カルトvsオタクのハルマゲドン/虚業BLOG

オタクと政治に関するBLOG

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1999年12月26日から31日

2012年03月27日 01時26分40秒 | Weblog
新しい日記から、古い日記へ、という順番で表示されています。

 12月31日(金)

 (30日より)早朝、足立真一さんより電話。言うてはならないことを口にして足立真一さんを怒らせる。ごめんなさい。

 実家へ。二人いる妹がともに帰省すると母から聞いていたが、着いてから、妹1号の帰省は1月1日だと聞く。妹1号は大川興業のライブ『忘年会』に行ったそうだ。二千年問題に備えて今年は実家で年越ししよう、と、私を誘ったのは妹1号だった。そうだな、と、聞いたその時は私は思った。あとで妹1号から「年末どこにも行く予定がなくて淋しかったからそう言っただけだよ」と言われる。真に受けた私がバカだった。

 いつものことだが、実家は心が休まらず、居心地が悪い。

 母方の祖母が半身不随になって長い。家族が多忙で垂れ流しになる時間がある。妹2号が見舞った時、悪臭がしたと言う。兄妹で祖母に空気清浄機を送ろう、という話になる。妹2号が買いに行く。

 実家に、みいちゃんの母と祖母と弟が歳暮を届けに来る。みいちゃんは来ず。みいちゃんはどうしているか訊きたかったが訊く勇気が湧かず。みいちゃんの家族に弄ぶともなく弄ばれている気がする。意識化するのを避ける。
 みいちゃんの弟が釣りをしたいと言う。私は釣りの趣味を持たない。水鳥の餌やりにみいちゃんの弟を誘う。
 雁とマガモとヒヨドリ鴨と名前知らない渡りの鴨とアヒルの群れ。主に渡り鳥で人間に慣れていない。餌をやると、さっと水鳥は逃げる。私たちが移動すると、水鳥たちは争って餌を食べ出す。動物の反応を見るのはそれなりに面白い作業だ。

 テレビ、レコード大賞とか紅白歌合戦とか流れるのを観ながら妹2号とだらだらと話する。私は家族の中では妹2号にわりと心許しているがそのことが妹2号には負担でそうとう鬱陶しいようだ。
 妹2号の仕事場での様子を、母が勝手な想像をもとに揶揄する。その想像は誤りだ、と、妹2号が反駁する。対人スキルは接客スキルの延長なので、必要より高すぎるくらいだ、と、妹2号が自己評価する。接客スキルで対人するから、対人スキルの低い人からは「心のトモダチ」だと勘違いされ、妙に懐かれることがあって困る。と、妹2号が言う。
 私が話に乗る。妹2号の対人スキルは私と比較すると人間関係の中から経験的に得たものの度合いが高いが、私のものはほとんどが営業用の接客スキルだ。
 自分を振り返ると、ひどく人を受け入れないところがある、という話を妹2号が言う。早朝の足立真一さんに対する失言を思い返し反省する。客商売していると人を信用しないとこがあって良くないね、と、環境のせいに私はする。

 妹2号は「19」のファンだそうだ。妹2号が接客している間に「19」の演奏が始まる。それを妹2号に教えること、接客を交代することを私も母も怠る。妹2号が機嫌を損ねる。妹2号との会話が殺伐とする。

 今年の年越し蕎麦は、近くの村で生産した蕎麦だ。近くの村で蕎麦を生産していることを私は知らなかった。有名なのだそうだ。
 その村に隣接する町は蕎麦を食べる習慣はほとんどない。うどんが主食だ。村同士の人の流入がほとんどなかったのだろうか、と、父と話す。

 父就寝。母就寝。妹2号との会話がいっそう殺伐とする。妹2号に追われ、暖房のない、元妹2号用の部屋に行き、日本テレビの『いけ年こい年』観る。就寝。

 12月30日(木)

