歩兵第115聯隊第三大隊 陣中日誌(第1号 昭和12年10月12日〜12年12月31日)

2018年04月23日 15時12分22秒 | 1937年 南京攻略...

十二月十二日 日曜日 晴 南京城占領位置 南京城内東南角
一、未明全面曽家門東西の敵陣地を突破して一挙周家凹東側高地を奪取す敵の城外前後の抵抗益々頑強を極む
午前十時頃敵砲弾のため第一線に在りて活躍中の本部伝令の小林久夫上等兵壮烈なる戦死を遂け本部書記伍長小林昇同伝令旗手上等兵高木勝二は共に重傷を受く
一、午前十一時五分大隊長信澤少佐は自ら第一線に立ち立千勇敢に部下を指揮中胸部(左右)貫通銃創を受け上陸以来奮闘力戦宿望の南京城壁を目前にしつゝ壮烈なる戦死を遂く
一、大隊長戦死後大隊副官大隊の戦闘を指揮し力戦攻
午後一時二十分深津軍曹 中島伍長 新井上等兵は城外くりーく泳渡し城壁の一角を占領して日章旗を翻し大隊主力は午後三時五十分遂に大隊旗を先頭に城壁上及び城内に突入し逐次地歩を拡張し南京城内東南部を完全に占領し夜を徹するに至る
一、午後七時頃本部書記伍長廣瀬重雄城壁上に奮戦中腹部盲貫銃創を受く
一、午後七時四十分MG長永井大尉大隊長代理を命せられ爾後大隊を指揮す
状況別冊南京攻略戦等詳報の如し
本日現員 将校 四、下士官兵二〇 計二四名
十二月十三日 月曜日 晴 城外掃討 位置 南京
一、敵は夜半より退却せるものゝ如く銃声静まる
夜明るに従ひ彼我の死傷累々として終夜奮戦の跡を忍はしむ
一、午前八時頃 聯隊旗入城 城壁上軍旗を迎へて遙に遙拝式を行ひ聯隊長の荘重なる万歳の声に和して万歳を三唱す
一、午前九時大隊長の遺骸を城壁上に迎へ上陸以来の偉大の勲功を偲ひ英霊を慰めたる上大隊本部の位置に安置す
一、大隊は聯隊命令に基き雨巷門の警備に任すると共に第十二中隊を以て掃討を実施せしめ逐次地歩を西北方に拡張す又朝来戦死傷者の収容整理人員武器弾薬の調査等戦後の整理に努む
一、十一月十六日以来小行李其他の車馬材料の掩護に任したる西山小隊追求復■す行動の概要別冊西山小隊行動表の如し
一、午後一時五十五分 聯隊命令に依り左記大隊命令を下達す
大隊命令
一、数機編隊のF飛行機は南京上空をうかいあるものの如し
二、第十中隊より一け小隊を出し射撃部隊に任せしむへし編成其他に就ては別に指示す
大隊長代理 永井大尉
命令受領者に口達す
一、午後五時左記大隊命令を下達し警備を交代せしむ
大隊命令 十二月十三日午後五時 於南京東南通
一、第十中隊第九中隊関口少尉は雨巷門(城壁上を含む)警備を交代服務すへし
交代の時期は準備終了次第とす
一、午後五時頃大隊長遺骸を火葬に附す警備に支障なき将校本部下士官兵全部参集告別す
同時第十二中隊より一分隊を衛兵として服務せしむ
一、大隊は第十二中隊掃討を待って逐次北方に推進す
午後八時十分左記大隊命令を下達し各隊は更に至厳なる警戒に露営す
大隊命令 十二月十二日 午後八時十分 於南京雨巷門北方千米鉄道西側
一 占領地区の掃討尚全からす相当の敗残兵あるものゝ如し
聯隊は現在地付近に露営す
二 大隊は現在地付近に露営せんとす
各隊は設営者の誘導により露営すへし
三 部隊日直将校 天川少尉
巡察将校を兼すへし
四 1/3 12の大隊掃討区域北端の警備及び第十中隊の雨巷門(城壁上を含む)の警備故の如し其の他警戒は各隊毎に警戒すへし
五 警急集合所は本部西側乾田とす
六 給養は携行せるものによるへし
七 余は露営地中央大隊本部にあり
大隊長代理 永井大尉
下達法
要旨を伝達したる後命令の受領者を集め口達筆記せしむ
大隊日日命令
一、第9、11、12中隊より本部下士官適任者(特に能筆なる者)各一名選定し明十四日より大隊本部に於て勤務せしむへし
二、大隊本部伝令要員として左の如く適任者を選定し明十四日午前八時大隊本部に着出すへし
一、午後九時九日以来聯隊予備隊たりし第九中隊の主力復帰す
一、午後十時半左記聯隊命令を受領す
聯隊命令 十二月十三日 午後十時 於南京市
一 敵は既に南京市を退却せるも未た城内各所に敗残兵あり
二 各隊は掃討完了後別紙露営地区に露営すへし
三 露営日直将校真壁中尉巡察将校 第■中隊 木津少尉 第九中隊 関口少尉 第七中隊 中澤少尉
四 露営衛兵 第一大隊部隊衛兵として左記人員を第三中隊より連隊本部前に差出し日直将校の式を受けしむへし
左記 下士一、上等兵三、喇叭一、一二等兵一二 勤務交代十五時とす(午後三時)
1、露営地区外角に対し少なくとも一け分隊以上の兵力を特に工兵隊は(東側)露営地区入口第Ⅲ同しく北入口(出入口)第Ⅲ同しく露営地区西側出入口第一大隊■しく露営地区南側入口を警戒すへし右の外各中隊(此れに準する部隊)は特に自隊露営地区警戒すへし
2、戦備の度各中隊此れに準する部隊は本十三日夜は的申数の人員を待機の姿勢にあるへし
六 本部宿舎(高等法院東側)に露営司令官は宿舎西側五十米にあり
七 警急集合に際しては約3/1(三分の一)兵力を以て自隊宿営地の警戒に任し残余の部隊は(高等法院広場)に集合すへし
八 住民に対しては警戒を怠らず所要の訊問を行ひ敗残兵は自隊にて処分すへし合い言葉は國定とす
九 余は高等法院連隊本部にあり
連隊長 矢け崎中佐
会報事項
一、戦死傷者調査報告の件
一、戦死人馬総計表提出の件
一、八日以降射耗弾薬補給弾現在弾数報告
一、独立行動詳報提出

一、各隊は夜に入るも尚城外戦場の死体の収客仕末
十日の戦場に残置の背嚢取寄せ等にて休養の暇なし
一、第十一中隊は以前兵工廠の警備に服しあり
本日現員 将校四、下士官兵二〇 計二四名

十二月十四日 火曜日 晴 南京駐留
一、午前四時歩一一五作命六九号舎営に関する聯隊命令を受領す
一、同時に舎営及野戦倉庫開設くりーくの水に毒なし等会報を受く
一、午前八時信澤大隊長遺骨を収め本部内に安座す
一、午前十時宿舎前全員整列(本部、九中隊、十二中隊(二小隊欠)MG(弾薬小隊欠))
大隊長代理の挨拶あり直に設営者の誘導に依り宿営地を移動す
一、午前十一時配宿完了
一、各佐藤主計の指示を以て物資を徴発し補給す
一、本日より大隊本部勤務を命せられたる下士官の内二名(第九中隊角田伍長第十二中隊本間伍長)本部に転入す
一、正午左の如き要旨の聯隊命令を受領す
歩一一五作命七〇号
聯隊命令 十二月十四日 正午/於高等法院北側聯隊本部
要旨
一、舎営に関すること
一、巡察将校のこと
一、警備部隊として第三大隊より歩兵一け小隊を本日午後三時迄に雨巷門に差出し舎営日直将校の私記を受けしむへし共和門二八歩一五〇聯隊より南門二八歩一二七旅舎営衛兵は一五〇聯隊より之を担任す
一、第三大隊より小銃一け小隊(喇叭一名を含む)機関銃一小隊を差出し其の宿営地に於て十四日午後三時より十五日午前十一時に至る間防空に任せしむへし
右部隊は八十五日午前十一時以降歩一二七旅団に於て担任す
一、師団司令部旅団司令部の位置を示す
連隊長 矢け崎中佐
一、午後二時五十分左の如き大隊命令を発す
歩一一五のⅢ作命第四号
大隊命令 十二月十四日 午後二時五十分/於南京城内
一、師団露営区防空襲撃部隊として即刻左記の通り差出すへし
位置其他に関しては直接指示す
第九中隊一小隊 第三MG一小隊
二、雨花門(城壁上共)警備は引続き大隊に於て担任す第十中隊は引続き警戒に任し歩一五〇聯隊安田少佐の指示を受くへし
大隊長代理 永井大尉
下達法要旨を伝達後命令受領者を集め筆記せしむ
一、第十一中隊より本部勤務下士斉藤伍長転入す
一、午後六時大隊命令を下達す
一、部隊日直将校 十四日 平石少尉 十五日 飯塚少尉とす
巡察将校の兼すへし
二、警戒は各隊毎に実施すへし
三、警急集合所は本通りくりーく橋梁の右翼とし道路上とす
四、歩一一五Ⅲ作命 第四号防空射撃部隊の服務は十五日午前十一時以降歩一二七旅団に於て担任す
五、予はくりーく橋梁西側大隊本部に在り
大隊長代理 永井大尉
一、午後七時三十分より本部勤務となりし下士官三名に対し諸注意を与ふ
一、大行李到着大隊長の指揮下に入る
自十一月十二日以来の行動概要別冊 自十一月十二日/至十二月十四日 大行李行動表の如し
一、大行李大隊の宿営地に到着す 本日午後七時三十分迄に必要の行李を受領すへし而して明日午前七時に預ける事其れに遅れたる場合は其の隊にて携行すること
大行李長に連絡の上受領すへし
一、午後十時左の如き聯隊要旨命令を受領す
要旨命令
一、破損忘失兵器の有無種類員数の報告
一、明午前九時迄に軍靴の破損、使用不可能の物は員数表を作製提出の事靴下の交付をなすこと
一、入場式は十五日午後一時の予定
一、慰霊祭は十六日(入場式一日延期の場合は其の翌日)
場所其他は別紙の通り
一、時刻は午後一時の予定なるも別に示す
一、入場式実施要領
参加部隊
一 師団司令部(師団長幕僚)
二 旅団司令部(旅団長副官)
三 聯隊本部
一、注意事項
一、午後六時迄に提出すへき戦死者名簿は走り書きにても可なれば必ず提出の事
二、火災予防には深甚なる注意を要す
三、軍紀風紀を厳守する事
一、本十四日午後九時三十分迄に各隊兵器掛下士一名筆記具携行集合の事
一、本日の現員 三〇名
馬匹 二二頭


