事に行く。ガストへ。
 義務感以外実家帰る理由ないよね、とか、互いの家の抱えている問題とか話す。
 「結局、人間がやっていることだから、予定通りにいかないんですよね」とディグさん。
 ディグさんと別れる。(31日へ)

 12月29日(水)

 実家からファクス。

 12月28日(火)

 夜、みいちゃんに電話する。みいちゃんがクリスマスのときに好きな男の子に告白してふられたとか、そういう話伺う。「お兄ちゃん、彼女はいるの?」とみいちゃんが訊くので、みいちゃん彼女になってくれ、と頼む。断られる。言うタイミングと言葉の選択を間違えた、と、後悔する。「お兄ちゃん、それって、ロリコン?」とみいちゃんに言われる。何を今更言っているんだ、俺は物凄くロリコンなんだよ、と、言いそうになったがさすがにそれは堪える。「お兄ちゃん、いい歳なんだから、早く彼女探しなよね」とみいちゃんから言われる。電話の向こうで、帰宅したみいちゃんの母が笑っている。

 12月27日(月)

 コアマガジンへ、単行本の打ち合わせに行く。
 巻末対談とオビを、どなたにお願いしようか、何人か候補挙げる。

 編集さんと雑談する。キツネの女の子と、タヌキの女の子。
 キツネに騙された、タヌキに騙された、という噺があるが、これは男性から見た2種類の女性像だ。男性が女性にのぼせ上がるのはよくあることだ。
 あ、この人は勘違いしている、と、女性の側が気づく。のぼせ上がり盲目的になっている男性をヘタに無下にすると、逆上され殺される恐れがある。男性が傷つかないよう女性は男性をあしらうしかない。
 その女性の行動言説を男性は自分にとって都合よく解釈し妄想を膨らませる。はっきりと振られたことが判ってから、あの女は最初から俺を騙すつもりだったのだ、と、男が感じたその感情が「キツネが化かした」という伝承に。男性の思考を全く気づかず天然に行動しているのが、誘っているかのように見えるのが「タヌキに化かされた」という伝承になったんじゃないかな。
 編集さんからこんなエピソード教えてもらう。ある男性に思いを気づいてもらえない女性が、その男性を「ストーカーなのよ」と吹聴して回っているそうだ。その男性がストーカーである、という風聞は一人歩きしているそうだ。
 ふんふん、と、私は思う。オタク社会は風聞だけで動くところが多いよね、と、私が言う。オタクは、つまらないこと・現実的ではないことにこだわることを、アイデンティティにしている。オタク社会は現実と風聞の区別がつかない社会だ。現実を確認する手段を知らない個人は、手前勝手で現実に則さない妄想を増大させていく。オタクは断片化された小さな仮想の共同体の中に退却しがちで、閉塞しがちだ。

 宮台真司氏の人間の五類型の話を編集さんとする。
 調査した時点の消費者類型として五類型は意味があっただろうけれど、「五つ」というところが、ちょっと胡散臭い。二つなら判る。一つの基準で二分するのが区別の基本だからだ。2×2で4類型なら判る。
 こう整理しなおしできるんじゃないか。社会への人間の基本態度には、楽観的ガンバリズム(当事者的態度)と悲観的(傍観者的態度)がある。オタクは悲観によって現実に耐えようとしている。悲観的になるのは、信用に足る情報を自分が持っていないからだ。自分が持っている情報が信用できず、それゆえ状況に関与できないから、悲観的になる。
 社会にはさまざまな有意義有意味な情報がある。それを得るためにはアンテナを立てる必要がある。アンテナさえ立っていれば、情報はいくらでも入ってくる。だが、「アンテナを立てる」という行動が、非常に困難だ。オタクは、アニメやマンガに関するアンテナは立っている。だが他のジャンルのアンテナを立てていない。他のジャンルにいる人間も、全てにおいてアンテナを立てるのは不可能だ。人が何にアンテナを持っているのかは、偶然に左右される。アンテナで受け止めないものに対しては人は傍観者にならざるを得ない。アンテナを素通りするものの多さに自覚的になれば、悲観的にならざるを得ない。
 宮台氏の五分類で「バンカラ」に分類される人は、楽観的ガンバリズム(当事者的態度)の人だ。自分の得ている情報に信頼感を持っている。状況に関与していると思っている。だからそれ以外のものに対してアンテナを立てる必要を覚えない。むしろ雑音は当事者には無用だし時に有害だ。「バンカラ」は社会的成功者のモデルだ。なにごとかことを起こすには、楽観的ガンバリズム(当事者的態度)が不可欠だと私は思う。
 宮台氏の五類型で「ミーハー」に分類される「新人類」は、過渡的存在だ(もはやその言葉が死語になっていることからもそれは明らかだと思う)。「バンカラ」社会的成功者モデルになれないから、アンテナを多数立てることでそれを補おうとしている。だが、「予期しない期待外れ」から自由であるわけではない。それが襲ったとき、「正の先決戦略」(楽観的ガンバリズム「バンカラ」当事者的態度)か「負の先決戦略」(悲観的態度。オタク。傍観者的態度)かどちらかの態度を迫られるはずだ。後者の反応の可能性のほうが高いと思う。楽観的になれる理由がないからだ。そして社会はいずこも断片化し、オタク化する。

 …編集さんと話している間に思いついたことを無言で黙々とメモに採ったりする。
 「すみませんね、黙りこくってメモとったりして。編集さんという仕事は大変ですよね、内に篭るタイプの人とばかり付き合わなくちゃならないから」と私が言う。
 それほど大変じゃない、たいがいの編集はもとマンガ家志望とかだから、と、編集さん。人間のタイプが似ている、と、編集さんが言う。
 …悲観したままでは何もことを起こせない。新しいアンテナを立てようとすること、何事かを継続させようとするには、楽観的ガンバリズムが必要だ。オタクは自閉し退却している。それを克服する、他者とのコミュニケーション能力って、必要だよね、という話になる。
 同じ物事でも、言い方と言う順番によって、受け取られ方が違う。人間は感情で動く。他者の感情への想像力の乏しい人には、そのことが判らない。逆にヒトの目を窺うことばかり神経を使っている人は、そのことばかりに囚われ、奴隷道徳・賎民根性でしか行動できなくなる。
 男性と女性では、成熟の順番に違いがある。女性は恋愛を思春期に求め、成熟した後に肉欲を求めるようになる。男性は肉欲を思春期に求め、成熟した後に恋愛を求めるようになる。といった話する。

 単行本、何ページか書き下ろしをしよう、という話になる。幾つかアイデア出す。「マンガ家という生活、それに伴う幻想」というネタを提示。アイデアが広がる。雑誌の側から制約されたことはないけれど、エロ雑誌という枠だと描きにくかったことを書き下ろそう、と思う。

 世の中の動きには、さざなみと大波があるよね、という話する。皮膚感覚的、生理的、身体の表面で感じること、それにまつわるムーブメントはさざなみ的。構造的、身体的、身体の奥のほうで感じること、パラダイム的なムーブメントがあって、こちらは大波的。大波を掴みたいよね、という話。

 編集者として力を持つには「この人に作らせれば大丈夫だ」という信頼感を営業に与えることが必要だ、という話伺う。初阪を半年以内に完売することと、出だしの一週間の売上のデータが重要になる。とのこと。ふむ。

 12月26日(日)

 目を覚ますと午前8時。わ。コミケ遅刻だ。あじまるさんの携帯に電話し、遅刻する旨伝える。電車に乗る。午前10時40分頃有明ビッグサイトに着く。一般行列に並ぶ。63列目くらい。1時間強待つ。こういうことするのはえーと、6,7年前の夏コミの時以来かな。入場する。ブース確認。青紙持って受付に。宅配で送った荷物取りにフットワーク受付へ。フットワークは朝の受け渡しが終わり、夕刻に向けての準備始めたところだった。台車を借りる。アルバイト付きで貸してもらう。フットワークのアルバイトさんは人込みを通るとき声をかけないので私が声かけ事故を起こさないよう人込みを掻き分ける。荷物をブースに搬入する。チラシを出す。午後から開店。永山薫さん、りえちゃん14歳さん、上月まんまるさん、ほしのふうた夫妻、O次郎さん、玄田生さん、ほしのえみこさん、マンガ防衛同盟の人などがブースにいらしてくださる。ほとんどどこにも挨拶行かず。
 途中、見知らぬ青年から「読ませていただいて色々判りました、ありがとうございました」と挨拶いただく。なにをどう判ったのか訊いてみるべきだったが、びっくりしたのと照れたのとあってつい大笑いしてしまう。ごめんなさい。失礼しましたです。ところで私はネットや同人誌のイメージから、神経細く青筋立った研究者風の人物だろうと想像されることがわりと多いらしいが、現実の私のルックスはジャイアン風ガテン系です。
 遅刻したので、チラシが思ったほど捌けない。男性向け創作ブースなので、女性読者のかたがちっとも来て下さらない。さびしいことだ。次回はまた少年創作で出店しよう。この日は結局、あまり稼ぎにはならず。再版した『世紀末鳥獣戯画』はまあまあ売れる。
 終了が近づいたので、足立真一さんとこへ行く。ディグさんに会う。ほしのふうたさんに会ったことを自慢する。羨ましがられ、紹介してくれと言われるが、ほしのふうたさんのフース判らないので、後日ふたりでほしのふうたさんとこ遊びに行こう、と、話す。
 コミケ終了する。フットワークからアルバイト付きで台車を借りてきて、発送する。ぷっちーずの発送の手伝いと、足立真一さんの荷物の処理の連絡係する。ぷっちーずの人々と別れ、足立真一さんの荷物発送を手伝う。
 駐車場を放浪し、いつきこうすけさんの車に乗り、池袋に向かうつもりで、神奈川方面に逆走する。無事池袋に着く。
 足立真一さん、いつきこうすけさん、ディグさん、仇さん、私でしゃぶしゃぶ食べる。4人はゲーセンに行く。付き合う。横で見ているうち、眠りこける。その後解散。ディグさんと電車で帰る。

コメント (1)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年12月14日から25日

2012年03月27日 01時25分40秒 | Weblog
 12月25日(土)(鎌やんは音楽に関して無知なので、表記などに誤りがあったらご指摘下さい)

 12月14日の日記書いていて、小山田圭吾を宮台真司氏が「天然系」と呼んだのを疑問に感じたので、小山田圭吾について、ディグさんに訊いてみる。
 ディグさんの評では、小沢健二と小山田圭吾を分けるのがある意味おかしい、この二人は同じカテゴリーの二つの現れにすぎない、とのこと。ふんふん、と、私はディグさんから訊き続ける。ディグさんが言うには、小沢健二も小山田圭吾も二人ともある意味オタク的だ。比べると、小沢健二は自分がカッコつけているということに正直で、小山田圭吾は寡黙で自分が悪趣味なことに正直だ。ともにサンプリングの音楽をしているが、それはアイデンティティのなさに自覚的だからだ、とのこと。
 ヒップホップは盗作自体をアイデンティティにしている、ともディグさんは言う。ふんふん、と、私はメモをとる。

 リミックスとポップについてのディグさんの意見が面白かったので、以下は、そのメモ。

 アート・リンゼイARTO LINDSAY、ヤン・ガルバレク、ビョークBJOKE、アストル・ピアソラなどをディグさんは好んでいるが、彼らには共通点がある。
 彼らは現代に生きている。現代に生きている者は風土的なものをあまり持たない。成長過程で音楽の教養とか、さまざまなものを得ていく。その、過程で得たものが、彼らのアイデンティティとなる。出自とかにはこだわらない。共同体主義ではなく個人主義だ。だが、振り返ると、個人史の制約を受けていることに、彼らは気づく。ピアソラはアルゼンチンで幼少期過ごしていた。ビョークはアイスランド出身、ヤン・ガルバレクは北欧出身、アート・リンゼイはブラジル出身。自分が個人史の中で得てきたものを、彼らはコラージュし、自分の文化的背景を軸とする。ジャズであるかポップであるかという選択した文化(音楽スタイル)と、無意識に影響を被った選択不可能だった文化(個人史、出自)を謙虚に彼らは見つめ、融合したかたちに彼らはしている。
 まっさらなオリジナリティは、人間である限りありえない。ピアソラはクラシックを勉強し尽くし、これでまっさらな音楽を作れる、と思ったが、アルゼンチンタンゴへ回帰した。まっさらなオリジナリティはありえないのだということを、受け入れ、自分の素地として利用する道を彼らは選んだ。

 リミックスは自分の選択してきた文化をコラージュできる。リミックス登場以前は、自分の受けた影響を咀嚼しているという思い込みでオリジナルを自称し、あるいは、影響を隠すことでオリジナルを自称した。リミックスは、そのことを、オリジナルはないということ、影響を逃れてないということを、あからさまにした。リミックスの面白さは、大量生産された音を解体再利用する面白さだ。
 リミックスは黒人文化から生まれた。踊るという目的に合わせ音楽の機能を追求した。3分ほどしかない曲を、より長く踊れるように、と、組み合わせ、その作業過程で色づけがはじまった。リミックスとサンプリングが交じり合い、ヒップホップが生まれた。
 オリジナルを自称するものは、誰かから必ず影響を受けている。そのことを自覚的に行なうのが、サンプリングだ。

 ビョークやアート・リンゼイは方法論(音楽スタイル)としてポップのかたちでまとめている。大衆性をもたらしている。ポップこそは普遍性を持つ、という信仰が、この二人にはある。
 ヤン・ガルバレクやアストル・ピアソラは、それに比べ、学問的(高踏的)なところをおとしどころとしている。

 ポップとは何か? より大衆的なもの、としか言いようがない。だが大衆的でかつポップでないものはある。ポップはスタイルである。大量生産的、扇情的、原色的。
 ポップとポップスの違い。ポップスは大衆的、という本来の意味ではポップ。小山田圭吾やDOOPEESはスタイルとしてポップだが大衆的ではない。ポップのスタイルは真に大衆性を獲得しようとしているわけではない。ポップは大衆が良しとしているものを拡大し、固定している。それのみを凝縮すると、扇情的部分の意識的拡大となり、むしろグロテスクとなる。(『未来世紀ブラジル』の宣伝ポスターなど)
 「パラッパラッパー」の絵はポップの悪趣味なところを可愛らしいセンスで安心できる物に変えている(ポップの高踏化から大衆化へ)

 音楽ジャンルとしてのポップは黒人音楽(ジャズ、ブルースなど)がルーツ。黒人音楽の発展型の一つだ。ロックもまた黒人音楽の発展型だ。ロックは、ジミ・ヘンドリックスという黒人の天才が一人で完成させた。
 ポップは大量生産的なものなので、ジミ・ヘンドリックスに相当する天才はいない。ビートルズ、プレスリー、マイケル・ジャクソンが、ある意味ポップにおける天才たちだ。音楽としてのポップを追求すると、中身があたりまえなものになってしまう。逆に、どんな音楽を作ろうとも大衆性を帯びた者が、ポップの天才と言える。

 漫画・アニメはポップ文化から生まれてきた。ポップはそれ自体追及すると、閉塞し深みがなくなってしまう。グレーゾーンを攻めることで、ポップには深みが生まれる。(例外的にデザイナーズ・リパブリックのようにポップと心中しようとする凄いのもある)テクノはポップを自覚的に行なうスタイルだ。ポップはスタイルを追求する。そのため、スタイルに囚われがちになる。スタイルに囚われると、要素を削っていく発展となり、豊かさがなくなり、痩せていく。デザイナーズ・リパブリックの凄いところは、新しいスタイルをどんどん作っているところだ。絶望のしなさかげんが凄い。テクノは、今は、成長期を過ぎ、爛熟期に入っている。

 以上、ディグさんから聞いた話のメモ。そのあと、松本人志は、「寒さ」の面白さ、ギャグが滑るその滑稽さをメタレベルで楽しむという視点を視聴者に与えた、という話、松本人志以降の芸人はむしろ回帰し「芸」で笑わせている、だがネプチューンは「芸」と同時に松本人志の開発したメタレベルの笑いも踏襲している、という話など、ディグさんから伺う。

 ディグさんと別れたあと、コミケ用のチラシコピーする。

 12月24日(金)

 寝て過ごす。

 12月22日(水)、12月23日(木)

 昼まで寝坊してしまう。宮路兼幸さんからの電話で目覚め、アシスタントに向かう。宮路さんの仕事場は禁煙なので、煙草吸うとき、玄関に出る。一緒にアシスタントしていた仲間を、繰り返し数回間間に鍵かけて締め出してしまう。21日に、締め出されたことを無意識に復讐してしまったようだ。
 明け方になると凍えそうになる。暖房に難があるのではなく、私の身体のほうの問題らしい。低血圧のようだ。父が低血圧に中年期さんざん苦しんだが、私もそうなってしまったか。自律神経失調、低血圧。おっさんの病気になってしまった。
 23日の明け方、また身体が冷えるので、ヒンズースクワットして身体温める。血は巡るようになるが、繰り返しすると身体が疲れバテるという基本的なことを失念していた。23日夜、原稿あがり、帰宅する。

 12月21日(火)

 明け方まで宮路兼幸さんのアシする。明け方、ひどく身体が冷え、仕事の能率がくんと落ちる。途中で抜けさせてもらい、宮台真司氏の授業受けに行く。アシしている間風呂にも入ってなかったし、自分の部屋に戻る時間もなかったので、かなりむさい恰好で行く。駅前でノートを買う。都立大の購買部でウォルフレンの『怒れ! 日本の中産階級』(毎日新聞社)購入。歯ブラシを買い、トイレで歯を磨く。

 教養社会学 

 現代的宗教は、行為系(オマジナイ系)と、体験系(ここはどこ? 私は誰?)に分れる。体験系は、世紀末的覚悟系と、人格改造的修養系(脳内革命的)に分れる。
 世紀末的覚悟系では、世界の運命は既に決まっている。
 人格改造的修養系は、脳内革命的である。自らの境地を汲みかえるのを目的とする。
 個人のタイプにより、以上3つのうちどの宗教性に惹かれるか決まってくる。

 現代的宗教は、個別の出来事を個人が無害化するわけだが、なぜ現代になって枠組ではなく個別の出来事が重要になったのか。
 現代社会はさまざまなオーガニゼーション、テクノロジーによって作られている。過去の時代は人の流動性が低かったが、現代社会は人の流動性が高い。そのために不透明である。ブラックボックスが増大した。その意味、原初的状態に似てきている。

 かつて、科学は、「神の御技を証明するために」という動機を持っていた。現代はそういう動機を持たない。
 だが、最も先端な(イニシアルな)科学者は、宗教的性格(メンタリティ)を持つ。ラジカル(根源的)なところに遡るほど「なぜこの法則であり、別な法則ではないのか」という宗教的課題に直面するからだ。
 その意味、科学の発達と宗教は不可分であり、宗教的情熱がなければ近代化はできない。

 日本人の多くに社会的動機づけはない。日本史上、近代天皇制の一時期以外は社会的動機づけを持っていない。

 近代化のベースには「パブリック」という概念がある。パブリックはキリスト教メカニズムから生まれたものだ。

 日本が近代化できたのは、近代天皇制があったからだ。天皇制は、密教・顕教的に使い分けられた。上から「天皇を中心とした、村村よりもっと大きな共同体」という枠で押さえることによって、ローカルな共同体を越える動機づけを獲得した。

 天皇制は、奈良・飛鳥時代、仏教伝来によって変わった。
 天皇制は、元来、「姉がシャーマンであり、弟が政治を行なう」ヒメヒコ制、「兄が放浪し、妹が政治を行なう」生き神制を元としている。聖俗分離のシステムで聖にあたる部分を担当していたのが天皇だった。聖と俗は、横の関係だった。

 仏教には、ヒンズー教の階層思想が含まれている。
 飛鳥・奈良時代以前の日本社会はセグメンタル(環節的)だった。大小の部族が横に並び、部族集団ごと内部にヒメヒコ、生き神を持っていた。部族集団ごと内部に聖俗が横並びに存在した。
 飛鳥・奈良時代以降、仏教思想を元として、階層化が行なわれた。天皇を頂点とするピラミッドが作られた。「聖」は頂点である天皇と、底辺の不浄である娼婦などに分れた。娼婦はそれ以前は聖に属する者だった。頂点である天皇は政治的実験を握らない。
 保田与重郎が「なぜ天皇家の壁は低いのか」「なぜ万世一系なのか」という問題を立てたことがある。
 社会学的には、なぜ権力者は自分が天皇になろうとしないか、という問題となる。答えは、権力者にとってそのほうが都合がいいから、だ。自分がどんなに不浄なことをしようと、天皇に認められている、ということで聖化される。
 「なぜ俺だけが?」という端的な事実性が天皇によって聖化される。
 戦後も天皇にあたるポジションはアメリカに変わったりしながら、この天皇の役割は続いている。

