昆虫の繁殖期がやってきたようだ。
3男のポーは、カブトムシ獲りに夢中である。
獲ってきたそれらの角に糸を結び、20センチほどに切ったサトウキビを軒下に吊るして、そこで飼い調教する。
といっても、細い棒で首のあたりをこするだけなのだが、するとカブトムシは興奮して「シュー、シュー」といった鳴き声をあげる(羽をこすり合わせているのかもしれないが)。
それが闘争心を養い、強いカブトムシを育てるのだという。
そして、わずかな小遣いを賭けて闘わせる。
この“闘虫”は、子供だけでなく、大の男たちも夢中になる。
祭りや仏陀にまつわる祝日などには、黒山の人だかりの中を20バーツや100バーツ紙幣が飛び交うのである。
勝ち抜いた強者には、高い値段がつけられる。
そこで、村の衆たちは強いカブトムシ探しに余念がない。
ポーは、カブトムシに関してはなかなかの目利きであるらしい。
村の衆が入れ替わり立ち替わり家にやってきて品定めを行い、ポーはすでに150バーツの小遣いを自分で稼いだ。
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一昨日の夕方は、隣家のプーノイが大量のコガネムシを獲ってきて、わが家の囲炉裏端で料理を始めた。
数日前に妻のメースアイ(ラーの従姉)や息子たちと大喧嘩をしてから、彼は毎朝夕わが家に避難してきては食事を共にするようになった。
昼間は山奥の牛飼い小屋にこもっているから、一種の家出である。
コガネムシは首と足をもぎ、熾き火でこんがりとあぶってから、ゆがいたナスや薬草と一緒に小臼で搗く。
どろりとなった濃緑色のそれに、ゆがいた野菜を浸けて食すのであるが、ちょっと癖があってさほどうまいものではない。
これなら、醤油に浸けた方がましである。
だが、プーノイやわが家の家族は「うまい、うまい」と言いながら大量の野菜と飯をぺろりと平らげた。
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これに刺激されたか、昨日はラーが町の郡役所のそばにあるバナナ園に走った。
大好物のコオロギを掘ろうというのである。
茶色でぷりぷり太ったそれらは、これも首と足をもいで唐揚げにするのであるが、まあ、1~2匹ならカリカリして焼酎のつまみにならないでもない。
つまり、さほど日本人の舌に合うものではないのであるが、これまた村の衆にとっては大変なご馳走であり、市場に持ち込めば現金にも換わる。
残念ながら、数ヶ月放置したままのバナナ園は背丈ほどの雑草に覆われて、思うような収穫はなかったようだ。
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夕方になって家に戻ると、今日もプーノイがラーを助手に囲炉裏端でカレン料理を作っている。
〈おいおい、爺さん、ウチに住み着く気か?〉
苦笑しながら焼酎をやりとりしていうちに、昨夜と同じようなどろりとしたタレができあがった。
ただし、今日はコガネムシではなく、昼間彼が網ですくったという小魚がゆがいて搗き込まれている。
これに、ゆがいたオクラ、長豆、ナスなどを浸けて食するのだが、このタレは野菜の甘みを引き出して、飯がいくらでも食べられる。
ゆっくり味わっていると、プーノイもラーも3男のポーもいつも以上のスピードで飯を平らげ、そそくさと立ち上がった。
「どうしたんだ?」
「これから、コガネムシを獲りに行くんだけど、クンターも一緒に行く?」
言い出しっぺは、ポーである。
なんでも、山奥にある電力会社の電灯に大量のコガネムシやカブトムシが集まっており、これを一網打尽にする作戦らしい。
中には、食糧用の5本角カブトムシも混じるという。
ついでに、無数の蚊や毒蛾も乱舞すること、言うまでもない。