歩兵第115聯隊第三大隊 南京攻略戦闘詳報(昭和12年12月10日〜12月13日)

2018年04月23日 14時59分25秒 | 1937年 南京攻略...

十二月十二日(要図其の四)
一、夜更るに及ひ敵の銃声止み午前三時頃より逐次退却の微あり敵は第一線に一部を残し退却しつゝあるものゝ如し
午前五時攻撃前進に当り昨日来戦闘地混淆せるを整理すへきを第二大隊長と協定す
諸斥候の報告と大隊副官自ら偵察したる結果に基き本道西側附近より天明前に於て前面の敵陣地を突破し周家凹東側高地に突進一挙南京城に突入を決し直ちに各別命令に依り左の如く前進の体制を整ふ
2/1(2分の1)MG歩兵砲は現在地に於て大隊の前面の陣地奪取を掩護したる後速に第一線に進出せしむ
前進の基準大隊本部
本朝将兵は将に数刻後に迫れる南京城頭翩翻として旭に輝く日章旗を胸に描きて士気最高潮に達す
午前六時四十分隊長自ら第一線に立ちて部隊は前進を開始す稜線を下り谷地を横断し工兵隊の鉄条網隠密破壊に依り前進し殆んと抵抗を受くる事なく流石に頑強を極めし紅土山の陣地を突破し七時二十分曽家門西の線に進出せり
二、工兵小隊は予備として控置し機関銃(一小欠)を以て普家門西北側高地にありて周家凹東側高地及回花営稜線の敵を制圧射撃に任せしめ大隊の攻撃前進を掩護せしめ一斉に周家凹東側高地に向ひ攻撃を開始す
時漸く天明となり彼我の銃声一時に起り特に周家凹の敵陣地及回花営方面よりの熾烈なる斜射を冒にしつゝ午前八時二十分大隊本部及右第一線たる第十一中隊MG一小隊は周家凹東側高地東端を占領し予備隊たる第十二中隊又第一線に追攝して高地端に進出す
然るに左第十中隊は回家営東北側稜線敵陣地よりの射撃猛烈にして前進頗る困難となり苦境に立つに至る茲に於て予備隊たる第十二中隊(一小欠)を一時第十一中隊の左に展開せしめ機関銃協力の下に逐に周家凹の高地を完全に占領す待望の南京城壁は近く四〇〇米の眼前にあり
付近一帯の陣地は雨花台要塞の最後の陣地として即ち南京城外最後の防御戦として防備極めて堅固にして錯雑せる起伏地を利用して縦横に三兵壕交通壕「とーちか」陣地を有し然もぺとん製の永久的とーちか多し大隊当面の敵約二千必死となりて頑強に抵抗し銃砲火の猛烈なる乱射乱撃は其の極に達し我熾烈なる銃砲火と相和して天地を震動せしむ
加ふるに我左翼円上雨花台一帯の制高陣地及回花営稜線の敵尚頑強にして此の方面よりする大隊の左側背に対する猛烈なる射撃は大隊の最も苦痛とせる所なり而して其の位置適確に知るを得さるも敵迫撃砲は城壁附近にあるものゝ如く猛威を振ひ常に大隊長の手足となりて第一線に馳駆しありり大隊本部 小林伍長伝令 小林上等兵を始め各隊の死傷愈々続出す
此の間大隊長信澤少佐は悲壮の決心堅く黙々として悠々焦らさる中に常に自ら陣頭に立ち率先戦闘を指揮し将兵又大隊長の勇姿を見る時只必勝の信念に燃へて凡ゆる手段を盡し力戦奮闘一意戦闘の進捗に努む
時に機関銃第一小隊は猛烈なる敵弾を冒して右に左に陣地を返還しつゝ我力最も苦痛とする左前方「とーちか」及其の前方陣地に対し有効適切なる猛射を続く
午前九時稍々過より左第一線たる第二大隊逐次進出するに及ひこれと連繋し第10中隊を逐次第一線に招致す右第百五十聯隊著しく攻撃遅滞し昨日来状況不明なり
此の頃我か配属歩兵砲は曽家門西側附近に進出して大隊当面の敵に対し適切なる射撃を開始す
砲兵及聯隊砲又再三目標と弾著を通報したる結果弾著極めて良好なり
然れ共必死の敵は我右翼方面は二百米左翼方面は六、七十米の陣地にありて接戦を演しつゝ尚頑強に抵抗を続け迫撃砲弾と共に時々榴霰弾頭上に炸裂す(高射砲なるものゝ如し)午前十時四十分頃に至り敵は其の左翼及び後方陣地に於て動揺の色を看取し得るに至る大隊長信澤少佐は第一線を激励し勇躍前進前方小高き墓地に進出したる刹那左前方「とーちか」方面より来る敵弾左肩より胸部を貫き其の場に倒る附近大隊本部諸官直ちに抱き上けて呼へとも声なく壮烈極る戦死を遂けらる時十一時五分なり
上陸以来凡ゆる艱難困苦に遭遇するや常に率先躬行身を以て当り豪胆沈勇部下をして常に泰山の安きを感せしめ全戦闘一度として参加せさるはなく聯隊の唯一の大隊長として聯隊長の信頼厚く戦に臨むや状況判断の適切と鋭敏なる戦機の看破、卓越なる指揮は実に天才的にして常に戦局を打開して活路を求め他を導き闊達の気宇円滑の雅量部下に対する愛情は実に慈父の愛に勝りて将兵の信望を一身に集め枚挙に遑なき幾多多大なる功績を残し殊に十日以来の南京攻略戦に於ける偉勲は絶大なるものあり南京入城寸前の死は誠に惜みても余りあり
将兵一同悲愴の決意益々堅く奮戦力闘只管に突入の時期を待つ
三、敵の右翼及後方は逐次西方に退却するを目撃す即ち電話を以て聯隊長に状況及大隊長戦死を報告すると共に砲兵の射程延伸と城壁に対する破壊射撃を要求す同時大隊副官金栗大尉は聯隊長より左記電話命令を受領す
貴官は厳に大隊長の喪を秘し其の意図に依り大隊を指揮し一挙に南京城に向ひ突入すへし
爾後大隊副官大隊の戦闘を指揮す
正午左記大隊命令を下達す
一、大隊は概ね現在の態勢を以て南京城東南角鉄道門附近に突入せんとす
独立機関銃は現在地に在りて左前の敵を制圧大隊の戦闘に協力
二、第十一中隊はあのをへてあの附近(現地指示城壁東南角)
第十中隊はあの二軒家付近を経て鉄道門に向ひ突入すへし
機関銃は一け小隊を以て大隊の稜線通過を掩護せしめたる後速に第一線協力中隊に追求すへし
三、大隊本部は二軒家付近を経て第一線両中隊の中央を前進す予備隊は第一線協力中隊に追及すへし
四、前進の時期は別命す但第十一中隊は状況之を許せは逐次前進し本道右側あの北端の線に進出し城外特に「くりーく」の状況を偵察すへし
敵の左翼は逐次退却を開始し我猛射にいより残滅敵死傷を蒙りつゝも尚左前高地特に「とーちか」陣地の敵は更に動揺の色なし
協力砲兵は一斉に東南角城壁に向ひ射撃を開始し見事命中すれとも城壁堅固にして僅かに弾瘡を止むるのみにして之か破壊の為には相当の弾数を要す即ち電話を以て約百米左鉄道門附近に対する射撃を要求す
弾著左に移転するや其の効果頗る大なり
此の間右第十一中隊は巧みに地形を利用し本道北端の線に進出しありMG第二小隊又中隊長自ら指揮し独断第十一中隊方面より進出しつゝあり
然し共城壁の状況前述の如く破壊口未た完成されす
左大隊方面は敵の抵抗頑強にして尚前進困難の状況にあり右翼隣接部隊の状況依然不明なり現在地点より一挙に城壁に迫り余勢をかつて突入するにあらされは若し中途に於て前進困難に陥る如きことなからんか到底城壁突入の成功は難し大隊主力は極力前方「とーちか」及其両側陣地に據る敵の撲滅に努め前進の時機を待てり
暫くして十数発の砲弾鉄道門左上部に命中するや城壁に大なる崩壊の跡を見る前進の好機は正に来たれり第二大隊に前進を促すと共に大隊に前進を命するや満を持して待機せる第一線は十二時四十分怒濤の勢を以て一気に各々目標に向ひ驀進城壁に殺到す
四、部隊を城外遮蔽下に停め自ら数名を伴ひ偵察の結果「くりーく」は幅約四十米水深深く部隊の渡渉を許さす鉄道橋は一橋節約約七、八米焼却陥落しあり其の時駈着けたる工兵中隊長と共に研究の上破壊せられたる鉄道橋を利用し応用携帯橋に依る強硬架橋を成すに一決す
此の間偵察に伴ひたる大隊本部書記中島伍長、深津軍曹、伝令新井上等兵は独断身を躍らして「くりーく」を泳渡し前後して彼岸に達するや砲弾による破壊部より城壁に登攀し城壁を占領し日章旗及大隊旗を打振れり時二一時二十分なり
爾後彼岸橋脚に下り友軍の砲弾と敵弾に遮蔽して部隊の突入を待つ
第十二中隊牧田伍長二時頃泳渡により彼岸に達せり