 オウム教団や高橋代表のような、カルトのグル(導師)の問題。
 宗教には、副産物として、地位代替機能がある。現実社会の中で低い地位に苦しむ人が、宗教世界でのステータスアップで、上昇志向を満足させる。
 戦前は、貧困層が見えていた。70年代後半から貧困は目に見えなくなった。物が豊かになった。階層を前提とした上昇志向に意味がなくなってくる。階層は惰性的に続きはするが。
 「承認の供給不足」が問題となる。グルは「父親的承認」を与える存在だ。人々はグルに帰依する。
 「オウム叩きは日本のバカ騒ぎ」だと、ニューズウィークは言っている。オウムへ入信する者は、オウムが叩かれるほどオウムへ魅力を覚える。参入の動機づけになる。オウムへオルタナティブを見るから。

 社会学の目的

 「社会」とは非自然的総体を言う。「隠された前提」が、社会である。
 社会学は、「近代とはなんであったか」の説明を目標としていた。「なぜ特定の国だけが近代化できたのか」。初めは、宗教に注目した。宗教分析から、社会学は始まった。

 人格類型論

 自己啓発セミナー、自己改造セミナーのルーツはアメリカにある。ベトナム戦争帰還兵が日常モードへ戻れないことが社会問題化した。アメリカではゲシュタルト療法など国家的に色々試された。自己啓発セミナーはその一つ。もともと、エグゼクティブ・官僚向けに短絡化(ショートカット)されたシステム。80年代初めハイブロウ向けに日本で流行した。宮台氏は複数回参加し、観察した。
 記憶は合理化される。記憶は捏造されている。自己改造セミナーのセッションにより、自分に強い影響を与えたであろう記憶を再現すると、「記憶だと思っている」こと・「思い出してしまうと自分は傷つくだろう」と予期していたことと、記憶との落差に気づき驚く。
 再現した記憶が「本当の記憶」なのかどうかは、誰にも判らない。
 精神分析では、19世紀から(同様のことが)なされている。本当は家族の中で何があったのか。記憶の枠変えなど。
 「客観的に家族問題があったかどうかは判らない」と、フロイトは言っている。

 自己改造セミナーの優秀なトレーナーは、3分で人を洗脳できる。他者の心の鍵をどう開けるかどう閉じるかは、テクニックとして確立されている。人間の心はオートマチックに機械的に反応する。
 「これをすると自分は傷つくのではないか」というフレーム枠組と、実際にやってみて傷つくことは、別。実際にやってみると別に傷つかない。ナンパや営業など。「ナンパして失敗したら、自分は傷つくのではないか」と考える枠組は、そう考えることが思考者にとって都合がいいということにすぎない。

 自分が、ある行為に踏み出せるかどうかは、自己イメージ・セルフイメージによる。それに従い行為がなされる。行為には偶然性偶発性が伴う。前近代的共同体では、行為による結果は決まっていた。「お定まり」の結果が得られた。近代では人それぞれの反応が返ってくるので、偶発性が高くなる。行為によって得られる体験によって、セルフイメージは強化、あるいは変化する。セルフイメージはこのように循環する。

 体験によって生じる期待外れを処理する方法には、15年前に宮台氏が統計したところでは、五種類ある。(参照;『サブカルチャー神話解体』パルコ出版)名称は消費者類型に当てた仮称であり、学問的なものではない。

 ミーハー;個別に適切な期待水準を設定する。青山立教系。
 バンカラ;期待水準を高く設定し、期待外れに対しては批判をもって処理する。東大女子に多い。
 ニヒリスト;期待水準を低く設定し、期待外れを回避する。早大系。
 ネクラ;ニヒリストの模倣によって期待外れを回避する。期待外れの生じる領域、対人領域から退却する。
 よりかかり;ミーハーの模倣によって期待外れを回避する。

 80年代半ば、「新人類」「オタク」という言葉が生まれる。
 何をもって「オタク」とするかはまた別な問題になるが、ひとりでcommitment(傾倒)する遊びに嵌る度合いが高い者を、ここでは「オタク」とする。「オタク」はこの五分類では、「ニヒリスト」と「ネクラ」がそれである。「ニヒリスト」はオタクリーダーであり、「ネクラ」はオタクフォローアーである。
 「新人類」はこの五分類では「ミーハー」と「よりかかり」である。「ミーハー」は高感度消費者、新人類リーダーである。「よりかかり」は新人類フォローアーである。
 「バンカラ」は情報的には鈍感である。

 「ミーハー」「バンカラ」「ニヒリスト」は、自己イメージが高い。「ネクラ」「よりかかり」は自己イメージが低い。自己イメージが低いから模倣という行動になる。
 社会的なもの、社会問題・政治問題へ関心が高いのは、自己イメージの高い人間である。社会的なものへの関心が低いのは、自己イメージの低い人間である。

 80年代は分類の時代だった。一概に「若者は」とは言えなくなったので、分類し若者分布を見ることにより、分類に頷きあうことによって共通の地平を確認しようとした。
 90年代に至り、どのタイプがどういう情報に接するかの偶然の度合いが大きくなり、分布はいっそう不透明になった。

 現在40歳代のライターが多い。10年前は30歳代のライターが多かった。40歳代のライターが色々書いているのは、生物学的なニッチ(生態の場所)を求めてそれを得ている。

 以上、メモ。ちなみにこの五分類では、「ミーハー」は『別冊マーガレット』読者、「ニヒリスト」は『花とゆめ』読者になる。

(まだ続くが、とり急ぎここまでアップ)

 12月19日(日)~12月20日(月)

 宮路兼幸さんのアシする。

 12月18日(土)

 忘年会。豊川稲理さん、黒崎まいりさん、こけっこ・こまさん、ほしのふうたご夫妻と、呑んでカラオケする。
 そのあと、コミケに荷物発送。

 12月15日(水)~12月17日(金)

 無為に過ごす。17日、宮路兼幸さんから電話。アシの依頼。承諾する。

 12月14日(火)

 出掛けに、ノート見つからず。読んでいる途中の本、見つからず。都立大へ。以下、教養社会学のメモ。

 教養社会学
 (ところでこの回は音楽の話だったが、鎌やんは音楽に無知なので表記の間違いがあると思う。気づいたらご指摘下さい)

 大晦日、紅白歌合戦の時間帯に、TBSラジオで宮台真司氏と宮崎哲弥氏が99年の音楽状況を語るそうな。「自意識」というキーワードで今年の音楽シーンを見よう、という試み。
 音楽素材は60年代に出尽くしている。76年、77年、パンクロックが登場した。宮台氏は60年代プログレロックのファン。ハードロックのディープパープルなどは、その当初は、プログレバンド扱いされていた。プログレバンドはサイケデリックロックとも呼ばれ、ドアーズ、ピンクフロイドがルーツ、キングクリムゾンが代表。
 宮台真司氏は、中学時代、実験的ロック、プログレロックにはまっていた。ビートルズなどは相当実験的な音作りを試みていたが、それは商品化されなかった。その音を聞いていたプロデューサーらにより、プログレはジャンルとして生まれた。パンクはプログレの実験の一部を拡大したものだ。
 記憶・アーカイブarchiveを持っている人は、良心的な音作りをする(例;渋谷系、宇多田ヒカル)。記憶を持たない人は、自意識系(「私って可愛い、ぎゅうっ」ナルシシズムの無自覚な表明)となる(例;ゆず、かぐや姫)
 アーカイヴarchive(記録・公文)を知っていることは幸せなのか不幸なのか、という問題はある。調声音楽のバリエーションには数学的限界がある。1980年代以降、音楽はDJ的な、サンプリング、カットアップなどを重視するようになり、オリジナル信仰がなくなってきた。かつては日本の音楽はダサダサだったが、現在は音楽素材は良くなった。

 サブカルとしての音楽は、以下の変遷をしている。(参照『サブカルチャー神話解体』パルコ出版)
 60年代;演歌、歌謡曲…産業音楽(阿久悠、筒美京平など)
 70年代;四畳半フォーク…自己主張の始まり
 73年;荒井由美登場…ニューミュージックの発明(四畳半フォークのかっこ悪さを克服、洗練)
 70年代後半;ニューミュージックブーム…(アリスなど。深夜放送などを通じ、分かり合い共同体形成)
 ベタな分かり合い共同体(相互ナルシシズム)に対し、3つの反発が発生する。

 �ポップス系…大瀧詠一(音頭、『ロングバケーション』)、細野晴臣(クラフトワークのパロディ);豊富なアーカイヴ。「判るやつには判る」諧謔。洒落として始まるが、オシャレとして世に受け入れられる。
 �東京ロッカー、めんたいロック…ニューミュージックを「奴ら」と呼び、「死んでいる」と呼んだ。インディペンデントロック。この流れにチェッカーズなどがある。後、ニューミュージックもロックもともに産業音楽に取りこまれ、「奴ら」という差異概念が絵空事になっていく。
 �歌謡曲マニア…プログレマニアによって『よいこの歌謡曲』など裏読みの歌謡曲雑誌が作られる。プログレマニアはオルタナティブalternative(他に採りうる道)への憧れを持つ。70年代「ここではないどこか(への憧れ)」が屈折する。近田春夫が「歌謡曲は奥深い」と発言。歌謡曲の向こうに「ここではないどこか」を見る(諧謔)。歌謡曲マニアは後、VOW的なものへ短絡化する。

 ���とも、後、登場したオリジン(登場意図)は忘却され、ベタな短絡となる。

 90年代のZARD、B`Zでは、ミュージシャンの人称が隠される。商品はタイアップされ、音は消費者に刷込まれて行く。音素材自体は良質な物。
 自己主張はここにはない。プロデューサーの存在に光があたる。
 現在の人気ミュージシャンのプロデューサーは、宮台氏と同年代。洋楽アーカイヴの知識をよく知っている。80年代イギリス音楽でのプロデューサーの力を見て知っている。

 90年代の音楽は、宮台真司氏の分類では、下の2項に分れる。
 【1】ベタな自意識系(「ボクって可愛い」。小沢健二など)
 【2】アーカイヴをよく知りアーカイヴと戯れる天然系(小山田圭吾など)音はタフさを演出しているが、このタフさは幻想のタフさ、「悪っぽそうな奴」というところが限界のタフさである。(ところで、「天然系」という呼称は適切ではないのではないか、と、鎌やんは思う。これについては後日の日記で。宮台氏のつける名称は、自称と他称が未整理で、当人的には整理してあっても他者がそれを用いるときむしろ誤解と混乱を招くと思う) 
 「悪っぽそうな奴」という演出、90年代の文化はストリート的なものへの劣等感が大きく占めている。宮台氏が『野獣系でいこう!』と書名をつけたのも、このストリートコンプレックスを視野に入れてのことだ。
 前回の講義の「体験系」(修養系)の人々は、自意識系から天然系へ向かうベクトルに存在する。
 アメリカのR&B・ヒップホップは社会階層を背景としたタフネスさがある。日本にはこういうタフネスさがない。
 日本でも、60歳になっても聞けるかっこいい音楽を作ろう、という動きが近頃出ている。

 さて、宗教の講義。(参照;『制服少女たちの選択』講談社)

 宗教は4つに分類される。
 共同体が個別の出来事を「儀式」で馴致する、原始的宗教。(神道など) 
 共同体が枠組により「戒律」で馴致する、古代的宗教。(ユダヤ教、奈良仏教など)
 個人が枠組により「信仰」で馴致する、中世的宗教。(キリスト教、鎌倉仏教など)
 個人が個別の出来事を馴致する現代的宗教。

 現代的宗教は、2つの志向を持つ。
 個別的無害化戦略…現世的御利益祈願。個人を襲う個別の出来事を個別的に無害化する。観察者から見ると現実と虚構の区別がメチャメチャに見えるので「浮遊系」と宮台氏は名づけた。また宮台氏は「行為系」とも呼んでいる。
 縮約的無害化戦略:個別にではなく一気に無害化を図る。宮台氏は「体験系」と呼んでいる。これには2つの方法がある。
  【a】世界における包括…終末論的、覚悟系。運命、宿命、前世からの任務が私にはある、とする。世界・運命は既に与えられていて、私には極小の自由しかないのだ、とする。(ちなみに鎌やんの志向はここに分類されると思う)
  【b】自己における包括…人格改造的、修養系。脳内革命。自分のものの見方さえ変えれば世界は変わる、とする。自分に足りないのは自分の修行、境地だ、とする。(おそらく宮台氏の志向はここに分類されるのではないかと鎌やんは思う)
 現代的宗教教団は、浮遊系・覚悟系・修養系の3つの要素を必ず持つ。

 音楽の話題と、宗教の話を鎌やんなりに総括。
1;誰もが自意識に悩んでいる。
2;ベタな自意識を出したら恥ずかしい。
3;だが上手いやり方・屈折したやり方を用いて表現というものはできる。

 

 以上、メモ。
 授業のあと、宮台氏に時間とっていただき、つきあっていただく。聴衆学生の反応が鈍く、かつ反応が年々鈍くなることもあって、
 「だんだんやる気がなくなるんだよね」と宮台氏が言う。
 宮台氏の青春期の音楽環境を宮台氏より20歳も若い聴衆に共感求めることが間違いでしょうと思うが、うまく言葉にならなかったのでそうは宮台氏に応えず、
 「僕も音楽の話は全く判りませんので」と宮台氏に言う。
 「でもその代わり得意なジャンルがあるでしょう」と宮台氏。
 そうかな? と自分を省みる。マニアとかオタクとかいう分類が宮台氏と私とでは定義が違うでせう、と思うが、うまく言葉にならなかったので、応えず。
 「もう新しいもの生まれないような気がするんだよね」と宮台氏が言う。
 ある意味において新しいものなんて何世紀も前から存在しないし、ある意味において新しいものは常に刻々と生まれているし、たとえば60年代70年代に文化的に新しい物が生まれたのだとしたら、その時期は政治的には50年代に比べ安定したからでしょう、混乱期と安定期の狭間には安定のための激動期があって、宮台氏の言う「新しいもの」はその時期の産物で、そう遠くないうち日本は政治的激動期がまた来るだろうから、それが安定した頃に文化的な副産物生まれるのじゃないかな、といったことが頭の中駆け巡るが、言葉にならなかったので
 「そうですか」と応える。
 「マンガ描く動機がうまくいかなくて、その辺で宮台さんのご助言いただけたらと思いまして」と述べる。
 今日の授業の、音楽分類は『サブカルチャー神話解体』の内容と重なっていたと思うので、その書名を挙げて
 「あれは面白かったです」と言う。『サブカルチャー神話解体』では人間のタイプを五分類していて、なかなか面白い。
 ところで宮台氏は世代と地域から私を測ろうとされた。私の主観では私のいた文化環境は同年代のそれではなく明治大正期的だし、地域自体辺縁部のうえ、地域共同体とは全く交流がなく地域共同体からぶっつり切り離された家だったので、そういう分類で把握できる部分と取り零す部分と比較すると、むしろ取り零すところのほうが多いと思ったので、その説明をしようとした。私がそういう主観であることが、宮台氏から見ると、唾棄すべき「自意識系」に見えたらしい。ATフィールド張られる。
 女子学生さんが通りかかる。宮台氏が声をかけ、女子学生さん交えての話になる。東浩紀さんの『郵便的不安たち』を女子学生さんは抱えていた。
 「この頃の学生はサブカルチャーを知らないし興味もないんだよね」と宮台氏。
 「サブカルチャーがかっこいい時代なんてあったんですか?」と、ややすっとぼけて訊いてみる。この質問はもっと限定化しないとうまく伝わらないだろう。
 「あったよお」君は今更何を言っているんだ、情けないなあ、という風に宮台氏。やはり伝わらない。全てのサブカル(マンガアニメジャンル含む)は断片化しているのでサブカルに参加しているということでもって話が通じるということを期待するのは無理ですよ、ということを宮台氏に伝えようとするが、うまく伝わらない。

 宮台氏が私を無視して研究室へ向かったので、あれあれ、私が『美しき少年の理由なき自殺』の少年だったらこれが理由で自殺しちゃうよ、と思う。しかしながら宮台氏と私では感性のレベルでは共感できない部分のほうが多いのだから仕方ないかと思う。

 食事する。みいちゃんに電話する。
 いくつか今日の授業などに対して思うところがあったので書きとめてみる。

 ものごとが表に現れやすい時代と現れにくい時代がある。60年代70年代は文化的側面では動きが表に現れやすかった。1945年から10年以上続いた政治的経済的な激動が一旦安定したから、文化的な変化が表に現れたのだと思う。
 「世代」という枠が有効だったのは70年代までだと思う。思春期に得た世界観がその人間の一生を支配する。40年代50年代は政治的激変期だった。敗戦直後は、アメリカの政治家の発言に日本の商店街のおじさんおばさんが神経を尖らせていた。アメリカの政治家のつまらない発言によって、日本人の生活は大嵐が吹き荒れたからだ。思春期にそれが現実だと感じた者と、そういう経験を持たない者との間では、世界へのイメージが異なる。戦争を現実として経験している者と経験していない者との間でも当然世界イメージが異なる。ほんの数年の誕生年の違いにより、共通する世界イメージが異なり、同世代ではごく当然なことが、自分より年齢を経ている者には全く通じない、という経験を、1940年代生まれあたりでは繰り返し感じていたと思う。世代に共通する経験のほうが、地域共同体の共通項より多かったため、「世代」論が意味を持った。
  が、70年代以降政治は安定した。それ以降、思春期前期までに得る世界観は「世代」では別段違わない。個々の違いのほうがむしろ大きい。そしてその世代が見るのは、60年代の夢の残骸だ。
 …ところで。横に連想する。たとえば、戦前のサブカルチャー、世界のサブカルチャー運動というのはどんなんだったのだろう。
 日本がある程度文化的に安定し爛熟できるようになったので、ようやく世界のサブカルチャーに影響を与え得るようになったのではないだろうか。発信力あるまでに洗練された文化は、政治的安定がなくては育たないようにも思う。
 …ところでサブカルチャーの定義とはなんだろう? メインカルチャーは何を指すのだろう。カウンターカルチャーとサブカルチャーの関係は? それは同じものか?
 政治的激動が精神の荒廃を招くとアンチカルチャー(反文化、文化否定)という現象が起きる。文化大革命やポルポトはアンチカルチャーだった。文化的には不毛だ。サブカルの原動力の一つにはアンチカルチャーへの衝動がおそらくある。サブカルが「かっこ悪い」のは、サブカルに内包されるアンチカルチャー的側面、不毛性にあるのだろうと思う。
 ハイカルチャーと大衆とを、サブカルは繋ぎ得るだろうか、と、思う。それともサブカルは、ハイカルチャーと大衆との障壁となっているのだろうか。おそらく両方の側面をサブカルは持つ。サブカルとハイカルチャーを繋ぐラインは常にアンチカルチャー(よりサブカルとして純粋であろうとする、文化的ラッダイト運動化する)によって絶ち切られようとする。
 アンチカルチャーはそれ自体精神の荒廃の現れであり、精神荒廃を再生産する。荒廃した精神世界を一時的にごまかすため、現在のサブカルはおそらく機能している。
 …別な連想。60年代70年代をリアルタイムで過ごした世代に共通した性格的弱点があるんじゃないのかな、と思う。そこに良質なものがあったとしても、宣伝者はその文化にベタに尊厳を預けた人々であるから、むしろ逆宣伝となるのでは。またその世代はそれ以前の文化遺産を否定することを由とした。日本人は(「教育」には熱心なくせに)文化の伝承には無頓着だ。結果、次世代には良質なところが伝わらない。
 連想する。ジョージ・オーウェルのルポを読むと、1930年代イギリスでは、社会主義思想は素晴らしいものなのかもしれないが、社会主義者はどいつもこいつも最低で、社会主義者こそ社会主義の逆宣伝をしている、とあったが、同じだなあ、と、思う。オーウェルが『鯨の腹の中』と述べた問題は、現代的問題だよな、と、思う。
 60年代何かが変わった、何かが生まれた、ということ自体、巨視的に見ると一種の幻想なのでは、と、思う。別な時代の産物の再生産だろうし。60年代にあった世界変化への過剰な期待感とそれに続く脱力感は一部の人々にとってトラウマとなっている。
 未来への憧れ、というものを人類が持ったのはごく限られた時期で、人は理想を過去の時代に投影するのがむしろ一般的だった。

 宮台ゼミ

 『私たちは大人少女』(青樹社)。発表者は五十嵐氏。
 『オリーブ』読者、少女性を持ったまま歳を経た女性が自己肯定する本。
 「大人少女」の仮想敵は『JJ』『Can Can』読者(いかにオイシイ男をゲットするか、を研究)、上昇志向の塊で『アエラ』依存症のキャリアウーマン(週刊プレイボーイライター山崎浩一氏が「アエラー」と命名)
 しかしながら、筆者が仮想敵としている『JJ』『Can Can』読者は、巨視的には筆者の肯定する『オリーブ』読者と似たようなものではないだろうか。似たようなもので、少し違うから、対抗心や敵対心が芽生えるのであって、理解不能な者は視野にすら入らないのだろう。
 『オリーブ』読者と『ビックリハウス』読者は重なる。『ビックリハウス』は「帰宅部の部活」と呼ばれた投稿誌。糸井重里、いとうせいこうなどパルコ系文化人が一時期集結していた。
 『オリーブ』読者と(92年にエロ本になるまでの)『宝島』読者も重なる。『宝島』の果たしていた役割は、今は『TVbros』が果たしている。サブカル情報誌。
 『オリーブ』読者とナゴムレーベル顧客は重なる。ナゴムはインディーズレーベルで、筋肉少女帯、人生(電気グルーブ)、たまを生んだ。
 『オリーブ』読者と岩館真理子読者は重なる。作中のキャラクターに自己を投影する。宮台氏の言葉では「これってあたし!」。くらもちふさこと並び、おとめちっくを形成。大島弓子も重なるが、大島弓子は萩尾望都と並び高踏的である。(このあたりの少女マンガ家分類を宮台氏は『サブカルチャー神話解体』でしている)岡崎京子は大島弓子のフォローアーであり、キューティーコミックの原動力である。
 『オリーブ』読者は、『Can Can』『JJ』を見ると、欲望に塗れている、と感じる。

