11月13日、金曜日。
「クッテイアオのスープを仕込むから、先にお店に行くね」
ぼんやりした頭で時計を見ると、朝6時である。
なにしろ、昨日の夕方からくしゃみと咳が出だして、今朝は鼻水がとまらない。
唾をのみこむと、右耳の奥が痛む。
どうやら、ラーに風邪を移されたようだ。
やっと7時に起きだして、焚火の前で薬草茶をすすっているうちに、耳の痛みは治まった。
もうひと眠りしたいところだが、麺屋の開店日なのだから、そうも言ってはいられない。
冬用のウインドブレイカーを羽織って庭に出ると、霧が深い。
何か運ぶものが出てくるかもしれないので、クルマのエンジンをかけた。
*
1分で店に着くと、店先にはすでに野菜が並べられている。
ぽつぽつと客があったようだ。
店の中にはゴザが敷かれ、ラーと助っ人のチョッピーが仕込みの真っ最中だった。
小臼で搗いたニンニク醤油を豚骨に擦り込み、豚皮を刻んで油で揚げる。
そこへ、牛の世話を終えた甥っ子のジョーが応援に加わった。
私にできることは、洗いものくらいだ。
チャンマイで買ったランパーン製の陶器どんぶり(鶏の図柄が特徴)、箸、チョーン(アルミ製スプーン)、ビール用グラス、水用カップ、ナームケン(氷)用クーラー。
洗い始めると、切りがない。
ひと段落して、隣家との間の空きスペースに調理台と、テーブル、椅子をセットする。
丁寧にならしておいたはずなのに、留守の間に大雨が降ったらしく、どうも落ち着きが悪い。
昨日、家の庭から移すはずだった木と竹の調理台は、ジョーが風邪を引いたので、途中で放り出されたままだ。
「ラー、今日のところは調理も食べてもらうのも店の中の方がいいんじゃないか」
「そうだね、台がこんなにぐらぐらしたら調理ができないよ」
その間にも、村長の妻や友人、知人、通りがかりの人などが次々に店をのぞきにやってくる。
「クッティオアはまだできないの?」
「仕込みがもう少しかかるから、野菜でも買って待っててよ。そうだ、洗濯しても破れないしっかりした下着もあるよ」
「ラーは、商売上手だねえ」
しばらくすると、山奥の村に住んでいるラーの軍隊時代の友人がやってきた。
「子供たちにも食べさせたいから、持ち帰りを3つ作ってくれる?」
「オッケー。あんたが一番最初の客だから、うんとサービスするね」
*
村長がやってきてクッティアオを食べ始めたところで、氷がないことに気がついた。
飲み水の方も、ちと心細い。
町に買い出しに行って戻ってくると、とりあえず置いたふたつのテーブル(8席)が満杯になっている。
我が家の庭でやっていた時とは違って、見ず知らずの人やいかにも山から降りてきたという雰囲気の人もいる。
どうやら、雑貨屋に寄った人たちに家主が宣伝してくれているらしい。
あわててどんぶりとカップを洗って裏庭に干しに走ったが、その後も午後2時過ぎまで客足は途絶える事がなかった。
3時前に、やっと今日初めての飯にありついた。
もちろん、ラーの特盛りクッティアオである。
チョッピーが揚げてくれた豚皮がちょっとばかり油くさいが、あとは合格点だろう。
「うん、これならいけるぞ」
「そうだね、みんなおいしいって言ってくれたよ。でも、あたし風邪で鼻がつまって、味がいまひとつよく分からないんだ」
「・・・」
ひと息つくと、急に頭がぼんやりしてきた。
少し、熱もあるようだ。
「クンター、野菜もぼちぼち売れてるから、あとは下着販売にも力を入れないとね」
「そういえば、ナマズはどうした?」
「あ、忘れてた!そういえば、誰も買わないねえ。アハハハハ」
「・・・」
☆応援クリックを、よろしく。