城壁は高さ約二十米あり敵情要図(其の四の二)の如く之に據る敵は二段に設けられたる銃眼により瞰射する中に於も歩工共同の元に工兵中隊長の指揮により所持の電柱戸板等を蒐集し応用携帯橋の製作作業を進む作業間機関銃(第一中隊欠)及第一線中隊自動大器を以て城壁銃眼に據る敵特に機関銃に猛射を浴せ之を制圧し作業を掩護せしめ主力は極力遮蔽下に集結突撃を準備せしむ此の間四十数名の敗残兵は我か作業を妨害せんと第十二中隊の一部を以て之を撃滅せしむ
猛烈なる敵弾下にありて工兵隊の携帯橋製作作業著々進捗し午後二時三十分左記突入の命令を下達す(要図其の四の二)
左記
一、待望の南京入城寸刻の後に迫る大隊は工兵隊の架橋作業完了を待つて一挙城内に突入せんとす
二、突入順序第十中隊の一小隊 大隊本部 第十中隊の残部 第十二中隊 工兵隊残部とす
三、機関銃あの附近 第十二中隊自動火器の全部を以てあの附近予め陣地を占領し第一線の渡架突入を掩護したる後第一線に続き突入すへし
四、突入成功後第十中隊は鉄道及其の以西に対し第十二中隊は鉄道東側に対し地歩を確保すへし
然れとも状況に依りては確乎たる信念を以て独断善処すへし其他は臨機指示す
五、軍旗入城に際しては後続部隊は独断最善の処置を講し之を掩護すへし
六、大隊本部は城門城壁上に突入す
連隊本部は周家凹東方本道付近を前進中にして二時五十分連隊長より左記連絡在り
左記
一、御奮闘を祝す
二、軍旗入城の時期を報告せよ
三、部隊の限定に注意せよ
城門突入後は一角を確保し聯隊の名誉と功績を堅持すへし
諸状況を判断し概ね三時三十分には架橋突入し得ることを確信しこの旨連隊長に報告す
此の頃歩兵第百五十聯隊我大隊右側に集合し我が大隊の架橋を待機しあり
又第二大隊副官来り第三大隊に続行し渡河突入すへき旨を連絡す欺くて作業逐次進捗しつゝある時右第一線たりし第十一中隊より伝令来り第十一中隊は「くりーく」渡河不可能を知り戦車と協同し本道を南門方向に前進中優勢なる敵と遭遇し目下苦戦中なりとの報告を受く直ちに予備隊の位置にありし同中隊小此木小隊をして増援せしむると共に聯隊長に急報す
工兵隊の作業正に完成せんとする時機聯隊本部より手榴弾三百及発煙筒八十発の補給を受けたるは最も時宜に適したる処置にして突入成功に大なる功果をもたらしめたり
此の間歩兵砲兵の弾著良好にして効果第なりと雖も城壁上の敵の射撃は以前猛烈にして城門付近の破壊口も亦部隊の攀登未だ困難なり即ち電話を以て更に破壊口に対する射撃と歩兵投入(三時三十分)に当りては直ちに城門両側の敵の制圧射撃を実施され度き旨最後の連絡と了す
暫くして我砲弾五六発破壊口に命中するや著るしく破壊口拡大し工兵隊又架橋準備作業完了す時に三時三十分なり
茲に於て直ちに架橋を命し工兵は煙幕の展開と我重軽機関銃の援護射撃の下に強行架橋を敢行し見事成功す
門は鉄扉と土嚢とを以て堅く閉じ我が砲弾尚城門破壊口に集中しあり敵の乱射乱撃は其極に達し且猛烈に手榴弾を投擲し来る此の間所在の敵を漸く城壁外より逆襲し来る約百の敵を撃滅す百五十聯隊は我第十中隊に続きて渡橋前進し後方は両部隊相混淆するに至る
一瞬にして我砲弾左右に転移す金栗大尉は第十中隊長を叱咤激励し城門突破を命すると共に自ら率先本部及第十中隊の一部を率ひ破壊口より城壁上に向ひ突入す頭上より落下する敵手榴弾に加ふるに大小の石崩壊落下し攀登容易ならす前後相助け城壁上に近進し手榴弾を投し敵の辟易せる隙に乗し数敵を斃し午後三時五十分遂に城壁上を占領し城頭高く日章旗と我名誉ある第三大隊旗を翻せり一瞬の感激は全く例ふるにもなし
城壁上日章旗を仰きたる後方将兵は士気最高調に達す
而して城壁上破壊口附近に蝟集し数米を隔てゝ主として手榴弾を以て頑強に抵抗せる敵は我勇猛果敢なる突入により一部は東西城壁に主力は城内に(破壊口と相対し内壁には城内に通する段階部あり)混乱敗退せるも或は斬り或は手榴弾に依り殲滅的打撃を与ふ
此の紛戦と左右城壁よりの集中火猛烈にして我も亦死傷続出せり殊に敵は東側城壁武定門、西方城壁屈曲点の複郭陣地を拠点として猛烈なる支援射撃の下に執拗に逆襲し来れるも我は良く寡兵を以て沈着機先を制して力戦奮闘敵の企画を挫折せしめ戦ひ且左右相助け城壁の煉瓦を起して掩体を構築しつゝ歩々戦果を左右に拡張す
午後四時三十分頃城内突入部隊第十中隊の伝令来り状況を報告す即ち第十中隊は城壁上占領と殆ど同時工兵爆破班二回の爆破により鉄門を破壊し果敢なる突撃を敢行し先頭小隊長賀川少尉敵手榴弾により負傷せるを初め死傷十数名を生せるも屈することなく勇奮之努め忽ち附近の敵を撃滅して遂に城門を占領之を確保し前方家屋に據る敵を攻撃しゝ戦果の拡張に努め機関銃中隊及第十二中隊はくりーく通過掩護射撃の後機を失せす第一線中隊に続きて城門より突入し密接午後四時五十分頃状況を連隊長に筆記報告す
報告
一、完全に雨巷門を占領す
時計破壊のため確実ならさるも三時五十分なり
第百五十聯隊の名誉と信澤少佐の霊に報ゆるため日章旗と我第三大隊旗を完全に先頭第一番に城頭に翻すことを得て感激堪えす
二、現在の状況左記要図の如し
【図1248】
五時稍々過き聯隊予備隊たりし第九中隊の関口小隊入城し大隊の指揮に復皈す第一線各隊は逐次戦果を拡張し鉄道線路東側二軒家を占領し之を確保せり時漸く夜に入り暗黒中到る所接戦を演し又歩兵第百五十聯隊と混淆し部隊の整理困難なる状態なり此の間永井大尉能く附近部隊を区所し戦果の確保を努
城壁上に於ては狭隘にして兵力と行動の自由を得さると遮蔽すへき何ものもなく全然暴露せるとに乗し危機に瀕したることあるも協力一致能く占領地点を確保し暗黒迫るに掩体構築も進捗し敵の逆襲も稍衰ふるに到れるを以て大隊本部は六時三十分頃城内鉄道東側二軒家に前進す
午後七時頃電話により現在の状況を連隊長に報告す
午後七時三十分連隊長命令により機関重隊長永井大尉大隊長代理を命せられ爾後大隊を指揮す
午後十時頃に至り敵は更に東側城壁上下より逆襲し来れるも機先を制し之を撃退し爾後概ね要図態勢にありて夜を徹す而して敵は夜更るに及ひ逐次退却せるものゝ如く銃声漸次衰ふるに到る
午後十時三十分頃聯隊命令第六六号掃討に関する命令を受領す
五、第十一中隊は所命の城壁東南角に向ひ前進中折柄前進し来る戦車隊(戦車第二聯隊長細見中佐指揮/当方補:戦車第五大隊=軍神・西住戦車部隊)と協力し午後一時三十分図上A点に進出し東南門に通する橋梁破壊せられあるを知るや左折して南門に向ふ目的を以て前進し途中城壁上より猛烈なる集中火を受くるも之に制圧射撃を加へつゝ戦車と共に強行約四百米の距離を突破し午後二時兵工廠前貯油庫を占領す然るに北方城壁及「クリーク」両岸よりの小銃、軽機、迫撃砲の猛烈なる集中火に加ふる兵工廠階上より手榴弾の攻撃を受け一時苦境に立つに至り此の間率先勇猛能く部下の士気を鼓舞し奮戦しありし小隊長小林曹長胸部に敵弾を受け壮烈なる戦死を遂けたる外死傷者六名を生せるも屈することなく奮戦一時間城壁上下の敵を制圧沈黙せしめ而して工廠の兵力侮る可からさるものあり南門に向ひ通過困難なると且つ兵工廠の重要性に鑑み之を占領するに決し優先力闘午後二時二十分工兵隊の学はに依り門扉を破壊し廠内に突入するや敵は遺棄死体七十五を残し西南方に潰走せし遂に完全に之を占領して同工廠の警備確保に任せり
六、小行李は花神廟附近(周家村)に位置し第一線の為現品を集め握り飯を造り補給に任す
之か運搬に当たりたる坂庭伍長以下八名は途中周家凹東側附近にて敗残兵十数名と遭遇し此の大部を撃滅す敵は遺棄死体六、軽機一、小銃五を鹵獲す
正午頃小行李馬繋場に砲弾落下し乗馬南通駄馬南谷戦死す
本日の大隊内死傷大隊長以下七七名馬二頭に及へり

