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翡翠色 オパール色 風の声

おひとりさまの人生 感じて 考えて 味わって(?)
草花とメダカに癒され生きています

ボリビアへ2 ~伝えられる智慧~

2008-08-17 | 旅、風の声に誘われて
            スクレのホテルにいたマリアさま 
               アンデスはスペイン軍に征服されキリスト教が席巻 なんだかね・・・





先日の、ウユニ塩湖に続き、ボリビアの旅のお話です。

ボリビアの首都ラパスの空港は、そもそも標高4000mにありまして、
24時間の長旅を経て、そこで「あぁ着いた」と手足を伸ばして寝こけると、
低地に暮らす日本人は、あっと言う間に高山病にかかります。
頭痛と吐き気。理由は簡単、空気が薄い。。。

そんな訳で、話は前後しますが、ウユニは旅の行程では最後の方で、
ラパスから最初に向かったのは、スクレという標高2700mの街でした。
経験的に言って、標高2500m位迄は、大抵の人は具合が悪くならないと思っていたからです。

スクレのお化けが出そうなホテルで1泊して、私は軽い頭痛と共に目覚め、
同行者はいきなり高山病で起き上がれず、1時間遅れで出発しました。
先が思いやられます。



       山奥へ、ガッタン、ゴットン。。。



午前11時。車を降りたところで最初に見た光景が、こんな風景です。




        誰もいない~!



どこの田舎に行っても共通しているのは、まず出てくるのは、必ずニワトリだと言う事。
うまいものでも、くれると思っているのか、はたまた生命の危機を感じているのか。
なんだか張り切って、こちらへ走ってくるのです。




   お~い!  誰かいませんかぁ~!   (・・・と、いう気分)


  ・・・


して、やっと・・・

   村人を発見! 



ロバもうろつき、昼日中から、のどかなこと・・・

こちらの建物は、日干しレンガを積んでつくられています。
普通は、家族でハンドメイド。



そこに出て来た1匹のワンコが、とあるお宅へ導いてくれました。(嘘ですけど)


            おぉ~!




女性達が織物をしておりました。
インディオの女性達の織り物の柄は、とても緻密で美しいものです。
糸を紡ぐところから始め、それぞれの色に染め、糸を左右に入れたり出したりして、
1ヶ月かかって、やっと1枚完成させるのだそうです。
自分たちで着る以外に、これを売って現金を得たり、物々交換で食料や家畜を手に入れたり。



柄は、自然や動物を模したものがほとんどで、この柄の違いが村の違いも表し、
近親結婚を避ける役割を果たしているのです。

数千年もの歴史をもつアンデスの様々な文化。
その叡智は、文字もなかった時代から、語られ、歌われ、またこのような柄によって、
21世紀の現代でも、脈々と受け継がれているのでした。

生きる為の智慧を持っている人、それが一番すごい人だと、私はあらためて思ったのでした。



               ボリビア酸欠の旅話はつづく・・・・いつかは未定だけど




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ボリビアへ1 ~白の世界~

2008-08-13 | 旅、風の声に誘われて
                                  

              日本は毎日暑いので、涼しげなこの1枚から・・・
              ここは、どこでしょう?


旅が好きだと公言しながら、これまで旅の話をちっとも書いてきませんでしたね。
実のところ、ここ3年程、とんでもない事が次々起こって、日本を一歩も出ておりません。

旅は、私の大きなエネルギー源。
旅に出ると、自分の居場所も、やるべき事も、ちゃんと見えてくる気がするんです。

日本に居ると、感動する事が少なくなってきています。
でも、旅にでると、必ずといっていい程、胸がいっぱいになる出会いがあります。

物は、いつかは使わなくなってしまうけれど、思い出は一生楽しめる宝物だと思っています。

物はいらないけれど、未知の世界に行きたい・・・

これが私のプライオリティー。
旅をする為に働いていると言っても、過言ではありません。

これまで20カ国位、仕事やプライベートで、あちこちに行きましたが
その経験は、色々な意味で大きな力になったと、確信しています。

これから時々、少しづつ、アルバムから写真を引っ張りだして、
私の見た事、感じた事を、お話させていただきますね。
へっぽこカメラマンぶり、世界中で発揮しております!

さて・・・

数年前、調べものをしていた時に、もの凄い風景の写真をみつけました。
真っ白な平原の中に、無数のサボテンが立っている風景です。




なんだ、ここ!? 


どこだろうと思ったら、南米のアンデスの高地、ボリビアの奥地の塩湖でした。
四国と同じ広さを持つ、世界最大の塩の湖、ウユニ塩湖です。


ここ、行きたい・・・ と思いました。



そして、行っちゃいました~!