 80年代の「可愛らしさ」には、1;ロマンチック(ナルシシズム)と、2;キュート(外に向けたもの)がある。「大人少女」年齢を重ねた『オリーブ』読者は前者であり、「大人少女」の仮想敵であるJJギャルは後者。

 山崎浩一氏の週刊プレイボーイの記事「パラサイトシングル」を参考資料とする。「パラサイトシングル」は、山田昌弘氏が93年に提唱したもの(『パラサイトシングルの時代』山田昌弘、ちくま新書)。山田昌弘氏は宮台真司氏の一年後輩になるそうだ。
 パラサイトシングルの定義はこうだ。
 都市部に持ち家のある中流核家族に、50~60代の親と同居を続ける独身者たち。
 彼らは基本的な生活条件を両親の収入や資産に依存しているため、自分の収入をほぼ100%「お小遣い」としてリッチな消費生活に回すことができる。このままパラサイトシングルが増えつづけると、こんなことが予想される。
1;基本的生活産業の需要が冷え込む。
2;「保守的で依存心が強いヤツ」(今のままで豊かなら社会変革を必要としない。欧米の若者が政治関心が高いのは、欧米の若者は親にではなく公的社会保障に依存しているから。幼女殺人のような欧米型猟奇犯罪者にはパラサイトシングルが多いのはたぶん偶然ではない)と、「無気力で不満だらけのヤツ」(親に寄生しているほうが幸福ならやる気も失せる)の2種類の若者しかいなくなる。
3;彼らの親世代がこの世を去った時、宿主を失った寄生虫と同じ運命が彼らを待っている。

 「大人少女」『オリーブ』読者と、『JJ』ギャル・コマダムの違いは、サブカル的ナルシシズムか即物的ナルシシズムかの違いでしかない。「大人少女」は一種の引きこもりではないか? 交流するスキルを欠いている。「大人少女」もJJギャルもともにある程度金を使ってセットアップしている。『オリーブ』読者が『JJ』読者を仮想敵にしているのは、中高時代感じたインパクトを固定しているからだ。
 80年代は、ナルチシズム的だった。90年代は、ストリート的なものへの憧れが、支配的だった。

 都立大内部で撒かれた、ファッションを4分類するペーパーを参考資料とする。
1;メジャー型肉食系…コムロ系、ビジュアルロック、GLAY。ギャル、コギャル。ブランド大好き。
2;黒人系…R&B、ヒップホップ
3;軟弱型…ギターロック、ギターポップ、電気グルーブ、トライセラ(「大人少女」はここに分類される)
4;草食系…Jポップ、ビーイング系、デューク、326
 これはセルフエスティーム(自尊心・安定した自己イメージ)が高いかどうか、逆に安定した自己イメージ低く自尊心低くナルシシズムが強いかどうか、という区分と、サブカル的である(偏差値が高い)か非サブカル的である(偏差値低い)かでどこに位置するか分けることができる。(と宮台氏は言ったが、サブカル的云々、偏差値云々に関して鎌やんは同意しない。もっと概念を練り研ぎ客体化するべきだと思う)
 安定した自己イメージを持ち、サブカル的であるのは、黒人系。
 安定した自己イメージを持ち、非サブカル的であるのは、メジャー型肉食系。
 ナルシシズム強く、サブカル的であるのは、軟弱型。
 ナルシシズム強く、非サブカル的であるのは、メジャー型草食系。

 「サブカルチャー」の定義について、宮台氏に質問する。
 「サブカルチャー」は、本来、シカゴ学派が、不良少年の文化に名づけたもの。のち、60年代カウンターカルチャー、ユースカルチャーを指すようになった。
 「カウンターカルチャー」は、エスタブリッシュメント(規制体制、支配階級)に対するカウンター、ということ。
 日本では70年代にエスタブリッシュメントの不在が明らかになり、全ての物が横並びの小文化となる。
 日本のサブカルは年齢文化という性格が強い。アメリカのサブカルは社会的階層的差異が強い。
 以上メモ。
 授業後、サブゼミをすることについての話に加わる。  
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年12月1日から13日

2012年03月27日 01時24分38秒 | Weblog
12月13日(月)

 ウォルフレンの新刊出てないのかな、と、本屋覗く。見当たらず。『手塚治虫の動物王国』(いそっぷ社)、『人間以上』(駕籠真太郎、久保書店)、『王道の狗』五巻(安彦良和、潮出版)、『テリー・ギリアム映像大全』(河出書房新社)、衝動買いする。

12月12日(日)

 朝6時起床。曽さんと曽さんの彼女を駅に送る。2人は今日は浅草を見物するのだそうだ。私も一緒に東京へ帰ろうかと思っていたが、ゆっくりしていけと曽さんから諭されるので、帰るのを遅らせる。午前中にはすっかり後悔する。散髪し、脱色する。夕方、バスに乗り、駅へ。
 そうだ、みいちゃんとこ寄って行こう、と思う。途中下車し、みいちゃんの家へ。みいちゃんの家の前で、玄関の靴を見る。みいちゃんいるな。しばらく呻吟し、煙草一服し、お邪魔する。みいちゃんと買い物に行く。前回気づいたのだが、みいちゃんは私の母に少し性格が似ている。人の話を基本的に聞かないところとか。「もうお兄ちゃんを尻に敷いてるね」とみいちゃんが言う。言葉を間違えたのだろうか。甘い幻想に浸っておくことにする。夕食を馳走になる。駅まで歩いて行くつもりだったが、みいちゃんの母とみいちゃんに送ってもらう。
 東京へ戻る。
 『パリ・ロンドン放浪記』(ジョージ・オーウェル、岩波文庫)読了。オーウェルの記すホテル業の裏側に、色々複雑な思い。オーウェルへの好感は更に深まる。そうか、皿洗いってそうだよな。ああ、オレは15年間も皿洗いで人生潰したんだよな、とか。自分はつくづく下層階級なんだよな、とか。

12月11日(土)

 曽さん&曽さんの彼女を、エンジン船に乗せ、巡る。巡った後、3人で遊園地へ。15年ぶりだか18年ぶりだかえらい久しぶりに行ったので、入り口が変わり、駐車場へ辿り着くのに難儀する。絶叫マシンに初めて乗る。帰宅し、夕食を3人で食べる。曽さんと、マンガの話などする。曽さんの彼女は日本語が判らないので、少々退屈されたようだ。曽さんと曽さんの彼女、就寝。妹帰宅。私は客室のひとつへ行き、NHKのドキュメンタリー観ているうちに寝こける。就寝。

12月10日(金)

 印刷屋さんへ宅急便出す。
 午前11時、新宿で、曽さん&曽さんの彼女と待ち合わせ。3人で、私の実家へ。…正直言うと、11日にはえだのさんのオープンミーティングがあるので、私はそれに参加したかった。が、約束なので、曽さんを田舎に招待する。
 実家で食事するうち、雲が消え、富士山の姿が見えてくる。良かった良かった、連れてきた甲斐があった。3人で近くの観光スポットへ行く。最近できたスポットで、初めて行ったが、予想よりずっと良いところだった。富士の姿が神秘的に綺麗だった。良かった良かった。
 夜、妹と母と、曽さん&曽さんの彼女と、私の五人ですき焼を食べる。父は不在。
 曽さんと曽さんの彼女が就寝した後、3人で話する。母は娘息子の縁談に突然熱心になり錯乱したこと随分言う。妹は建設的な反論をする。
 私も自分の意見を言う。二人に軽蔑され、みいちゃんへの悪口を二人から私は言われる。妹のみいちゃんへの評は、半分は同意できないが、残り半分はまことに理に叶っている。妹も幼い頃年長者に求愛され、それは良い記憶ではないと言う。そうだろう。

 
12月9日(木)

 ディグさん、夕方に来る。飛行機の写真、持ってくる。ディグさんにアイアンジャイアントは好きか訊く。知らないそうなので、サイトを教える。「こ、これはイイ」予想通りの反応が聞けて嬉しい。
 ディグさんと話しているうちに眠くなる。銭湯行き損ねる。

12月8日(水)

 風邪でくたばって一日中寝てる。

12月7日(火)

 都立大に宮台博士の授業聞きに行く。風邪が心配だったので完全防護して行く。以下、メモ。

 教養社会学

 宗教について。
 社会システム論による、宮台真司氏による宗教の定義は、こうだ。「前提を欠いた偶然性を、無害なものとして受容する(馴致する)枠組の総体」
 「前提を欠いた偶然性」は、「絶対的所与性」ともいう。なぜ私は男なのか? など。
 これの対立概念は、手段的努力によって結果を左右できる偶然性だ。努力によって、結果に一定の蓋然性があるもの。たとえば、受験は、勉強という努力をするぶん、落ちるという結果に至る可能性が減る。これは了解可能なものだ。

 不慮の事故、男女の出会い、これらは前提を欠いた偶然性だ。旧い社会では、人の流入が少なかったので、偶発的余地が少なかった。現代は、偶発性が高い。誰と出会うのか判らない。成熟社会は、偶発性に満ちている。結果、「なぜ俺だけが」という感覚に充ちる。

 春菜ちゃん殺人は、映画『太陽がいっぱい』に通じる問題を表している。「なぜ彼はああも恵まれていて、自分はこんなにも恵まれないのか」個人に関わる前提を欠いた偶発性。春菜ちゃん殺人は、「お受験」の殺人と言われている。「受験」はたかがクジではないか、と非難する者がいる。たかがクジであることが、むしろ重要だ。「自分とは全く異なるラッキーな彼女と、なぜ自分はつきあわなくてはならないのか?」「春菜ちゃんを殺せば、春菜ちゃんの母親とつきあわなくて済むようになる」春菜ちゃんの母の行動には悪意はなかったが、それは殺人者となった母を追い詰めることとなった。

 「神が定めたのだ」と考えることにより、前提を欠いた偶発性を馴致可能にするのが、宗教だ。

 宗教進化論

 宗教には、二つの側面がある。偶発性がどう表れるか。偶発性をどう馴致するか。宗教とはこの二つのコンビネーションである。

 主体。「誰にとって偶発性が表れるか」、これには、「共同体にとって」と「個人にとって」がある。
 対象。「どのように馴致するか」、これには、「出来事」での馴致と、「枠組」での馴致がある。

1;原初的宗教【主体は共同体、対象は出来事】
 「なぜこの共同体に、このような出来事が」
 儀式化。儀式は共同体全員参加。ハレの日・祭のときは、ケの日・日常とは別な時間となる。聖・俗の図式が生まれる。
 なぜこの村に災厄が訪れるのか? 昨年の儀式に不手際があったからだ。
 分裂症患者・狂人を、シャーマンとして聖の側に隔離することで、日常を温存する。

2;古代的宗教【主体は共同体、対象は枠組】
 ユダヤ教的宗教。否定の図式。出来事を処理する枠組の創造。戒律化。日常の側で災厄(問題・期待外れ)を処理できるようになる。合法・非合法、美・醜、道徳・不道徳。この枠組は神の定めたものである。枠組の秘蹟化。旧約は、神との契約を守ればユダヤ人は災厄に合わないことを約束しているが、不信心なユダヤ人によって、神との契約は常に破られる。だからユダヤの民は神によりさまざまな災厄を与えられる。

3;中世的宗教【主体は個人、対象は枠組】
 (この段階まで進化したのは、主にキリスト教世界である。ごく一部日本の宗教にもある)
 信仰化。個人の信仰の問題、個人がいかにcommitment(献身、遂行、明確な主義を持つこと)するか、という問題。ユダヤ教徒は、皆ユダヤ民族だ。共同体と宗教が同じだった。その中で、イエスが救世主であることを信じるかどうか、という個人の信仰の問題へ進化する。
 社会学的には、当時、ユダヤ共同体の階層化が深まっていた。戒律を守っても生活できる者と、生活するためには戒律を守っていられない者とがいた。
 イエスのロジックは、二つ。
 一つは、戒律の否定だ。戒律を守っていられる豊かな暇人だけが救われるのなら、それはトートロジー(同語反復)だ。救われている者だけが救われることになる。むしろ、戒律に従えない者こそが救われるべきだ。戒律に従えるほど恵まれた者は、救われない。
 もう一つは隣人愛。これは親を捨てよ、故郷を捨てよ、という厳しい主張だ。自分を突き飛ばそうとする他人を、自分を殺そうとする他人を、愛する。見も知らない他人のために命を捨てる、これが隣人愛だ。
 ユダヤ共同体からの、脱共同体化が、ここでなされる。
 キリスト教を地中海世界に布教したパウロは、隣人愛(共同体を超えた愛)を拡大した。地中海商業圏の、ギリシャ語を話す他民族に布教した。共同体を持たない人々へ、浸透していった。これが、「パブリック」という概念のベースとなった。
 古代においては、パブリックと共同体は一致していた。小林よしのり的「公」は、この段階を言っている。
 中世以降、パブリックは、共同体の対立物となる。正しさ、確かさ、神は、共同体の外にある。

4;近代的宗教【主体は個人、対象は出来事】
 『太陽がいっぱい』的問題、「なぜ私だけがこんな目に遭うのか?」「なぜ彼らはいい目に遭って、私はいい目に遭えないのか?」
 全ての枠組を宗教的に説明するのはムリになってくる。多くのことは宗教的枠組を用いず、科学的枠組で説明可能になっている。認識枠組の多元化、多様化。
 宗教はパートタイム的なものとなり、必要な時に穴を埋めるためのものとなる。
 宮台真司氏が80年代に学生を対象として統計した結果、宗教のオリエンテーション(志向)は二つに分かれることが判明した。
 a;個別的問題設定~行為系。幸せになりたい系。おまじない、呪術で、幸せを招こうとする。世俗的御利益祈願。
 b;縮約的問題設定~体験系。ここはどこ? 私は誰? 非世俗的意味追求。
 この二つは宗教教団の分類ではない。宗教教団は必ずこの二つを持つ。受け取る側の態度の分類だ。

 プログレッシブ・ロックの話題を提示。難波博之を知っている人がどれだけいるか、学生に訊ねる。知る者はいない。話、しにくいなあ、という顔を宮台真司氏はされる。荒井由美、少女マンガ、シンフォ系プログレ、SFのファンタジー派、これらを好む人々は重なっている、と宮台真司氏は言う。「体験系」の人々は、オルタナティブalternativeな輝き、ここでないどこか、日常でない非日常の輝き、そういうものを求め、かつて垣間見た。実験という言葉に、輝きがあった。日常でない非日常へ、絶対そこへ辿り着くぞ、という感覚を持っていた。ビートニクス、サイケデリックなどは、日常ではない非日常を求めたものだ。
 宮台真司氏の世代には、物書きが多い。その後の世代には、東浩紀氏のような例外はいるが、物書きが乏しい。宮台真司氏の世代は、かつてそれを垣間見た。60年代にルーマンやデリダのように現代哲学の基本枠組のほとんどは出尽くした。生産的なものは全てその時に現れ、それ以降30年間、何も新しいものは生まれていない。音楽ではカットアップ、リミックス、サンプリングがなされるだけだ。プログレでは、ロバート・フィリップがこんなことを言った。「天使の扉がこちらに開いた時があった」演奏をしていると、二年に一度くらい、神がかったプレイができるものだ。60年代後半は、演奏全てが神がかっていた。70年代後半、天使の扉が閉じていった。天使の扉が閉じると、全てが閉じた。全ては日常となった。オルタナティブが消えた。待っていても訪れない。「ここではないどこかを指す光」は消えた。
 60年代、なぜ人は生産的だったか。近代過渡期から近代成熟期への移行期にあったからだ。移行期は、3年ほどで終わる。移行期には、枠組を自覚し、枠組から解脱する。そのプロセスで得た解放感は、実に濃密だ。移行が終わると、全ては日常となる。ドラッグすら日常となる。
 クスリは使いはじめには非日常的トリップを与えるが、クスリが日常になると、初めて得た時の昂揚は得ることはできなくなる。

 以上、メモ。宮台真司氏が最後に述べた「天使の扉」のところは、宮台真司氏が(世代的に)当事者であったため、一次的観察になっていると、鎌やんは思う。移行期でない時代はないと思う。局所的に劇的な変化が起きる場所と時間は確かにあるけど。
 以下、宮台ゼミのメモ。

 宮台ゼミ。社会学演習

 『消えるヒッチハイカー』
 社会システム論的に都市伝説を考えると、それまで生活環境になかった物を、都市伝説でもって無害化させる、という機能が考えられる。
 都市伝説は60年代に多かった。マンガでは、楳図かずお、古賀新一的なもの、「呪い」の都市伝説の、さまざまなバージョンがあった。
 都市伝説に共通する要素は、慣れ親しんだ共同体の中に、異物が入るところ。そのせめぎあいが都市伝説を生む。生活に新しく登場した物(車、マクドナルド、電子レンジ)にとっては、通過儀礼的。
 近年は、都市伝説は少なくなっている。慣れ親しんだものと、そうでないものの差異が乏しくなっているからだ。都市伝説は、郊外的なもの、都市的なものが広がっていく過程で生まれる。80年代後半、テレクラが流行りはじめた頃は、テレクラに関する都市伝説が随分あった。

 TVの『マグマ大使』に人間モドキが登場する。これは恐かった、と宮台真司氏は言う。ボディスナッチャーは3回映画化している。よく知っていると思っていた人物が、実は全然知らない人間なのではないだろうか、という恐怖。SFは、郊外化の恐怖を描いている。

 共有された空間感覚を、コスモロジーと言う。 都市伝説は、情報の流れによる空間の不均質性を示す。どこに境界があるのか、都市伝説を調べることによって判る。都市伝説は、一世代、二世代のうちに消えていくだろう(空間が均質になると都市伝説は消える)。だから都市伝説は記録と研究に値する。研究者が現れてほしい、と宮台真司氏は言う。おそらくマスコミで引張りだこになるだろう。
 都市伝説の発祥地点を特定するのは難しいが、いくつか発祥の特定された都市伝説がある。口裂け女は岐阜で発祥した。岐阜という土地はどういう意味を持つのか、という研究が成り立つ。人面犬は筑波で発祥した。

 静岡出身の学生が「五円バアサン」という都市伝説を披露する。五円渡さないと、そのバアサンに殺されてしまう、という伝説だ。子供の頃、五円バアサンを警戒して、いつも五円玉を持っていた、という話。
 それを聞いた福島の学生が、自分のところでは百円オバサンだった、と言う。また茨城では、五十円オジサンだった、と言う。

 60年代の恐怖マンガは、メタモルフォーゼの恐怖だった。かつてあったものがなくなっていくことへの恐怖、薄れゆく記憶に関わる恐怖だった。1970年代、恐怖マンガは、つのだじろう的なもの、黒田みのる的なものへ変化する。水子霊など、個人的なものとなる。空間感覚が消失する。高度成長から、安定成長へ移行したことによって、恐怖の質が変わった。孤独な都市民の恐怖に変化した。

 次回のゼミは、『私たちは大人少女』(青樹社、村岡清子)について。

 宮台博士から一口羊羹貰って、鎌やんは帰る。

 編集さんに電話。6月出す予定のマンガ単行本、ロリ本としてのスタイルだと取次ぎが嫌がるだろうという話、蒸し返る。日記には明確に書いてなかったけど、繰り返し蒸し返ってる。工夫をするための打ち合わせを後日することにする。
 案。タイトル『これはロリ本ではない』。制約があるほうがむしろアイデア出たり意欲が湧いたりする。そういうものなんだろうなあ。『オタクの哲学』という企画だいぶ前から暖めている。怠惰なもので、マンガの単行本がすんなり出るようだと『オタクの哲学』動かそうという意欲、阻喪する。単行本が難航するなら『オタクの哲学』を動かそう。既に数人に軽く当っている。自作自演してないと意欲を自身かきたてられない。『オタクの哲学』始めると自分で自分のことペテン師だなあ、と自覚迫られるので、それが厭だったのだが、しっかりとペテン師らしく。

12月6日(月)