十二月十三日
城内の敵は退却せるも敗残兵出没し其都度悉く之を掃討す午前八時軍旗入城す
午前八時軍旗入城す雨巷門城壁上旭日に映ゆる 軍旗を迎へ遙に東天を拝し聯隊長の荘重なる声に和する 大元帥陛下万歳の奉唱は天地を揺し万里の怒濤を越へて遠く故国に山彦するを覚ふ而して御稜威の下隊長の負傷の身を押して悲壮なる戦闘指揮豪胆沈勇信澤少尉の奮闘将兵の一意報国勇敢なる行動の様々過去三旬の感慨新にして感激の涙滂沱たるものあり
午前九時故信澤大隊長の遺骸を城壁上に迎へ其の霊を慰む
大隊は聯隊命令(六六号)に基き雨巷門の警備に任すると共に第十二中隊主力を以て右第二大隊に連繋し鉄道以西中山路に至る間の掃蕩を実施せしめ逐次地歩を拡張又朝来戦死傷者の収容人員武器弾薬の調査等戦後の整理戦場掃除に努む
午前十一時十一月十六日以来旅団車馬材料の掩護に任したる第九中隊西山小隊追求復皈す
午後三時頃第十二中隊掃蕩を終り逐次北方に推進し午後八時十分左記大隊命令を下達し各隊は至厳なる警戒裡に露営す

大隊命令 十二月十三日 午後八時十分/於南京雨巷門北方千米鉄道両側
一、占領地区の掃蕩尚全からす相当の敗残兵あるものゝ如し
聯隊は現在地(高等法院)附近に露営す
二、大隊は現在地附近に露営せんとす
各隊は設営者の誘導により露営すへし
三、部隊日直将校 天川少尉
巡察将校を兼又へし
四、1/3 12の大隊掃討区域北端の警備及第十中隊の雨巷門(城壁上を含む)の警備故如し
其他の警戒は各隊毎に警戒すへし
五、警急集合所は本部西側乾田とす
六、給与は携行せるものによるへし
七、余は露営地中央大隊本部にあり
大隊長代理 永井大尉
下達法
要旨を伝達したる後命令受容者を集め口達筆記せしむ
午後九時九日以来聯隊予備隊たりし第九中隊主力復皈す
第十一中隊は以前金陵兵工廠の警備に任しあり又小行李は城外にあり
午後十時三十分分隊露営命令を受領す

十二月十四日
早朝より担任区域内細部の掃蕩を実施し歩一一五作命第六九宿営命令に依り宿営地を推進之を確保し又十一月十二日以来行動を別にせる大行李追及指揮下に入り茲に光栄ある南京攻略戦闘の局を結ふに至れり


第6師団歩兵第十三聯隊(熊本)の12月12日

2018年04月23日 14時58分20秒 | 1937年 南京攻略...

第6師団歩兵第十三聯隊(熊本)
【歩兵第十三聯隊(右翼隊右第一線)の戦闘〈地図4参照)】
歩兵第十三聯隊は右翼隊の右第一線となり右から第二大隊、第一大隊を第一線として本道西側地区を歩兵第四十七聯隊の右に接して中華門に向かい攻撃した。この正面は中華門の正面陣地で中国軍が最も堅く守備した所なので、その抵抗は極めて頑強で、第五中隊長・浜園忠夫大尉負傷、第五中隊に代わって第一線に出た第八中隊長・中村進中尉戦死、第七中隊長・萩平昌之中尉重傷等、この日の戦闘で百数十人の損害が続出した。聯隊長は予備隊の第三大隊を第一線に投入、第二大隊を後方に下げ、配属の軽装甲車中隊を第三大隊の戦闘に協力させた。地形が複雑に起伏しているため、山砲や野砲中隊はやむなく分割使用した。
装甲車中隊の協力を得て第三大隊はついに雨花台を占領、左第一線第一大敵も第四中隊長・松岡政人中尉が白壁高地(三家店東側)攻撃で戦死したが同高地を奪取し、聯隊主力は雨花台の台端で中華門に対する攻撃を準備した。
独立軽装甲車第二中隊本部附曹長(のち中尉)藤田清氏は戦闘の状況を次のように回想している。
「中隊は、中華門正面の水濠の線に進出し友軍歩兵の戦闘を支援したが、橋が破壊せられて前進できない。中華門の土嚢除去、架橋作業には数日を要するので中隊はひとまず雨花台北麓の兵技専門学校(兵工廠?)に宿営することになった。ここは中国軍の死体収容所か、病院の跡であったらしい。校舎前の水を抜いたプールのような凹所に焼け焦げた屍体が四、五百残されていた。これは中国軍が退却の際に残したものではないかと思われた。」
また、坂井歩兵第十一旅団長の手記(『熊本兵団史』)によれば、「中国軍を駆逐後、トーチカを点検すると扉に鎖を巻き施錠してある。守兵にとっては絶対の墓場であり、このトーチカに追い込まれて死守した戦士の心境に想いを致すとき同情を禁じ得なかった」とある。
偕行社『南京戦史』P.135

【二、中華門占領(要図25参照)】
歩兵第十三聯隊は、中華門に至る橋梁が破壊されていて午後に至っても外濠を渡ることができない。第一隊長(大隊長・十時和彦中佐)配属の工兵第二中隊の軽渡橋架設特別班が、外濠に仮橋を架設したのは十二日十四時三十分である。ようやく攻撃路が出来て、まず城門爆破の工兵特別班が橋を渡り、続いて第二中隊がこれを渡って城壁にたどりつき、工兵の爆破作業によって城門左側城壁の突撃路を補足して城壁を登ったのは十三日一時である。工兵隊が土嚢を除去して城門を開放したのは三時三十分であった。
偕行社『南京戦史』P.219


歩兵47聯隊 第二中隊 陣中日記

2018年04月23日 14時50分36秒 | 1937年 南京攻略...

