昨日の早朝、次姉が家にやってきて珍しくラーと話し込んでいる。
彼女はラーと違って一切の無駄口をきかず、用件を手短に済ますとさっさと田んぼの草取りや牛の世話に出かけて行くのが常なのである。
どうしたのかと思っていると、先日【いわく付きの土地】に書いた裏の土地の件だった。
「あのね、クンター。昨夜、土地の持ち主が姉の家にやってきて、15,000バーツに値下げするって言ったんだって」
どうやら、酔っ払ったミスターオッケーにカマをかけておいたのが効を奏したようだ。
「でも、なんで彼は直接ウチに来ないんだ?」
「たぶん、あたしと喧嘩したくないからだよ。病院でも、さんざんいじめてやったからね」
そういえば、先月ラーが6日間入院したとき、彼も大部屋のベッドに横たわっていた。
ラーによれば、彼は裏の土地を買い取ってから不運続きで、家を手放したり何度も病気をしているらしい。
そんな彼を冗談まじりにいびったというのだから、土地にまつわる恨みは相当根深いようだ。
まあ、何はともあれ、直接交渉なしに向うが勝手に3,000バーツも値下げしてくれたのだから、こちらに言うことはない。
*
晩飯を済ませて、甥っ子のジョーと3人乗りで彼の家に向かった。
バイクを道端にとめて、草っぱらに伸びた細道を歩き出す。
あたりに電灯はなく、足元がまったく見えない。
勝手知ったるはずのジョーも、道を間違えたくらいだ。
ふと足を止めて空をあおぐと、満天の星である。
星空には詳しくないが、天の川と思える光の帯がくっきりと浮かび上がっている。
一度は家を手放したと聞いていたが、良材をふんだんに使った立派な家である。
おそらく、伐採禁止になる前に建てたのだろう。
柱も、村では珍しい角材だ。
しかも、内壁には横板を通して、これまた村では珍しい棚をたっぷりと備えている。
「彼の一族は、水牛をいっぱい飼っているからね。基本的には、お金持ちなんだよ」
声をかけて家に上がり込むと、寝ころんでテレビを見ていた主人が、体を起こしてワイ(合掌礼)を送ってきた。
しばらくは、そばに置いてあった娘の写真に話題が集まった。
それから、ラーと女房がちょっと言い争うような雰囲気。
「どうした?」
「もう500バーツまけろと言ったら、これ以上は無理だって・・・」
「ラー、もうそんなに頑張らなくてもいいよ。ここらが収めどきだ」
「うん、わかった」
登記証を受け取り、ジョーを経由して現金を手渡す。
現金授受のときは第三者を介するのが、カレン族の正式な流儀なのだという。
牧場用土地売買のときには、相手が従兄だったので略式にしたというわけだ。
あとは、郡役所に行って手続きを済ませるだけである。
*
今朝目覚めると、ジョーがさっそくわが家のものになった土地に入り込み、実ったバナナを刈り取っている。
境界線には一応、竹の柵や鉄条網が張り巡らせてあるから、とりあえずは草刈りと簡単な地ならしをすればいい。
噂を聞きつけた隣家のメースワイと親戚の男が、さっそく「草刈りをやらせてくれ」と押しかけてきた。
自分でゆっくりやろうかと思っていたのであるが、長靴を履いて急斜面の再検分をしているだけで汗だくになり、息があがってしまった。
まあ、ここは他力本願でいくことにしよう。
*
金網の垣根を一部取り払い、鎧兜をまとった気分で草ぼうぼうの土地に大股で踏み込んで行くと、「ここはわが領地なり」という実感がこみあげてきた。
ざっと刈り払われた草を踏みしめて、見通しの良くなった南端に立つ。
今まで見えにくかった山並みや棚田の緑が視界に入るようになり、なかなか爽快である。
高床式の書斎を建て、必要最小限の竹を切れば、もっと眺望は広がるはずだ。
うーん、早くも山上の砦の主になったような気分である。
「騎馬三千で、一気に攻め込むか・・・」
ひとり妄想にふけっていると、ラーが声をかけてきた。
「クンター、本当にありがとう。おかげで、父が遺してくれた土地を取り戻すことができました。これから、母親のところに報告に行ってきます。きっと、大喜びするよ」
「そうか。よしなにはからえ。道中、抜かるでないぞ」
私も、かなり単純である。
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貴ブログの更新がしばらく途絶えていたので、体調でも壊されたかと気になっておりました。お元気そうで、なによりです。おっしゃる通り、村の人たちはお金がなくなるといとも簡単に土地を売ってしまいます。そのおかげで、バナナ園も牧場用地も裏の土地も格安で手に入ったのですが・・・。
領地奪回おめでとう御座います。
家内の友人でも、様々な理由で土地を売っています。近所をバイクで走っていますと、此処は誰々の家だったんだ、これこれで売ったんだと話してくれます。日本で生まれ育った我々にとって土地や家は容易く売買出来る物ではないので、考えてしまいますが・・・
続報、楽しみにしています。