 風邪でくたばってて一日中寝ていた。頻繁に電話がかかる。主に実家の関係のことらしい。朦朧としながら受け応えする。

 変な夢を見る(夢というのはいつでも変なモノだが)。どういうわけか自分は再び小学生になったらしい。ああ、また10年間もバカな目に遭うのか、と、夢の中で思う。高校あたりからならやりなおすにも多少の意味はあるだろうか、と、夢の中で思う。初めての授業らしい。冴えない教員が入室する。紹介もなく授業が始まる。それなりに内容のある授業、聞いている間は筋道が追える。だが一瞬気を抜くと、もう何が語られているのか全く聞き取れず、板書も意味不明。黒板には、小さい丸が4つ縦に並び、その横に、横長の長方形で赤く枠どりされた中に、びっしりと細かい字が書かれている。
 「先生、何を言っているのか判りません」と質問する。授業が止まる。どこが判らないのか、と教員が言う。
 「まずあの板書されている丸は何ですか?」と訊ねる。おそらく丸印は単に何かを箇条書きにした際の印で、箇条書き部分を消したあとたまたま消し忘れたところだろう、と予想して、故意に、ズレた質問をしてみた。教員が応えるには自動車メーカーのマーク(意匠)を説明のため描いたのだと言う。近くに寄って見る。たしかにそうだ。
 「見えませんよ。ボクら目あまり良くないんですから」と私は言う。あ、そうなのか、と、教員は初めてそのことに気づく。
 「この下のマークはなんですか?」釣具メーカーのマーク(意匠)のようだ、と推測して質問する。飛行機・戦車のメーカーのマークだと教員が応える。私は見え易くなるよう黒板に拡大して板書する。

12月5日(日)

 夕刻まで寝る。曽さんから電話。7時吉祥寺待ち合わせ。曽さんの彼女と初めて対面。博多ラーメンを一緒に食べる。最近オープンしたヴィレッジ・ヴァンガードを案内する。

12月4日(土)

 上野科学博物館へ、ディグさんと零戦観に行く。零戦を展示していたオレンジ館は改装中だかで、観ることが出来ない。品川へ。船の科学館で展示している飛行機を観に行く。市ヶ谷へ。靖国神社遊就館へ行く。展示物見る。
 近頃ディグさんは飛行機にずいぶん詳しくなった。ディグさんは今まであまり本を読まないタイプだったが、飛行機がきっかけで知の連鎖が始まり、古典も色々読みはじめている。
 「紅の豚」に描かれていた飛行機の連なる天国のイメージは、イギリス空軍パイロットだった作家ダールの短編が元ネタだという話を、ディグさんから伺う。
 どういう飛行機が美しく、どういう飛行機が美しくないのかディグさんから伺う。私には基礎知識が足りないので今一つわからない。ディグさんによると、日本の飛行機は、たおやかな優しいラインをしているのだそうだ。
 靖国の展示では、過剰に気を遣っているがゆえに結果感情的になっている説明文を見て、あーあ、と、思う。小林よしのり氏の寄贈した展示を見て、あーあ、と思う。東郷平八郎のビールを見て、ほうほうと思う。靖国の展示に児玉源太郎の写真がないが、児玉源太郎の写真は残ってないのだろうか。戦争後期の展示物に、ゆらゆらと立ち上るものを感じる。ヒステリックさが痛々しい。

 下宿の駅へ戻る。定食屋が休みだったので、隣駅のうどん屋へ行く。中休みの時間だったので、本屋へ行く。『西遊妖猿伝』14巻(諸星大二郎、潮出版)、『残酷な神が支配する』14巻(萩尾望都、小学館)、『青青(あお)の時代』1巻(山岸涼子、潮出版)、『カラモランの大空』1巻2巻(神坂智子、潮出版)、『ジオブリーダーズ』5巻(伊藤明弘、少年画報)購入。
 本屋で『ケンペーくん』が文庫になっているのに気づく。これ、たしか、睦月影郎が描いているマンガじゃなかったかな。複雑な気持ちになる。
 からしうどん食べる。随分歩いたので身体が痛い。下宿に戻り、買ったマンガ読んで、就寝。

12月3日(金)

 風邪っぽい。風邪薬購入して、寝る。曽へ電話。曽さん、少年マガジンの選外佳作を受賞し、そのパーティで日本に来るとのこと。ディグさんから電話。飛行機観に行こうとのこと。足立真一さんからも電話あったかな。

12月1日(水)-2日(木)

 夕方起きる。宮路兼幸さんとこへアシに行く。向こうの駅に着くと、小雨が降っている。傘買うほどではないと思い、傘差さずに宮路さんとこへ。
 アシする。田舎との往復したばかりなので、気温がどうなのか、勘違いをする。昨日に比べ、急に寒くなった。私はやや薄着だった。アシしている間に、風邪っぽくなる。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年11月17日から30日

2012年03月27日 01時23分39秒 | Weblog
新しい日記から、古い日記へ、という順番で表示されています。


11月30日(火)

 宮台真司さんの授業聞きに都立大へ行く。2週あいだ開けたので、都立大の駅名をしばらく思い出せなかった。ちなみに都立大学前駅には、都立大は今はない。今日は宮台博士は休講。休講の掲示見て、「ミヤダイ」の表記はほんとは宮台ではないのだと知る。オカルトな私は本当のほうの表記で姓名判断して、ふむふむなるほど、とか思う。
 駅前で『広告図像の伝説』(荒俣宏、平凡社ライブラリー)買う。

 自分の部屋に戻る。家賃払う。

11月29日(月)

 朝4時半起床。母の社会参加欲求につきあう。母の友人たちと介護保険の話などする。時間がなかったのと私の準備不足であまり突っ込んだ話できず。
 風邪ひきそうだったので風邪薬飲む。
 その後住所書きの単純作業延々する。子供のころはこういう単純作業いやだったなあ、と、パートのおばさんに愚痴る。子供は退屈に弱い。別に大人になっても単純作業が好きなわけではない。コンピュータ導入すれば、と思う。しかし打ち込みという単純作業をするのはやはり俺かと思い、陰鬱な気持ちになる。
 設計士さんと現場監督さん、壁材の見本持って来る。検討。
 その後単純作業に戻る。
 猪が村の川に出たという話を、父の友人が持ってくる。父に連絡する。父、大喜びで買い物から戻り、猟犬三匹連れて飯も食わずに飛んで行く。
 父戻る。猪の姿を見ることはできなかったそうだ。猟犬一匹、猪追ったまま行方不明になる。その日のうちに、その犬は自力でウチに戻ってくる。
 私は単純作業を続ける。退屈で眠くなる。寝ないで作業を続けることにどれだけのメリットがあるのだろうか、と、思う。何もない、と思う。居眠りする。
 居眠りから起き、単純作業を続ける。今日も泊まっていけ、と言われる。泊まることに何かメリットがあるだろうか、と、考える。何もない。東京へ戻る。

 足立真一さんの掲示板に書きこむ。足立真一さんから電話来る。色々バカな話をする。

11月28日(日)

 夕方起きる。実家へ行く。電車の中で『消えるヒッチハイカー』読了する。『ウィガン波止場への道』(ジョージ・オーウェル、ちくま学芸文庫)読む。
 田舎は寒い。物凄く寒い。地元民に言わせるといつになく暖かい冬なのだそうだ。それはそうかもしれない。だが、やはり東京とは一ヶ月から二ヶ月ぶん相当の気温差がある。ところで私の母はヒトの話を聞くという能力がない。色々母の都合をまくし立てられる。母が言い分を言い終えたとこで散会就寝になる。寒さで風邪っぽくなっていたので風邪薬飲む。寝る部屋へ行く。、暖房なし。人間のいない部屋というのは芯から冷たい。息白い。とにかく就寝する。

11月27日(土)

 身体中の筋が突っ張ってる。寝て過ごす。

11月26日(金)

 午前3時ころ、ディグさん来る。レニングラードカウボーイズ聞かせてもらう。そろそろ寝ます、とディグさんに言って、就寝。

 午後3時起床。風呂に入ろうとするが、銭湯休み。うろうろする。出掛けに、近所のお茶屋さんでアールグレイ茶二つ購入、手土産にする。
 「大川興業」のライブ観に、中野へ。中野サンプラザの場所確認するため東京ウォーカー買う。場所わかる。中野サンプラザの正面で、妹を待つ。待っている途中、岡昌平さんと、鈴木邦男さんの姿を見かける。声はかけず。入場時間の6時になっても妹の姿見えず、妹たちの携帯電話の番号の控え出掛けに探しても見つからなかったので、不安になって実家に電話する。筆記用具持ってこなかったので電話口で記憶しようとする。単純記憶能力はそうとう錆びついていて、さっぱり覚えられない。妹の片方と合流。もう片方はまだ来てないとのこと。チケットはもう片方は自分のぶん持っているとのことなので、とにかく入場する。中でもう片方と合流。
 誘った妹が「もし面白くなかったらごめんね」と言う。「歌と違って、ギャグはいつでも同じものをするわけにいかないから、当り外れがあるんよ。でも、観る側が『育てよう』という姿勢がないとね」
 「大川興業」のライブ観る。原子力ネタ、ライフスペースネタなど。体張っているところに共感。政治は娯楽だ、という姿勢に一方的共感。「大川興業」の場合、観客を絶対的安全圏に置こう、という姿勢がある。ように感じる。それはハテいかがなものかな、と思うが、お笑いの姿勢としては原則的にいいと思う。「大川興業」のギャグは「がきデカ」的だなあ、と思う。私は「がきデカ」を高く評価している。全体主義的行動のおかしみ、という点で、レニングラードカウボーイズを連想する。「大川興業」のライブは楽しめた。
 妹の一人は終電が早いので、最後まで観ずに帰る。残ったほうの妹とタイ料理食べ、近況を聞く。せっかくこっちにいるのだから、こういうものたくさん見ないとね、という話など。高給取りの妹に今日のライブのチケット代を奢ってもらう。 

11月24日(水)、25日(木)

 宮路兼幸さんのアシに行く。行く前は役に立てるかどうかドキドキだったが、宮路さんは温厚な方で、アシ使いが上手で、ストレスを感じずにアシさせていただけた。
 プレイステーション2の話する。プレステ2はDVD機としては役立たずなのでは、という話を伺う。今まで、マルチメディア機というのはたくさんあったが、いずれもヒットしなかった。マルチメディア機ということは、一つ一つの機能では専用機に劣るということだ。重要なのは、リモコンだ。ビデオは、リモコンで操作する。コントロールパッドでは操作しない。DVDをコントロールパッドで操作するのはストレスが伴う。今まで不成功だったマルチメディア機はコントロールパッド操作だった。子供は堪え性がない。ファミコン、スーファミがヒットしたのは、カートリッジを差せばすぐにゲームできたからだ。プレステやセガサターンはCDを収め、蓋をすることでプレイできた。。プレステ2のソフトはスライド式だ。スライドが収まるまでの時間が、子供には耐えがたい。

11月21日(日)から23日(火)

 記憶にない。

11月20日(土)晴

 山本夜羽(玄田生)さんと、ほしのえみこさんの結婚式。
 スタッフは駅に9時半集合の予定だった。松代さんから電話。予定が若干狂う。駅降りる。昔住んでいた築25年のアパートの前歩く。取り壊されている最中。少しおボケになられていた大家さん、逝去されたのだろう。あの大家さんには支払いが済んでいないぶんがあった。もうこれで返せる機会を永遠に失ってしまった。そのことを思い、少ししんみりする。

 教会に着く。スタッフ間で打ち合わせる。予定より色々遅れる。掃除する。机出す。椅子出す。教会がお茶を用意下さったので啜る。親族挨拶の準備しなくてはならなくなる。机動かす。椅子動かす。お茶を出す。

 受けつけ係をする。鈴木邦男氏、堀内満里子さん、川端智子さん、藤間紫苑さんなど記帳。式のリハーサルが終了。式が始まる。写真屋さんの機材、邪魔なので教会の支持に従ってどける。式を覗く。本格的なカトリック式の結婚式を拝見する機会はそうそうない。パチモンはよく観るけど。式終了。親族の集合写真撮影の準備。テーブルなど移動。
 地階で他の列席者休憩。軽食の用意。記帳を見ると町田ひらくさんもいらしていたようだ。顔は拝見しなかった。
 午後一時半。松代さんに退出したい旨伝え、退出させてもらう。
 ネクタイを白から普通のものへ取り替え、電車に乗り、大宮へ。

 えだの幸男さんのオープンミーティング、午後2時から4時まで。私は3時10分ころ着。質問タイムになっていた。これで二回えだのさんの演説聞き逃した。先月は原子力行政について、今月は司法・裁判・国会討議にういて、だったようだ。実に残念。介護保険について一つだけ質問する。
 終了後、珍しくえだの幸男さんを交えてお茶会。えだの幸男さんの言うには、普段は党から国会内を優先させよ、と言われるのだが、選挙が近いだろうから、という理由で、交流会に残ることができるようになった、とのこと。話させていただく。お茶会終了後、「つぼ八」へ移動。えだのさん交え15人ほどで呑む。政界の話など色々聞かせていただく。あまり寝てなかった私は途中で酔いが回り、眠ってしまう。
 労組の話とか、民主党地方部のトホホな話とか、色んな方から聞かせていただく。アルバイトの口、一個見つかる。
 ちょうど読んでいた『時代の風音』(堀田善衛、司馬遼太郎、宮崎駿。朝日文庫)の中で宮崎駿がこんなこと言っていた。
「アメリカのハリウッドの映画会社を日本の企業が買うでしょう。そうするのじゃなくて、百億円出してくれればいいのです。いや、アニメーションにじゃないのです。そのお金で五年間映画を作らない映画会社をつくって、そのなかで論議して考えるってことをやったら、日本のいい映画はできるんじゃないかと思うんです」
それはハテどうかな、とは思うが、あくせくしないでいい、という特権を持っている人間は少ないのだから、ちとのんびり構えよう、と、思ってみる。

11月19日(金)晴

 ディグさんから電話。山本有三記念館見に行く。

 RB67さんから電話。『消えるヒッチハイカー』(新宿書房)見つからない、とのこと。

 白のネクタイ購入。

 足立真一さんから電話。日本のアニメの海外市場への版権、とか、そのあたりのことの情報をいただく。

11月18日(木)

 新宿へ。山本夜羽さん、ほしのえみこさん、松代さん、もう一名で、結婚式当日に関する打ち合わせする。山本夜羽さんから、北海道のカトリック信者は貧者が多く、東京のカトリック信者はインテリが多い、という話、神父さまには有名な不良神父さまに来てもらう、という話など伺う。

 RB67さんとハイチ料理食べる。アメリカ西海岸への夢を膨らませる。

11月17日(水)

 結婚式出席の際恥かかないようシャツ購入。本屋に自転車置いといたら移動されていて、げ、と思う。が、撤去されていたわけでなく見回りの親切なおじさんが移動しておいて下さったのだとわかる。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年11月1日から16日

2012年03月27日 01時20分38秒 | Weblog
11月16日(火)

 都立大へ。若干寝坊する。宮台真司さんの授業を途中から聞く。以下、教養課程「社会学」のメモ。

教養過程「社会学」宮台真司講師

 言明可能性条件と生活世界内機能

 「言明可能性条件」と「生活世界内機能」の例として、吉幾三の「ウインナーコーヒー」のエピソード。上京したばかりの吉幾三が喫茶店でアルバイトをしていたときのこと。マスター不在のとき、客がウインナーコーヒーを注文した。吉幾三はコーヒーに、ウインナーソーセージを二本付けて客に出した。客はウインナーソーセージをかじり、コーヒーを飲んで帰っていった。というエピソード。(これを宮台真司は「吉幾三問題」と呼ぶ)
 ヴィトゲンシュタインの後継者クリプキは「言明可能性条件」ということを言っている。人間が会話をするには、ある言葉があるものを差す、ということが「任意の第三者」を連れてきたとき「判断が一致する」という予期があって成立する。だが常に「任意の第三者と判断が一致する」かどうかは実証できない。有限個の操作の中で確認することはできない。
 カール・ポパーKarl Popperは「カラスは黒い」か? という例を挙げている。「任意のカラスは黒い」これは理念だ。現実の中で確証はできない。
 「我々は理念的な(実証不可能な)期待(予期)をもって行動する」ことを、ヴィトゲンシュタインは発見した。
 私たちは生活の中でさまざまな信頼・予期を前提としている。だが、この予期は、たまたま今まで裏切られることのなかった期待にすぎない。(これが「言明可能性条件」と「生活世界内機能」の問題である)

 社会学の再帰性

 「人の行為」と、「社会イメージ」は、互いに再帰し合う。ケインズ理論では、不況になると人は貯蓄をはじめ、不況は更に悪化する。「貯蓄は反社会的ふるまいだ」とケインズは述べた。
 「人の行為」は、社会と自己言及的関係にある。社会は暗黙の前提(予期)によって裏打ちされている。
 「社会イメージ」を記述する学問が、社会学だ。社会学の呈示する社会イメージの浸透により、人々の行為は変化する。

 尊厳の問題。近代化には「宗教」が必要であった、という問題。「隣人愛」の意味

 DIGNITY、「尊厳」の問題。「尊厳」とは存在を祝福するような、善きこと。キリスト教的神の概念と呼応する。

 近代天皇制は、ヨーロッパ留学をした伊藤博文のアイデアによって作られた。島宇宙的な「村」を超えた「国家」という共同体に尽す、という制度だ。近代化には動員が必要だ。動員には宗教的基盤が必要だ。日本にそれがないことを留学した維新の元勲たちは痛感した。それゆえ、近代天皇制が作られた。

 「公」、パブリックとは、想像もつかないような嗜好を持つ、まるっきりの他者と共生するための想像力のことだ。

 キリスト教で言う「隣人愛」とは、お隣と仲良くしましょう、という意味ではない。親を捨てよ、故郷を捨てよ、自分に敵対するような隣人を愛せ。…こういうありそうもない「愛」をイエスは実践したと信じる、これがキリスト教の「隣人愛」だ。
 キリスト教は戒律を捨てた初めての宗教だ。ユダヤ教は戒律でできあがっている。戒律に従っていられるのは豊かな恵まれた人だけだ。貧しい者は生活のために戒律を破らなくてはならない。戒律は、それを守れるほど恵まれた者を救い、それを破らなくてはならないほど恵まれない者を見捨てる。…今やイエスによって神との契約は新ためられた、とするのが「新約」だ。
 「隣人愛」は、異邦人パウロがローマに布教するさいクローズアップしたものだ。
 キリスト教は、はじめ、ギリシャ語を話す商人たちに信仰された。彼らは国を持たない。どこの共同体にも所属しない。流浪の民だ。共同体に支えを持たない人々の心の支えとなったのが、キリスト教だ。キリスト教的伝統(カトリック)は、共同体を超えた正しさ(普遍)にある。

 「宗教」について

 宮台真司による「宗教」の定義;【前提を欠いた偶然的なもの(端的・イニシアルなもの)を、無害なものとして受容する(馴致する)装置の総体】
 端的なものとは、「なぜこの世に私はいるのか?」、あるいは「出会い」のように偶発性に左右されるもの、これらが「端的」なものだ。

 過去の「宗教」の定義にはどんなものがあったか。

 1;超自然的、超経験的な事柄への信念(18世紀、人類学発展以前の定義)
 …この問題点;人の知る現実は常にローカルなものでしかない。この定義のままでは、たとえばUFO研究者が宗教者になってしまう。比喩表現としては、そうは言える。だが、ここで捉えようとする「宗教」からは外れる。

 2;聖と俗の別。聖なるものに関わるコミュニケーションの総体(19世紀の定義)
 私たちは「聖・俗」という概念をずっと持ってきた。聖概念は、たとえば祭りの時間であり、シメナワによる結界だ。
 …この問題点;なにが「聖」であるのか確定できない。「聖」の定義は、「非日常的興奮・熱狂」だ。ではデモ行進は宗教的か? あるいはダンスは宗教的か? 

