新古今和歌集の部屋

尾張廼家苞 恋歌四 15

尾張廼家苞 四之下
 
 
 
 
 
 
 
 
          定家朝臣
尋ねみるつらき心のおくの海よ汐干のかたのいふかひもなし
上句はしのぶ山しのびてかよふ道もがな云々の意。此歌はすべてにより
                                 たる所なきを、何
事をいはるゝ
にかあらん。おくの海は、万葉三に飫海とあるは、四ノ巻にも
同人の哥飫海能海とあると同じくて、出雲圀ノ意宇郡の
海なるを、宇の脱たる也。然る飫字はよくの音なる故ニ昔誤り
ておくとよめる本のありしによりて、かくはよみ給へるなるべし。
下句は、須广巻にいせしまや潮干のかたにおさりてもいふ
かひなきは我身也けり。四ノ句は人の心の浅き意、五ノ句に貝をよせたり。
               一首の意、人の心のおくを尋ねみれば、浅き事
ゆゑ、いふかひなく
口をしき思ふと也。
水無瀬戀十五首歌合ニ 雅經
みし人の面影とめよ清見潟袖に関もる波のかよひ路
とめよは関の縁の詞。四ノ句は袖の波だを波といひて、清
見潟の縁に関もるといへるにて、畢竟はたゞ袖の涙
なり。みなよ
    ろし 通路といへるは、関といひとめよといへる縁
なれども、哥の意に用なくていかゞ。通路とは、なみだのながるゝ
                       道なり。下ににといふ字
をそへて心うべし。さてはいかゝなる事もなし。一首の意は、わが袖に
かゝる涙のながれ行所に、あひみし人の俤をとゞめ戀てみせよと也。 拾遺に、
むねはふじ袖は清見が関なれや烟も波もたゝぬ日ぞなき。
          俊成卿女
ふりにけり時雨て袖に秋かけていひしばかりをまつとせいまに
本歌秋かけていひしながらもあらなくに木葉ふりしく
                        えにこそ有けれ云々。初二句は、
袖にしぐれはふるにけりの意也。秋かけてとは、秋の日比にはあはんといひし也。其
                    契を待てあふ事もやと思ふうちに、袖に泪を
かくる
と也。秋かけていひしは、本歌の如く秋と契りし事也。本歌の如くと
                                云心はなし。
一首の意は、秋と契しが、空しく秋も過て、時雨はふりにけりにて、
其しぐれは涙をいへり。一首の意たがひ
               たる所なし。
かよひ來し宿の道芝かれ/"\に跡なき露のむすぼゝれつゝ
三ノ句は人のかれ/"\なるを兼て、跡なきは其人の通ふ跡のなき也。
結句は、我心のむすぼゝるゝ事をかねたり。一首は我おもふ人の、此比は宿の道芝と共にかれ/"\
になりて、ふみ分たる跡もなき露のむすぼゝるゝやうに、我こゝろもむすぼゝるゝと也。
 
 
 
※しのぶ山しのびてかよふ道もかな
伊勢物語
十五 むかし、みちの国にて、なでふことなき人のめに、かよひけるに、あやしうさやうにて、あるべき女ともあらず、みへければ
  信夫山忍びて通ふ道もがな人の心のおくも見るべく
女かぎりなくめでたしと思へど、さるさがなきゑびす心をみては、いかゞはせんは。
 
※万葉三に飫海
万葉集巻第三 371
 出雲守門部王思京歌一首  後賜大原真人氏也
飫海乃河原之乳鳥汝鳴者吾佐保河乃所念國
意宇の海の河原の千鳥汝が鳴けば我が佐保川の思ほゆらくに
 
※四ノ巻にも
万葉集巻第四 536
 門部王戀歌一首
飫宇能海之塩干乃滷之片念尒思哉将去道之永手呼
飫宇の海の潮干の潟の片思に思ひや行かむ道の長手を
  右、門部王、任出雲守時、娶部内娘子也。未有幾時、既絶徃来。
  累月之後、更起愛心。仍作此歌贈致娘子。
 
※須广巻にいせしまや~
源氏物語 須磨帖
「なほうつゝとは思ひ給へられぬ御住ひを承るも、明けぬ夜の心惑ひかとなむ。さりとも、年月隔て給はじと、思ひやり聞こえさするにも、罪深き身のみこそ、又聞こえさせむことも遥かなるべけれ。
   うきめかる伊勢をの海人を思ひやれ藻塩垂るてふ須磨の浦にて
よろづに思ひ給へ乱るゝ世の有樣も、なほいかになり果つべきにか」
と多かり。
  伊勢島や潮干の潟に漁りてもいふかひなきは我が身なりけり
ものをあはれと思しけるまゝに、打置き/\書き給へる、白き唐の紙、四、五枚ばかりを巻き続けて、墨つきなど見所あり。
 
※拾遺に、むねはふじ~
金葉集 三奏本 恋
 女のがりつかはしける
                 平祐挙
むねはふじそではきよみがせきなれやけぶりもなみもたたぬひぞなき
詞花集 恋上
 題しらず
                 平祐挙
むねはふじそではきよみがせきなれやけぶりもなみもたたぬひぞなき
 
※本歌秋かけて~
伊勢物語 九十六段 天の逆手
むかし、男ありけり。女をとかくいふこと月経にけり。岩木にしあらねば、心苦しとや思ひけむ、やうやうあはれとも思ひけり。そのころ、六月の望ばかりなりければ、女、身にかさ一つ二ついできにけり。女いひおこせたる。「いまは何の心もなし。身にかさも一つ二ついでたり。時もいと暑し。少し秋風吹きたちなむ時、かならずあはむ」といへりけり。秋まつころほひに、ここかしこより、その人のもとへいなむずなりとて、口舌いできにけり。さりければ、女のせうと、にはかに迎へに来たり。さればこの女、かへでの初紅葉をひろはせて、歌をよみて、書きつけておこせたり。
  秋かけていひしながらもあらなくに木の葉ふりしくえにこそありけれ
と書きおきて、「かしこより人おこせば、これをやれ」とていぬ。さてやがてのち、つひに今日までしらず。よくてやあらむ、あしくてやあらむ、いにし所もしらず。かの男は、天の逆手を打ちてなむのろひをるなる。むくつけきこと、人ののろひごとは、おふものにやあらむ、おはぬものにやあらむ。「いまこそは見め」とぞいふなる。
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