 実家へ帰省する前にUPするものUPしようとHPいじる。
 ディグさんから、プレイステーション貸して下さいとの電話。引っ越し以来全く整頓していない荷物を、プレステ求め整頓する。汚れた大量の服を洗濯。プレステの本体とコードは見つかるが、コントローラーが見当たらない。探すのに疲れたのでディグさんに経過説明する。コントローラーはディグさんの部屋にあるとのこと。問題解決。ディグさん来室。
 『ビブリボン』をディグさんがプレイする。その傍らで私は紀伊国屋ファクス文書を打ち込む。コインランドリーが閉まる前に、ディグさんに留守番頼み、洗濯物を取りに行く。干す。ディグさんと食事に行く。ガストへ。
 義務感以外実家帰る理由ないよね、とか、互いの家の抱えている問題とか話す。
 「結局、人間がやっていることだから、予定通りにいかないんですよね」とディグさん。
 ディグさんと別れる。(31日へ)

 12月29日(水)

 実家からファクス。

 12月28日(火)

 夜、みいちゃんに電話する。みいちゃんがクリスマスのときに好きな男の子に告白してふられたとか、そういう話伺う。「お兄ちゃん、彼女はいるの?」とみいちゃんが訊くので、みいちゃん彼女になってくれ、と頼む。断られる。言うタイミングと言葉の選択を間違えた、と、後悔する。「お兄ちゃん、それって、ロリコン?」とみいちゃんに言われる。何を今更言っているんだ、俺は物凄くロリコンなんだよ、と、言いそうになったがさすがにそれは堪える。「お兄ちゃん、いい歳なんだから、早く彼女探しなよね」とみいちゃんから言われる。電話の向こうで、帰宅したみいちゃんの母が笑っている。

 12月27日(月)

 コアマガジンへ、単行本の打ち合わせに行く。
 巻末対談とオビを、どなたにお願いしようか、何人か候補挙げる。

 編集さんと雑談する。キツネの女の子と、タヌキの女の子。
 キツネに騙された、タヌキに騙された、という噺があるが、これは男性から見た2種類の女性像だ。男性が女性にのぼせ上がるのはよくあることだ。
 あ、この人は勘違いしている、と、女性の側が気づく。のぼせ上がり盲目的になっている男性をヘタに無下にすると、逆上され殺される恐れがある。男性が傷つかないよう女性は男性をあしらうしかない。
 その女性の行動言説を男性は自分にとって都合よく解釈し妄想を膨らませる。はっきりと振られたことが判ってから、あの女は最初から俺を騙すつもりだったのだ、と、男が感じたその感情が「キツネが化かした」という伝承に。男性の思考を全く気づかず天然に行動しているのが、誘っているかのように見えるのが「タヌキに化かされた」という伝承になったんじゃないかな。
 編集さんからこんなエピソード教えてもらう。ある男性に思いを気づいてもらえない女性が、その男性を「ストーカーなのよ」と吹聴して回っているそうだ。その男性がストーカーである、という風聞は一人歩きしているそうだ。
 ふんふん、と、私は思う。オタク社会は風聞だけで動くところが多いよね、と、私が言う。オタクは、つまらないこと・現実的ではないことにこだわることを、アイデンティティにしている。オタク社会は現実と風聞の区別がつかない社会だ。現実を確認する手段を知らない個人は、手前勝手で現実に則さない妄想を増大させていく。オタクは断片化された小さな仮想の共同体の中に退却しがちで、閉塞しがちだ。

