紀州犬 熊五郎物語 北に渡り、羆斃した名犬の血
甲斐崎 圭 著 ヤマケイ文庫 / 2018.7
人と犬との付き合いは古く、世界的にはメソポタミア文明の時代に、日本では縄文時代にまで遡るといわれる。
人は盲導犬や警察犬など、様々な分野で役に立つ犬を作り出してきた。
しかし、「猟」という犬本来の本能に不可欠な犬もいる。
北海道の羅臼に本来はイノシシを獲る紀州犬でありながら、エゾシカや熊の猟に目覚めた一頭の天才的猟犬がいた。
名猟犬の血を正統に受け継ぐ紀州犬「熊五郎」と犬を取り巻く人々との共生の姿を描く。
第一章 紀州犬伝説
狼の血、天然記念物指定と呼称統一、猪と闘う犬伝説の紀州三名犬、ほか
第二章 「熊五郎」誕生
名犬の血、最果ての地へ、ほか
第三章 エゾシカとの闘い
宿命の糸、エゾシカを単独猟、牛を追う熊五郎、ほか
第四章 ヒグマを斃す
最果てのカムイ、追跡能力、魚獲り、「迎え芸」、ほか
第五章
危機一髪
魔の大角、悪夢のような一瞬、ほか
第六章
あくなき闘志
欺きの果て、親子羆との闘い、凄まじき魂、ほか
補筆 熊五郎、イチ、その後
素晴らしかったです。
人と犬がお互いを認め合い、一体となった、奇跡のような絆に心から感動しました。
本来、猪猟をする紀州犬が、北海道羅臼にやって来て、ヒグマやエゾシカを仕留める立派なマタギ犬になった熊五郎のお話です。
日本犬は頭がいいです。勘がいいです。自分で考えます。
名犬の血を引く熊五郎の素晴らしいDNAを思う存分発揮させられるのは素晴らしい飼い主の存在があってこそです。
犬が信頼を寄せ、この人が大好き、この人の力になりたい、この人とずっと一緒にいたいと思わせる存在でなければならないのです。
熊五郎の才能や本能を見守りつつ見事に発揮させた飼い主の中川さんの器の大きさに尊敬の念を抱きました。
伝説の紀州三名犬と言われる「鳴海のイチ」の血を引く熊五郎のエピソードは恐るべきものでした。
名犬の血統を守ってこられた方々のお陰で、こんなにも素晴らしい人と犬の絆を知ることができました。
戦中戦後、日本犬の血統を守る為にご尽力され、本当にご苦労された方々に感動すら覚えますが、今日、豆だの小豆だのと、体を小さくさせる為に餌を減らしたり、小さい洋犬と掛け合わせたり、本来の日本犬の姿を失っている現状をどう思われるだろうと思いました。
最後に、当然、熊五郎は年老いていきます。
若犬の頃の生き生きとした素晴らしい姿や能力は衰え、熊五郎自身もそれを気付き始めます。
そんな状態を熊五郎はどう受け止めたのだろう…と思うと、先を読むことができないくらい涙が溢れてきました。
熊五郎の血脈はしっかりと受け継がれ、熊五郎は息子のイチと暮らしました。
熊五郎亡き後は、熊五郎の孫にあたるゲン太が羅臼にやって来ます。
素晴らしい紀州名犬の血統が北海道でも受け継がれていることに喜びを感じました。
熊五郎の心の声(?)が、正しい北海道弁で書かれているのがとても可愛かったです。
紀州の名犬の血を受け継ぎ、紀州で生まれ、猪ではなくヒグマやエゾシカに立ち向かい、そして、見事な北海道弁を喋る(喋ってはいないけど)熊五郎が可愛くもあり、熊五郎を立派かつ可愛らしく、かつ、自然体で才能と本能を何より大切にした飼い主さんに多くを学ばせていただきました。
犬(日本犬)と暮らすことは安易なことではなく、飼い主の覚悟や知識や経験が必要なのだと改めて思いました。