醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  942号   白井一道

2018-12-20 11:49:31 | 随筆・小説


   日本近代文学は芭蕉に始まる



句郎 芭蕉は近代文学の創始者だ。
華女 私が教わったのはそうじゃないわ。日本近代文学の黎明を告げる作品は二葉亭四迷の『浮雲』と森鴎外の『舞姫』だと教わった記憶があるわ。
句郎 近代文学の特徴とは、何なのかな。
華女 一つは言文一致体の文章ね。もっと大事なことは何を表現しているかということよ。
句郎 二葉亭四迷や森鴎外は何を作品で表現しているかな。
華女 高校生の頃よ。国語の授業でならったでしよう。『舞姫』が教科書に載せてあったわ。
句郎 短編小説『舞姫』は何を表現しているの?
華女 端的に言うわよ。それは男のエゴイズムよ。『舞姫』の主人公は森鴎外自身よ。鴎外の私小説ね。彼のドイツ留学体験を書いた懺悔の書よ。
句郎 それがなぜ日本近代文学を告げる文学になったと言えるのかな。
華女 主人公太田豊太郎はエリート官僚、森鴎外自身よ。国から命ぜられてドイツに派遣された役人よ。
彼には輝く未来がある。彼に期待する上司がいる。その青年がドイツ人女性と恋に落ちる。その女性エリスを豊太郎は最終的には捨てるのよね。豊太郎は自分の将来の邪魔になると考え、エリスを捨てるのよ。自分のエゴに向かい合う苦しみを表現した小説が『舞姫』よ。
句郎 男のエゴイズムを近代的自我と言っているのかな。
華女 そうよ。小説には書いていないけれども、エリスは妊娠していたと聞いたわ。
句郎 実話は小説よりも奇なりだね。
華女 そうよ。エリスは船に乗って横浜まで鴎外を求めて会いに来たという話よ。そんな可憐な女性を捨てるなんて鴎外という人は酷い人よ。十二分に苦しんでほしいものだわ。
句郎 良心に咎められ、その苦しみからの解放を求めたものが小説『舞姫』だったのじゃないのかな。
華女 ますます許せないわね。鴎外は自分の気持ちの問題を解決しようとしているだけでしょ。エリスはどうなの。鴎外よりもっと苦しかったのじゃないかと思うわよ。
句郎 明治時代になり、身分制が廃止され、四民平等が実現した。国民はすべて平民になった。この平民に豊かな精神世界があることを表現したのが森鴎外の小説『舞姫』だった。
華女 奉公することが何より大事と言われていた男にも女にも豊かな心があると表現したのが近代文学だということね。
句郎 平民は文字を覚えても口語でしか文章を書くことができなかった。芭蕉の俳句「古池や蛙飛び込む水の音」、三百年前の言葉を読み、今の中学生にも十分理解できる。江戸時代の農民や町人にも文字が読めれば理解できる。農民や町人にも豊かな精神世界があることを芭蕉は句を詠み表現している。
華女 芭蕉の俳句の言葉ね。この言葉が農民や町人にも理解できるということね。ここに近代文学の萌芽があるということなのね。
句郎 そうなんだ。高尚な精神世界は公家や武士のものとされていたが芭蕉が平民の豊かな精神世界を詠んだ。
華女 平民にも豊かな精神世界があることを芭蕉は俳諧をとおして表現したということなのね。
句郎 そうなんだ。だから芭蕉は近代文学の祖なんだ。


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