 宮台真司氏の人間の五類型の話を編集さんとする。
 調査した時点の消費者類型として五類型は意味があっただろうけれど、「五つ」というところが、ちょっと胡散臭い。二つなら判る。一つの基準で二分するのが区別の基本だからだ。2×2で4類型なら判る。
 こう整理しなおしできるんじゃないか。社会への人間の基本態度には、楽観的ガンバリズム(当事者的態度)と悲観的(傍観者的態度)がある。オタクは悲観によって現実に耐えようとしている。悲観的になるのは、信用に足る情報を自分が持っていないからだ。自分が持っている情報が信用できず、それゆえ状況に関与できないから、悲観的になる。
 社会にはさまざまな有意義有意味な情報がある。それを得るためにはアンテナを立てる必要がある。アンテナさえ立っていれば、情報はいくらでも入ってくる。だが、「アンテナを立てる」という行動が、非常に困難だ。オタクは、アニメやマンガに関するアンテナは立っている。だが他のジャンルのアンテナを立てていない。他のジャンルにいる人間も、全てにおいてアンテナを立てるのは不可能だ。人が何にアンテナを持っているのかは、偶然に左右される。アンテナで受け止めないものに対しては人は傍観者にならざるを得ない。アンテナを素通りするものの多さに自覚的になれば、悲観的にならざるを得ない。
 宮台氏の五分類で「バンカラ」に分類される人は、楽観的ガンバリズム(当事者的態度)の人だ。自分の得ている情報に信頼感を持っている。状況に関与していると思っている。だからそれ以外のものに対してアンテナを立てる必要を覚えない。むしろ雑音は当事者には無用だし時に有害だ。「バンカラ」は社会的成功者のモデルだ。なにごとかことを起こすには、楽観的ガンバリズム(当事者的態度)が不可欠だと私は思う。
 宮台氏の五類型で「ミーハー」に分類される「新人類」は、過渡的存在だ(もはやその言葉が死語になっていることからもそれは明らかだと思う)。「バンカラ」社会的成功者モデルになれないから、アンテナを多数立てることでそれを補おうとしている。だが、「予期しない期待外れ」から自由であるわけではない。それが襲ったとき、「正の先決戦略」(楽観的ガンバリズム「バンカラ」当事者的態度)か「負の先決戦略」(悲観的態度。オタク。傍観者的態度)かどちらかの態度を迫られるはずだ。後者の反応の可能性のほうが高いと思う。楽観的になれる理由がないからだ。そして社会はいずこも断片化し、オタク化する。

 …編集さんと話している間に思いついたことを無言で黙々とメモに採ったりする。
 「すみませんね、黙りこくってメモとったりして。編集さんという仕事は大変ですよね、内に篭るタイプの人とばかり付き合わなくちゃならないから」と私が言う。
 それほど大変じゃない、たいがいの編集はもとマンガ家志望とかだから、と、編集さん。人間のタイプが似ている、と、編集さんが言う。
 …悲観したままでは何もことを起こせない。新しいアンテナを立てようとすること、何事かを継続させようとするには、楽観的ガンバリズムが必要だ。オタクは自閉し退却している。それを克服する、他者とのコミュニケーション能力って、必要だよね、という話になる。
 同じ物事でも、言い方と言う順番によって、受け取られ方が違う。人間は感情で動く。他者の感情への想像力の乏しい人には、そのことが判らない。逆にヒトの目を窺うことばかり神経を使っている人は、そのことばかりに囚われ、奴隷道徳・賎民根性でしか行動できなくなる。
 男性と女性では、成熟の順番に違いがある。女性は恋愛を思春期に求め、成熟した後に肉欲を求めるようになる。男性は肉欲を思春期に求め、成熟した後に恋愛を求めるようになる。といった話する。

 単行本、何ページか書き下ろしをしよう、という話になる。幾つかアイデア出す。「マンガ家という生活、それに伴う幻想」というネタを提示。アイデアが広がる。雑誌の側から制約されたことはないけれど、エロ雑誌という枠だと描きにくかったことを書き下ろそう、と思う。

 世の中の動きには、さざなみと大波があるよね、という話する。皮膚感覚的、生理的、身体の表面で感じること、それにまつわるムーブメントはさざなみ的。構造的、身体的、身体の奥のほうで感じること、パラダイム的なムーブメントがあって、こちらは大波的。大波を掴みたいよね、という話。

 編集者として力を持つには「この人に作らせれば大丈夫だ」という信頼感を営業に与えることが必要だ、という話伺う。初阪を半年以内に完売することと、出だしの一週間の売上のデータが重要になる。とのこと。ふむ。

