それにしても、なぜかくも“祭り”好きなのだろうか。
朝霧の中で始まったパレードを皮切りに、オボートー(地区行政事務所)主催の大運動会を経て、夕方からは表彰式兼打ち上げパーティーが始まると聞くと、もうラーはそわそわして落ち着かない。
「今日は早めに店を閉めて、パーティーに行こうよ。あ、そうだ、これからグラウンドに偵察に行って、パーティーの前に店にクッティアオを食べに来てくれるよう、勧誘してくるからね」
まだ、昼過ぎだというのに店を飛び出して行こうとする。
「おいおい、客が来たらどうするんだ?」
「みんな運動会を見に行っているから、誰も来やしないよ」
そこへ、毎日食べにくる常連さんがやって来た。
ラーは舌を出しながら手早く調理を済ませ、止めるのも聞かずにバイクにまたがった。
まあ、ここ数日は友人のノンソンケオが毎日手伝いに来てくれているからいいものの、客の多くはラーとのバカ話を楽しみにやってくるのだから、営業戦略上好ましい事態ではない。
ちなみに、ノンソンケオ(直訳すると“焼酎2杯の若い人”)は故・園山俊二描くところの原始人のおかみさんそっくりの風貌と体型で、まわりからは「ちと、足りない」などと噂されているのだけれど、なかなかどうして、皿洗いから仕込み、調理までてきぱきとこなし、おかげで私も長い書きものに専念することができるようになった。
ただし、身だしなみには構わないので「食い物屋の手伝いとしてはいかがなものか」とラーにクレームをつけたところ、翌日は装いも改めバッチリと化粧も決めてきたので、私もラーも、客までもがあっと驚いた。
人前に出るのもこわがるような控えめな女性が多い中、私が分かろうが分かるまいが委細構わずカレン語でしゃべり倒す開けっぴろげな性格だから、ラーと並んでわが麺屋の“看板おばさん”になること、間違いない。
*
話を戻すと、ラーはしきりに「店にじっとしていても、お客さんは増えない。あたしが外に出て行くのはお客さんを引っ張ってくれるためで、いつも商売のことを考えているんだ」といい募るのだけれど、なーに、頭の中では音楽が鳴り響いて、今にも踊り出しそうになっているのは分かっている。
友だちや顔見知りに会えば、商売のことなどすっかり忘れてバカ話に時間を忘れるのが常なのだ。
ところが、昨夜のことで少しは反省したらしく、今日は珍しく短時間で店に引き上げて来た。
ご褒美に、夜のパーティーには付き合うことにしたが、やたらと急かせるのでこちらは手早く水浴びを済ませて待っているというのに、自分は「寒い、寒い」と言ってなかなか水浴びをしようとせず、焚火を囲んで従兄や甥っ子と長々と話し込んでいる。
まったく、毎日これだもんなあ。
*
今回のオボートー・オムコイ主催の大運動会は、オリンピックを模して4年に一度行われるらしく、次回は別の地区の主催になるという。
近隣の衆と連れ立って新築なったオボトー庁舎前の広場におもむくと、舞台の上ではちょうどこの引き継ぎイベントが行われており、オリンピックとそっくりの、しかし見るからにちゃちな五輪旗が顔見知りの所長から次回開催地の職員たちに手渡されているところだった。
続いて、サッカー大会と運動会とチアリーダーコンテストの表彰式。
そして、お決まりの腹まで響く大音量と共に、舞台にはへそ丸出しの踊り子たちと危ない短さのミニスカートを履いた歌い手が飛び出してきて、舞台前の空間はディスコ会場にと早変わりした。
これを待ちかねていたラーは弾けるように飛び出していき、例によって右手を空に突きあげるシャーマンのようなポーズで踊り始めた。
そして、旧友や顔見知りを見つけると、抱き合うようにして話し込んだり、ムエタイのキックで蹴り付ける真似をしたりして、はしゃぎ回っている。
その合間には、しきりに私を引っ張りに来るのだが、今日は長時間書きものをしていたせいか重い疲れがあり、もっぱら顔見知りが差し出してくれるウイスキーを舐めながら見物を決め込んだ。
ラーが私を放ったらかしにしていると思ったのか、先日の選挙でオボートー役員になった太っちょ氏が隣りに座り込んで、「ラーはクンターよりずっと若いからねえ。マイペンラーイ(気にしない、気にしない)」と慰めてくれる。
そこで、彼の手を引っ張って一緒に踊ろうとすると「俺は駄目だよ」と一目散に逃げ出した。
踊りの輪の中では、彼よりもずっと年配の男たちが工夫を凝らした独特のステップや手踊りを披露しているのだけれど、やはりカレン族みんなが踊り好きというのではなく、人それぞれなのである。
*
実は、夜通しのパーティーと思って自粛していたところもあったのだけれど、意外にも10時前になると「これが最後の曲です!」というアナウンスがあった。
そういえば、各地からやってきた職員たちは、これから数時間かけて山奥に戻らなければならないのだ。
そこでやっと重い腰をあげて、ラーと一緒に踊り始めた。
曲調が合ったのか、自然と体が動き始め、ニューヨークでカンフーダンスを舞っていたころの軽快な感覚が戻ってきた。
広いスペースを使って、前後左右に飛んだり跳ねたりしていると、若い衆たちが踊りをやめて、呆れたような顔をして私たちの動きに見入っている。
白髪の爺さんが、長い黒髪の若い女(暗闇の中ではそう見えるらしい)の手をとってクルクルと回すなんてこと、カレン族は絶対にやらない。
曲が終わって、腰を叩きながら甥っ子や従兄のそばに戻ると、彼らも不思議そうな顔で私の顔を見つめている。
いつも私の腰痛を気づかって、力作業は絶対にやらせようとしないふたりなのである。
「クンター、すごいね。57歳なのに、村でナンバーワンの踊り手だよ!」
ラーが嬉しそうに飛びついてくる。
「ど、どうもおかしい。ピ、ピ、ピーカオ(霊が取り憑く状態)になったみたいだ」
「・・・」
ラーが一瞬凍りつき、心配そうに私の目を覗き込んだ。
腕には、鳥肌が立っている。
ムハハハ、まいったか!