「ううん、俺はいいや」
このふた月ほど、正体不明の虫に刺されて全身の痒味に悩まされているさなかなので、即座に辞退した。
ちなみに、村の衆は日本人と同様に、イエスのときには「うん」と言いつつ頭を縦に振り、ノーのときには「ううん」と言いつつ頭を横に振るのである。
「ところで、イエッはどこへ入ったんだ?」
「魚釣りだよ。ポーはカブトムシで小遣いを稼いでいるんだから、あんたも自分の得意技で家計を助けるようにと言ったら、釣り竿を持って飛び出して行ったまんま」
「・・・」
*
昆虫獲り軍団が賑やかに出て行った30分後、イエッが戻ってきて、血まみれのビニール袋を突き出した。
「クンター、大きなプラードゥックが釣れました!」
見ると、胴回り20センチほどのナマズがぶつ切りにされている。
「友だち4人と一緒に行ったんで、みんなで分けたんだけど、それでも明日のおかずになりますよね!」
「うーん、こいつは凄いや。大したもんだ!」
*
2時間ほど経って、昆虫軍団が戻ってきた。
電力会社に着いた途端に大雨が降り出して、一網打尽大作戦は空振りに終わったらしい。
それを聞いたイエッが、ニヤリと笑った。
「メー(母ちゃん)!見て、見て。でっかいナマズが釣れたんだよ!」
突き出されたどでかいぶつ切りを見て、ラーとポーが目を丸くした。
「ヘヘヘ・・・勝った、勝った、ポーとメーに勝ったぞお」
村の自給自足は、勝負をかけたレクレーションの一種でもある。
*
というわけで、今朝の朝飯はナマズのウコン味スープである。
う、うまい。
スープには、蕗のような茎野菜が入っている。
えぐみはなく、とろりと甘い。
「これ、どうしたんだ?」
「裏庭に自然に生えてきたんだ。これ、昔は村にもいっぱい生えてたんだけど、最近は滅多に見かけなくなった貴重品だよ」
「ふーん、カレン蕗かあ」
なんだか、とっても豊かな気分になってきた。
朝飯を終えてカレン蕗(?)を見に行くと、その脇に太い茎に勢いのいい葉を伸ばした1メートル丈の植物が黄色い花のつぼみをつけている。
「あれ、ラー、これはなんだ?」
「パパイヤ」
「パパイヤはもっと背丈が伸びてから花と実をつけるだろう」
「これは、2メートルくらいで実をつけるパパイヤなんだよ。これも、村では珍しい種類」
「へえ、お前さんが植えたのか?」
「ううん、これも自然に生えてきたんだ」
さらにさらに豊かな気分になって、豚舎に向かった。
ぷりぷり太った2頭の黒豚も、そろそろ食べごろ、売りごろである。
そういえば、昨日の朝つぶした2羽の若鶏の肉も、柔らかくて切ないほどに甘かったなあ。
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大自然に囲まれたオムコイ、我々日本人には未開発ゆえの不便さももちろんあるのでしょうが日々アスファルトの中で生活している僕等から見ればとても贅沢な事の様に感じます。
“柔らかくて切ないほどに甘い若鶏”とはいったいどんな味が..!?
いや~是非とも食してみたいものです!
初めてチューした時のあの子の唇の様に甘かったんだろうなぁ...。
FAOでも昆虫食は推奨されていますので,
http://www.fao.org/newsroom/en/news/2008/1000791/index.html
そのうち一般的になるのかもしれませんね.
話は変わりますが,150Btとは,子供でも結構な稼ぎをあげるのですね.
豊かな自然,自給自足できる食材,そしてそれなりの現金収入があれば,それは確かに楽園かも...
このブログの隠れファンの一人です。
小ぶりな賭けの対象になるカブトムシは知ってましたが、
「食糧用の5本角カブトムシ」とはどんなカブトムシなんでしょう?
どのように調理して食べるのでしょうか?