十二月十二日 晴天 南京城
工作命一三七号第一大隊命令
十二月十二日 〇八三〇
於田上南方高地
一、当面の敵情は目撃する通り
第十三聯隊及び第三十六旅団は聯隊と概ね同線に進出あり
師団野砲は聯隊のため南門と西南角中間城壁に9時頃より概ね二時間の予定を以て突撃口を開設す(以下聯隊突撃口と称す)聯隊は逐次全面の敵を駆逐し聯隊突撃口を突進し城壁を占領す第三大隊、三里店東北側に前進し主として第一大隊の城壁に占領を容易ならしめ突撃中隊に続て一け中隊と城壁に前進せしめんと残余は「クリーク」南岸に集結する筈、
二、大隊三里店西北側村落方向より聯隊突撃口に突進し城壁を占領せんとす
三、3中(+4分の1■)は逐次前面の敵を駆逐し聯隊突撃口開設を待って城壁に突進し大沙埠東南端に亘る間の城壁を占領すへし
四、MG(−4分の1)独機BiAは田上南側高地陣地を占領し主として第三中隊の攻撃に協力すへし
五、両余は予備隊吉田大尉の区署を以て三中隊の後方を前進し「クリーク」南岸に集結すへし
六、2中、4中より補助擔架兵各五名を即刻大隊本部に差出すへし服装其儘とす
七、余り第三中隊の後方を予備隊の前方に在りて前進す
工長 緒方中佐
下達法各隊命令受領者を集め口達筆記せしむ
一、〇九〇〇前記命令を受領す依然中隊は大隊予備隊なり
二、〇九三〇前進の命を受け中隊長は第四中隊を合せ指揮し大隊本部位置に前進す前進開始と同時敵砲兵の集中射を受けたるを以て敵の構築せる交通壕を利用して前進す被害なし
三、一一〇〇中隊は右第一線となり第三中隊の右に増加し右前方の兵営及を掃討し南端大なる建物(後師範学校と知る)迄前進し第三中隊と連絡し全面の敵情及「クリーク」の状態を偵察、而して同地よりの前進は後命を待つへき命令を受く依け直に第一小隊を第一線とし兵営及西端を掃討しつつ師団学校(師範学校?)迄前進し敵情地形の捜索すへき命し、第二小隊をして第一小隊の右に連繋して掃討せしめ第三小隊を予備隊として前進す
四、途中更に第二中隊は梯子を作製し第三中隊に「クリーク」渡河及城壁攀登の援助すへき大隊命令を受けたるを以て第三小隊長に梯子の作製を命す 第三小隊長は梯子二個(約4米及約6米)を作製携行す
五、第一小隊は機敏に師範学校に進出し「クリーク」南岸地区を退却中の敵を猛射し之を殲滅せり
六、湯浅准尉は第一小隊と連絡し右情況及工兵小隊長より前方「クリーク」には水無き旨を承知し之を直に中隊長に報告し中隊は速に前進すへき意見を具申せるを以て中隊長は第二、三小隊に速に師範学校に前進すへき命し且右処情況を大隊長に報告せしめ第一小隊長の位置に前進す
七、当時竹原少尉以下第一小隊の将兵は前進の気勢充満しありたるも大隊命令もあり且友軍砲兵射撃中にして破壊口も完成しあらさるを以て暴進すへきにあらすと判断し大声叱咤第一小隊に停止を命じ各小隊に背嚢を却し器具及飯盒を携行せしめ前進準備を整へしむ
八、暫して前方城壁下に友軍斥候数名前進城壁に梯子を立て掛けつつあるを目撃せるを以て該情況を大隊長に報告し大隊本部を速に前進せらる様意見を具申す
九、師範学校二階に於て全面の情況を大隊長に報告しある時第三中隊の斥候兵は逐次梯子を登り始めたるを以て大隊長は中隊に前進を命らる
十、中隊長は直に第三小隊に梯子を以て前進し第三中隊に渡すへり命し且中隊全員に前進を命す、満を持して待機せる中隊は決河勢を以て城壁目かけて勇躍す「クリーク」南岸前進し先刻工兵小隊長の通報と異なり城壁南側「クリーク」は水深く渡河不能なり
十一、一二三〇第三中隊は斥候城壁上に登りて其主力は中隊の左に前進しありて一部は渡河中なるも城壁西南角「クリーク」西側より側射せられ渡河極めて困難にして城壁下に在る者亦頗る危険に瀕したり
一二、茲に於第一小隊を第三中隊主力の左側に出し敵を射撃せしめ且つ擲弾筒を以て煙幕を構成せしむ
一三、第三小隊長、広瀬少尉は「クリーク」南岸に進出するや梯子を前岸に渡すへり身を挺して「クリーク」に飛び込み枝手を切って泳けは間髪を入れす、加藤上等兵及二宮伍長の指揮する五名各梯子一宛持つて「クリーク」に跳び込み泳ぎ渡る著装の儘にて泳行い極めて困難且敵側射い益と激しく加藤上等兵先つ胸部貫通銃創を受け河中に沈み広瀬少尉辛して対岸に渡り二宮分隊にも傷者及溺れんとするもの続出して之を救しとして河中を跳び込みたる中畑伍又重傷を負う等惨状目も当られす之を目撃しめる一等兵濱野行利は素裸となり河中に跳び込み中畑伍長、阿南一等兵を救出す
梯子を運ふ為め「クリーク」に跳び込みたる者左の如し
少尉 廣瀬憲二郎
上等兵 加藤正亀
伍長 二宮金藏
上等兵 竹本 満
一等兵 羽田野 明
同 工藤 直
同 大城武司
同 阿南五月
負傷者及溺水者救助のため「クリーク」に跳び込みたる者左の如し
伍長 中畑初美
一等兵 濱野行利
同 後藤鶴見
十四、第三中隊は舟により逐次渡河しつつあるも敵の射撃を受け負傷者続出し城壁上に在る者敵の逆襲を受けつつあり此の時第三中隊より軽機二銃を先つ渡河せしめ協力方を申来たるを以て第三小隊の軽機分隊を渡河せしめ小隊長を指揮に入らしめ(第六分隊は遠く離て側方に在りて間に合はす第五分隊のみ渡河す)
十五、敵側射は益々激しく渡河困難なる状況にあり中隊は城壁西南角「クリーク」西側の敵を「クリーク」に沿ひ攻撃すへき命を受けたるも既に第四中隊攻撃中にして地域なきを以て意見を具申し依然第一小隊をして射撃せしめ主力は「クリーク」南岸に位置す
十六、城壁を占領せる第三中隊一部は敵の逆襲を受け状況極めて不利なり大隊主力は「クリーク」南岸城壁より瞰制さる位置に在りしを以て中隊長は直に各小隊に台上を占領せしめ陣地を構築して城壁上の友軍を救援すへき配置に就かしむ
十七、斯しある時更に左方の敵を攻撃すへき命を受けたるを以て第一小隊を左第一線 第二小隊を右第一線として攻撃前進せしめたるも左には歩兵第二十三聯隊攻撃前進中にしてより以西に進出せさる様に通報あり且第四中隊も西端に進出しあるして以て第二小隊を東北端付近に第一小隊を西南端付近に展開城壁上及び側防の敵を射撃せしめ第三小隊を予備隊として中央後で位置せしむ
十八、廣瀬少尉以下五名(Lg一を含む)は城壁下に梯子を接き合せ先つ第三中隊の立てる梯子の東方に之を立て一三一〇城壁上に登り第三中隊井上少尉の指揮する部隊に連繋して掩体を作り城壁上東方よりする数度の逆襲に対し克り之を支へ敵約30名を斃して同地を確保す
其人名左の如し
少尉 廣瀬憲二郎
上等兵 吉原尚一
同 堤 米一
一等兵 谷口亀夫
同 永野 勇
十九、一三〇〇過器具を第三中隊に貸與すへき命を受け左記員数を城壁下に於て第三中隊江畑伍長に引渡さしむ
左記
小円匙 二五  小十字鍬 四
二〇、次て弾薬を第二中隊に融通すへり命られ左記員数を中西軍曹をして城壁かに於て第三中隊江畑伍長に引渡さしむ
左記
三八式小銃實包 一、〇〇〇発
二一、次て一け小隊を以て土嚢作製すへき命を受け第一小隊をして城壁二下に於て作製せしめたるも吊上困難に付該小隊は城壁上に登りて土嚢六個を製作す、城壁上には土少なく且敵の射撃を受け作製困難なるを以て城壁を崩し第三中隊の左に連繋し掩体を構築す
二二、中隊は一時渡河点南方台地に在りて四周に対し警戒すへき命を受け工事実施中更に渡河命令を受け直に渡河す
大隊命令138 12月12日一八四五 於南京城壁下
一、大隊(第一中隊を復帰せらる)は本夜南門以西城壁を占領し至厳なる警戒のもと夜を徹せんとす
二、4中(4分の1 ⅢGに帰す)は城壁昇口より右を城内及び南門方向に対し陣地を占領し逐次南門方向に対し陣地を拡張すへし
2中(4分の1 ngに属す)は第三中隊と交代昇口より左を占領し逐次陣地を拡張第二十三聯隊右部隊に連繋し城内及城壁西南角方向に対し陣地を占領すへし
MG主力は大隊の右附近に位置し城内に射撃準備
BiAは大隊の左に陣地を占領し城内に対し射撃準備
3中は予備隊戦死者負傷者の処置をなし炊事を終了後大隊の左に位置すへし
1中は予備隊「クリーク」の向ふ側に位置し何時にも昇り得る如く又敗残兵に対し不覚を取らかる如く陣地を占領すへし
三、余は城壁上昇口附近に在り
工長 緒方中佐
下達法各隊命令受領者を集め口達筆記せしむ
二三、前記命令に基き第三、第二小隊の順序に一九〇〇中隊は全員城壁上に登攀し左第二十三聯隊迄の地区を掃討し敵弾下に於て陣地を構築至厳なる警戒を以て夜を徹す
二四、本戦闘に於ける戦死傷者左の如し
戦死 上等兵 加藤正亀
負傷(重傷) 伍長 中畑初美
同(軽傷) 上等兵 後藤幸義
同(軽傷) 同 熊井一夫
同(重傷) 一等兵 安東恒記
同(軽傷) 同 濱野行利
同(同) 同 矢野竹雄
同(同) 同 宮城仁福
同(重傷) 同 阿南五月
同(同) 同 軸丸三吉
同(同) 同 谷口亀夫
同(同) 同 須原初男
本日の中隊の行動及び戦闘経過別要図の如し

