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大津市中学生「自殺」事件-自殺といじめの因果関係

2012年07月12日 17時21分46秒 | 雑記帳


大津市の中学校に通っていた中学生が昨年自殺したとされる問題が世間を揺るがせています。この出来事に関しては、<事件>は「自殺」ではなく(加害者の3人の中学生が被害者を高所から放り投げた)「他殺」ではないのかとか、「加害者」とされる3人の中学生の家族・親族が警察OBであったり地域の有力者であったことから、警察や教育委員会・学校ぐるみの事件隠蔽工作が行われたのではないか、はたまた、自殺したとされる「被害者」の担任の教師が「反日国家=韓国」にシンパシーを抱く左翼・リベラル派であることもまたこの事件の遠因ではないか等々、様々な情報がネット上に寄せられてもいるようです。

本稿は、これらの隠蔽工作や教育をする本質的資質を欠く左翼・リベラル派の教師の問題は、しかし、(それらを論じたい欲求はぐっと飲み込み)すべて割愛して、当該の大津市の教育委員会のメンバーが述べたある発言1点に絞り込んでコメントするものです。すなわち、「いじめはあった」「自殺もあった」けれど「いじめと自殺の間の因果関係は(あったともなかったとも)不明であり確定できない」という発言。まず、この発言を紹介した報道の引用(下線部はKABUによるもの)。


▼自殺練習「見落とした」 大津市教委、学校に責任転嫁

「今月6日まで見落としていた」-。大津市で昨年10月、市立中学2年の男子生徒=当時(13)=が飛び降り自殺した問題で10日、初めて明らかにされた2回目のアンケート。「自殺の練習と言って首を絞める」「葬式ごっこ」という痛ましい記載があったが、市役所で緊急会見した澤村憲次・市教育長が説明した市教委の対応はずさんきわまりないもので、批判が強まるのは避けられない。

緊急会見は午後8時半に始まり、澤村教育長ら市教委幹部が冒頭「調査が不十分」と謝罪。しかし2回目の回答の内容についても「裁判の中で明らかにしていく」などとして一部分しか答えなかったり、「学校としては調査をがんばっていたと思う」と釈明したりする場面もあった。

市教委によると、学校から2回目のアンケートの結果について報告があったのは昨年12月上旬。市教委の学校教育課が確認作業にあたったものの、「市教委が公表の基準とする、いじめの確証が得られる情報がなかった」として、アンケートの存在自体を公表しなかったという。(中略)

昨年秋に行った1回目のアンケートで、学校や市教委はいじめの存在を認めながら「自殺との因果関係は不明」と判断。しかし今月に入って「(男子生徒が)自殺の練習をさせられていた」、「教諭が見て見ぬふり」-など問題のある回答が含まれていたことや、男子生徒が「暴力」「いじめ」を受けていたとの回答が伝聞も含め計227件にのぼっていたことなどが判明した。ところが市教委側は10日夜の会見でも、「自殺との因果関係は不明」との主張を繰り返した


(産経新聞:2012/07/11 10:03






>自殺との因果関係は不明

わたしはこのセンテンスを目にしたとき、この教育長さんは「因果関係」という言葉の意味を分かった上でこの記者会見をされたのだろうかと疑問に思いました。而して、「因果関係」とは何か? 

水素と酸素を化合させると「水=H2O」になる。火のない所に煙は立たぬ(但し、ドライアイスの気化のケースは除く)。朝日新聞の主張と反対のことをやっていれば日本の政治は間違いない・・・。

要は、「因果関係」とはこれらのような諸関係のことなのでしょうか。蓋し、自然科学で使われる場合と法律学で使われる場合とでは「因果関係」の語義は些か異なる。而して、この記事を見る限り、この大津市の教育委員会は後者の意味で「因果関係」を用いていることは先ず間違いないでしょう。

では、法律学における「因果関係」とはどんな意味なのか? 些か迂回することになりますが、自然科学も含めた<科学>全般における「因果関係」一般の語義を整理することから、本稿の主題たる法律学における「因果関係」の意味について述べてみたいと思います。


◆科学における「因果関係」の曖昧さ

因果関係とは読んで字の如く原因と結果の関係のことです。あることが原因となってある特定の結果が生起するという場合、前者と後者の間に原因と結果の関係がある。すなわち、因果関係が存在する、と。だから、「水素と酸素を化合させる」という事柄と「水が生じる」という事柄の間には因果関係があるとされるのでしょう。蓋し、ここまではお手許の『国語辞典』を引けば誰しも容易に確認できることであろうと思います。

けれども、「火が存在すれば/火が存在する場合のみ」「煙が生じる」という二つの事柄の間には因果関係が存在すると言えるでしょうか。まして、「中学生がピアスをする」と「その中学生は不良になる」、加之、「高校時代に女子生徒が同棲を始める」「彼女は受験に落伍する」という各々二つの事柄の間には因果関係が存在すると言えるのか。

