醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  350号  白井一道

2017-03-22 11:26:04 | 随筆・小説

 座の文学とは

句郎 俳句は「座の文学」だと言われるけれど、それはどんな意味だと華女さんは思う?
華女 仲間で創作する文学というように私は理解しているわ。
句郎 そうだよね。仲間たちの共同創作というところに俳句という文学の特徴があるということだよね。
華女 俳句は共同創作だとしても作者ははっきりしているのよね。
句郎 そうなんだよね。個人が創作したものであると同時に仲間たちが創作したものである。ここに「座」というものの特徴があると思うんだ。
華女 「座」とはどんなものなのかしら。
句郎 「座」とは、座るという意味だよね。
華女 漢字の意味としては「座」は確かに「座る」という意味があるわね。
句郎 昔、貴族の位階を表す言葉に公爵とか、侯爵、伯爵、子爵、男爵というのがあったじゃない。
華女 今でもイギリスやフランスには伯爵令夫人なんていう人がいるんでしょ。お城みたいなところに住んで、良いわね。
句郎 貴族の位階を表す「爵」という字のもともとの意味は大きな盃を表す言葉だった。古代中国では王様を中心して酒盛りをした。燕をかたどった大盃・爵で酒を回し飲む。位の高い者から順に爵(大盃)で酒を飲む。王様に近い所に座る者は位が高い。遠くなるに従って位が低くなる。
華女 分かったわ。座る場所が貴族の位階を表すようになったってわけね。
句郎 そうなんだ。盃だった「爵」が貴族の位階を表す言葉になった。座敷に座る者、板の間に座る者、廊下に座る者、庭の白砂に座る者、どこに座るかがそのものの位階から身分をも表すようになった。だから「一座」とは同じ身分・位階の者たちが同じ場所に座る者という意味なんだ。
華女 日光・東照宮を拝観した時、嫌な思いをしたことがあったわ。説明役の禰宜が皆様の今座っている場所は十万石以上の大名でなければ座れなかった場所ですと侮蔑されたように感じたことがあったわ。
句郎 封建制社会は身分制だったからね。今でもこのような身分意識は強固に残っているようだよ。例えば、位の高い国会議員は位の低い議員と公的な場では同席しないとか、ということが不文律として今でも残っているようだよ。
華女 へぇー、そうなの。そういえば、お茶会なんかに行くとそんな雰囲気があるわね。
句郎 強固な身分制社会であった江戸時代、俳諧に遊ぶ者は公的な姓を名乗らず、名だけを唱えて、身分の違った人々とも同席した。これが「座」というものなんだ。同じ座敷に座る。これが仲間の始まりなのだ。
華女 その「座」での遊びが俳諧だったわけね。
句郎 そうなんだ。柳田國男が発見した「ハレ」と「ケ」で世界を分ければ、俳諧とは「晴」の世界で詠まれた遊びの文芸ではなく、「褻(け)」の世界で詠まれた遊びが文芸になったものなんだ。だから俳諧の「座」とは仲間でもあるが、それは「褻(け)」の世界だけの仲間なんだ。「晴」の世界にでると個人が出現する。

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