【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【続・ピー様の話】

2011年01月11日 | オムコイ便り

 昨夜から明け方まで、小雨が降り続いた。

 乾ききった庭の土や畑がしっとりと湿り、空気が生暖かい。

 午前9時の気温は17℃くらいで、とても過ごし易い。

      *

 さて、昨日ピー(霊)について「私自身はまだ見たことがない」と書いたのだけれど、村人たちが遭遇した“ピー現象”については何度か目の当たりにしたことがある。

 それは2年ほど前のことで、いずれもナームトック(滝)の上にソムタム(パパイヤサラダ)を出店したときのことであった。

      *

 出店に際しては数人の親戚が手伝いにきてくれたので、夜は当然宴会である。

 そのまま柔らかい砂地の上にゴザを敷いて眠り込んだのであるが、深夜から明け方にかけて、その親戚たちがごそごそ動き回っている。

 心地よく酔った私は、そのまま構わずに眠り続けたのだが、目覚めてみると誰もいなくなっていた。

「あれ、みんなどうしたんだ?」

「ピーが出たから、みんな逃げ帰ったんだよ」

 ラーの話によれば、水が集まる滝口のあたりで、夜通し洗濯をするような音が聞こえたのだという。

 そこでひとりが川原に近寄ってみると、その音がぴたりと止まる。

 首をひねりながら横になると、またその妙な音が聞こえ出す。

 そのうちみんながこの音に怯え始め、「これはピーの仕業に違いない」という結論に達した。

 それというのも、その数ヶ月前に滝上で遊んでいた若い衆が足を滑らせて滝壺に落ち込み、亡くなったという事件があった。

 このことに思い当たった親戚連中は、眠りこける私とラーを置き去りにして、そそくさと滝から逃げ戻ったのであった。

      *

 その数日後。

 これは昼間のことなのだが、ラーの友人がソムタムを食べにやってきた。

 彼女は赤児を抱えているのだが大酒飲みで、当然のごとく焼酎をぐびぐび飲む。

 そのうちに酔っ払ってしまい、赤児の世話を小さな娘に任せて、まわりの若い衆と浮ついた様子を見せ始めた。

 みんなが眉をしかめ始めると、途端に引きつけのような症状を起こし、その場に崩れ落ちた。

 横にならせると、引きつった両手をわなわなと震わせ、歯を食いしばってものすごい形相である。

 駆け寄ったラーの手を邪険に振り払い、口汚く罵る。

 幸い、その場に隣家のモーピーがいたので、彼がグラスに満たした水を口に含み、ぷーっと吹きかけながら呪文のようなものを唱えると、やっと静かになった。

 そして、あたりを見回しながらキョトンとした顔をしている。

「これは、滝に棲むピーの怒りに触れたのに違いない」

 モーピーが、厳かな顔でそうご託宣を下したことは言うまでもない。

     *

 むろん、出店に際してはもとより、私たちは毎朝食べ物と焼酎を地霊に供えて、お参りを怠らずにきた。

 しかし、ピーは酔っ払った友人の不埒な振る舞いに怒りの鉄槌を下したらしい。

 よくよく聞けば、この滝にはある伝説が残されているのだという。

 昔むかし。

 この滝上には、ひとりの象使いが巨大な象と一緒に長閑に住み暮らしていた。

 ところが、ある夜、突如としてすさまじい洪水が起こり、津波のような大波がこの象使いと象を一気に呑み込んで滝壺に沈めてしまった。

 それ以来、この滝には象使いと象のピーが宿っており、ゆめゆめおろそかにしてはならないのだという。

      *

 そこで、私たちは改めてモーピーと語らい、そのピーを鎮める祈祷を行ったのであるが、その怒りは想像を絶するものであったらしい。

 ついには、ある夜、滝上でみんなと一緒に踊り楽しんでいたラーが、突如ピーに取り憑かれたが如く泥酔して私に悪態をつき始め、私もまた逆上して、そのまま見境もなく村を飛び出したのであった。

 あれ?

 ということは、私自身もそのとき、ピーの怒りをかったということなのだろうか。

 日本人であるところの私は、何も感じず、何も見ることはなかった。

 だが、ピーは親戚や友人の姿を通じて私に警告を発し、ついにはラーの姿を借りて、その思いを遂げたのではあるまいか。

 うーん。

 ピー、恐るべし。

 そう書きながら、思わず背後を振り向く私であった。

「この店には、夜中にガスをひねって料理を始めるピーが棲み着いている」

 ラーは、固くそう信じているのである。

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4 コメント

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水木しげる (chidori)
2011-01-11 13:18:32
面白い話題ですね。
私もタイのテレビや映画に出てくるピーは見る気がしませんが、
こういった遠野物語に描かれているような話は魅力的です。
場所もバンコクだったらげんなりですが、
自然の豊かなオムコイならぴったりです。
水木しげる先生に作品にして貰うと、
どんなピーが登場してくるでしょうか。
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エヘへ、 (しんちゃん)
2011-01-11 16:49:39
オラも実は、見たこと無いぞ。でも、居ると信じてるぞ。屋敷童子もキジムナも見たこと無いぞ。でも、居た方が楽しいぞ。沖縄のキジムナだな、戦争で森が消えたら居なくなったぞ、軍隊はきらいだな、きっと。ゲゲゲ鬼太郎や怪物君やムーミンも同じだな。タイのピーはもっといろいろで祖霊,精霊、悪霊、死霊とワンサカだな。でも、オラは居ると信じてるぞ。
返信する
Unknown (なかちゃん)
2011-01-11 17:08:35
クンター様

伝説や古くからの言い伝えを信じる心、また先祖やその霊を敬う気持ちはとても大事な事だと思います。
普段から身近にタイ人達と接していると元々霊など信じない僕でさえピーの存在を認めざるえない場面に遭遇した事も幾度かありました。

が、しかし...

「私自身もそのとき、ピーの怒りをかったということなのだろうか」

やはりここはピーの仕業等ではなくまさしく『大和魂』でしょう。

タイ人という荒れ狂う海の中、手漕ぎボートで今にも落ちそうになりながら遠く日本より、やはり同じく荒波の中必死に舵を取っているクンターさんにエールを送りま~す。

...な~んちゃって。
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ピー様 (クンター)
2011-01-12 13:17:07
chidoriさん

 象使いピー、酔っぱらいピー、ぐうたらピー、恐妻家ピー、犬殺しピー・・・水木しげるさん描くオムコイのピーの数々、考えるだけでも楽しくなってきますねえ。

    *

しんちゃん

 いーや、きっと見えているはずです。ほーら、部屋の一番快適な場所に、コブラ模様を背中にまとった犬が丸くなって「ゲンキ~?まずいご飯は食べないわよお~」とヘラヘラ笑っていませんか。

   *

なかちゃん

 昨日までは「家出=大和魂」だと信じていたのですが、この記事を書いているうちに、ふと心が揺らぎ始めました。数度の家出は、ピーが私の面子を立てつつも巧妙に仕組んだ試練の罠だったのではないかと・・・。
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