十二月十三日
晴天
南京城南門附近
一、国民政府首都南京城も遂に陥落し霜天高く日章旗は各城門に翻へり萬歳声は各所に百雷の如くなり

工作命139第一大隊命令
十二月十三日 一二三〇
於南門城壁上
一、聯隊第一線北側市街に大なる敵なきものの如く一一四師団及第二十三聯隊は市街の掃討を開始しつつあり
聯隊は主力を以て一二〇〇城壁の線出発城壁「しかんせん」高地に亘る市街の掃討を実施す
第三大隊は一二〇〇城壁の線出発「しかんせん」東南側市街の掃討に任し其一部を以て「しかんせん」高地を占領す
二、第一大隊は第三大隊の前進を掩護したる後別紙要図の区域内市街の掃討を実施せんとす
三、第一、第二、第四中隊は別紙要図の区域内市街の掃討を実施すへし
四、爾余の諸隊は予備隊城壁上の現陣地に於て掃討隊の掩護の準備しあるへし
五、余は暫く予備隊と共に現在地に在り
工長 緒方中佐
下達法各隊命令受領者を集め口達筆記せしむ
二、右命令に基き一三〇〇より南京城南部区域掃討をなし敗残兵五名を刺殺し一七〇〇終了城壁上に帰還す
工作命140第一大隊命令
十二月十三日 一四五五
於南門西方城壁上
一、当面の敵は殲滅せられ敗残兵は所々に侵入したるか如し
聯隊は一部を以て城壁並掃討区域内の要所を守備し主力を南門西南の城壁外部に集結す
第三大隊は「しかんしせん」高地を守備す
二、第一大隊は掃討終らは城壁上旧陣地に中けつし左の如く行動すへし
1、第一中隊の一け小隊(+4分の1MG)は南門を守備し城壁破壊口東を警戒すへし
2、第二中隊のの一け小隊(+4分の1NGは西南角を守備し城壁破壊口以西を警戒すへし
3、爾余の諸隊は城壁上に集合し聯隊遙拝式に参加したる後集結に至るへし
三、遙拝式要領は現場に於て指示す集結地域配当に付ては別紙に示す
四、余は依然現在地に在り遙拝式後集結地に至る
工長 緒方中佐
下達法各隊命令受領者を集め口達筆記せしむ
四、右命令に基き第二小隊を以て西南角附近を守備せしめ中隊主力は南京城南門外に至り村落露営をなす一九三〇配宿終る
五、廣瀬少尉以下士名をして昨日戦死せし上等兵加藤正亀の死体及渡河際「クリーク」に落し込みたる銃及剣を捜索せしむ日歿迄捜索せしも加藤上等兵の死体は発見し得す

十二月十四日 曇天 南門外
一、廣瀬少尉以下八名をして再昨日河中に没入せる加藤上等兵の死体捜索をなさしむ一三〇〇死体発見の旨報告あり 中隊長は直に現場に至り一四〇〇荼毘に附す
大隊長も臨場せられ中隊長として感激す
二、一五〇〇(当方補記:15時)より城壁上に於いて遙拝式挙行せられ聯隊長の訓示あり代表として竹原少尉の指揮する一ヶ小隊及准士官以上出場す
三、第三回補充要員笠木上等兵以下一九名着隊仮編入せらるゝ
四、竹原少尉、佐藤小隊と城壁西南角の警備交代服務す
五、遺骨護送のため内地帰還せし白木原上等兵二二〇〇(当方補記:22時)帰隊す

十二月十五日 晴天 南門外
一、南京城南門外滞在
二、中隊長は大隊の戦場掃除隊を指揮し一三〇〇(当方補記:13時)出発大沙并東南端付近戦場掃除に任す 中隊より佐藤少尉以下五〇名出場す
三、廣瀬小隊竹原小隊と警備を交代服務す
四、伍長甲斐元永大隊本部勤務を命らえ服務す


歩兵150連隊『戦闘詳報』第6号

2018年04月23日 14時49分57秒 | 1937年 南京攻略...

午前八時聯隊長ハ左ノ命令ヲ下達ス

一、敵ハ逐次退却ノ徴有リ
二、聯隊(野砲兵第八中隊ヲ属セラレ工兵小隊ノ配属如故)ハ115iノ右翼ン進出シ周家凹東側ノ敵陣地ヲ攻撃シタル後南京東南角ニ進出セントス
三、第一大隊(第二第三中隊欠第五中隊聯隊機関銃一小隊平射砲小隊工兵小隊ヲ配属ス)ハ第一線115iノ右ニ進出シ展開スヘシ
四、第二大隊ノ歩兵一小隊及機関銃一小隊ハ右側掩護隊第一線大隊ノ右側後ヲ前進シ攻撃前進間右側ノ警戒掩護ニ任スヘシ
五、爾後ノ予備隊第一線中央後ヲ左ノ順序ニ依リ疎開前進スヘシ
予備隊 第一線  第二大隊(第五中隊欠〉
    第二線   右 聯隊機関銃(一小隊欠〉
          左 第三大隊(9・11・12欠)
    第三戦  歩兵砲隊(平射小隊欠)
各線ノ距離二百米トス
六、野砲兵第八中隊ハ終始第一線大隊ト連絡シ同大隊ノ攻撃スヘシ現在ノ位置ニ於テ攻撃ノ進捗ニ伴ヒ敵陣地ノ銃眼ノ制爾後南京城壁ノ破壊射撃ニ任スヘシ
七、通信班ハ前任務ヲ続行スヘシ
八、余ハ暫グ現在地-一在リ爾後第一線ノ中央後ヲ前進ス
聯隊長 山本中佐
下違法
命令受領者ヲ集メ口達筆記セシム
午前八時三十分第一線大隊ノ前進準備完了スルヤ聯隊長ハ全員ヲ整列セシメ旗手ニ命シテ軍旗ノ覆ヲ脱シ部隊中央前ニ誘導セシメ左記要旨ノ訓示ヲ与フ
訓示
愈々今ヨリ軍旗ヲ奉ジ敵国ノ首都南京城ヲ攻撃スルニ先ンシ恭シク軍旗ヲ奉迎ス時コソ到レリ各自一死奉公ノ誠ヲ尽セ決シテ人後ニ落ツル勿レ
次ニ東方宮城ヲ遥拝シ聖寿万歳皇国万歳ヲ祈念ス将兵ノ士気リ戦前既-一一敵ヲ呑ムノ概アリ
終ルヤ聯隊長ハ直チニ「第一線前進」ヲ命令シ予備隊之ニ続行シ目標ニ向ヒ急進ス此頃19iハ東方ニ転進ノ為メ部隊ヲ集結中ナリ
午前九時三十分頃第一線ハ曽家門高地上ヲ占領シ歩兵第百十五連隊ノ右翼ニ展開ヲ終ル同地砲兵観測所ニ於テ聯隊長ハ野砲兵連隊長ト城壁ヲ指呼シ細部ノ協定ヲ遂ケ配属砲兵中隊ニ対スル要求ヲナス此頃雨花台方向ヨリ数十発ノ敵迫撃砲弾及野砲弾道路ノ両側附近ニ落下シ轟然タル爆音ヲ挙ゲ炸裂スルモ我ニ損害ナシ
聯隊長ハ直チニ第二大隊(二ケ中隊欠)ヲ第一線ニ増加シ聯隊機関銃隊(一小隊欠)ヲ両大隊中間ニ陣地進入セシメ両大隊ニ協力ヲ命ス
第一線両大隊ハ攻撃前進ヲ開始シ陸家東北方台地本道附近ノ堆土及集団家屋ヨリ敵自動火器ノ射撃ヲ受クルモ逐次之レヲ撃退シツツ、午前十一時第一線ハ南京東南方約三百米ノ陸軍高射砲兵団ニ達シ戦線標示ノ為メ十一時十分高サ三十米ノ桿頭ニ国旗ヲ掲ク予備隊モ又相次テ此ノ附近ニ到達セルモ敵ハ周家凹附近ノ高地及域壁方向ヨリ自動火器野砲及迫撃砲ヲ以テ猛烈ナル射撃ヲナシ我又之カ制圧ニ勉メタルモ数名ノ死傷者ヲ生スルニ至レリ正午頃旅団予備隊タリシ第九中隊ハ聯隊ニ復帰ヲ命セラレ到着セルヲ以テ予備隊ニ加フ最後ノ目標タル南京城ヲ眼前ニ睨ミ将兵ノ士気弥カ上ニモ昂揚セル時聯隊長ハ左ノ命令ヲ下ス


