:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ 鐘の声 -ヘルマン・ホイヴェルスー

2019-03-17 00:05:00 | ★ ホイヴェルス師

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鐘 の 声

ーヘルマン・ホイヴェルスー

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イグナチオ教会では、このあいだも、鐘を鳴らして荘厳な式をはじめました。鐘の音を聞くと、子供の頃のなつかしい故郷のことが私の胸に浮かんで来ます。鐘の音は何と不思議な力を持っているのでしょう。

 鐘の音を一番楽しく聞いたのは――それは中学生の頃でしたが――土曜日の午後、とくにお祝いの日の前の午後でありました。学校が終わってから町の広場に行きました。そこには中世の昔から残っているゴシック式の聖堂がそびえていました。その高い塔からあしたの日曜日を告げる鐘が鳴り始めました。四つの鐘です。まず高い音のがなると、段々に一番低い音のまでが鳴りだします。四つの鐘は仲よく調和的に鳴りました。腹わたにしみ通るような重い鐘の声、その振動で町中の空気はふるえました。高い声の鐘はこの重いどっしりした響の上におどり上がるようでした。また、この音は天からの声、神の声のように響きました。六日間の労苦と勉強が終わって明日は喜びの日、日曜日なのです。私はじっと広場に立って、このやわらかい暖かい音の波を浴びながら、永遠の喜びが確かなものであることを感じました。

 私の兄もこの鐘の音を聞きます。しかし兄は機械に深い興味をもっていましたから、鐘の音よりも鐘そのものを見たかったのです。まもなく私たち二人は塔に登る許しをもらいました。条件としては今度の土曜日に少し鐘を鳴らす手伝いをしなければなりません。むろん私たちは喜んで約束しました。土曜日を一生けんめい待っていました。その日が来て、私たちは案内され、塔の中のほの暗い高い階段を登って行きました。てっぺんに着くととても広い「鐘の部屋」に入りました。まず目の前にある大きな鐘を眺めました。普通の教会でしたら、長い綱を下から引いて鐘を鳴らします。しかし、この鐘は大きくて違う方法で動かします。まだ電力のないときでしたから、鐘の上に丸太をつけて、その片方を足で踏みます。それにはまず梯子で鐘の上に登り、そのそばの台の上に立って両手で鉄の棒の手すりにつかまり、左の足は台の上においたまま、右の足で鐘の上の丸太を力いっぱい踏みおろします。すると段々に鐘は調子づいて動き出します。兄と私は一番大きい鐘には体力が足りませんでしたから、そのほかの方をうけもちました。そして小さい方は早く鳴りだし、大きくて重い方はあとからおくれてそれについてきました。これは鐘を鳴らすことの一つのわざであり美しさであります。このひびきをきく人は必ず町のあちこちに立ちどまってじっと耳をかたむけます。こうして私は一生けんめい鐘の音をつくり出して、塔の窓から四方に送りました。町の上をこえて、森までも、遠くの山までも。

 この聖堂の鐘は風に運ばれますと、五、六時間はなれたところまでもよくきこえました。こうして鐘のことを実際に経験しましたから学校でドイツ文学の時間に鐘をたたえる詩や場面は前よりずっとよくわかったのです。たとえばゲーテの「ファウスト」の中で、聖週間すなわち教会の鐘がならない期間のあと復活祭の始めに鐘が鳴るとき、絶望するファウストはそれをきいてふたたび生命に対して希望がわいてきますが、これは何と実感のこもった場面となったことでしょう。あるいはシラーの「鐘の歌」。これは長い詩ですが、始めから終わりまでとても面白くよみました。これは人生のよろこびと悲しみにともなう聖堂の鐘のひびきをきくようでした。

 私が若いとき聞いた鐘と日本で聞いた鐘とどちらがよいかなどきくのは、困った質問です。どちらもよいものでありますから。

 ハンザの都市リューベックにいたときのことでした。やはり土曜日の午後、どの教会からも無数の鐘がひびき、町中はそのメロディーにひたされました。私はうれしくてたまらず、そこに来ていたハンブルグ領事館の日本人の友だちに「これはとてもいいではありませんか」といいました。その方はただ「まあ、やかましい」とこたえました。

 またこれと反対に、私は最近ヨーロッパから来た友だちにお寺の鐘を紹介したいと思いました。するとその人はつまらなさそうな顔つきで「たいしたことじゃない、短調すぎる」といいました。