チャンスがありましたら、生前、調理後の写真のアップお願いします。
コンムアンにはなれてもガリアンにはなれません。
クンターさんの食生活を読んでつくづくタイ人嫁で良かったと安堵してます。
失礼なコメントで御免なさい。
2羽の若鶏の肉を食するまでには、夫婦して熱く見つめ合って気合いを入れ、それぞれの右手で暴れる鶏の喉をがむしゃらに絞めつけ、痙攣しながら臨終に至るまでをつぶさに観察し、「やれやれ」とひと息ついて羽をむしり、体皮を焦がし、腹を裂き、内臓を出し、舌なめずりしつつ深く頷き合いという激しい愛の営みを経ておりますので、それが初恋のキスに匹敵する“切ないほどの甘さ”につながったのではないかと。それにしても、ひよこの時から可愛がってきた鶏をつぶすのに憐憫の情もなく、「どちらが早く絞め殺せるか」などと競い合っているわれわれ夫婦の非情な愛の形とは・・・?
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ishiさん
FAOの情報、ありがとうございました。プロテイン、ビタミン、ミネラルの宝庫。そのうち、日本でも「昆虫ダイエット」がブームになったりして(笑)。
しかし、原形のまま食べるのは、やはり勇気がいります。今回のように炒って薬草や香辛料と一緒に搗き、それに生野菜やゆがいた野菜を浸けて食べるというカレン族の伝統料理は、かなり優れたものに思えてきました。
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chidoriさん
初めまして。ご愛読、ありがとうございます。「5本角カブトムシ」は、去年9月9日付けの記事に調理前、調理後の写真を掲載しています。ぜひ、ご覧になってみてください。おいしそうですよ(笑)。
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シンシンさん
チェンマイでは、若い女性も含めタイ人が昆虫の唐揚げのようなものをおいしそうに食べているのをよく見かけますが、奥様はお好きじゃないんでしょうね。やはり、味の好みは人それぞれということなのでしょうか。それとも、出身地によるのかな?
うわぁぁ...初恋の『は』の字をも感じさせない鶏をつぶすまでの一連の過程、目の当たりにしたら多分鶏肉を食べられなくなりそうな勢いですね。
しかし娯楽でやってる訳では無いですからね。大自然の中で生活するというのはそういう事なのでしょうね。
オムコイの食生活、次回訪泰の際ご挨拶に伺うなんて簡単に言っちゃってましたがあらゆる虫を見ただけで鳥肌の立つ僕に果たして耐えられるだろうか不安です。
うーん...こりゃバックに入りきるだけの大量のボンカレーを持っていく必要がありそうですね...。
一応、過去のブログもさかのぼって読んでたんですが、、、、。
さっそく拝見しました。
腹の部分もちゃんと火が通っていれば、
私的には出されれば食べます。
コオロギ、イナゴ、メンダーも問題ないです。
ただ、生の部分がニュるっと出てくると寄生虫なんかが怖いです。
生物が,他の生物を食べて生きているという,当たり前のことを,禁忌にしてはいけないと,考えています.
なんて,ちょっと固いことを書いてみたくなりました.
カレンの食生活は,環境への負荷が少なく,非常に持続可能性の高い様式だと考えます.問題となる,焼き畑であっても,十分な広さを遷移していくことで森林の極相化を促していると考えることが妥当でしょう.その広さを確保できないことが問題となるのでしょう.
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004697519
なんてね.
九州の野山で遊び回っていた少年の野生は、オムコイに来ればすぐに甦ってくると思いますよ。豚の解体は、もっと迫力があります。どうぞ、お楽しみに!
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chidoriさん
子供たちが大好きな“炒り蝉”もそうなんですが、確かにあの「ぶちゅっ」「にゅるっ」が問題ですよね。ただ、私の場合は気持ちが悪いだけで、寄生虫のことなどは考えてもみませんでした。気をつけなければ。
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ishiさん
カレン族の食生活を評価していただき、ありがとうございます。まあ、当事者たちはさほど深く考えず、代々受け継いだことを実践しているのでしょうが、確かに理に適っていることが多いような気がします。焼き畑については、全体像をよくつかんでいませんが、いただいた情報などを基に、少し考えてみようかと思っています。