歩兵第百五十聯隊命令
十二月十二日午前十一時四十分
於高射砲兵団兵舎
一、城壁外ノ敵ハ逐次撃退セラレツゝアリ
歩兵第百十五聯隊ハ周家凹高地ヲ奪取セルモノゝ如シ
二、聯隊ハ現在ノ線ニ先ス突撃ヲ準備シ砲兵ノ射撃終了ト共ニ南京城東南角ニ突入之ヲ奪取セントス
二、第一大隊(配属部隊故ノ如シ)ハ現在ノ線ニ態勢ヲ整へ東南角城門ヨリ城内ニ突入スヘシ勇敢ナル将校以下一小隊ヲ選抜シ砲兵射撃間城壁ニ接近セシメ城門ノ奪取ニ任セシムヘシ
四、第二大隊(配属部隊故ノ如シ)ハ現在ノ線ニ態勢ヲ整へ城壁破壊口ヨリ城内ニ突入スヘシ勇敢ナル将校以下一小隊ヲ選抜シ砲兵射撃間逐次城壁ニ接近セシメ城壁破壊口ノ奪取ニ任セシムヘ
五、第一線両大隊ハ直チニ「クリーク」通過点及城壁附近ノ敵情地形ヲ捜索スヘシ
六、野砲兵第八中隊ハ城壁破壊射撃ヲ実施スヘシ之カ終了時刻ハ午後一時二十分トス
七、爾余ハ予備隊トス左大隊ノ後方ヲ前進スヘシ
八、余ハ暫ク現在地ニ在リ後左大隊ノ後方ニ在リテ突撃ス
聯隊長山本中佐
下違法
命令受領者ヲ集メ口達筆記セシム
注意
一、城内ニハ毒瓦斯及細菌撒布ノ疑アリ殊ニ水ニ就キ注意ヲ要ス被毒ノ疑アルモノハ速ニ報告スヘシ化学実験部ハ師団ト同行シアリ
二、突入部隊ハ国旗ヲ振リ突入ノコト又第一線部隊ハ敵眼ニ見エサル所ニ国旗ヲ標示セシムヘシ
三、選抜両小隊ノ外第一線部隊ハ兵営ノ北側ノ線以北ニ進出スルコトナク突撃準備ヲ整へ後命ヲ挨ツへシ
四、現在ノ線ヨリ突撃前進ニ際シテハ重火器ヲ以テ城壁上ヲ制圧シ突撃ヲ掩護セシムルヲ要ス
五、第一線ハ速ニ「クリーク」通過及城壁馨登ノ為応用材料ヲ蒐集
スヘシ
第二大隊ハ正午兵営北端ノ線ニ達シ机丸太戸板等ヲ以テ軽渡河ノ材料ヲ準備シ尚城壁準登ノタメ梯子机等蒐集スルニ勉ム
当時二於ケル彼我ノ態勢附図第口図ノ如シ〔略〕
当時尚武定門東方地区及南門附近並城壁上ヨリ射撃ヲ受ケ彼我ノ銃砲弾盛ニ飛来ス砲兵ハ射撃ヲ開始シ城壁ニ命中轟々タル爆音ハ青空白ニ響キ一弾毎ニ弾着良ク逐次破壊ノ度ヲ進ム十五糎榴弾砲ハ弾着近ク或ハ低キヲ以テ旅団ヲ通シ観測ノ結果ヲ通報セリ
当時所々ニ敵限ニ遮蔽シテ日章旗ノ翻リ南京城一番乗ニ対シ必勝ノ信念ハ愈々堅ク将兵全員意気正ニ軒昂タリ
同時工兵第百十四聯隊副官一分隊ヲ率テ当聯隊ニ来着シタルヲ以テ「クリーク」通過及爆破ヲ協定シ又野戦重砲兵第十四聯隊第二大隊ノ連絡将校ト城壁破壊射撃ニ関スル連絡ヲナス午後一時聯隊長ハ第二大隊長ノ許ニ至リ前方ノ情況ヲ仔細ニ聴取シ砲兵ノ射撃終了ヲ待ツ之ヨリ先第二大隊長ハ三村上等兵以下三名ノ部下ヲシテ「クリーク」ヲ渡河シ城門ニ国旗ノ植立ヲ命シ一時二十分城門左側ニ之レヲ樹ツ
時ニ前方ヨリ伝令来リ「敵約二百名「クリーク」ノ両側ヲ退却中小隊ハ之ヲ射撃中城壁ニ既ニ登レマス左前ノ橋梁ハ破壊サレテ居リマセン」ト報告ス既ニシテ砲兵ノ射撃ハ中止ノ時機刻々迫レルヲ以テ射撃中止ヲ要求シ聯隊長ハ午後一時二十分突撃前進ヲ命シ軍旗ノ覆ヲ脱シテ「クリーク」ノ線ニ到ル伝令ノ報告ニアル橋梁(鉄橋)ハ手前三米ノ所ヨリ約一橋節破壊セラレアリ惟フニ伝令ノ帰還直後敵ノ装置セル爆薬ニ我砲兵ノ射弾命中爆破シタルモノナルヘシ
一部ノ兵ハ携行シタル机戸板等ヲ以テ軽架橋ヲ実施セントセシカ「クリーク」ノ幅大ニシテ応急ノ間ニ合ハサルヲ知リ工兵ヲシテ橋梁ヲ修理セシムルニ決シ聯隊長ハ第二大隊ト共ニ橋梁南岸ニ進出シ茲ニ第二次ノ突撃準備ニ着手ス時ニ午後二時二十分頃ナリ
我砲撃ニ依リ一時制圧セラレタル敵ハ射撃中止ノ長引クニ従ヒ再ヒ城壁上ニ姿ヲ現シ各銃限ヨリ狙撃ス城壁迄ノ距離二〇〇米ナルヲ以テ敵ノ狙撃ハ正確ヲ極メ夕リ
我ハ機関銃平射歩兵砲擲弾筒等ヲ以テ之カ制圧ニ努メタルモ死続出ス
茲に於テ聯隊長ハ今ニジテ工兵ノ架橋ヲ成功セシメ続イテ城門爆破スルニアラサレハ成功望ミ難シトナシ全聯隊ノ重火器ヲ家屋内ニ隠蔽配列シ銃砲限ヲ穿タシメ掩護射撃ヲ準備セシメ電話ヲ以テ更ニ城壁上際ニ対スル砲兵ノ射撃復行ヲ要求ス時ニ午後二時四十分ナリ
然ルニ旅団高級副官ヨリ城内ニハ既ニ歩一一五ノ一部午後一時二十分頃進入シアルヲ以テ射撃スルヲ得ストノ回答ヲ得他ニ突入ノ場所ナク誤報タルハ明瞭ナルモ其ノ隊ハ何レヨリ進入セシヤ然ラハ当聯隊ハ攻撃ノ要ナキヤヲ反問セルモ共ニ明瞭ナル回答ナクシテ黙セリ当時鉄道踏切ヲ隔テ聯隊ノ第一線ノ左側道路上ニハ歩兵第一一五聯隊ノ第一線タル第三大隊密集シ突撃ヲ準備中ニシテ城門ハ閉サレ城壁破壊口ハ友軍ノ射撃連続シ何レヨリモ通過点ナク同隊ノ斥候ニテ「クリーク」ヲ泳キ渡リシモノスラ城内ニ潜入シ得サルハ明瞭ナルヲ以テ旅団ノ接受セル報告ハ単ナル予想報告若クハ誤報タルヲ現認セルヲ以テ聯隊長ハ砲兵不要ト絶叫シ全然歩工兵ノ協力ニ依リ之ヲ敢行セントシテ鉄道ヨリ東方ノ重火器ヲ北沢大尉ヲシテ統制セシメ西方ヲ内田大尉及小林大尉ヲシテ統制セシム茲ニ於テ工兵聯隊副官阿部中尉及小隊長浅川少尉ヲシテ協力シテ歩兵掩護射撃下ニ迅速ニ電柱戸板梯子等ヲ利用スル橋梁修理材料ノ準備ヲ終ラシメ爆破班ノ区処ヲ了へ射撃効果ヲ俟ツ当時阿部中尉モ又砲兵ノ掩護射撃ヲ要求シタルモ旅団トノ電話一時聞へス同時頃幸ニモ配属砲兵城壁ニ対スル短時間制圧射撃ヲ開始ス弾着稍低キニ失シ友軍ニ危害ヲ与フル惧レアルヲ以テ射距離ノ修正ヲ要求スルモ意ノ如シ時刻ハ良シ此ノ勢ニ乗シ聯隊長ハ全重火器ヲシテ銃眼ヲ逐次ニシラミツブシ的ニ制圧スル如ク一斉ニ射撃開始ヲ命シ彼我ノ銃砲声段々タル中ヲ工兵ハ煙幕ヲ構成シ架橋決死隊先ツ突進シ辛ウシテ一列ヲ通過シ得ル架橋終ルヤ間髪ヲ入レス爆破班之ヲ超越シテ突進ス更ニ先頭突撃部隊タル第六中隊ノ一小隊次ニ第八中隊聯隊本部第七中隊等続行ス同時歩兵第百十五聯隊配属ノ工兵ハ其ノ梯子短クシテ届カサル為我カ聯隊配属工兵ノ架設セル電柱及梯子ニ托シテ梯子ヲ倒シ掛ケ歩一一五ノ一小部隊ハ聯隊ニ混淆シテ渡橋セルヲ見ル電話ヲ以テ砲兵ノ射撃中止ヲ要求スルニ須叟ニシテ止ム此ノ頃敵ハ三度射撃ヲ開始スルモ決死隊ハ意トスルコトナク猛然前進シテ城門ニ爆薬ヲ装シ遅レテ到着セル歩一一五聯隊配属工兵爆破班ヲ待チ合セ傍ナル城壁外ニ身ヲ匿ス轟然タル爆音ハ耳ヲ聾シ【火+蒙】々タル黒煙ハ天ヲ掩へリ爆薬ノ装着不完成ナル為カ城門ニ僅二匍匐シテ通スル程度ニ破壊セラレタルノミナリ
然レ共我勇敢無比ナル歩兵ハ第二大隊長児森少佐先頭トナリ城門内
ユ突入ス同時聯隊長ハ軍旗聯隊本部及軍旗中隊ノ一部ヲ率イ前方-一
アル部隊ヲ超越シテ城壁ノ破接口ヲ肇登シ崩壊スル土砂磯石一一悩マ
サレッ、強行ヲ統ケ突進シ聯隊本部書記浜曹長先頭第一ニ日章旗ヲ
城壁上一一打チ振リ軍旗聯隊長之-一統キ敵国首都南京城壁上ニ敵弾尚
羽飛ノ複軍旗ノ光ハ燦然トシテ斜陽一一輝キ仰キ観ル将兵感極リテ奮
進ス時当ニ午後四時七分ナリ
通信班ハ此等ノ経過ヲ逐一旅団ニ報告セリ
城門ノ爆破不十分ナリシタメ当初第二大隊本部笹沢曹長聯隊本部林一等兵第二大隊本部榛葉上等兵第二大隊長児森少佐ノ順序ニ突入セシカ爾後土砂ノ崩壊ニヨリ破壊口ヲ閉塞セラレ一時部隊ノ突進ヲ阻止セラレシカ以上ノ四名ハ寡兵奮闘克ク拠点ヲ確保セリ此ノ情況ヲ知レル工兵二殺到スル我兵ヲ抑制シ午後四時十五分第二回ノ爆破敢行ス轟然タル爆音ト共ニ一列通過ニ支障ナキ程度ニ開カレ火+蒙】々タル黒煙ニ掩ハレ一時咫尺ヲ弁セサリシカ煙ノ消ユルト共ニ第一大隊本部甘利曹長ハ第一中隊征矢上等兵ノ指揮スル軽機関銃ヲ率イテ突入シ一軒家ノ扉ヲ破リテ之レヲ占領シ逃クル敵ヲ猛射ス之ニ引続キ第八第七中隊陸続突入シテ第二大隊長ノ指揮下ニ入リ第一大隊長又第一中隊ヲ伴ヒ突入シ両大隊長ハ城内確保ニ就キ協定セリ此頃歩兵第百十五聯隊ノ一部混淆シテ突入セリ然ルニ第一大隊長ハ旅団ヨリ城外ノ警備ニ任スヘキ電話命令ヲ受領シ一旦城外ニ出ツルノヤムナキニ至レり
城壁上ニ於テハ破壊口嶮峻ナルタメ戦果ノ拡張遅々トシテ進捗セス聯隊長ハ躍起トシテ叱略激励シ滝沢少尉森下中尉小沢少尉声ヲ涸シテ之カ伝達ニ勉メ第二回ノ爆破以後漸ク進捗ヲ見ルニ至レリ
然レトモ執拗ナル敵ハ城壁上下ヨリ各種火力ヲ集中シ或ハ手榴弾ヲ投シ又ハ喇叭ヲ吹奏シツ、逆襲ヲ試ムル等城壁奪回ニ死力ヲ渇シタリ為ニ我カ死傷続出セシカ我カ兵ハ勇奮蹶起シ既ニ占領セル地歩ヲ確保シ各敵弾雨飛ノ裡ニ射撃ト工事ヲ反復実施シ極力戦果ノ拡張ニ勉ムルトコロアリタリ折シモ第三機関銃中隊長内田大尉ノ指揮スル一銃ハ破壊口ヲ攀登シ来リ機敏ニ陣地進入ヲナシ射撃ヲ開始セリ之ニ依リ敵ハ一時動揺ヲ来セリ我ハ歩一歩ト戦線ノ拡張ニ勉メタリ時ニ各隊混淆シアリシヲ以テ城門内ニ於テハ第二大隊長之ヲ整理区処シ城壁上ニ於テハ聯隊長直接此ノ任ニ当リ城外橋梁等後方警備ハ第三大隊長ヲシテ担任セシム
折シモ勇敢ナル通信手ハ聯隊長ノ許ニ電話ヲ開設セシカ彼我ノ銃砲声盛ニシテ聴取得サリキ
第一線部隊ハ漸ク弾薬特ニ手摺弾機関銃弾ノ不足ヲ訴フルニ至レリ折ヨク広陳鎮西北方ヨリ別路ヲ前進セシメタル桜井技術准尉ノ卒ユル聯隊小行李到着シ十分ニ弾薬ヲ補給シ得タルハ戦闘上特ニ士気上ニ与ヘタル効果預ツテ大ナルモノアリタリ
時間ノ経過ト共ニ各隊各々地歩ヲ進メ之ヲ確保スルニ勉ム日ハ西山ニ没シ暮靄漸ク四辺ヲ包ム頃ヨリ敵ノ火力次第ニ衰へ南京城東南角及城壁ハ確実ニ我カ聯隊ノ有ニ帰シタリ
此ノ間城壁上ニ於テ聯隊本部ハ森下中尉壮烈ナル戦死ヲ遂ケ小沢少尉旗手小山少尉及副官滝沢少尉相次キ負傷シ救急処置ノ儘後退ヲセス任務ヲ継続セリ聯隊長ハ軍旗ヲ擁シテ城壁内部ノ階段ヲ経テ城内ニ到リ具ニ内部ノ配備及児森少佐重傷ノ状況ヲ聴取ス当時ニ於ケル彼我ノ態勢附図第二ノ如シ
茲ニ於テ新ニ部隊ヲ整理シ既ニ奪取シタル地域ヲ堅固ニ保持シ夜ヲ徹スルノ決心ヲナシ左記要旨ノ命令ヲ下ス