 12月26日(日)

 目を覚ますと午前8時。わ。コミケ遅刻だ。あじまるさんの携帯に電話し、遅刻する旨伝える。電車に乗る。午前10時40分頃有明ビッグサイトに着く。一般行列に並ぶ。63列目くらい。1時間強待つ。こういうことするのはえーと、6,7年前の夏コミの時以来かな。入場する。ブース確認。青紙持って受付に。宅配で送った荷物取りにフットワーク受付へ。フットワークは朝の受け渡しが終わり、夕刻に向けての準備始めたところだった。台車を借りる。アルバイト付きで貸してもらう。フットワークのアルバイトさんは人込みを通るとき声をかけないので私が声かけ事故を起こさないよう人込みを掻き分ける。荷物をブースに搬入する。チラシを出す。午後から開店。永山薫さん、りえちゃん14歳さん、上月まんまるさん、ほしのふうた夫妻、O次郎さん、玄田生さん、ほしのえみこさん、マンガ防衛同盟の人などがブースにいらしてくださる。ほとんどどこにも挨拶行かず。
 途中、見知らぬ青年から「読ませていただいて色々判りました、ありがとうございました」と挨拶いただく。なにをどう判ったのか訊いてみるべきだったが、びっくりしたのと照れたのとあってつい大笑いしてしまう。ごめんなさい。失礼しましたです。ところで私はネットや同人誌のイメージから、神経細く青筋立った研究者風の人物だろうと想像されることがわりと多いらしいが、現実の私のルックスはジャイアン風ガテン系です。
 遅刻したので、チラシが思ったほど捌けない。男性向け創作ブースなので、女性読者のかたがちっとも来て下さらない。さびしいことだ。次回はまた少年創作で出店しよう。この日は結局、あまり稼ぎにはならず。再版した『世紀末鳥獣戯画』はまあまあ売れる。
 終了が近づいたので、足立真一さんとこへ行く。ディグさんに会う。ほしのふうたさんに会ったことを自慢する。羨ましがられ、紹介してくれと言われるが、ほしのふうたさんのフース判らないので、後日ふたりでほしのふうたさんとこ遊びに行こう、と、話す。
 コミケ終了する。フットワークからアルバイト付きで台車を借りてきて、発送する。ぷっちーずの発送の手伝いと、足立真一さんの荷物の処理の連絡係する。ぷっちーずの人々と別れ、足立真一さんの荷物発送を手伝う。
 駐車場を放浪し、いつきこうすけさんの車に乗り、池袋に向かうつもりで、神奈川方面に逆走する。無事池袋に着く。
 足立真一さん、いつきこうすけさん、ディグさん、仇さん、私でしゃぶしゃぶ食べる。4人はゲーセンに行く。付き合う。横で見ているうち、眠りこける。その後解散。ディグさんと電車で帰る。

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1 コメント

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大学の選択について (とおりすがり)
2015-04-19 00:54:11
はじめまして。

わたしの使用しているシステムの仕様上、うまく書き込めないので、こちらにコメントさせてください。

何か霊的な導きがあるなら、伯母さんがこちらへ誘導してくれるかも?

わたしがカマヤンさんの立場だったら、放送大学を選びます。
正規の博士号を通信教育で取得したくなるに違いないからです。
放送大学の学習センターが山梨大学であり、継続受講には近くて便利であること、
本屋に置かれている無料の願書セットで、大学と大学院のカリキュラムがすべて公開されており、計画が立てやすいこと、
学費が教材費込みで日本一安いこと、
万一首都圏が放射能の影響で放棄される事態になっても、
特別の法律に基づく大学なので倒産がありえず、西日本に移動して受講できること、
ほぼすべての講師が第一人者でありテキストが安定していることが理由です。
ソニーのラジオICZ-R51あたりを購入してFM放送の講義を中心にSDカードに録音して保存し、2倍速で速超しまくります。

最後となりましたが、伯母さんのご冥福をお祈りします。

失礼しました。

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