 3;パラマウント・リアリティ。至高の現実。コスモス。
 現実はピラミッド型の階層を持ち、その階層の最上位を語るのが宗教だ、とする説。
 …この問題点;憲法は宗教か? 人権概念は宗教か? 科学的探求は宗教的体験とは、言わない。社会学の求める構成要件を充たさない。

 以上、「社会学」のメモ。

 宮台真司さんに授業の後、挨拶する。びっくりされる。「どうしたの?」と問われる。『美しき少年の理由なき自殺』で天ぷら学生を拒まないとあったので、と応える。研究室の場所と、ゼミの教室案内していただく。「時間があったら話ができるのだけど、あいにくこの後予定を入れてしまっていて」と宮台さん。「できるだけこれから毎週来ます」と私。
 山本直樹と対談したことを伺う。「山本直樹はみな計算づくで描いているんじゃないか、と思っていたのだけど、会ってみたら、どうもそういうわけじゃないようだった。なんていうか、感覚的な。鎌やんみたいなタイプだと想像してたんだけど、全然違うタイプだったね。あまり人と話するタイプじゃないし。鎌やんは社交的でしょう」社交的な漫画家なんて珍しいし、私の場合は客商売の経験値が人よりたまたま多かっただけで、本質的には内向的ですよ、と思ったが、それは言わなかった。

 ゼミまでは時間が随分ある。学食でご飯食べる。ぶらぶらする。ところで都立大は無意味にブラブラたむろしていられる場所がない。そういう場所の重要さを宮台さんは著書で言っていたが、職場がまさにそういう場所なんだな、と思う。

 宮台さんのいらっしゃらないとき宮台さんの研究室のドアの張り紙を見ると、青ボールペンで以下のような落書きがへたくそな文字で書いてある。

「宮台君へ。『あんた気持ちワルイノ』消えろよ。『あるいは君のまわりでは、まわりの空気がくさる。くさってもいいけど、税金もらってくさらせるなよ。』」

 以前、エヴァのテレビ版終了直後、ガイナックスの扉にスプレーで「天誅(ただし『誅』の字は言ベンだけ)」と落書きしてあったのを思い出す。悲しくなる。

 宮台ゼミの教室に早めに着席し、『世界の教科書にみる戦争の教え方』(別技篤彦。朝日文庫)読んで時間潰す。宮台さんが言うには、他の学校の学生や、社会人や、高校生などもゼミに参加しているとのこと。小さな教室がぎゅうぎゅう詰めになる。高校生らしい茶髪の男女3名も入室。授業前に彼らは宮台さんのところへ挨拶に行く。礼儀正しくて良い子だ。
 宮台さんが入室し、ゼミ開始。学生がテキスト(本)を読み、その内容についてレジュメ(梗概)を作り、発表する形式。学生の発表を宮台さんが聞き、間違ったことを述べていないか確認する。理解が怪しいところを宮台さんが指摘し、訂正する。この回の学生さんは本質を我がこととして織り込む訓練がまだできていないようだった。自分の言葉が他者にどう伝わるか、ということへの配慮ができるほどの賢明さ経験値をまだ得ていなかった。以下、レジュメを元にしたメモ。レジュメの日本語の指示代名詞、論理帰結が怪しいので、誤解の幅が多いレジュメだった。以下、読解しにくいとこ多いと思う。私もよく判ってない。学生さんの発表は、ここまでで一区切りの内容です、という読点に欠けていた。上滑りしていたと思う。そのため聞くこちらに緊張と集中力をえらい要求していた。それは学生さんがそのことに無頓着だったからだ。言葉と言葉の論理構造が正確なら、高度な内容も読者にストレス与えること少なく伝わるものだ。高度な内容をストレス少なく理解することは人間にとり快感だ。以下、快感から遠いと思う。
(以下、うざったい方はここまでジャンプしてください)

 『ルーマン社会システム論』(新泉社)
(以下、赤文字は鎌やんによる解釈)

 1;社会学の観察には、「区別」と「指示」がある。社会というシステムを「観察」するのが、社会学の仕事だ。「観察」行為は、観察者が、a;何かを基準として社会を区別(カテゴライズ)すること、b;区別した内容について述べること、の二つに分かれる。
 2;観察は、さまざまなシステムに適用できる。観察はシステム内部での操作だ。観察は、(観察のために)選び出された「区別」に拘束される。観察者は観察対象(社会)の中にいる。観察のため用いる区別から、観察者は自由ではない。
 3;観察者は自分自身を観察することができない。観察者は観察の盲点となる。「第一の観察者」を、「第二の観察者」が観察することで、この盲点を克服できる。これを第二次的観察と言う。第二次的観察でも、観察をしている観察者自身は観察の盲点になる。他の観察者に比べ第二の観察者が特権的な位置にいるわけではない(「第一の観察者」の盲点を「第二の観察者」は観察できるが、それは「第二の観察者」が「第一の観察者」より優れているから、ではない)。「第一の観察者」が、時間を置いて別な区別を用いて、「第二の観察者」になることはできる。(観察者は反省的に自身を含めた過去を観察することができる)
 第一次的観察のみで捉えた世界は、単層的脈絡(特定の区別で固定された領域)からなる、二値的世界。第一次的観察は自分を除いた世界の全てを単純に区別し説明できる。だが一時的観察で見る世界は単純で一面的だ。
 第二次的観察で捉えた世界は、重層的脈絡を持つ。人は立体的に選択肢を比較することができるようになる。第二次的観察によって、人は自分がどう行動するのが、望ましい結果を得ることになるのかを知る。

 観察は常に「パラドキシカル」に(矛盾・逆説を孕んで)構成される。嘘つきのパラドクス。
 「全てのクレタ人は嘘吐きだ」と言うクレタ人。
1;パラドキシカルな発言は完全な記述(全てのクレタ人)を目指すが、その発言は自分自身をその中に含まなければ完全性に到達しない。パラドキシカルな発言は自己準拠的構造を持ち、その発言は自分自身にも当てはまる。
2;パラドキシカルな発言は対立項(嘘つきと嘘をつかない人)を含むため、その発言はある区別を用いている。
 第二次観察者は、観察のパラドクス及びその脱パラドクス化のテクニックを観察することができる。第一次的観察では、パラドクスを解決できない。第二次的観察によってパラドクスは解決できる。問題に対する別の機能的に等価な解決の模索が可能。
 観察の理論が観察について述べていることは、理論そのものに対しても当てはまる。

 社会診断について。
 第二次観察を適用することにより、社会はどのようにして自分自身を観察するのか、その際に社会は何を視野に収めるのか、という問題を提起。「リスク」について、「道徳」について。

 「リスク」について。
 リスクは観察によって決定する。リスクは第二次観察に平行する。リスクは第二次観察によって生まれる。
 ウィトゲンシュタインによれば、観察がなければ論理ゲームは成立しない。

 *;「リスク」と「安全性」という区別
 未来は未知だからリスクがない、ということはない。(未知である未来の問題。「だろう」の問題)
 「リスクがない」だろう、という、決定者の問題。

 *;「リスク」と「危険」の区別
 損害は、決定に焦点を置けばリスクの問題となり、外的要因(環境)に焦点を置けば危険の問題となる。
 前近代社会では、損害は外的要因(運命・不幸)のせいにできた。このとき選択は関係ない。選択の幅がなかったから。「**は危険だ」という言い方は外的要因に損害の責任を置いている。
 近代社会は、リスク社会である。自身で選択することは、リスクを負うことである。
 「リスクと危険という区別は、リスクのある行動の社会的な局面に、すなわち、決定者が誰であり、自らは決定に加わらないのに損害を受ける当事者は誰なのか、その決定が誰にとってリスクであり誰にとって危険なのかに、特に照準を当てるのである」

 *リスクのコミュニケーション
 他者が自分と同じ視点で観察している、ということは期待できない。さまざまな観察者が少なくとも共存できるような相互了解の形態を保っていくことが求められる。決定者(当事者)には、決定することへの賛否を決定できない。

 「道徳」について。
 道徳は、コミュニケーションの特殊なあり方である。
 倫理学は、「道徳の問題に関わりを持ち、道徳を反省しようとする」記述である。

 道徳的コミュニケーションは、以下の性格を持つ。
 「善悪」(という第一次的観察)のみで世界を区別する。人間を尊敬と軽蔑(という単層的脈絡)に位置付ける。
 全てのことは「善悪」(という二値)で評価できる。
 道徳的コミュニケーションはコンフリクト(対立)を絶えず生み出す、もしくは激化させるという問題を孕む。

 倫理学は、道徳を内部から反省し、善悪を指標として認知的に記述しようとする。(社会学は外部から観察する)
 基礎付けの倫理学は、道徳的判断が正当・合理的であることを示すための究極原理をもちだそうとする。普遍的で統一的な、合意を得られるような道徳観を確立し制度化させることがdきる、という仮定に基づく。
 反省の倫理学は、道徳的判断の基礎づけを断念し、道徳的自体の認知的記述に自らを制限する。

 機能的に分化した近代社会は道徳的コミュニケーションによっては統合されえない(社会学的観察)
 社会学は反省をうながす契機になりうる。第一次的観察(道徳)の盲点を社会学はとりあつかう。

 以上、レジュメを元にした。
 以下は宮台さんの語るところをメモしたもの。

 社会学と倫理の関係で、ライフスペースの例が挙げられる。

 これは「言明可能性条件」と「生活世界内機能」というクリプキの概念にあたる問題だ。
 「言明可能性条件」とは、このライフスペースのミイラの場合、「誰が見ても死んでいるだろう」という条件、それはどういう条件か。どういう限定がなされるか。「誰を連れてきてもそれをそう呼ぶだろう」任意の第三者と判断が一致するだろう、という予期。
 ライフスペースの主張は第一次的観察だ。これを正しく批判するためには第二次的観察が必要となる。これを、社会学コミュニケーションと言う。
 「生活世界内機能」とは妥当性の主張である。「これは死んでないんです」ライフスペースはこれが妥当であると主張する。

 ライフスペースの話をいったん離れ、道徳の問題を考えよう。

 ある発言、ある主張、ある価値判断には、発言者が必ずしも意識しない波及効果が生まれる。道徳の価値判断(第一次的観察)は、問題の隠蔽化の危険を孕む。そのことを社会学は第二次的観察しなくてはならない。

 第一次的観察の中にいる限り、人は、盲信的になる。道徳・善悪判断は良いか悪いか、第一次的観察者には判断できない。それに対し、第二次的観察は反省的になる。

 ルーマンと倫理学の関係を考えよう。ルーマンは行政の専門家だった。

 倫理学のルーツは行政学である。ある価値判断をし、それを実行するのが良いか悪いか、善か悪か、という学問が、行政学だ。ルーマンは、善悪という価値判断ではなく、システム合理性という価値判断がむしろ重要だ、という結論に至った。これは無原則に善いとか、善行であるから良い結果になるはずだ、という捉え方ではなく、与えられた前提からどういう帰結が生まれるか、ある統一されたシステムの条件と波及効果を見極めようとするのが、社会学の視点、ルーマンの視点だ。

 生活世界内機能は、ある生活世界内で、そういうものだ、これはこういうものだ、という同意が機能している、ということだ。だが、現代では、おのおのの生活は断片化し、島宇宙化している。自分にとっての生活世界内機能が「任意の第三者」にそのまま適用されることを期待できない。

 ライフスペースの問題はまた、宗教と社会(の共存可能性)の問題だ。宗教と社会という問題は、本来的に解決不能な問題だ。宗教は救済機能を持つ。救済機能を持つためには、宗教は社会より大きくなければならない。キリスト教は国家という社会より大きいから救済機能がある。宗教はそれに求められる機能効能からして社会より大きい。(この問題対策のため西洋の歴史はプロテスタント抵抗派の宗教改革運動、カトリック普遍派とプロテスタント抵抗派の宗教戦争を必要とした)

 臨界点クリティカルポイント

 私たちは、臨界点クリティカルポイントの問題を重視しなくてはならない。とりかえしのつかないことを想定するのが近代社会である。死はとりかえしがつかない。尊厳死の問題はその視点から捉えなくてはならない。

 内発性の過剰と、自己愛

 多くのロマンチシズムはナルシシズム、保身に見える、というのがルーマンの視点だ。短絡的自己愛は醜い。これを否定し克服するのは展開的自己愛である。第二次的、第三次的観察を織り込むことだ。

 政治も、文学も、内発性の過剰に支えられる。ベタな政治活動、ベタな文学活動は、ベタな自己愛でしかない。こういう人は、政治活動も文学活動もしないほうが良い。内発的であるのか、自己愛的であるのかは、他者を計る判断基準になりうる。
 内発性であるかどうかは、自己反省的であるかどうかである。自身のナルシシズムを相対化しようとするかどうかだ。

 ハーバーマスとルーマンの論争があった。
 ハーバーマスは、リベラル左派だった。ナチズムを否定したが、共産主義なら良い、とした。
 ルーマンは、そういう思考そのものがダメなのだとした。同時に誠意への敬意を主張した。必要な賢明さの不足を危惧した。

 政治と文学の問題。(江藤淳も取り上げている)
 社会を生きるには内発性は必要。過剰な内発性は、政治か、文学で表現される。たんに「政治家になりたい」、たんに「漫画家になりたい」、たんに「小説家になりたい」というのは、承認欲求にすぎない。

 宮台真司氏が「過剰な内発性」を見る政治家は二人いる。田中角栄と小沢一郎だ。田中角栄は、人間は何に弱いのかよく知っていた。人間は金に弱い。情に弱い。田中角栄は陳情に来るどんな人物であろうと、その家族一切について調べてから会った。田中角栄に会った人は、田中角栄が自分についてよく知っていることに皆感動した。(人は己を知る人のために死ぬ)田中角栄に会った人は、皆、田中角栄の熱心な支持者になった。田中角栄は共同体を利用し、田中角栄自体は共同体を超えていた。そこの点を、小沢一郎は持たない。小沢一郎は理想主義者で集金能力はあるが、人が何に弱いのかについて、鈍い。

 

 以上、メモ。次回はジャン・ハロルド・ブルンヴァン『消えるヒッチハイカー』(新宿書房)について。


 11月16日の授業で判らなかった用語・それに関連する概念を自習してみました。

 エンカルタ98で、判らない言葉を調べてみました。
 メタ言語と対象言語(うそつきのパラドックス)、 ウィトゲンシュタインの哲学(言語ゲーム)、ポッパー(反証不可能性)、ハーバーマス、分析哲学と言語哲学(論理実証主義)

 また、『岩波思想・哲学辞典』でも以下の言葉を調べてみました。
 指示、対象、嘘つきのパラドックス、ラッセルのパラドックス、メタ言語/対象言語、自己言及、認知活動、反証可能性、言語ゲーム、クリプキ、モデル理論、記号論理学、様相論理、解釈

 

 エンカルタ98より

 メタ言語と対象言語 メタげんごとたいしょうげんご Metalanguage and Object language
 対象についてかたられる言語を対象言語といい、この対象言語についてかたられる言語をメタ言語という。「机」や「緑の」という言葉は対象言語であり、これらについてかたられる「名詞」や「形容詞」という言葉はメタ言語である。あるいは、英語の文法書を日本語で書いた場合、英語は対象言語であり、日本語はメタ言語になる。
 うそつきのパラドックス
 さまざまなパラドックスや詭弁(きべん)は、対象言語とメタ言語の混同から生じる。たとえば「クレタ人はうそつきだ、とクレタ人がいった」という古代ギリシアから有名な「うそつきのパラドックス」は、最初のクレタ人は対象言語で、後者はメタ言語であるという違いを混同することによって生じる。これは、「だれも目的語を飲まない。『水を』は目的語である。それゆえだれも水を飲まない」という詭弁と同じ性質のものである。(参照)
"メタ言語と対象言語" Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997 Microsoft Corporation. All rights reserved.

 ウィトゲンシュタインの哲学
 ウィトゲンシュタインの哲学は、「論理哲学論考」の中で展開された前期思想と、「哲学探究」に代表される後期思想にわけられる。しかし前・後期ともに、哲学を、言語を分析する活動であると考える点では一貫していた。
 「論理哲学論考」
 「論理哲学論考」においては、言語は要素命題といわれるそれ以上分割することのできない最小単位によってできあがっているとされる。しかし、日常つかわれる言葉は、複雑で混乱している。そのような言語と対応して世界のほうも表面は複雑で錯綜(さくそう)しているが、分析によってそれ以上分割できない原子的な事実へとたどりつくことができる。ウィトゲンシュタインによれば、要素命題は、この原子的な事実をそのままうつしているのである。
 このように事実と正確に対応している命題、つまり科学における命題だけが意味のある命題だとウィトゲンシュタインはいう。それゆえ、これまで形而上学によってかたられた文や、倫理的な文は無意味なものになってしまう。「論理哲学論考」は、「かたりえないものについては沈黙しなければならない」という有名な言葉でむすばれている。このような考え方にウィーン学団の論理実証主義者たちは強く影響され、形而上学的命題などは無意味なものだとしてすてさった。
 ただし、ウィトゲンシュタイン自身は「かたりえないもの」の領域をみとめ、それについて無意味にかたることのないよう、いわば逆方向から言語の限界づけをおこなったのだとも考えられている。
 「哲学探究」
 「哲学探究」では、「論理哲学論考」の言語観は否定され、より実際の言葉の使用の場面に目がむけられる。言葉はさまざまな状況でいろいろなやり方でつかわれており、「論理哲学論考」で想定したような統一的な言語など存在しないと考えられるようになった。
 このような、さまざまにことなった言語の活動を、ウィトゲンシュタインは「言語ゲーム」とよんだ。科学者には科学者の、神学者には神学者の「言語ゲーム」があり、言葉の意味はその言葉がつかわれている実際の文脈によってきまる。ウィトゲンシュタインは、哲学の仕事は実際おこなわれているこのような「言語ゲーム」を記述することにあると論じた。"ウィトゲンシュタイン,L." Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997 Microsoft Corporation. All rights reserved.

 ポッパー Karl Raimund Popper 1902~94 ポッパーは「探求の論理」(1934)において、科学は基本的に帰納的学問だという常識をくつがえし、「反証可能性」という考えを提出した。科学理論というのは仮説にすぎず、その仮説のもとで観察によってそれぞれの言明をたしかめるのであり、もし別の観察によってその言明が間違いだとわかった場合には、この科学理論はただちにすてさられる。このような反証の試みによって理論が間違いにならないかぎり、この理論はうけいれられる。しかしその理論はあくまで仮説にとどまり、確実な科学理論などどこにも存在しないと主張した。
 「開かれた社会とその敵」(1945)では、ポッパーは民主主義の立場をとり、プラトンやマルクスの政治理論のもつ全体主義的傾向を批判した。"ポッパー,K.R." Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997 Microsoft Corporation. All rights reserved.

 ハーバーマス Jurgen Habermas 1929~ ドイツの哲学者、社会学者。ホルクハイマー、アドルノなきあとのフランクフルト学派第2世代の中心的人物。デュッセルドルフに生まれ、ゲッティンゲン、チューリヒ、ボンの各大学で哲学、社会学をまなぶ。「公共性の構造転換」(1962)によって一躍有名になり、以後、ハイデルベルク大学、フランクフルト大学で教鞭をとる。1971年以降は、現代文明世界における人間の生活条件の研究を目的とするマックス・プランク研究所の所長をつとめる。
多産な著作活動
マルクス主義者であるにもかかわらず、ハーバーマスの著作活動はきわめて多方面におよぶ。カント、シェリング、ヘーゲルなどのドイツ観念論哲学とウィトゲンシュタイン、ポッパーといった英米系の哲学との間の生産的対話をこころみ、ミード、パーソンズらの社会学的議論にも造詣(ぞうけい)が深い。ポッパーやアルバートといった批判的合理主義者との実証主義論争、ガダマーとの解釈学論争、ルーマンとのシステム論争も有名。主著に、「理論と実践」(1963)、「認識と関心」(1968)、「コミュニケーション的行為の理論」(1981)などがある。"ハーバーマス,J." Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997 Microsoft Corporation. All rights reserved.

 分析哲学と言語哲学 ぶんせきてつがくとげんごてつがく Analytic and Linguistic Philosophy 英米を中心に展開された20世紀の哲学運動。論理実証主義や日常言語学派の総称。哲学の本来の活動は、言葉やそれによって表現される概念をはっきりしたものにすることだという考え方を共有している。このような言葉の分析によって、言葉の混乱によって生じた哲学的な諸問題を解消することを目的にしている。
 論理実証主義者たち
 ケンブリッジ大学のラッセルのもとに、分析哲学の歴史において中心的な役割をはたすウィトゲンシュタインがやってくる。彼は最初の主著「論理哲学論考」(1921)において哲学は言語批判だと主張し、言葉は世界の像であるという、ラッセルの論理的原子論と同様の考えを展開した。
 この時期のウィトゲンシュタインにとって、意味のある文とは、世界の像である自然科学の命題だけであり、自然をこえた、神や倫理についての文は無意味な命題であった。
 ラッセル、ウィトゲンシュタイン、マッハなどの影響をうけ、哲学者と数学者のグループが、1920年代のウィーンで論理実証主義といわれる運動をはじめた。シュリックとカルナップが中心となり、ウィーン学団は分析哲学の歴史の中でもっとも重要な役割を演じた。彼らによれば哲学の仕事は意味の分析であり、新しい事実の発見や世界全体について説明することではない。
 論理実証主義者は、意味のある文は分析的命題と経験的に確認できる命題の2つであるとした。分析的命題は、論理学や数学の命題であり、つかわれている言葉によってそのただしさはきまる。経験的に確認できる命題というのは、少なくとも原理的には感覚経験によって検証されるこの世界についての命題である。このような命題にのみ意味があるとする意味の検証理論によれば、科学的な文だけが事実についてのただしい主張であり、形而上(けいじじょう)学や宗教や倫理に関する文は、事実についてはなにもいっていないことになる。
 ポッパーによる批判
 しかしこの検証理論は、ポッパーをはじめとする哲学者たちによって徹底的に批判された。ウィトゲンシュタインも自らの「論理哲学論考」の考えを否定し、「哲学探究」(1953)に結実する新しい思想を展開する。この本で彼は、日常の場面での言葉の使い方に目をむけ、言葉の多様な姿を明らかにした。
 言語ゲーム
 その過程で「言語ゲーム」という重要な考えが生まれる。科学者、詩人、神学者などはそれぞれことなった言語ゲームをおこなっている。したがって、ひとつの文の意味は、その文があらわれる文脈、そしてその文がつかわれている言語ゲームのルールから理解されなければならない。ウィトゲンシュタインによれば、哲学とは言葉の混乱によって生まれた問題を解決する作業であり、そのような問題の解決の鍵は日常の言葉の分析であり、言葉の適切な使用なのである。"分析哲学と言語哲学" Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997 Microsoft Corporation. All rights reserved.

