< 友江あつし 政治活動 草稿 >
岐阜県多治見市の 岐阜県会議員選挙の話です。
候補者は3名
- ①友江あつし・・自民
- ②今井るる・・立憲民主党から自民に転身、話題 の26歳女性
- ③判治康信・・立憲民主
最初に話しておきますが、私は自民党ではありません。政党はなんでもよい
「なんでも党」です。
人物がよければ、それでいいのです。
- 現在岐阜県の県会議員は全部で何名いるか知っていますか? 46名です、 46名中自民党が何人いるでしょうか? なんと、32名の圧倒多数で約7割を占めています。
民主党系は何名?たった6名です。公明2、共産1名で、正直なところ自民のひとり勝ちです、県会の議長、副議長は自民党がこれまでずっーと独占しています。
★岐阜県の法律である【条例】も、ここ数十年、全部 自民党が作って
います。 例えば、岐阜県自然環境保全の条例、岐阜県の公害防止条
例、岐阜県の産業廃棄物の適正処理に関する条例・・・
野党が 作った条例は ひとつもありません!
<県会議長・多治見>
- 多治見出身の自民党・議長では、昭和60年の古庄三六さん、平成13年の宮嶋和弘さんがおられます。 昨年副議長を務めた山本さんが5年後には議長になる予定でした。
<次に革新の高木君について>
- 民主の高木君は「岐阜県を変える男!」という大げさなキャッチフレーズで売り出してきましたが、 岐阜県を変えるなんて、そんな大それたことは自民党でなければできません!
- 〔野党にいては、条例一つ作れません!〕
- ちまたでは、“高木県議は古田知事に非常にかわいがられていて、
- 山本さんは、うとんじられている” という全く間違った情報が流されていますが、そんなことは、ありえません! 全く逆です
<山本政治活動>
- 山本さんの政治活動です。
山本さんは多治見市・市会議員選挙で、なんとトップ当選した経歴を持っています。
★今から20年前、39歳のとき山本さんは、トップ当選の勢いをかって、3期目の西寺市長・59歳に、多治見市長選挙でいどみましたが惜しくも敗れました。
その後、県会議長の「宮嶋かずひろさんのあとがま」として県会議員選挙に立候補しました。4名中トップ当選、二位はあの高木県議でしたが5000票の差をつけています。
その後16年間、県会議員をコツコツとやってきた山本さんは、今回(このままいけば県会の議長になれるのに)
「なんとしても多治見市に尽くしたい!
自分が市長にならなければならないんだ!」
という強い思いで、市長選挙に出ることを決意されました。
<あとがま>
- 問題はそのあとがまでしたが、この友江あつし君という格好の青年があらわれました。36歳です。
友江君は、ワセダ卒業後、「共同通信」という会社に入り、記者をやっていました・・・
共同通信というと 知らない人も多いとおもいますが、大会社です。
「なにをしている会社か」いうと・・・日本国内、 国外のニュースを取材し
て、NHKや中日新聞、岐阜新聞、毎日新聞など日本のほとんどの報道機関に、
ニュースを配信しています。
私達が日頃 目や耳にするニュースの多くは、共同通信を通して入って来ると言っても過言ではありません。
<友江君経歴です>
- 友江君は、多治見の根本小学校、南姫中学校から多治見北高、早稲田大学と進みました
★共同通信社は入社するだけでもむつかしいのに、そこで、花形の「番記者」というものをやっていました。
番記者というのは、日本、世界、で注目すべき人物に、朝から晩まではりついて(番をして)取材するのが仕事です。
★友江君は、あの「安倍総理大臣」に朝から晩まで、張り付いて、総理大臣の行
動を取材するという大仕事をしていました。
日本最高機密の場所である「総理大臣の官邸」に出入りして情報をつかむわけで
すから政治の裏も表も知り尽くしています。
いっちゃあなんですが、そんな経歴をもつ人物は岐阜県議会にはいません。県会議員にはもったいないような男です。
★その彼が、昨年の早い時期に「山本さんのあとをつげるならば、会社を辞めて
県会議員になりたい」と新しい道に進むことを決意しました。
★友江君が県議になることを決意した時点では、
市長選挙は、吉田市会議員と山本さんの二人が候補者でしたから・・・自民の県議は友江君、民主は高木君と、二人の指定席となりました。
「これで自民県議の席は決まったようなもの」と、私も考えていました。
<一大事件>
- ところがここで友江君にとって、天から、降ってきたような、一大事件がおこりました。
皆さんご存知の今井ルルさんの自民党への転向と 県会議員立候補です。
県会議員予定候補者は2名から、3名になってしまいました。
♦実は、一年半前の衆議院選挙の時、「立憲民主党」から出たるるさんは、
そのとき、私の事務所にやってきました。
「自民党の古屋さんに勝つため」私に「応援弁士をやってほしい」と頼みにきました。
(なんでも党の 私は、こりゃあおもしろいはなしだなあ、とおもい
ましたが・・)
♦しかしその時は、もう山本さんが多治見市長に出ることを決めていましたから・・・
「私は、一年半後の市長選挙で、なんとしても山本さんを当選させなければ
ならん! (それがなければ、あんたの応援はやってやるが)
、
今回は残念だけれど、出来ない、やれないよ!」と言って断りました。
<るる 再び 応援依頼>
しかし、一年半たって,市長選挙、県会議員選挙の活動がはじまったとき、状 況ががらりと変わりました。
今年の一月・・・・、るるさんがまた私の事務所にやってきました。
「わたし、実は自民党に入りました。山本さんも応援します。子育てを中心
とする政治の仕事を自民党でやっていきたので是非応援して下さい!」
とたのみにきたのです。
★今年1月は、世間の風はきびしく、
「ルルは、裏切り者だ」「あんなやつは絶対許せない!」
という町の声が相当強かったのです。
「立候補しても落ちるんじゃないか?」と思い、応援してやるつもりでいました。
<るる 強し 現況>
- しかし、それから、1月、2月、3月と二ヶ月半たった現在の状況は・・・
- ルルさんの個人的人気は、上昇 爆発的になっています。
- 先日も野田聖子代議士が来たとき産文センターをのぞきましたが、500~600名の聴衆イッパイで、熱気ムンムンの会場でした。
★立憲民主党で支持していたルル批判票は二割くらいが逃げるだけで、
今度は自民からの票が入ります。
今でもテレビがあとを追っかける知名度などで、ぐんぐん票をのばして
きています。
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次に 立憲民主の 判治康信君です (続く)
続く
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