ご存知の様に、プロのバレリーナを目指す小学生や中学生は<舞台衣装>の一個としてピアスすることが珍しくはありません(実際、ピアス禁止の校則を持つある福岡県大牟田市の中学校や、ピアスをしている生徒の入塾を認めていない横浜のある東進衛星予備校でも、バレリーナ志望の生徒の場合には個別に許可を出しており、大部分の彼女達は文武両道に秀でた模範的生徒です)。加之、高校時代に同棲を始めた女子高校生が現役で東大理Ⅲに合格した事例を私は現実に一人だけですが知っています。

而して、それまで十年近くある投資信託会社の収益に貢献してくれていた不動産債権を組み込んだ高利回りの金融商品がリーマンショックで紙くずになったケースで、「その金融商品購入」と「投資信託会社の破産」には因果関係があると言えるのでしょうか。

わたしは何を言いたいのか? それは、原因と結果の関係と言っても、その因果関係の存否の確定はそう容易ではないということ。大事なことなので、老婆心ながら付け加えておけば、因果関係の確定が容易ではないということは、原因と結果の関係を確定する<技術的>や<コスト的>なハードルが思いの外高いということではなく/高いというだけではなくて、「原因」や「結果」の定義自体に実はかなり異質な内容が孕まれているということなのです。


◆科学における「因果関係」の意味内容

結論を先回りして書いておけば、科学一般における因果関係の確定とは、ある間主観的かつ反証可能性を帯びた<法則>のパラダイムの内部にある二つの事柄が同時のその座を占めるということだと思います。だから、

「リンゴが存在する」「リンゴが地面に落ちる」と「月が存在する」「月は(地球の)地面に落ちてこない」の二項に関して、「リンゴが存在する」と「月が存在する」、他方、「リンゴが地面に落ちる」と「月は(地球の)地面に落ちてこない」の前者が原因で後者が結果ではないのです。

そうではなく、(a)万有引力の法則に従えば、(b)万物には引力があるから、(c)「リンゴが存在する/月が存在すれば、リンゴは地面に落ち/月は(地球の)地面に落ちてこない」のであって、この法則(a)を前提にした場合にのみ、(b)が原因であり(c)が結果と言えるということです。

而して、<法則>とは、ティコ・ブラーエの膨大な天体の観察資料を用いて、ケプラーが「ケプラーの法則」を定立し、更に、そのケプラーの肩の上に乗ったニュートンが「万有引力の法則」を確立したごとく、

(1)事実の観察
(2)傾向性の定式化
(3)傾向性の生起するシステムの確立


という三層の手順が積み重なった重層的なパラダイムに他ならない。と、そう私は考えます。畢竟、「因果関係」とはこのような意味の<法則>から逆照射された場合、ある出来事と別のある出来事の間に<法則>の内部で成立する、原因と結果の関係が認められることに他ならないとも。


◆法学における「因果関係」の意味内容

ちょうど百年前、19世紀末から20世紀初頭のドイツの哲学界を甲論乙駁の疾風怒濤の渦に巻き込んだ「ドイツ文化史論争」(歴史学や法学等々の精神諸科学の「科学性」を巡る、社会科学方法論争)における新カント派の主張を紐解くまでもなく、しかし、法学や歴史学が前項で述べた所謂「法則定立型の科学」ではないことは自明でしょう。実際、マルクスの史的唯物論は、左翼の単なる私的な妄想にすぎないことは20世紀後半の歴史が証明したことでしょうから。

では、本稿の主題たる「法学における因果関係」とはどのような意味なのか。
それは「法則定立型の科学における因果関係」とどのような関係にあるのでしょうか。

ブラックユーモアではなく、不謹慎な物言いでもなく、例えば、多くの<いじめの事例>を観察し記述して、この程度のこのタイプの<いじめ>が存在すれば被害者は75%の確率で自殺するとかの傾向性を定立しなければ、更には、その傾向性を惹起せしめるシステムが解明されない限り、ある「いじめ事件」と「ある自殺」との間に原因と結果の関係があったともなかったとも言えないのでしょうか。少なくとも、このような主張は法則定立型ではない法学において成立する言説ではないのです。

而して、これはどの『法律学用語辞典』にも書かれていることですが、法学における「因果関係」とは、次のような「社会的な価値判断」以外の何ものでもないからです。では、「自殺との因果関係は不明」という命題でこの大津市の教育長は何を言いたかったのか。わたしは冒頭にも書いたように、彼等は「因果関係」という言葉の意味さえわかっていないと思います。

・刑法
ある犯罪構成要件が想定する行為とある犯罪構成要件が予想する結果との間に「前者がなければ後者も生じなかった」という関係が、かつ、一般通常人なら誰しもそう感じるであろう関係が存在すること

・民法
被告側のある不法行為や債務不履行がなければ原告側は損害を被ることはなかったという関係が存在すると、かつ、一般通常人なら誰しもそう感じるであろう関係が存在すること。加之、原告側が被ったと主張する損害の中で、一般通常人なら誰しもどの範囲までを被告側に賠償させるのが相当と考えるかという金銭賠償額の算定評価項目