 

 『岩波哲学・思想事典』で、判らない言葉を調べてみました。
 指示、対象、嘘つきのパラドックス、ラッセルのパラドックス、メタ言語/対象言語、自己言及、認知活動、反証可能性、言語ゲーム、クリプキ、モデル理論、記号論理学、様相論理、解釈

 

 指示reference;指示という概念は、固有名のような単称名辞が、フレーゲの本来の意味での「対象」を名指すさいの、記号と対象との間の関係のことである。
 クリプキは、固有名は概念の助けを借りることなく直接特定の個体を指示するが、それをなしうるのは、その個体を命名した時点から、その名を用いている今この場面まで因果の連鎖が途切れることなく続いているからだと考えた。

 対象object;主観・主体と対比して使われる客観・客体にあたる。客観・客体とも訳される。心が目指し向かう事柄のこと。目標、主題。狭義には対象とは文の主語によって表される実体的なものであるが、述語によって表される、もののもつ性質・関係・事態・事実を言う。フレーゲでは固有名によって指示されるもの、一般的には指示的行為によって示されたもので、性質・関係などの特性が帰せられるもののこと。

 嘘つきのパラドックス(エピメニデスのパラドックス);これを厳密な形式的言語に即して扱い「真理」概念に重要な洞察を得たのはタルスキ。タルスキは、ある言語(対象言語)の中の文の真偽を決定するには、その言語より一段上のレベルの言語(メタ言語)の中でその定義を行なうべきだと考えた。対象言語より豊かなメタ言語を使い、二つの言語の区別を守れば、対象言語の真理はメタ言語内で再帰的に定義できることを示した。

 ラッセルのパラドックス;「xはxの成員ではない」という条件を満たす集合xを全て集めた集合を「ラッセル集合r」と定義する。このとき、ラッセル集合rはrの成員だろうか。
 1;もしrがrの成員なら、rを定義する条件により、rはrの成員ではない。
 2;もしrがrの成員でないなら、これはrを定義する条件を満たすのでrはrの成員である。
 1,2より、「Aならば非-A、かつ非-AならA」となり矛盾する。

 メタ言語/対象言語;目下の考察対象となっている言語を「対象言語」、その考察の成果を述べるのに用いられる言語を「メタ言語」という。日本語で書かれた英文法書の例の場合、英語が対象言語、日本語がメタ言語である。日本語で書かれた日本語文法書の例では、対象言語メタ言語ともに日本語である。メタ言語と対象言語の区別は絶対的ではなく相対的である。英文法書が完全であるためには、全ての英語表現について文法的説明を行なわなければならないから、メタ言語である日本語は対象言語である英語を何らかの仕方ですべて含んでいなければならない、このことをメタ言語は対象言語より本質的に豊富であるという。(参照)

 自己言及self-reference;再帰性reflexivenessの一種。自己指示、自己参照とも言う。「嘘つきのパラドックス」や「ラッセルのパラドックス」のように、二律背反を惹き起こす。「この文は日本語で書かれている」(ここで「この文」は当の文全体を指示するものと解する)のような構文論的自己言及は、内容空虚である。  「あらゆる命題は疑わしい」という懐疑主義のテーゼや、「あらゆる意識は虚偽意識である」というイデオロギー論の強い主張は、真であると仮定すると、自己適用self-applicationによって、疑わしいもの、偽なるものとなる。つまり自己破壊に陥る可能性がある。

 認知活動;知覚・判断・推論・問題解決・記憶・意識・感情・学習・遂行・言語理解・言語使用・談話などを指す。

 反証可能性;言明が偽とされる可能性を「反証可能性」という。ポパーは経験科学的言明とそうでないものを区別するという「境界設定問題Abgrenzungsproblemを解くために『探求の論理』[1934]においてこれをを方法論的基準として提案した。ポパーによれば、言明(あるいは理論)は、反証可能であるときそしてその時にのみ経験科学的である。
 ポパーによれば、言明もしくは理論は、それと論理的に矛盾する「基礎言明」(観察可能な出来事を述べる言明)を持つならば、反証可能である。たとえば、「すべてのスワンは白い」という言明は、時空上のある領域における黒いスワンの存在を述べる基礎言明が真であるときに反証される。これに対して「人間のすべての行為は利己的である。見たところそうでない行為にしても、そうでないように見せるという利己的関心からなされている」という主張は、論理上、この主張と矛盾する基礎言明が存在しえないから反証不可能であり、非経験的科学的言明に分類される。(参照)

 言語ゲーム;ヴィトゲンシュタインは「命題は実在の像である」とする従来のテーゼを破棄した。代わって登場するのが、言語活動をゲームになぞらえるアナロジーであり、言語使用の多様性への着目である。出発点となったのは過渡期の数学論であり、彼はそこで数学の公理をチェスの規則に類比する形式主義の考えに批判的検討を加え、そこからあらゆる構文法はゲームであり、任意であるという結論を引き出している。
 「言語ゲームの研究は、言語の原初的な形態すなわち原初的言語の研究である。われわれが真偽の問題、命題と事実との一致と不一致の問題、肯定、仮定、問いの本性の問題を研究しようとするなら、言語の原初的形態に目を向けるのが非常に有利である。これらの思考の諸形態がそこでは、高度に複雑な思考過程の背景に混乱させられることなく現れているからである」
 言語ゲームは方法概念であると同時に事実概念であるという両義性を持つ。
 方法概念としての言語ゲームは考察のために設定される一種の文法モデルであり、類似や相違を通じて言語の働きを明かにする比較対象に他ならない。言語ゲームの諸規則は哲学的考察の目的に応じわれわれが構成するのである。それを通じてわれわれは言語使用の諸条件、すなわち、その場面でのさまざまな語の目的と働きを明確に見渡すことができる。
 他方で言語ゲームは、言語活動が人間の多様な生活形式に根ざした「自然史」に属していることを表現する事実概念である。言語ゲームの多様性は、言語使用の基盤である人間生活の多様性に由来する。その多様性を無視して一般化を行ない、言語を生活の土台から切り離して抽象化するとき、悪しき哲学的誤謬が生ずる。その意味で言語ゲームの考察は、さまざまな哲学的困惑に対して治療的効果を発揮する。(参照)

 クリプキ;アメリカの哲学者。クリプキ・モデルと呼ばれる様相理論のモデルを考案。モデル理論で多くの業績を残す。

 モデル理論;モデル理論では、論理的言語の意味はある対象領域(モデルの領域)上で指示的(外延的)な解釈として与えられる。
 現代論理学の初期においては、形式論理言語で正確に書かれた理想的な公理的理論体系はその理論が意図する対象領域の構造(標準モデル)を完全に特徴づける、と無批判に想定されていたが、ゲーデルは不完全性定理[1931]を示し、これを否定した。また、言語的レベルの証明可能性概念が捉えうるのは標準モデルだけでなく、非標準モデルをも含む(一般に無限個の)モデル群に対する恒真性概念である(完全性定理[1930])ことを示した。
 モデル理論には、古典的モデル理論(タルスキ)の他に、
1;集合論のモデル;内部モデル(ゲーデル)、強制法(コーエン)、プール値モデル(ソロヴェイ、スコット)
2;カテゴリー論的モデル;層理論、トポス理論
3;可能世界モデル(クリプキ);直観主義論理、様相論理

 記号論理学;現代の論理学の最大の特徴は、日本語や英語のような自然言語の文で表現されている論証を研究するために、論理学者によって人工的に作られた言語を用いるという点にある。形式的体系formal system と呼ばれるこうした人工言語は、言語の妥当性に関わる限りの自然言語の特徴を再現することを意図している。それゆえ、それ以外の自然言語の要素は捨象される。自然言語における論証は、形式的体系のなかでそれと対応する論証に照らして、その妥当性の判定が行われる。
 フレーゲによれば、もっとも単純な文は名前と述語から構成される。例;「ポチ(名前)は犬だ(述語)」。
 より複雑な文を構成する手段には二つある。
 1;否定や条件法といった命題結合詞。
 2;「すべての」「少なくとも一つの」といった表現に対応する量化子quantifier。これは述語論理の言語である。
 名前;アルファベット小文字で表記 a,b,c
 述語;アルファベット大文字で表記 F,G
 否定;¬  条件法;→ 
 「すべての」(全称量化子);∀
 「少なくとも一つの」(存在量化子);∃
 述語論理で、「どんな犬もいつかは死ぬ。ポチは犬だ。従って、ポチもいつか死ぬ」を表記すると、以下のようになる。
「∀x(Fx→∃yGxy)、Fa、よって、∃yGay」
(「Fx」=「xは犬だ」、「Gxy」=「xは時点yで死ぬ」、「a」=「ポチ」)

 様相論理;必然性と可能性の論理。
 命題様相論理の構文論は通常の命題論理に□(「必然的に」)と◇(「可能的に」)という二つを加える。
 標準的公理系はS5と呼ばれる、以下のものである。
 P→P トートロジー
 □P→P もし必然的にPならば、Pである
 ◇P→□◇P 
 □(P→Q)→(□P→□Q)
 ◇P→¬□¬P
 推論規則は二つ。「PとP→QからQを導け」「Pから□Pを導け」 

 解釈;現代論理学では、記号に意味を与えることを言う。述語論理学では、ある論議領域unverse of discourseを確定し、述語記号に特定の性質や関係を対応させること。

11月15日(月)

 記憶にない。 11月16日の日記へジャンプ

11月14日(日)

 午前10時、ほしのえみこさん他一名と結婚式の打ち合わせをする。

 午後1時30分。池袋駅で砂さんと待ち合わせ。砂さんが遅れる。砂さん寝てるかもと心配になって電話しようとする。電話番号書いてあるメモを持ってこなかったことに気づく。えーと、メモ帳にある名簿で砂さんの電話番号知ってそうなのは。東浩紀さんにどきどきしながら電話する。電話が途中で切れる。砂さんいらっしゃる。東浩紀さんにごめんさいでした、と再度電話する。

 紀伊国屋書店に関する件、砂さんとRB67さんで情報交換。太田出版の活躍、紀伊国屋の態度、など有益な情報をいただく。いずれこれはTINAMIXにアップされる。
 東浩紀さんがフランス、イギリスで体験したことなどを砂さんから伺う。以下は砂さんから伺った、東浩紀さんの考え。フランスにはサブカルチャーは存在しない。フランスにはメインカルチャーしかない。それだけフランス革命は徹底的だった。フーコーが、国家、刑務所、学校を類比させた本当の意味がわかった、フランスという国はまんま学校的刑務所的だからだ。あれは比喩ではなかったのだ。日本人である東さんがフランス思想をすること、という行為に懐疑的になってしまったそうだ。イギリスは居心地が悪くなかったそうだ。アイルランドはお伽の国のようだったそうだ。イギリスにはしっかりとサブカルチャーがあるそうだ。イギリス全土どこであろうと、サブカルチャーはサブカルチャーだけで流通できるそうだ。日本では、サブカルチャーが他のサブカルチャーと流通するためにはいったんメインカルチャーを通らなくてはならない。流通の転換が日本では必要だ。そしてそれは遠からず起こる。今回の紀伊国屋書店の件もそういう視点からも捉えられて良い。以上、砂さんから伺った話。

 RB67さんの主張。流通は良きものをセレクトして民衆に与える、というかたちであってはならない。アメリカの例。アメリカは日本とは比べ物にならないほど児童ポルノの規制が徹底している。ヌーディストビーチの写真集がある。これには子どものヌードも映っている。それが書店に並んでいることにクレームは多く来る。だが書店はそれを書店からなくそうとはしない。芸術とされているヌーディストビーチの写真が、取り締まられるべきかどうかは、判例を待つべきだ。それまでは書店はそれを置く。判断は購入者がすればいい。売れるから置く、という側面はあるだろう、だが、判断の材料を多く置くことが書店の使命だ、という哲学がそこにある。以上、RB67さんから伺った話。

 午後5時。新宿コマでディグさんと待ち合わせ。惑星ピスタチオの演劇『白血球ライダー2000』観る。
 惑星ピスタチオは、テレビのヒーローものなどの、安っぽくオタクなテレビでの共通体験で観客と言語の共有を図る。それは自身(演者と観客)の現実体験の貧困さを、ギャグとしてメタ視させる機能がある。そこが面白い。だが、これを繰り返すと、この貧困な語彙だけでは表しにくい表し得ないものがあることに気づいて行く。演者はその問題を演者自身に突きつけるようになっていく。今回のピスタチオは、そのことの模索をしている。結果として失敗している。だがのたうとうとする姿勢はいいと思う。テーマについての考察がまだまだ甘く、演者たちの中できっちりと整理されていない。結果観客には難解なものになった。演者自身何を語りたいのか言語化に苦しんでいるのだと思う。新人が多く、発声活舌が怪しく聞きとりにくいところが随所にあり、そういう人はまた身体での表現も独り善がりで観客との共感に失敗しているが、新人を多く参加させてみた、ということが、小さく纏まってしまうまい、というピスタチオの姿勢を表しているのだと思う。
 ディグさんもほぼ同意見。 

11月10日(水)から13日(土)

 記憶にない。

11月9日(火)

 宮台真司さんの授業は火曜日にある、と聞いたので、都立大へ行く。

(この間あったことはおいおい書きまする)

11月1日(月)

 東京に戻る。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年10月21日から30日

2012年03月27日 01時19分50秒 | Weblog
10月31日(日)

 見合いの仲介をしてくださったかたのところへ。労をとっていただいたことの礼を言う。父母の話を真に受けないでほしい旨、伝える。

10月30日(土)

 見合い。心配だったようで仲介の小父さん小母さんも臨席。どこの家も、体裁ばかり気にして、結局次の世代を不幸にしよう不幸にしようとしているんですね、といった話などする。相手方に失礼はなかったと思う。

10月29日(金)

 実家に戻る。みいちゃん家に行く。あまり歓迎されない。『よのなか』(宮台真司・共著)を置いてくる。みいちゃんの顔見る前に帰宅。ところで私は本当にみいちゃんのことが好きなのだろうか。自我形成の未熟な他者に、理想の自身を投影しているだけなのではないだろうか。そこが自身の抱えるパターナリズム。ナルシシズム(自己愛)を自惚れ、ダブルスタンダード(二重規範)を二枚舌、と置きかえるように、パターナリズムを日本語に置きかえると、老婆心。

10月28日(木)

 着色の作業があるので、一旦東京へ戻る。よっぴいて着色する。手間取る。『まんがサイエンス』見つからない。実家に送ったかな? 作業終わらない。あじまるさんから電話。レヴォ、委託で置いてくださる、とのこと。色々あじまるさんに愚痴を聞いてもらう。

10月27日(水)

 学研のひみつシリーズを苦労して穿り出す。みいちゃん家にそれを持っていく。中学校までの理科は、これで十分対応できるはずだ。あと、あさりよしとおの『まんがサイエンス』があれば完璧だ。自分の中のパターナリズムに辟易する。よほど気をつけないと、随分と押し付けがましい行動を自分はとってしまうだろう。

10月26日(火)

 親戚3軒巡る。みいちゃん家でみいちゃんの祖母と伯父と色々話する。昨日ほど険悪ではない。フラットな状態になる。みいちゃんの今までについて、知らなかったことを聞かせていただく。みいちゃんのこれからについて、色々話する。

10月25日(月)

 土曜日の見合いの仲介をしてくださった方に会う。えらい大病を患ったのだと伺う。うちの親の言うことを真に受けてえらいご苦労おかけしたこと判明。申し訳なく思う。

 散髪する。髪を少し脱色する。

 みいちゃん家に行く。空気が険悪。みいちゃん家では、私は親戚だから「イナモン」ではないだろう、という前提で見ていたが、私がこれ以上ないくらい「イナモン」であることに、気づいたようだ。みいちゃんが私と話しようとすると、みいちゃんは伯父に根性焼きされる。みいちゃんに歴史の続きを教える。居たたまれない感覚から、うまく教えられない。みいちゃんが塾行った後、みいちゃんの祖母と伯父と話する。今まで親戚の誰にも言ったことないことを色々明かす。

10月24日(日)

 (10月13日から23日までの行動はメモをしてあったが、この日以降にはメモがない。日付は記憶に頼る)

 引き続き労働。客はがくんと減る。お遍路さんに行くにはどうしたらいいか一番札所に電話する。
 閉店後、みいちゃん家に行く。みいちゃんの母(Cさん)から、介護の現場について話を伺う。以下、そのときのメモ。Y市は全国から見て最も介護福祉の遅れている地方のようだ。

 介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格を得るには、学科試験と数ヶ月の実務研修が必要だ。ケアマネージャーへの受験資格がある仕事は、社会福祉士、看護士、介護福祉士など20種ある。これらの団体では講習会がある。ケアマネージャーは動くことで金になる。
 だが、受験資格はあっても、当人にその意欲があっても、資格試験を受けることができない、という問題がある。個人的に受験しようとしても、実務研修する期間、休職することができない。皆が一斉に試験を受けると、仕事する人がその期間いなくなるからだ。受験意思ある者を犠牲にしている。そのため団体トップが、受験者を恣意的に選別することになる。これは、試験が年に一回しかない、というのが問題だ。
 社会福祉協議会は、半官半民の組織だ。
 社協は民間レベルまで福祉を広げる目的で作られた広報機関だ。国が平成元年に立てたゴールドプランというのがある。ホームヘルパー、在宅介護支援センターなどが必要となる。本来は市町村の福祉課などが請け負うのだが、全国的に社協がそれを委託で引き受けている。新法以前は社協は補助金で運営されていた。新法以降、社協は、半官半民、将来的には独立した企業へ発展することが望まれている。
 だが、我がY市の局長(武川勉市長)には介護事業という発想がない。Y市長は、福祉のために金を出さない、と公言している。で、実際に出さないという政策だとのことだ。「介護保険があるから福祉を切り捨てる」というロジックだそうだ。結果、要支援要介護認定を受けた者はリハビリすることにより保険対象から外れ、介護サービスが受けられなくなる。
 Y市武川勉市長と社協は、ヘルパーが足りないからサービスができない、と宣伝している。だがこれは嘘だ。ヘルパーはいる。Y市の社協はデイサービスとヘルプサービスのうち、ヘルプサービスを切り捨てようとしている。介護認定が始まると、今社協を利用している者のうち30%ははじかれる。結果、ヘルパーが活動する時間と支払う給与とのバランスから、ヘルプサービスは赤字になる、と、Y市社協は判断した。介護保険から人的に動いた企業に対して、時間単価4020円が支払われる。
 Y市では、退院したが在宅できない人を、武川勉市長の経営する「老健」(白樺荘)へどんどん送っている。Y市のこの老健は、3、4年前に作られた。老健は特養ホームではない。老健は誰でも作れる。特養ホームは福祉事務所を通さないと入れない。Y市の老健は、市役所が受付をしている。これはおそらく法律違反ではないか? Y市の市長選に落選した栗原元市長は福祉に力を入れる人だった。

 といった話伺う。耳慣れない言葉が多く、理解できないことが多い。ポイントとして、ケアマネージャーの試験が年に一回しかないというのは非合理である、という整理を自分的にはした。その件について、えだの幸男議員に訊いてみよう。えだの幸男議員は福祉厚生が専門だから、この関係について事務所に行って勉強させてもらおう。もう一点のポイントは、Y市は市長の選択を誤った、ということだ。さて、こちらのほうのことは、どう対応するのがいいのかな。

 えらい久しぶりにみいちゃんに会う。ちょっと見ない間にみいちゃんはぷくぷくと横に成長していた。ルックスのことを言える資格は私にはないが、これ以上肥えると私が後悔してしまいそうだ。頼む、みいちゃん、心の空虚を食物で埋めようとしないでおくれ。

 みいちゃんに理科を教える。歴史を教える。鎌倉幕府を覚えることが何の役に立つのか判らない、と、みいちゃんが言う。もちろん何の役にも立たない。歴史で重要なのは明治維新以降だ。教えている途中でみいちゃんの伯父が色々知ったかぶりをされるのが、なかなか迷惑で少し困る。みいちゃんに、あるもの渡す。

 帰宅.。父母も帰宅している、と、荷物で判明。父母は既に就寝。
 みいちゃんに渡したもの見返し、あ、これはみいちゃんの家族に見られたら相当まずいものだ、と気づく。あまり考えないで就寝する

10月23日(土)

 前日の続きの客層。絶対数は減る。それとは別に通常の客層も来る。通常の客層は時間に妙にルーズで往生する。閉店後、利用客から、隣店の客への苦情を申告される。隣店の客に説明し理解を求めお願いする。

10月22日(金)

 午前5時10分起床。前日の続きの客層に対応。客の要望に間に合う。国際電話など、いくつかの試行錯誤。
 組合の奉仕活動参加。草むしり他。
 この日もみいちゃんの祖母パートに来るも、ほとんど話できず。