歩兵第百五十聯隊命令
十二月十二日午後八時二十分
於南京城内東南角
一、敵ハ首都南京ヲ放棄シテ北方ニ退却セルカ如キモ一部ハ尚至近距離ニ止リテ我ヲ撃退スルニ汲々タリ
歩兵第百十五聯隊ノ一部ハ当聯隊ト混淆シツ、城内ニ進入セリ
二、聯隊ハ既ニ奪取セル地歩ヲ堅固ニ保持シ夜ヲ徹セントス
三、会田少佐ハ城内第一線部隊ヲ指揮シ現在ノ線ヲ確保シ敵ノ逆襲ニ対シ至厳ナル警戒ヲナスヘシ
一部ヲ以テ雨花門ヲ守備セシムルヲ要ス
四、内田大尉ハ城壁破壊口ヨリ右野口中尉ハ其ノ左側城壁占領部隊ヲ指揮シ城内ノ第一線ト密ニ連絡シ特ニ現在ノ線ヲ確保スヘシ
特ニ両側城壁上ヨリスル敵ノ逆襲ヲ警戒スルヲ要ス
五、第三大隊長大塚少佐ハ其ノ指揮ニアル部隊及第四中隊独立機関銃第五大隊ノ二小隊ヲ指揮シ城外ヲ警備シ城外ノ敵ノ逆襲ヲ警戒シ現在ノ線ヲ確保スヘシ
六、第八中隊ノ二分隊ハ軍旗ノ直接護衛ニ任スへシ
七、砲兵部隊ハ大逆襲ニ対シテハ友軍ニ危険ナキ地域ニ射撃シ得ル如ク準備スヘシ
八、通信班ハ前任務ヲ続行スヘシ
予ハ雨花門内第一線ノ直後ニ位置ス
聯隊長山本中佐
下達法
命令受領者ヲ集メ口達筆記セシム
日ハ没シタレトモ十日ノ月ハ沖天ニ懸リ剰へ南方ニ火災起リタルタメ城壁上ニ行動スル我ハ一兵ト雖空際ニ投影シ敵ハ其ノ都度迫撃砲白動火器ヲ以テ猛射シ我カ行動ハ大イニ制肘セラレタリ
夜ノ更クルニ従ヒ敵ノ火力ハ次第ニ衰ヘタリシカ大小ノ逆襲ハ数回ニ亘リ繰リ返サレタリ然レトモ第一線各隊ハ克ク陣地ヲ確保シ之ヲ撃退セリ
午前二時三十分頃関中尉ニ左記旅田命令ヲ伝達ス
〔旅団命令は五五七頁に掲載〕
注意
幹部ニ於テ露営火ノ警戒ノタメ(迫撃砲)至厳ナル注意ヲ要ス
右命令ニ基キ会田少佐ヲ招致シ第一大隊(第二第三中隊欠)野砲兵第百二十聯隊第八中隊及第五第六第七中隊第一機関銃中隊歩兵砲(二分ノ一欠)ヲ指揮シ十三日天明後ヨリ指定区域ノ掃蕩ヲ実施スヘク命シ通信班ヲシテ之ト有線連絡ニ任セシム午後五時兵力不明ノ敵大部隊ハ喇叭ヲ吹奏シツゝ大逆襲ヲ試ミタリシカ第一線諸隊ハ蹶然之ヲ撃退シ午前六時三十分頃ヨリ附近ハ全ク静穏トナリタリ
午前七時十分頃ヨリ掃蕩隊ハ至厳ナル警戒ヲナシツ、掃蕩ニ着手シ午前八時三十分既ニ武定門ヲ占領ス此頃歩兵第百十五聯隊ハ軍旗ヲ擁シテ城壁上ニ至リ万歳ヲ三唱セリ
当時第三師団ハ武定門ヨリ入城スル能ハサルタメ当隊ノ占領セル雨花門ヨリ入城セシメラレ度キ旨通報ヲ受ケ聯隊長之ヲ承認ス該師団ハ約一ケ中隊ヲ雨花門ヨリ入城セシメ内側ヨリ武定門ヲ開キ該門ヨリ主力ヲ入城セシメタリ午後五時掃蕩隊ハ担任区域ノ掃蕩ヲ完了ス同時頃旅団ヨリ両聯隊ハ掃蕩区域ノ北部ニ前進集結スヘキ命ヲ受ケ聯隊長ハ第八中隊ヲ率イテ前進シ第一大隊第二大隊ヲ区処シ第三大隊ハ依然前夜ノ位置ニヨリ後方ノ警備戦死傷者ノ収容糧秣ノ補給行李ノ掩護ニ任シ至厳ナル警戒ヲナシ夜ヲ徹ス