 でも、私は日本こそ西と東から世界のもっともよいものが集まって来るところだと思います。ふしぎにも鐘についてもそうなるらしいのです。

 三年前の八月六日、原爆の記念日に、広島で行われた大きな平和教会の献堂式に参列しました。そのとき高い塔から四つの鐘が鳴り始めました。全く夢のような気もちでした。完全な調和のひびき、深い平安の感じをおぼえました。人類が、これから先あゆむ道に対して新しい希望が湧いてきました。ところで私のそばに立ってこの鐘のメロディーをきいていた人は誰でしょう。むかしふるさとの町で鐘のところに一緒にのぼったほかならぬ私の兄でありました。そして、この平和の鐘を作った者も、実は同じ兄だったのです。

* * * * *

私が青春時代を過ごした四谷の聖イグナチオ教会は、敷地に入って右側にあった長方形の教会で、正面には上にステンドグラスの丸い大きなバラ窓があり、その下に尖塔アーチ型の三つの入り口があり、左側に高い鐘楼がありました。聖堂の入り口の反対側には藤棚があり、敷地の奥には米軍払い下げのカマボコ兵舎を使った司祭館がありました。

上智大学の最初の2年間はキャンパスの中にあった上智会館と言う学生寮の一室で、ともにイエズス会の志願者であった一学年上の森一弘神学生(彼は後にイエズス会を去ってカルメル会に入り、司祭になった後、東京教区の補佐司教になった)と同室で、毎朝同じ目覚まし時計で目覚め、一緒にホイヴェルス師の7時のミサ答えをしました。たまに、ホイヴェルス神父様が6時半のミサをたてられる朝は、代わりに7時のミサをたてるアルーペ管区長さまー後に世界のイエズス会のトップの総長になられたーにお仕えするのでした。

塔からは、朝、昼、晩にアンジェラスの鐘が鳴り響き、日曜、教会の祝祭日、結婚式、お葬式のときも、イグナチオ教会の鐘は高らかに鳴り響き四谷界隈の生活に溶け込んだ風物詩となっていました。時おり、NHKや民放の録音技師が、放送に使う音源として、イグナチオ教会の鐘の音をせっせと録音しているのを見かけたものです。

月日の移り変わりの中で、ホイヴェルス師は帰天され、木骨モルタル造りの聖イグナチオ教会の建物も老朽化し、いまのモダンな楕円形の聖堂に建て替わった後は、中世ヨーロッパの教会にあったような鐘は取り払われ、古き良き時代の四谷の風物詩も「時間の流れ」のなかに消えて行きました。

私も、いつか昔を懐かしむ年になり、あの頃輝いていた全国の教会も、久しい以前に船底が錆びて穴のあいた豪華客船のように浸水が始まり、静かに沈没の運命をたどっているかのようです。地方の末端の小さな教会では、豪華客船の最下等船室のように、膝まで海水につかり、牧者の司祭は不在、毎週日曜日のミサさえも途絶えがち、求道者は訪れず、お葬式ばかり増えて、その度に信者の数は減り、減ると閉じられて統廃合され、それでも信者の減少と高齢化に歯止めはかからず、・・・

それでいて、各司教区の例外的に活発な1-2の教会だけは、今も結構往時の賑わいを見せ、まるで豪華客船の特等室、一等室のように華やいだ装いを保ち、内装をあらためていっそう賑わっている感じさえあります。しかし、その間にも船底からの浸水は容赦なく続き、緩やかな沈没の運命はひたひたと忍び寄っています。

それにもかかわらず、抜本的な内部改革は行われず、助言には耳を貸さず、助けも求めず、新しい希望のある動きは締め出して、「誰にも迷惑をかけることなく、静かに店をたたんで、そっと歴史からフェードアウトするのが最高の美学」であるかのように、古き良き時代の習慣を墨守しながら無為に時間を潰している感じです。これは、何もカトリック教会だけではない、由緒あるプロテスタントの教派も、仏教も、神道も、およそ、まじめで歴史と伝統のある品のいい宗教が一律に直面している恐ろしい死にいたる病です。

流行っているのは品のない、なりふり構わぬご利益宗教だけです。それは、宗教の皮をかぶった、偶像崇拝に過ぎません。

なぜこんなことになっているのか?それは、言わずと知れた、世俗化と拝金主義です。文明から精神的は価値、超越的な崇高な価値へ向かう人間精神の高貴な部分が、この世で一番強烈な「神」ーお金の神様ーによって破壊され骨抜きにされてしまった結果です。

ホイヴェルス師が今帰ってこられたら、よい知らせを告げる鐘、世の世俗化に対して警鐘を鳴らすはずの鐘が沈黙してしまった教会をどう思われるだろうか、と思わずにはいられません。こんなことを言っている間にも、豪華老朽客船の最下層客室では、浸水は膝から腰へ、腰から胸へとじわじわ増え続けているのです。 

私はいま、もしホイヴェルス師がいま生きておられたら、一体どういう対応をされただろうかを心を澄ませて思い巡らせ、師がなさるであろう行動を自分も取ってみたいと思います。

 

 

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