 パートのおばさん退勤後、桟橋係留の2人用エンジン舟の点検。浸水に気づく。水抜きの栓を抜く。店に戻り、客の応対。
 日没後再びエンジン舟を見ると、桟橋に係留された状態で沈没している。舟のロープをとって岸まで手繰り、岸へ上げようと試みる。桟橋からロープを外す。ずぶずぶと水中に舟は完全に沈む。船底に残った空気のため、転覆する。
 岸からロープを手繰り舟を引く。舟が座礁する。
 考える。転覆しているのだから、船内に空気を送れば浮くだろう。ドウコウ缶を用いて試みる。頭の中で予想したほど空気を人力では船内に送れないと判明。失敗。
 闇夜の状態では作業困難なので、屋外照明を点けようとする。工事中のためスイッチの位置、不明。(後日聞いたところによると屋外照明は工事中のため点かないのだそうだ)
 タイヤブルを使用。キー部分が錆びていたが、幸いにしてタイヤブルのエンジンは簡単にかかる。タイヤブルに舟のロープを結び、岸に引き上げようと試みる。舟の高椅子がブレーキになり、失敗。考える。
 人力で舟をひっくり返そうと思う。そうすればブレーキになっている椅子が邪魔にならないはずだ。水に入って、踏ん張る。人力で舟をひっくり返すのは不可能だと判明する。
 その間も、店に来客複数。閉店するに閉店できない。妹から電話。今夜は帰ってきて店番を手伝って欲しいと妹に頼む。ものすごく不機嫌になる妹。妹よ、私がどれだけしんどい思いをしているのか、少し同情してくれ。
 タイヤブルでひっくり返そうとする。タイヤブルが水に入れるよう、足場を作るべく、色々作業する。タイヤブルで舟を持ち上げようとする。失敗。
 テコを用いればどうだろう、と考える。試みる。失敗。考える。流されないようエンジン舟のロープを岸に繋ぎ、タイヤブルでテコを用いる試み。失敗。
 タイヤブルで舟を強引に引いてしまうと、エンジンと座席が壊れる。そこでタイヤブルで押し出してみる。水中の浮力を利用してエンジン舟をひっくり返そうとする。舟の床と舟底の隙間は空洞になっている。そこへの浸水がいっそう進行していることが判明。いっそう重くなっている。人力でどうにかするのは不可能だ。
 びしょ濡れになりながら考える。父が私を手元に置きたがるのはこういう時のためだ。父と二人がかりででもこのエンジン舟との格闘はしんどい作業だ。まして一人でどうすればいいのだ、と、思う。だが、これはブルーカラーの仕事だ。オーナーの仕事ではない。とも思う。
 みいちゃんのことで望外なことがあったから、その反動でこんな目に今自分は遭っているのかな、と、オカルトな思考をする。
 何が喜ばしいことで、何が辛いことなのかは、動物としての人間環境とは別な、文化文明による規定に制限されているのだ。だから、今置かれているこのことを不幸だと私が感じるのは、文化文明の方向付けの問題でしかないのだ、などと、脳内では無駄な思考が回転する。
 気温がこの時期にしては暖かく、無風なのは自分にとって運がいい。その意味、不幸だと思うのは自己憐憫しすぎだ、と、考える。
 エンジン舟をこのまま放置しておくわけにはいかない。考える。
 エンジン舟のロープをタイヤブルに結ぶ。タイヤブルでエンジン舟を持ち上げ、とにかく岸に上げる。舟底の栓を開けるべく、プライヤを取りに店へ。
 舟のもとへ。プライヤを使用して栓を抜く。どっ、と水が出る。栓を置きに店へ。店に妹がいる。若干言い争う。妹に頼みごとをして、舟のもとへ。
 舟を人力でひっくり返そうとする。不可能だと思い知る。タイヤブルで舟を掲げる。斜めになったので、舟は更に水を放出。その上で、人力でひっくり返そうとする。動く。ついに舟がひっくり返り、転覆状態から通常状態になる。エンジンを外す。引き上げに成功する。

10月21日(木)

 午前5時10分起床。普段と違う客層が大量に来る。慣れない事柄の対処で胃がチリチリする。合理的であるかのような客の要望に応えるべく、さらに胃をチリチリさせる。試行錯誤強いられる。国際電話、国際ファックス、代理店への連絡など繰り返す。幸いにして客層は概ね良質。午後9時閉店。精算。ものすごく疲れていたので、午後9時半、マッサージに行く。あまり上手ではないマッサージ師にあたる。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年10月11日から20日

2012年03月27日 01時19分11秒 | Weblog
10月20日(水)

 午前4時50分起床。車で別棟へ。母の社会奉仕欲求の代役する。午前6時帰宅。開店。パートのおばさんと話する。私の仕事はブルーカラーの仕事だ。ホワイトカラーを生産するため私が受けてきた教育は私にとってほとんど役に立たない、という話。現場と指揮指導者が乖離していることが、日本の業病だ。現場を知らないエリートほど始末に終えない者はない、指導者のツケは現場が払うのだ。といった話。労働。午後9時閉店。

10月19日(火)

 午前5時15分起床。寒い。みいちゃんの祖母、9時出勤。びっくりするほど暇。みいちゃんの祖母と色々話する。私がマンガの仕事を畳んで実家に戻ると私の母が嬉々としてあちこちに吹聴してるのだそうだ。マンガの仕事の基盤を作るにしては早過ぎないか、とか、この家に嫁に来る者は大変だとか、結婚を焦る必要はないとか、みいちゃんの祖母に言われる。自分で誰か見つけてこないのか、とか、好きな人はいないのか、とか訊かれる。…これはひょっとして誘い水をしているのだろうか。さんざん悩んだ末、「聞き流してくれて構わないけど」と私が口を開く。「みいちゃんを嫁さんに欲しい、と言ったら、困りますよね?」
「どうぞ」と意外な応えが来る。
「本当ですか? ボクは本気ですよ」
「どうぞ貰ってやってください」
嬉しさのあまり猟犬三匹連れて駈回る。このままでは撥が当たる、そうだ、お遍路さんに行こう、と思う。
「あれは良い子じゃないけど」と、みいちゃんの祖母が言う。
「日本一幸せにしてみせます」私は興奮する。
みいちゃんの伯父が、みいちゃんの祖母を迎えに来る。みいちゃんの伯父と話する。嫁さんをどうするとか訊かれるので「みいちゃんを嫁さんにしたい」と伝える。二人帰宅。みいちゃんの母から電話。月曜か火曜あたり伺う旨伝える。みいちゃんに電話する。えらい久しぶりにみいちゃんと話する。あれ、みいちゃん中2になってたの。
 ディグさんに今日起きたことを伝える。「からかわれてるんじゃないですか?」と、ディグさん。
「そんなことはない。これから色々大変なこと多いだろうけど、ボクは頑張りますよ」と自分を鼓舞する。

 コアマガジンから電話。単行本発売日が2000年6月5日に決定する。

10月18日(月)

 午前5時起床。実質的労働は午前7時までの2時間。午前9時半、みいちゃんの祖母、パートとして出勤。お願いしていたエンゲルス(コインカウンター)が来る。みいちゃんの話などする。みいちゃんの母、福祉の職場での不合理に直面しているらしい、と伺う。後日直接話伺う、と、みいちゃんに会いに行く口実作る。本日、予想外に店は暇。暇過ぎて往生する。午後4時半、パートのおばさん退勤。私の実質労働開始。午後6時閉店。エンゲルス用いて精算。以後精算往生しないで済む。みいちゃんのこと想いつつ就寝。

10月17日(日)

 午前5時15分起床。店番ほか。ウォルフレン読み返す。日本の権力は、ヒエラルキーが高くなるほど責任を負わないですむ、というかたちをしているのだ、と、気づく。それは正当なことではない。本来は、権力はヒエラルキーが高いほど、リスクが伴い、責任が伴う。責任あるからこそ、権力を与えている、というのが、たぶんホッブス以来の権力の正当性。午後6時閉店。精算に往生する。みいちゃんの祖母に電話。明日、来店時、エンゲルス(コインカウンター)買ってきてくださるようお願いする。夜、マンガ執筆試みる。あきらめる。

10月16日(土)

 午前5時15分起床。店番、肉体労働、ゴミ収集・回収、処分場へ。精算に往生する。夜、珍しく兄妹そろう。マンガ執筆試みる。うまくいかない。午前1時ころ就寝。

10月15日(金)

 午前5時15分起床。父母、不在になる。店番他する。パートにいらしてくださったおばさんに愚痴る。午後9時閉店。精算に往生する。マンガ執筆を試みる。資料が足りない。うまくいかない。

10月14日(木)

 寝ないまま実家へ。いくつかの用件を引き継ぐ。10月30日に見合いをせよという話、聞く。ちなみに見合いは三回目。今年に入ってからは二回目。それとは別な見合い話を携えた来客。ボイラーをエコロジーかつエコノミーに改造する話も持ってきてくださる。改造費はエコノミーとは言えない。こちらの見合いの件及び改造の件は保留させていただく。応対中、寝不足のため眠くなる。席を外し、仮眠。その後肉体労働。エナジートロン届く。就寝。

10月13日(水)

 ネームする。もう時間的に間に合わないと判断し、今回は断らせていただく。またと得難いビッグチャンスだった。

 実家へ行く準備する。安眠のため、エナジートロンを宅配便で送る。

10月12日(火)

 前日から起きたまま、ネームに取りかかろうとする。これも遅れに遅れている。もう遅すぎるかもしれない。

 朝4時ころ、インターネット覗いているとき、湯が切れたので水を魔法瓶に注ぎ、電源入れたところで、バチンと音を立てて停電する。停電は自分の部屋だけのようだ。ブレーカのせいではない。漆黒の闇。東京電力に電話しようとする。繋がらない。考える。ISDNだからターミナルアダプタに電気が通らないと電話通じないのか。便利なものは不便だ。自転車で外を巡り、公衆電話の場所を確認。携帯電話必要だな、と思う。30~40年ほど前は電化製品なんか日本のほとんどに存在しなかったんだよな、ご飯は薪で釜で炊くほうが本当は美味しいし、肉も炭で焼くのが一番上手いんだよな。電気がないと食料保存が難しいか。などと思う。どうしようもないので、眠くなかったが、布団に入る。

 昼、起きる。以前大家さんから教えてもらった電気工事屋さんへ電話。今日は不在とのこと。東京電力に電話。ヒューズを交換したらどうか、と、電話口で言われる。部屋に戻り、確認。東京電力に再度電話。確認。電器屋へ行き、ヒューズ購入。部屋へ戻り設置。電気回復。

 光通信の営業が携帯電話のセールスに来る。手続きする。

 郵便物の転送届を出す。手続きに一週間かかるそうだ。困ったな。

 前の部屋の不動産屋へ行き、引っ越したことを伝え、鍵を返す。

 銭湯に行く。

10月11日(月)

 前の部屋の不動産屋から電話。鍵を貸してほしいとのこと。一つ渡しに行く。

 夜、一水社イラスト完成。宅急便で送る。

 前の部屋と自転車で数回行き来。荷物運ぶ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年10月1日から10日

2012年03月27日 01時17分32秒 | Weblog
10月10日(日)

 コピー機のサービス員に来てもらう。本来は設置依頼してもらわないと、と、言われる。え、そういう意図でこちらとしては数日前電話したのですが。意思を伝達するのは難しい。それはそれとして、コピー機は無事直る。

 ディグさんから電話。夕食一緒しようと誘われる。ディグさん、Z社の実技試験を終えたところ。えらい緊張したそうだ。緊張ほぐすべく愚痴聞く。私の部屋でお茶呑みながら試験の内容など伺う。

 よっぴいてイラスト描く。

10月9日(土)

 午前中、東京ガス来る。元栓開けてもらう。

 午前中、東京電力来る。電力現在10Aだが、30Aにして欲しい、と要望する。電線の太さの関係で15Aまでしかできない、と言われる。それでとりあえず我慢する。

 一水社のイラスト、遅れに遅れている。描きだす。コピー機が不調。久しぶりに絵を描くと、絵が思うとおりに描けないことに気づく。破綻はしないが対象が動かない。

10月8日(金)

 朝、鳩のマークの引越しセンターの集積所へ向かう。八王子市。京王線。駅から歩く。遠い。タクシー使えば良かった。番地が表札に出ていないこと、集積場近くに行ってから気づく。田舎ってそうだよな。昔、高校の後輩が、大学の下宿に番地を頼りに訪ねに来たとき、ようそんなことできるなこいつは、と、びっくりしたけど、都内ならそれはできて当たり前な。そういう想定で八王子を歩いて、自分の想定は誤っていたこと気づかされる。田舎ではそれは無理なんだ。迷いつつも、鳩のマークのトラック発見し、辿り着く。事情説明し、荷物を開け、必要なものを取り出す。宅急便で部屋に送って下さい、と、お願いし、差額分支払う。

 たぶんこの日だったと思うが、コアから連絡。今回の『ぷちみるく』は落とすことに。落とすという選択肢を向こうが呈示下さったことに正直ほっとする。コミックス、2000年12月発行予定が6月発行予定になったそうな。

10月7日(木)

 早朝、足立真一さんから電話。声のトーンが暗く、一日つきあって欲しいと言われる。埼玉へ行く。行きすがらの電車の中で眠りこけ、駅を寝過ごす。あかん。今、オレ、オネムの時間だ。足立真一さん宅へ着。空腹だったのでファミレスへ。道中、自分の状況を足立真一さんへ説明。「え、そんな状況ならそう言ってくれればいいのに」と、言われる。すみません、早朝だったので声暗かったのね。ヒトのこと過剰に心配しすぎました。ファミレスで大量に食べ、話し、足立真一さん宅へ戻る。昼、別れ、自分の部屋へ戻る。

 東京ガス、東京電力に引越しの連絡。
 鳩のマークの引越しセンターに連絡。実家に送る荷物、まだ集積場にあるとのこと。明日取りに行くと言う。
 夜間、前の部屋を掃除。風呂沸かして入る。洗面器がなくて往生。幾つか荷物自転車で運ぶ。

 たぶんこの日の深夜だったと思うが、砂さんから引っ越し祝いの電話いただく。TINAMIXの裏話など聞かせていただく。色々慰めていただく。大切なのは動機付けをいかに維持するかだ、ということに同意する。

10月6日(水)

 ディグさんからの電話で目を覚ます。ディグさんに少し引越しの残り仕事手伝ってもらう。前の部屋に起きっぱなしの荷物をいくつか運んでいただく。駅の南側の店をディグさんから教えていただく。アールグレイ茶購入。『AERA』購入。

 電気ポットが見つからない。お茶が飲めない。どうやら、誤って実家に送ったらしい。

 足立真一さんから電話。モデムとターミナルアダプタの繋げ方質問される。ごめん、私にはわからない。TOMMIさんの連絡先紹介する。 

 電気ポットを求め、箱を開封。昨日25箱くらい開封した。ほぼ同数開封。

 テレビ、屋外アンテナの配線がないので、室内アンテナ繋ぐ。フィーダ線をケーブルに繋ぐプラグが見つからない。新品購入。テレビの映り、メチャメチャ悪い。工夫が必要なようだ。

 疲れたなー、風呂入りたいなー、と思う。お茶飲んでから考えよう、と、ポットを求め箱開封作業続行。

 常用していた電気スタンドがないことに気づく。ああ、アレを入れた箱、誤って実家に送ったのか。予備があったので大過ない。が、実家に取りに行かないと。

 実家へ電話。大量の荷物が実家へ行く旨伝えようとする。なかなか話が通じない。父母が遊ぶために私の仕事を犠牲にせよという主旨の話を、善意いっぱいで真面目にお語りくださるのを聞く。私は疲れていたので激昂する。

 ポットが存在しないことを確認。新品を購入。沸かす。湯を捨てる。沸かす。お茶を飲む。ささくれた感情がようやっと和らぐ。

 電気使いすぎたらしく、ブレーカ落ちる。大きいものに替えないと。

 こんぴーた配線繋ぐ。こんぴーた用の電源コードが見つからない。どうにか配線する。無事立ち上がる。

10月5日(火)

 コピー機リース元へ連絡。ご自身で運んでください、と、婉曲に言われる。

 引越し屋さん、9時ころ着。引越し作業開始。ウンザリするほど疲れる。

 昼、荷物をトラックに積み終える。溢れて積み切れない荷物が幾つか発生。あとで手作業で運ぼう。

 新居に荷物入れる。数えなかったけど、50箱は越えている。引越し屋さんに伝えなかったので、風呂の道具、荷造りされている。新居に搬入されたので、実家へ送ってください、と引越し屋さんにお願いする。
 本当は前の部屋に置いていくつもりだった。まだ前の部屋の契約残っているので、その間、風呂は前の部屋のを使用するつもりだった。

 3時ころ搬入終了。

 このくらいの広さ、この程度オシャレでない部屋が私に合っている、と思う。

 4時ころNTTが工事に来る。

 電灯つける。ちゃんと点かない。大家さんへ、一応報告に行く。

 荷物のどこに電話機が見つからず往生する。探す。おかしい、なぜないのだ。実家に送ったか? さんざん探す。電話機を設置する場所に箱詰めした状態で置いといたので気づかなかった、と、判る。ターミナルアダプタと繋ぐ。無事通話できる。ディグさんと豊川稲理さんに電話。夕食一緒する。

 夕食後、豊川稲理さんの部屋に寄らせていただく。コーヒーご馳走になる。

 前の部屋の掃除をする。 前の部屋の照明機は自分が持ってきたものだ。前の部屋の照明機を外し、新居のものと取り替える。無事点く。新居と前の部屋と自転車で数回往復。6日の明け方まで荷物整理。

10月4日(月)

 コピー機のリース元と連絡つく。サービス員があとから連絡する、とのこと。

 引越しに備え、実家に送るもの、捨てるもの、古本屋へ売るもの、新居に持って行くもの、分類する。

 新居は半分の大きさ。家賃も半分。風呂なし。荷物を半分以下にしないと、収納できない。荷物のほとんどは本。

 昼ごろ、按摩屋へ連絡。5時半から空いていると言うので予約。3時ころ、激烈に眠くなる。入浴。

 按摩屋へ。物凄い凝りだと言われる。尾底骨まで凝っていたようだ。首と足の裏に灸してもらう。血の循環が悪く、足の裏では灸の熱を感じにくい。

 引越し屋さんの要望で、本棚3個畳まなくてはならない。そのために、そこに収納してあった本、箱詰めする。凄い量。5日の明け方、ようやく本棚を畳む。

 就寝。

10月3日(日)

 昼、鳩のマークの引越しセンター、見積りに来る。それで起床。
 けっこうな金額に。自分の懐は痛まないので頼むことにする。5日に引っ越そうと思う、と引越しセンターに伝える。

 散髪。散髪待っている間に、あ、按摩屋行かないと閉店する、と、気づく。散髪すんで行くが、按摩屋は閉店。

 粗大ゴミをまとめる。凄い量になる。捨てる本をまとめる。凄い量になる。
 数回古本屋へ足運ぶ。そうとうな量処分する。

 リースのコピー機を運ぶので、リース元へ連絡とろうとする。

10月2日(土)

 古本を処分。疲れたので按摩屋さんへ行く。予約いっぱいだそうで、翌日にする。

 3日の午前2時ころ、MYさんから電話。近況等聞く。
 MYさんの職場の同僚、25歳の女性、性知識が皆無で、25年分の人生を歩んでいるとはとても思えない、という話、伺う。営業職なのだが、マニュアルにある説明以外なにも話題を持っていず、会話を客とできないことに当人が気づいた。共学の高校で運動部に所属し、卒業後幾つか職場を転々とした。遊ばない人で、休日は家で編物などをしている。以前、告白された男性とつきあっていた時期があった。順当な手続きの後、性交渉を求められ、彼女はパニックを起こした。彼女は性知識が全くなく、今でも全くない。男性の思考を彼女は全く理解できず、男性の表情を全く読むことができず、男性上司の善意の忠告を、忠告として処理できず、男性上司のぶっきらぼうな部分に恐怖してしまうのだそうだ。営業職を続けるのは、たしかに厳しいかもしれない。日本の性教育の貧困を体現しているねえ、などと、朝7時ころまで電話する。

10月1日(金)

 郵便局へ。定額貯金解約。

 古本を処分。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年9月21日から30日

2012年03月27日 01時16分19秒 | Weblog
新しい日記から、古い日記へ、という順番で表示されています。


9月30日(木)

実家から実印と印鑑証明来ないので実家へ電話。書留で送ったはずの郵便物が実家に届いていない、と実家から言われる。郵便局へ行き、調べてもらう。届いているはず、とのこと。

不動産屋へ。敷金礼金など支払う。保証人の用紙もう一枚貰う。鍵を受け取る。

NTTへ引越しの連絡。電話番号かわらないように、と、近所に引っ越し先探したのだが、市が違うので電話番号変わる、ということ、判明。がく。それなら引っ越し先の探し方も違ったのだが。

