リッキーが、医師のオフィスへやってきたときの会話の様子を紹介しよう。
医師は、このエンジェルベイビーの心の秘密の鍵を開けたのだ。
10~15分、あたりさわりのない話をして気分をほぐしたところで、医師はニヤッと笑ってみせ、身を乗り出してこう言った。
「キミ、なかなかやるそうだね、リッキー」
彼は上機嫌で「何の話?」と、とぼけてみせる。
「ま、なんだかすごく変わったことをするそうじゃないか。ウィルソン夫人の背中に飛び降りるとか」
「ああ、あれ、何でもないさ」、リッキーはまったく落ち着いている。
「彼女、僕を避けることだってできたのに。どっちにしろ、僕、ちょっと触れただけさ」
私は、もっとちゃんと思い出させようと決心した。
「ちょっとだけだって?」
「うん」
「ほんと?」医師は、そこでさらに身を乗り出した。
「お母さんの話だと、ウィルソン夫人は足を怪我したそうだよ。それもずいぶんとひどい怪我らしいよ」
「そんなつもりでやったんじゃないよ」リッキーは、すこしたじろいだ。
「僕のママ、ほかにどんなこと言ってた?」
「うん、そうだね。キミが、ものすごくイタズラするとか、だらしないとか、それでいながら、上手に言い訳するとか、いろいろ言っていたよ」
「ヘエー」
「ママに見つかるとキミは、お母さんのことをこうやって、眼を大きく見開いて、何も知りませんでした、という顔をして見つめるんだってね」
医師は、人付き合いが怖い彼のお得意のポーズをしてみせた。
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大人がエンジェルベイビーになるのを見て、リッキーは少々、調子が狂ったようだ。
しかし、そこで気づいたのだが、私もリッキーのブルーの瞳に吸い寄せられそうになった。
用心しないと彼の母親と同じめに遭うのではないかとゾッとした。
なんと、言い終わるか終わらないうちに、私自身が11歳の少年の高度なテクニックにひっかかりそうになったのだ。
何が起こっているのか気づくまで、ずいぶん長くかかったような気がする。
リッキーは、自分に立ち向かう大人たちにやるのと同じことを、医師にもやっていたのだ。
彼は、その悪魔の力を揮いはじめたのだ。
そこで医師は態勢を整えて、また今度は彼の口調や身振りを真似てみせた。
それが私にできる唯一のことだったからだ。
「やるねー、キミ、なかなかのものじゃない?」