ボリビアまでは、本当に遠かったです。
日本からアメリカのダラス、マイアミを経由して、ボリビアの首都ラパス迄、約24時間。
そこから国内線に乗り継ぎ、ポトシという世界遺産の銀山跡の街まで行き、
さらにボリビア空軍のセスナで、ウユニへという遥かな道。

セスナがウユニに近づいて眼下を見下ろすと、茶色い地面の向こうに、真っ白な世界が広がっていました。

ただのコンクリートの広っぱみたいなウユニ空港に着陸。(本当に空港!?)
そこは、標高3700 m。富士山の山頂みたいなもんです。

私たち一行は、4WD車に乗り換えて、サボテンの島を目指しました。
小型のセスナは苦手なので、よくダイビングで船に乗るTちゃん一押しの酔い止めの薬アネロンを、
朝、ホテルで飲んだら、車に乗った頃に効いて来て、眠いのなんのって・・・
なんせ、まわりは白一色。
ウトウトして目覚めても、まだ360°真っ白!

ちなみに雨期だと、水面が鏡のようになって更に美しいのだそうですが、
この日はほとんど乾いていていました。
まぁ、雨だと、車で走れない可能性も言われていましたので“よし”としましょう。




塩の切り出し場 ここで切り出した塩は、南米各地や北米へと輸出されています。
インディオのおじさん達が、とつとつと塩を切り出しておりました。

ちょっと寄っただけなので、写真は撮り損ないましたが、
ウユニ塩湖の中に、切り出した塩で作られたホテルがあります。
レンガを積んで家やテーブルやベッドを作るように、全てが塩で出来ています。
しばらく居たら、痩せそうな気がします・・・塩ホテルダイエット!?


           


そして、白い地平線を車で突っ走る事1時間。ようやくサボテンだらけの島が見えて来ました。

 島の名前は、その形から「魚の島」

のきなみ3-4mのサボテンが群生しています。みんな揃って、空に向かって万歳の形。
どうしてこんな塩っぱい所に、サボテンが育つのか不思議・・・
誰かが植えたとも思えないですしね。

こんな高い場所に、塩の湖があるのは、太古の昔、ここが海だったから。
地殻変動を繰り返し、ものすごい力で海底が山に姿を変えたのです。
地球のパワー、思い知らされました。




島には、無数のサボテンの他、立ち寄る観光客の為の小さなレストランと売店、トイレなどがあります。

観光客は、他に3-4人だけ。
土産物は、荷物に詰めたら壊れそうなサボテン細工。

ランチは、この旅で毎日のように食べて来た、固い牛肉を挟んだバーガー。
この国に、他のランチの選択肢は、ないのでしょうか?

どこに行っても水洗トイレなのに、水が出た試しがありません。
まぁ、仕方ないですが、どうしたもんでしょう。。。

        

往路は、ウキウキしていたものの、帰りのセスナは、長距離飛行。
この飛行機で大丈夫かね!?と不安になる6人乗り(含むパイロット2名)。
あたりの山は5000m級、そこを飛ぶのですから、高度6000m位超えの筈。
どう考えても、気密性がちゃんとしているように思えないのです。
一緒の3人は、みんなぐったり寝ていました。
私もウトウトしましたが、段々と金魚みたいに、口ぱくぱく・・


くっ、空気、ほしいの・・・ 



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同じ時が流れる、それぞれの場所

2008-07-21 | 旅、風の声に誘われて
       森の中、時折、やさしい姿をのぞかせる萩の花


私が毎日眠りにつく前に、思いを馳せる風景があります。
それは、北海道の山の風景。
先日、北海道に行っていたのも、この場所を見に行くのが目的の一つでした。

十数年前、父が何を思ったのか、丸坊主の山を買いました。
ひと山ではなく、山の土地の一部ですが、家族一同、唖然としました。


時はバブル、日本中の山が切り崩され、ゴルフ場になって行った頃。
すでに閑職であった父は、鳥を見るのが好きで、果物を買っては
事務所の窓辺に置いて、鳥達がついばみにくるのを眺めていました。
そんな野生の生き物たちの住処が、失われて行く事が、悲しかったのでしょう。
どんなに日本中が開発されても、この山はそのままにする、と言っていました。


カラ松や楢などを植林をした年の秋に、その場所を見に行きました。
「あそこから、あそこまでが、お宅の土地です」といわれ、
小高い場所から、錦絵のような全景を見渡しました。
22万坪というと、皇居の内堀と同じ位の広さらしいですが、
山にしてみると、そこからそこまで、という広さ感でした。