郵便局へ行き、保証人の用紙、書留で再投函。
実家に電話し、その旨伝える。電話中に、郵便が届いていた、と、判明。ムダガネ使わせられた。
そうとうな量荷物を実家に送る旨伝えようとするが、話が通じない。

駅前で1000円のお菓子買い、それを手土産とし、大家さんに挨拶。

目星をつけていたレンタカーの店、閉鎖している。不況は凄いな。別なレンタカーの店に行き、トラックの金額を訊く。台数が少ないので、予約から手配まで時間がかかる旨言われる。

実家で金出してくれるそうだし、引越し屋さんにお願いしようか。

9月29日(水)

朝7時半起床。疲労回復。ところで、哺乳類の一生の鼓動回数が決まっているように、人間が生涯起きていられる時間も決まっているのではないか、という与太話がある。だとしたら私はずいぶんムダ遣いしているしその点では実際の年齢より老化しているだろう。閑話休題。
9時ころ作業開始。11時ころ作業ぶんの原稿終了。残りの原稿は先生が友人に頼んでいる。それを待つ。待つ間、KY先生の次のマンガの原稿を少し手伝う。
2時ころ、原稿着。作業開始。7時ころ、作業終了。

駅前の公共自転車置き場へ。電車に乗る。新宿ロフトプラスワンへ。8時ころ着。満席。なんとか座る場所確保。宮台真司氏、宮崎学氏の姿見える。保坂展人氏は欠席のようだ。メモしながら話聞く。以下、メモ。

盗聴法は、法務大臣が、ではなく、与謝野馨通産大臣が熱心に推進している。通信族の利権が関係している。

宮崎学氏;

自民党旧経世会と公明党の間には、田中角栄時代以来、太いパイプ、腐れ縁がある。
自自公の連立は、自由・自民併せても過半数に数が足りない、そのため法案が自民党の思いどおりに通らない、という危機感から、旧ケイセイ会のパイプを掘り起こし、復活させたものだ。
(盗聴法で、宮崎学氏は公明党を揺さぶるべきだと考えそのように行動した)
公明党は1964年誕生した。社会的弱者・経済的最弱者層を支持基盤とした。これらの層は、共産党が狙っている層でもあったが、公明党はその層の支持を得た。公明党は弱者救済を旗印にしていた。そのことと、盗聴法推進は、矛盾する。

期待できる議員は、55年以降生まれた議員だ。社民党の福島瑞穂、保坂展人、民主党の円よりこ議員など、盗聴法に反対した議員は、ゲキテツ国会のとき(安保のころか?)以上の抵抗をしている。盗聴法に反対した議員を、何らかのかたちで応援したい。新左翼出身・日教組出身・労働貴族の議員は、アホで、ろくでもなくなっている。

まず推進議員の与謝野馨や、八代英太を落とせ。八代英太の選挙区には、沢たまきという、良い候補者(タマ)がいる。八代英太に投票せず、沢たまきに投票しろ。
小選挙区制は、「受からせる」のは難しいが、「落とさせる」のは案外簡単だ。
上手にタレント議員を使う、という手段を、左派ブロックは考えるべきだ。ピンポイントで、ターゲットとなる候補を落とすための起用だ。これは自民党が今までやっていたことだ。左派ブロックも同じ手段で自自公に脅威を与えるのは検討に値する。それは個人的なコネを使っても、できる。

145国会を通じ久しぶりに政治に関与してわかったのは、敵がなんと矮小で弱いのか、ということだ。そして盗聴法に関してはその矮小で弱い敵に負けた。負けたのは悔しい。勝つにはどうしたら良いか、と、考えた。

左派ブロックの再構成を計る必要がある。左派に力がないのは、左派が一丸になれなかったからだ。だが、太平洋ブロックには社共協力による知事も生まれた歴史がある。



宮台真司氏:

盗聴法は、アメリカの盗聴法をモデルにしている。だが、アメリカの盗聴法にはあって、日本の盗聴法からは抜けている厳格化要件、条文が幾つかある。そこが重要だ。それによって、アメリカでは考えられなかった利権と運用可能性が発生する。

権力対反権力、という図式は、もう説得力がない。却って同じ国家に住むことの共同利害の宣伝になる。

盗聴法は、厳格化要件を削除したことによって、共同利害に反するような、特殊な利権が発生する。そこのところを、説得力ある言葉を探し、伝えなくてはならない。

日本では、投票率が高い地域ほど、民度の低さをあらわす。田舎ほど動員され組織票となる。

これはシステムだけではどうにもならないところがある。メンタリティの変革を必要とする。教育の問題でもある。

日本では、自分の所属集団の利害がパブリックだと思われている。所属集団・仲間の範囲を広げるため、近代天皇制があった。パブリックには、共同体バージョンと共生バージョンがある。共生バージョンは、自分には想像もできないようなメンタル思考を持った他者といかに暮らしていくか、ということだ。西欧では共同体バージョンのパブリックは19世紀に終わり、今では通用しない。

盗聴法は、盗み聞きされるかどうか、という左翼的煽りではなく、異議申立て機会を奪うことの重要性、という伝え方が大事だ。共同体的動機付けではなく、共生ロジックによる動機付けを。

官僚は頭が良い。そして必ずしも悪意ではない。「行政効率がいい」ことが彼らの善意だ。だが、その善意の結果は、市民倫理とぶつかる可能性がある。そこが大事だ。官僚のパブリック感覚は、省益を「公」への奉仕だとしている。

玄田生氏が聞きに来ていた。鎌やんは玄田さんと少し話しさせてもらう。
「新国旗国歌コンテスト」というアイデアを伺う。どんな国旗が望ましいか、どんな国歌が望ましいか、大々的に募集をする、というかたちの運動だ。これは対抗のためにあって良い。そしてたぶんこの運動は面白い。運動は面白いことが大事だ。参加した気になる・させることが大事だ。

9月28日(火)

月曜に夜更かししていると、火曜朝3時ころ曽さんから電話。そろそろ寝よう、と思っていたとこだったが、曽さんのネームの翻訳をする。朝6時翻訳終了。別の紙に書き写す。眠くて字が乱れる。パンを買ってきて食べ、曽さんからFAX受信の準備ができた、と、朝7時に電話来る。曽さんにFAXする。えらい時間かかる。曽さんが荷物は送らなくて良い、いずれ取りに行く、と言うが、おお。それならそうともっと早く言ってくれたまえ。

眠かったが、昼からアシの仕事行かないとならないので、眠るわけにいかず。見ていなかったFAXに気づく。19日付でMYさんから。えらい久しぶりな。挨拶と、以前MYさんから被った迷惑と、以前詫び損ねたことと、近況を書いて送る。朝9時半か。相手方の受信時間として適切ではないかもだが、今送信しないと送信できるときがない、と考え、送信する。
午前11時、MYさんから電話。わりと適切な時間の送信だったことがわかる。後日ゆっくり話しよう、と、電話終える。

KY先生のアシに行く。午後4時ころから激烈に眠くなり、ベタがはみ出る。先生にお願いしてコーヒー貰う。効かない。先生にお願いして夜12時に一旦仕事中断してKY先生の仕事場で仮眠させてもらう。

9月27日(月)

あ。 えだの幸男さんのポスティングデー、昨日だった。と、思い出す。

曽さんの置いて行った荷物、3箱ほど箱詰めし、船便で送る。重労働。けっこう金かかる。まだだいぶ荷物残っている。

足立真一さんから電話。ネタを拾う。

9月26日(日)

ディグさんと昼食食べる。就寝。

9月25日(土)

早朝、KUMA氏から電話。ネームを作らなくては。良い話が来ると、自分はそれをできるはずがない、それに見合う資格がない、と、心底で感じるのはなぜなんだろう、今ここでこそ全力を投じるべき時なのに。そして誰か知人にそのチャンスを持っていかれたら、心底腹立たしく感じることは間違いないのに。

「MATRIX」ディグさんから薦められたので見に行く。
ディグさんは「MATRIX」絶賛。どこぞで幾原監督が「MATRIX」をあまり誉めていなかったのは、幾原と同じテーマ(現実世界への脱出)を、「MATRIX」のほうが幾原より面白く描いていることを嫉妬しているだろう、演出による説得力が良い、というのがディグさんの意見。
足立真一さんは、仮想現実の中でしか強がれない・仮想現実の中でこそオレは最強なんだと強がっている、貧弱なオタクに痛くないよう痛くないよう作った映画だ、との評価。
昨日聞いた「荒川強啓デイキャッチ!」では、宮台真司氏が、いくつ引用があったかカウントして見た、と言っていた。オタク言語で作られた良い映画だ、というような評価だったと記憶する。

映画館入ると、もう始まっている。途中から見る。立見。見ている間は愉快だった。
もう一度頭から見る。よほど重要な伏線を見てなかったのだろう、と思っていたら、ほんの数分見てないだけだった。空腹で、2度目は寝てしまう。
事前情報下手に聞きすぎてしまったせいもあるかもだが、すごく出来の良いパチモン、と、いうのが自分の感想。銃撃戦はカッコ良かった。
仮想現実と、リアルな現実が、完全に等価に描いてあり、どちらを選択しても構わない、というのが製作者の視点だと思う。それははていかがな物か、と、私は思う。推測だが、もっとテーマ性の深かったシナリオを、観客が苦痛を覚えないよう覚えないよう削った果ての、そして観客が快楽を覚えるよう覚えるよう撮った映画だと思う。成功はしている。

ディグさんは娯楽性への感受性が自身若干鈍い・経験値が低いことを自覚し、そのことを強く求めるようになったので、その文脈で「MATRIX」を好意的に評価したのだと思う。それはディグさんにとって良いことだと思う。

足立真一さんは自身への客観視、他者の視点で自身を見た実存の正確な把握、ということに今こだわっている。その文脈で「MATRIX」の観客に対しやたら優しい点が気になったのだと思う。

ディグさん、来る。「MATRIX」その他について話する。ディグさん、泊まっていく。

9月24日(金)

午前10時頃、KY先生の残り原稿来たのでアシ仕事開始。台風のため外は雨。午後4時半、仕事終了。雨あがっている。帰宅。就寝。

9月23日(木)

午前2時頃、足立真一さんから電話。数時間話する。

午前8時頃、曽さんからFAX。曽さんに電話。仕事から帰ってきたら連絡する、と、伝える。

COMITIA申し込みしようとする。休日で郵便局開いていないことに気づく。

HPの表紙を作ろうと思い、スキャンする。スキャナーの具合がおかしい。黄色く変色してスキャンされる。スキャナーが汚れているのでもなさそうだ。

午前11時、KY先生のアシに行く。午後3時ごろメチャメチャ眠くなる。夜11時半、手持ちの原稿がなくなったのでKY先生の仕事場で就寝。

9月22日(水) 雨

寝て過ごす。夜11時ごろ起きる。

9月21日(火) 雨

自分の原稿、下絵8ページ進む。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1999年9月16日から9月20日

2012年03月27日 01時14分56秒 | Weblog
9月20日(月) 晴

曽さんの荷物、箱に詰め、船便へ出す。まだたくさん残っている。

不動産屋数軒周る。

9月19日(日)

夜8時まで轟沈。曽さんにFAX。通じない。電話試みる。通じる。

「インターネット自殺毒本」読む。クヒヲ大佐の人柄が良い形で滲んでいる。

9月18日(土)

昼、ディグさんから電話。「マトリクス」観よう、との誘い。えだのさんのオープンミーティングに行くから、と、断る。

大宮へ。えだの幸男さんのオープンミーティング。今日の議題は「日本の財政はいつまでもつか」。以下、メモ。

日本の一年間の支出は約80兆円。これは50兆円の税金と、30兆円の借金によって賄(まかな)われている。支出の三分の一が借金だ。もし、家計の三分の一が借金だったら、家計はパンクしている。

日本の、溜まっている借金は、約500兆円(国債と借入れの合計)。隠れている借金もあるが、100兆円も違わない。だいたいこの数字。

日本の一年間のGDP国民総生産は、約500兆円。日本人が一年間飲まず食わずで生み出す富とほぼ同額の借金を日本はしている。家計に置きかえるなら、年間収入と同額の借金をしている。

借金しているのは国だけではない。区、市も借金をしている。これらの総額は200兆円弱。

国と地方合わせて、約600兆円の借金がある。(ダブルカウントの分がある)

返済方法には、3つある。

1;国の財産を売る。
2;インフレにする。…インフレになると借金している人間は助かる。100倍のインフレになれば、借金の重みは100分の1になる。だからインフレが進行しているときは借金するほうが得だ。ちなみに現在はデフレなので借金は損だ。
3;税金で返す。

それぞれの問題点:

民間企業にはバランスシート(複式簿記)があるが、国にはバランスシートはない。大蔵省ですら、国の財産を把握していない。たとえば、皇居は売れるか? 仮に売れる物全て売ったとして、約100兆円。
ここには政治判断が入る。たとえば国公立大学を外国資本に売ってしまって良いかどうか。情報・通信・交通などを外国資本に売ってしまって良いかどうか。

今年(平成11年度)の予算のうち、借金は約4割。(30兆円)
この借金を解消するためには、30兆円の歳出カットするか、30兆円の増税をするか、どちらかしかない。

歳出カットはどこまでできるか?
公共事業は約10兆円。公務員の給与は約10兆円。義務教育費が約3兆円。社会保険(国民健康保険)の国の負担が約10兆円(健康保険は三分の一が国の負担。国の負担をカットすると医療費は個人あたり4倍になる)。

公務員の給与一律カット、というのは合理的でない。官庁に勤めているホワイトカラーの公務員は、全公務員のうち約一割である。ここは、場合によっては削るというのもありえるかもしれない。

だが、主な公務員は、警察官であり、教員であり、ゴミ収集員である。圧倒的に給与が高いといえるか? 数を減らせるか?(たとえば、銀行員ならば一律30%カット、ということができるだろうが)

民間に売えば? たとえば国立病院の民営化がされている。民営化された元国立病院は経営を成り立たせるため多くの患者を扱おうとする。結果、保険料という形で税金が多く流れて行く。流出の形が変わるだけでは意味がない。

歳出削減は、頑張れば、20兆円くらいはできる。

アメリカではレーガン政権のとき大幅減税した。その結果景気が回復し税収が増えた、と一般に思われているようだが、そうではない。

アメリカには、巨大な軍事費があった。これを削減したのだ。アメリカも。景気の足を引っ張らないように考慮しながらだが、増税したのだ。アメリカの軍事費に相当するのは、日本では公共事業くらいか。
道路公団は赤字で大変だ。今まで挙げた数字に、道路公団の赤字分は含まれていない。これは別勘定になる。

国は倒産しない、と、俗に思われている。だが、国も借金を増やし続けていれば、潰れる。

国のする借金にも、利息がつく。年間50兆の税金、うち、10兆は利息の支払いに使われている。元本の支払いではない。地方でも10兆の利息払い。計20兆の利息払い。

利息はある段階から加速度的に増える。

国は国民から借金している。

郵便貯金などを通じ、中期国債ファンド、国債に国民の貯金は流れている。

国債は買ってくれる人がいるから成立する。現在30兆の国債がある。国債を国民が買えなくなると、成立しない。高齢化が進み労働人口の割合が減ると、トータルの貯金額が減る。結果国債が売れなくなる。(団塊世代が老人化するまでのここ10年15年が最後の猶予だ)

外国から金を借りると、円の価値が下がる。日本企業の社債も売れにくくなる。日本は輸入国だ。円安になると、ドルに対して、円をその分多く発行しなくてはならなくなる。インフレになる。

インフレのとき、外国に流れる金を減らすことができるか? 減らせない。

個人の単位では、インフレによって借金支払いは楽になる。
国はインフレによっても支出が増えるので、借金は増える。(メキシコはそれで破産した)

財政は国民が支払えない限界を超えたところで、ドスンと落ちる。

今年、高校卒業生の4割に、職がない。
公共事業を、仮に今、パタッと止めると、150万人の失業者が出る。
公共事業に10兆投資すれば、短期的には、総生産は500兆円だから、0.2 %利益が回る。それは当然だ。今わずかに景気回復している、というのはそれだ。だが状況は全く改善していないのだ。

国民が払えなくなるデッドラインを考えなくてはならない。年金等は、老人が自然増するので、支出は自然増する。
10年15年のうちには、国内で国債を処理できなくなる。

個人消費が伸びていない。これは深刻だ。たとえば住宅着工については、今、大優遇税制になっている。だが、公務員しか住宅着工をしていない。民間は将来に不安を覚え、消費せず、貯蓄している。個人消費はGDPの50%を支えている。公共事業は借金によって賄われている。不健康だ。

税制再建が必要だ。ばら撒くのはもうやめよう。将来必要になる、財源を減らしたときには出来ないもの、たとえば老人ホームなど社会保障に関わる物は今のうちに作っておこう。だが、道路事業はストップしなくてはならない。10年くらいかけて財政の規模を縮小しなくてはならない。
必要でない道路などというものはない。だが、今、更に新たな道路を、というのは、サラ金に追いまくられているときに新しいテレビを、新しい自動車を買おうというものだ。
サラ金に追いまくられていたとしても、おばあちゃんが倒れたらおばあちゃんを病院に連れて行くだろう。

国の金で、土建業者を、社会保障事業に転換させなければならない。これは案外うまくいくのではないか。特に地方では。

盗聴法、ガイドライン法案などの時、いつか来た道を日本はまた歩んでいるような気がする、という意見があった。必ずしもそうとは言えないと思うが、今のまま、ズルズルと泥沼に、という点では、日中戦争がズルズルと戦火拡大し、太平洋戦争に至った、という過去に似ている。

国会議員には、「ばら撒き予算仕方ないよね」という空気がある。小渕的空気だ。この流れを変えなくてはならない。

以下、質問と回答。

質問;郵政省役人は運用能力がないので、郵貯の運用は大蔵省に任せている。
えだの;郵貯は不良再建の山。郵貯は一番安全と思われているが、実は一番不良債権が多い。

えだの;日本は人件費が高い。中国は人件費が安い。大量生産の製造業では、日本は今後中国や東南アジアに敵うはずがない。(アメリカも景気が良いと言っても、製造業は全く伸びていない)日本は、新技術で勝負するべきだ。
大企業を守るべきではない。蒲田に代表される技術を持った中小企業をこそ守るべきだ。小渕的現状では、蒲田的なものを切り捨てようとしている。
責任ある政治家の態度は、短期的対処法はない、と正直に述べることだ。そして次なる段階に速やかに移行させることだ。

以上、メモ。

オープンミーティング終了後、天下国歌を語る会参加。鷲野さんからお話伺う機会得る。
民主党と自民党の対立軸は、天下りに代表される利権政治を是とするか非とするか、そこだけだ。よく憲法解釈など古い対立軸を持ち出し、民主党は右も左もいておかしいじゃないか、という批判が民主党に対して外部からなされるが、その批判は意味がないし、民主党にそういうことを求めてもある意味お門違いだだ。
政治上の課題、対立軸は、護憲か改憲かという古い対立軸以外にいくらでもある。だが最も優先させなくてはならない対立軸は、利権政治を是とするか非とするかその一点だ。民主党はそのために存在する政党であり、それが解決された後で、また別な対立軸で政界は再編されなくてはならない。



帰宅途中、紀伊国屋で「インターネット自殺毒本」(相田くひを著、マイクロデザイン社)、「論座」10月号(朝日新聞社)、「身捨つるほどの祖国はありや」(宮崎哲弥著、文芸春秋)、「イェルサレムのアイヒマン」(ハンナ・アーレント著、みすず書房)、「全体主義の起源」1巻(ハンナ・アーレント著、みすず書房)、「個人と社会」(オルテガ著、白水社)購入。
ああ、オレは馬鹿だ。「論座」なんか「東浩紀・宮崎哲弥対談」以外読む気ないのにこんなに金を浪費して。図書館で借りて読めば良いじゃないか、と自虐する。
「SAPIO」のゴー宣立ち読み。「教科書を作る会」の内輪もめが描いてある。見たいものだけ見ようという方々が集まっているなら当然起きるべきして起きたと思う。

「野獣系でいこう!!」(宮台真司著、朝日新聞社)読了。表紙が素晴らしい(笑)。宮台真司氏はエロライターの心意気がよくわかっていらっしゃる。

香港の曽さんから留守電。曽さんにFAX試みる。通じない。

9月17日(金)

10時からKY先生の仕事の約束だったが、遅刻。12時半出勤。天気曇。

午後8時頃作業終了。帰宅。天気雨。

9月16日(木)

(前日から)午前2時頃、KY先生就寝。一人で作業する。帰宅してもいい、と言われていたので、帰ろうかどうしようかちょっと悩む。帰ると起きるのがきついな、と思う。KY先生の仕事場で就寝。妙に眠れない。

昼、先生が起きてきたので作業再開。午後3時頃から猛烈に眠くなる。午後4時まで作業。雨のなか、自転車で一旦帰宅。

池袋へ。リブロへ行く。「野獣系でいこう!!」(宮台真司、朝日新聞社)購入。
待ち合わせ場所を迷い、電話し、更に迷い、ああ、ここか、と、辿り着く。コミケの知識経験の蓄積について有益な提言伺う。

夜12時過ぎ帰宅。就寝。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする