壊れた投網の裾から、錘りを外し取った。
あちこち破れた穴を繕い、再生置き網を作ることにした。
むろん、作ったのは不器用きわまりない番頭さんではなく、竹細工の達人である隣家のプーノイ爺さんである。
基本的なデザインについてはラーが考案したのだが、やたらと注文がうるさい。
注文主と職人との間でしばしば意見がぶつかり、ただ単に竹の枠に網を取り付ける作業が一日がかりとなった。
できあがってみれば、笑いたくなるほどにシンプルな造りである。
しかも、「鮭でも穫るつもりかいな」と呆れるほどの大型タイプであった。
村の川には、小魚しかいないんだけどなあ。
*
翌日の夜になって、これを試そうということになった。
プーノイ爺さんは、すでに明るいうちから橋の下流に行き、竹を切って川を塞ぎ、右岸の岸辺に置き網を据えるための腰掛け台まで作ったのだという。
穫れた魚は折半ということに決まったから、相当気合いが入っているらしい。
ヘッドランプを灯して橋下の川沿いに着くと、とりあえず枯れ竹、枯れ葉、流木などを集めて焚火を起こすことにした。
火勢が落ち着いたところで辺りを見回すと、プーノイの姿が見えない。
ラーに訊けば、焚火はこちらに任せ、とっとと置き網を手に川原に降りて行ったという。
焚火の脇でひと休みしながら焼酎をぐびりとやり、体が温まったところで川原に降りた。
ヘッドランプの灯りに、塞き止め用の割り竹がかすかに浮かび上がる。
だが、プーノイの所在を示す灯りは見当たらない。
ラーが声をかけると、対岸の方から「静かに! 魚が逃げる」という抑えた声が響いてきた。
ランプを向けると、下流に置き網を置いて腰掛け台に座るプーノイの姿がうっすらと浮かび上がった。
二人で川に入ろうとすると、「駄目ダメ。魚が逃げる。しばらく、そっちで待っていてくれろ」
やむなく、焚火に戻ってまた焼酎をぐびり。
「あ~あ、なんだか眠くなってきたねえ。もう家に戻ろうか?」
「おいおい、せっかく大騒ぎしてここまでやってきたのに。まだ、20分も経ってないぞ」
「だって、退屈だもん。まったく、プーノイったら自分勝手なんだからあ。よし、あたし様子を見て来るね」
*
すぐに、川に入るザブザブという音が聞こえてきた。
プーノイがまた「静かに!」と言ったが、水音はやまない。
そして、対岸で何か言い合うような声。
漁法について、なにやら論争が始まった様子だ。
20分ほどして、タイパンツを股まで濡らしたラーが戻ってきた。
「ぜ~んぜんダメ。一匹も入らないよお。あたしの言うこと、まったく聞かないんだからあ、もう。プーノイは、これから一晩中粘ってみるんだって。ああ、足が冷たい。ねえ、あたしたち、もう先に家に戻ろうよ」
やれやれ。
来る前には、「クンターが一緒だと冷たさにも負けないくらいの力が湧くから、一晩中でも頑張れるよお」なんぞとさんざ調子のいいことを言っていたくせにい。
こんなことなら、初めっから家にいて本でも読んでいればよかったわい。
かくして、製作過程を含めた大騒ぎの果ての試し漁は、滞在時間30分ほどで幕を閉じたのだった。
*
翌朝、顔を合わせたプーノイに聞けば、風が冷たくなってきた午後11時頃まで粘ったものの小魚数尾の成果に終わったそうだ。
それらは、腹いせに焚火であぶり、その場で食ってしまったそうである。
やれやれ。
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