【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【クラプトンを聴きながら】

2009年09月21日 | オムコイ便り
 今日は朝から、訪問者が絶えない。

 まずは、建替え用の床・壁板を200枚切り出してくれるというラーの友人二人組。

 こういう場合、必ず焼酎宴会になるのであるが、彼らは1~2回の献杯の応酬でさっと切り上げて仕事に戻ってくれたから、ホッとする。

 次ぎに、梁用の材を安く調達してくれるというラーの従兄。窓口が複数なのは面倒だが、材の種類と寸法が違うので、切り出す山の場所も違ってくるらしい。

 ひと息入れていると、今度は久しぶりに帰省したという隣家の長男が挨拶に来た。

 そこへ、隣家の主プーノイとミスターオッケーが、千鳥足でやってくる。

 どこかで、寄り合いがあったらしい。

 こうなると、また焼酎を出さざるを得ない。

      *

 やれやれと思っているところへ、今度は白髪交じりの髪を刈り上げた見知らぬ男がよたよたした足取りで庭に入り込んできた。

「この人、英語がとてもうまいんだよ」

 ラーが、前置き抜きにこう紹介する。

 聞けば、彼はプロのミュージシャンで、私たちがよく行くチェンマイのライブハウスで長いことプレイをしていたという。

 ところが、アヘンを吸っていたところを警察に踏み込まれ、2年半の実刑をくらってしまった。

 チェンマイの刑務所で半年、メーサリアンの刑務所で2年の刑期を務めあげ、つい2日前に村の実家に戻ってきたばかりなのだそうな。

      *

 ムショ帰りといえばちょっと身構えたくなるが、彼はとても物静かで知的な風貌をしており、消え入りそうな声で、だがなかなか流暢な英語を話す。

「刑務所に入ってから不眠症になって、何種類もの薬を処方してもらったんだ。どうも、その副作用が出たらしくて、目まいがしたり、腹の奥にいつも何かが詰まっているような感じがずっと続いて、身体の中のエネルギーがすっかり消えうせてしまった。それに、受刑者のひとりに棒で背中を殴られてしまって、それからのろのろとしか歩けなくなったんだ・・・」
 
 刑務所のことなど思い出したくもないだろうから、話題を変えることにした。

「どんな曲が得意だったの?」

「ブルースやロックンロール。静かなバラードも好きだよ。たとえば、こんな曲」

 そう言って口ずさんだのは、なんと谷村新司の『昴』である。

「おお、それはジャパニーズ・ソングではないか!」

 私も、久々に懐かしいメロディを唱和した。

「ところで、エリック・クラプトンなんかどう?俺、ハイドパーク・コンサートのDVD持ってるよ」

 途端に、生気のなかった彼の瞳に火がついた。

「クラプトン?彼は最高だよね。ギターが抜群な上に、曲も詞も書けて、歌まで歌えるんだから」

 さっそく家に呼び込んで、クラプトンのDVDをセットする。

 冒頭に流れる数万人と思える大観衆の映像を目にした途端、「ろろろろ・・・」というカレン族独特の感嘆の声をあげた。

 あとは、食い入るように画面を見つめている。

 おそらく、2年半ぶりに聴く洋楽だろう。

 私にとっては見慣れた映像であるが、隣りで見ている中年男の人生が重なり合ったからだろうか、とりわけ『オールド・ラブ』のむせび泣くようなフレーズに鳥肌が立った。

        *

 クラプトンの次ぎにギター弾きの彼が選んだのは、サンタナでもジミ・ヘンでもなく、ニール・ヤングだった。

 理由は、「今まで聴いたことがないから」。

 でも、さすがに『スイート・キャロライン』のフレーズには聞き覚えがあったようだ。

 ここで、ラーがプラニン(養殖魚)の唐揚げの昼食を用意した。

 ついつい、話題が刑務所に戻っていく。

「飯はどうだった?」

「もちろん、まずい!」

「飯の時間は?」

「朝飯が7時半、昼飯は12時で普通だけど、晩飯はなんと3時だよ。そして、消灯が9時半」

「3時!それはきついなあ。不眠症でなくとも腹が減って眠れないよな。でも、売店はあるんだろう?」

「うん、小さなね。でも食い物は、菓子かマーマ(インスタントラーメン)くらいだよ」

      *

 今日は一日中家で音楽を聴いてもらっても構わないと思っていたが、さすがに疲れたらしい。

 すぐには立ち上がれず、ベランダまでいざるように進んで、それからゆっくりゆっくり膝と腰を伸ばしていく。

 まあ、アヘンは自業自得としても、背中をやられたのはとんだ災難としか言いようがない。

「今日は、歓待してくれて本当にありがとう」

「どういたしまして。音楽が聴きたくなったら、いつでもいらっしゃい」

 ワイ(合掌礼)、さらに握手、最後には丁寧な目礼までして、そろそろと歩き出す。

 刑務所暮らしで一番辛かったのは、まずい飯でも空腹でも理不尽な暴力でもなく、ギターが弾けなかったことだという(チェンマイの刑務所には音楽室があったが、メーサリアンにはなかった)。

「英語はなんとかこうして忘れずにしゃべれるけど、ギターの腕はすっかり落ちてしまったよ」

 果たして彼は、プロのミュージシャンとして長い長いブランクと肉体的ハンディを乗り越えることができるだろうか。

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