法学における「因果関係」とは上記の如き「社会的な価値判断」以外の何ものでもない。けれど、それらの基底である「一般通常人の認識」(あくまでも裁判官や裁判員が想定する限りでの「現在の日本社会の平均的な普通の人々」の認識)のそのまた基底には、自然科学的知見や常識が間違いなく横たわっていることは看過すべきではありません。

だから、(腕こきの黒魔術師さんの秘芸が本当はこの世に存在するかもしれないけれど)、現在では「丑の刻参りでの呪詛」が傷害致死罪や殺人罪の責を問われることはないし、「被害者」と「加害者」とも「人間は一度に水を2リットル飲めば死ぬ」と思い込んでいる牧歌的なケースで加害者に自殺教唆罪(の未遂罪)が適用されることもないのです。多分(笑)。閑話休題。

畢竟、大津市の中学生の自殺の事例は(もし、それが他殺ではないとしても)報道されている担任の教師を含む加害者達の行為と被害者の自殺の間には、「前者がなければ後者も生じなかった」という関係が、かつ、一般通常人なら誰しもそう感じるであろう関係が存在することはまず間違いないのではないか。実際、加害者が事件の直前まで継続的に被害者に激しい暴行を加えていた上、被害者に自分で車を運転して海に飛び込むように脅迫し被害者を重体に至らしめた事例では、最高裁は殺人未遂罪を適用しましたから(最高裁第3小法廷2004年1月20日判決)。

ならば、この大津市の事件では、「いじめ」と「自殺」の間に法学的な因果関係があるだけではなく、その「自殺」は(事件の外見がもし被害者の投身自殺だったとしても)「自殺教唆」によるものどころか「殺人」の結果でないこともない。と、そう私は考えます。

<自殺>した被害者の中学生のご冥福をお祈りいたします。








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2 コメント

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部落なんか大嫌い (大阪府池田市在住の女性)
2012-07-13 02:07:21
私は、1970年2月生まれで、大阪府池田市在住です。

私は、 池田市立細河中学校に通っていた時、 小柄だというだけで 、担任の江藤ますみと、複数の民である北古江(地名)の奴らに、いじめられていました。

江藤ますみからのいじめは、毎月、席替えがあったのですが、私だけが、教卓の前の席と、決められていて、席替えに、参加させてもらえませんでした。

民の奴らからは、毎日、「 小児麻痺 」と言われ続け、筆箱を、何回も壊されました。

私は、小柄ですが、勿論、小児麻痺ではなく、身体にも知的にもなんの障害もありませんし、私の母も、障害児を産む様な、卑劣で冷酷な女性ではありません。

江藤ますみも、 民の奴らに 遠慮し、「 小柄なあんたが 悪い 」と言い、全く 、注意もしてくれませんでした。

差別とかいうけど、池田市は、全く逆です。

今思えば、私の筆箱を壊した民の奴らを、器物破損罪で、刑事告訴して、少年院にぶち込んでいればよかったと、後悔しています。

私を、いじめた民の奴らと、席替え差別をして 私を、いじめた民の奴らを、全く注意をしなかった、江藤ますみを、一生許せない。

私は、民の奴らにいじめられた為、埼玉県狭山市で、女子高生を誘拐して殺した、人殺しの民の石川一雄を、一生、真犯人だと、信じることにしました。

私は、一生、民を嫌うことで、復讐する。
返信する
大津市いじめ (サリ―)
2012-07-14 13:14:23
大津市いじめ

〉遅過ぎます。今頃!警察が動いてても警察は本当に、何十年と事件、事故
殺人 何かがおきないと動いてくれません。
警察官は未然に事件、事故、
殺人を防ぐ義務があります。
それ忘れてますとにかく!事件がおきてからでは遅過んです今の!子供達は限度という物を知りません
8ヶ月立って家宅捜査をしても亡くなった子供は帰って来ません。警察官も自分に例えて考えて下さい家族が「死ぬ」という事を
あなた達が早く動いていれば!子供の命」は
助かったかもしれないです(怒)怠慢な警察官が多過ぎます。
これからは
警察官もいじめに勧誘して下さい。次から次へと自殺する子供達を助ける義務があるんです。メディアが動いたから動くのでは無く警察官ももっと動くべきです(怒)

警視庁に行ってもこの書類が無ければ!無理〓あの書類が無ければ無理〓
そんな事ばかりだから何をするにも遅いんです(怒)書類よりもっと大事な物があるんです。書類書類書類書類書類書類書類書類そんな物は後、回しでいいんじゃないですか(怒)
国民市民
未然防ぐのがあなた達の義務です(怒)同じ親として警察に腹が立って
しょうがないです(怒)同じ親として警察に腹が立って
しょうがないです(怒)
とにかく今の子供達は限度を全然知らない未成年に甘すぎですよ(怒)
2人は転校した一人はまだ、残ってるその
父親が警察のOB〓悪いけど…そんなの関係無いね(怒)悪い事したら謝れよ警察の息子だろう警察官はそんなに偉いのか(怒)そんな息子に育てなのか元警察の息子だろうが許される事では無い(怒)息子が犯罪に近い事をして謝りもせずに堂々と暮らしている(怒)親も親なら!子供も子供だねさっさと消え伏せろ(怒)
返信する

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