その頃、カラ松の子供達は、私の背丈位。
てっぺんが丁度、エゾ鹿の顔の高さと同じ位で、柔らかい穂先を食べられてしまい、
沢山の木が枯れてしまったそうです。

          

父が亡くなった時に、管理をして下さっている森林組合の方にご挨拶がてら訪れ、
今度が、3度目の旅。
森林組合の4WDの車に乗せていただき、山へ向かいました。



舗装道路を外れて、山道を走る事30分、
こんな所に門はいらなさそうですが、一応敷地の入り口には門があります。




かつて、敷地全体を見渡せた場所も、すっかり木が育ち、
遠くの山が少し見えるだけになりました。




一昨年、間引きの時に運搬路確保の為に付けた道で、車が入れる限界まで更に15分。


木は競争させないと育たないそうで、
当初植えた本数から十分の一位まで、順次間引きをしていきます。
なんだかもったいないような気もしますが、間引かれた木は、紙や割り箸の原料になるのです。

大抵の方はご存知ないと思いますが、今、日本の林業は危機的状況で、
樹齢35年迄は、政府の補助金で、このような作業の費用はまかなわれています。

自費で全てをまかなうと、安い輸入材におされている今、
日本の山で木を育てる人がいなくなってしまうのです。
日本中の山が丸坊主になったら、木がCo2を吸ってくれる事もなくなり、
温暖化に拍車が掛り、大変な事ですよね。

しかし、ご存知の通り、日本の財政事情も厳しくなっているので、
3年1度の間引きは、今年から5年に1度に引き下げられ、
木の成長に問題がでるのではないかと危惧しています。

ただ、ロシアや東南アジアでは、日本があまりに森林伐採をしてしまったが為に、
すでに輸出規制が始まっており、また国産の木に注目が集まっているとも聞きました。

うちの木が大きくなる迄あと20年位。どうなる事でしょうか・・・



間引きをした後は、風の通り道ができ、木も枝を伸ばして成長します。
途中に抜けてきた国有林では、手つかずで、斜めに伸びたり、倒れたりしている木を沢山みました。
山を循環させて行くのも、人の手が必要なんですね。
木を人間が使わないのであれば、自然のままがいいとも思うのですが・・・



車から降りると足下には熊笹がびっしりと生え、蕨や蕗や萩の花・・・
沢山の蝶や虫が飛び回り、聞いた事のない声で鳥達がさえずっていました。

雪は多くないものの、冬になると零下20度迄下がり、
カラ松の下の枝から葉が落ち、足下の草花は朽ちて、またその地の養分となり、木を育ててくれます。

           

帰りがけ、人里近いところで、えぞ鹿の親子と遭遇しました。
地元では、食害の被害が深刻なのだそうですが、
どうしてそんなに増えてしまったのか、どうして彼らの生きる場所がなくなってしまったのか、
害獣という呼び方に、とても違和感を感じました。

松の皮を食べてしまう野ネズミも、ここ数年減ったのですが、
それは近年、雪が少なくなり、キタキツネが動きやすくなって、
冬でも野ネズミを穫る事ができるようになったからだそうです。

           

私が帰った後も、その場所は、朝を迎え、夜を迎え、
生き物達は、そのサイクルの中で、生と死を繰り返して、時は過ぎて行きます。

少しづつ、何かが、歪んでズレながら・・・

その静かで、大きなうねりのようなものを、
いつも眠りにつく前に、私は感じているのです。


羽田空港 月と角

2008-07-18 | 旅、風の声に誘われて
      空港の夜景は綺麗ですね 滑走路の灯りを見るのが好きです






夜のデッキは、なかなかよい雰囲気で、デート向きであります・・・蒸し暑くさえなければ



子供の頃、飛行機が大好きだった父に連れられて、よく羽田のデッキに飛行機を見に来ました
ビッグバードと呼ばれる前の古い建物で、まだ成田空港が出来る前の事です


初代「アテーションプリーズ」と「兼高かおる世界の旅を何よりも楽しみに見ていた私は、
いつか飛行機に乗って、テレビの中の世界に行くのだと、
その玄関口である羽田は、父と同じようにお気に入りの場所でした




今では、すっかり様変わりして、未来都市の縮図のようにも見えます





満点の夜空です



     なんでしょう?




なになに・・・月の形と牛の角が似ているので、牛は天体の運行を司る使者だと 



    なるほどー・・・
               








     たしかに!



羽田空港の牛さんに守られて、今日も飛行機は無事に飛んでいるのでした・・・たぶん


               

             


あの時から40年たった今でも、私は飛行場が好きです




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