*
これで話が終わらないのだが、わが村である。
今朝方、メールチェックを終えて店に戻ると、ラーが青い顔をしている。
「村で見かけたことのない老人が通りがかって、目が合った途端すごい力が光って、頭が締め付けられるような感じになったんだよ。あの人、ピーカウ(霊憑き)かも知れない。あたし、怖いよお」
これまでも何度か書いたように、ラーはピーに関する多少の感知力を持っている。
「そりゃあ、二日酔いだろう」
夕べ、どさくさに紛れてウイスキーをあおっていたので相手にしないでいると、ますます頭が痛くなってきたようだ。
「もう我慢できない。あの人を呼び戻して、お祓いをしてもらおう」
すぐに連れ戻って来たのは、前歯の欠けた人の良さそうな老人だった。
まっすぐに目を見つめてみたが、何も感じない。
同じカレン族でも、ポーカレンとは違う言葉をもつスゴーカレンである。
幸いにも、ノンソンケオは多少のスゴーカレン語を話す。
その通訳で話を聞くと「ここからずっと遠い山奥に住んでいるのだけれど、まわりに悪いピーが多くて苦しいので、この村に移ろうと思って昨日から様子を見に来た」という。
もしも、彼がなんらかのピーを連れて来たのだとすれば、昨夜の私の冗談もまんざら嘘ではなかったことになる。
私が日本人だと知ると、「先の戦争中に、日本の軍人はとてもよくしてくれた」と思い出を語り出した。
わが村だけではなく、山奥の人も日本軍に悪印象を持っていないことを知り、ホッと胸を撫で下ろす。
クッティアオをご馳走したあとで、ラーは例によってお祓いの木綿糸を両手に巻いてもらい落ち着きを取り戻した。
しばらくの間、ピーをネタにした冗談は自粛することとしよう。
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朝霧の中で始まったパレードを皮切りに、オボートー(地区行政事務所)主催の大運動会を経て、夕方からは表彰式兼打ち上げパーティーが始まると聞くと、もうラーはそわそわして落ち着かない。
「今日は早めに店を閉めて、パーティーに行こうよ。あ、そうだ、これからグラウンドに偵察に行って、パーティーの前に店にクッティアオを食べに来てくれるよう、勧誘してくるからね」
まだ、昼過ぎだというのに店を飛び出して行こうとする。
「おいおい、客が来たらどうするんだ?」
「みんな運動会を見に行っているから、誰も来やしないよ」
そこへ、毎日食べにくる常連さんがやって来た。
ラーは舌を出しながら手早く調理を済ませ、止めるのも聞かずにバイクにまたがった。
まあ、ここ数日は友人のノンソンケオが毎日手伝いに来てくれているからいいものの、客の多くはラーとのバカ話を楽しみにやってくるのだから、営業戦略上好ましい事態ではない。
ちなみに、ノンソンケオ(直訳すると“焼酎2杯の若い人”)は故・園山俊二描くところの原始人のおかみさんそっくりの風貌と体型で、まわりからは「ちと、足りない」などと噂されているのだけれど、なかなかどうして、皿洗いから仕込み、調理までてきぱきとこなし、おかげで私も長い書きものに専念することができるようになった。
ただし、身だしなみには構わないので「食い物屋の手伝いとしてはいかがなものか」とラーにクレームをつけたところ、翌日は装いも改めバッチリと化粧も決めてきたので、私もラーも、客までもがあっと驚いた。
人前に出るのもこわがるような控えめな女性が多い中、私が分かろうが分かるまいが委細構わずカレン語でしゃべり倒す開けっぴろげな性格だから、ラーと並んでわが麺屋の“看板おばさん”になること、間違いない。
*
話を戻すと、ラーはしきりに「店にじっとしていても、お客さんは増えない。あたしが外に出て行くのはお客さんを引っ張ってくれるためで、いつも商売のことを考えているんだ」といい募るのだけれど、なーに、頭の中では音楽が鳴り響いて、今にも踊り出しそうになっているのは分かっている。
友だちや顔見知りに会えば、商売のことなどすっかり忘れてバカ話に時間を忘れるのが常なのだ。
ところが、昨夜のことで少しは反省したらしく、今日は珍しく短時間で店に引き上げて来た。
ご褒美に、夜のパーティーには付き合うことにしたが、やたらと急かせるのでこちらは手早く水浴びを済ませて待っているというのに、自分は「寒い、寒い」と言ってなかなか水浴びをしようとせず、焚火を囲んで従兄や甥っ子と長々と話し込んでいる。
まったく、毎日これだもんなあ。
*
今回のオボートー・オムコイ主催の大運動会は、オリンピックを模して4年に一度行われるらしく、次回は別の地区の主催になるという。
近隣の衆と連れ立って新築なったオボトー庁舎前の広場におもむくと、舞台の上ではちょうどこの引き継ぎイベントが行われており、オリンピックとそっくりの、しかし見るからにちゃちな五輪旗が顔見知りの所長から次回開催地の職員たちに手渡されているところだった。
続いて、サッカー大会と運動会とチアリーダーコンテストの表彰式。
そして、お決まりの腹まで響く大音量と共に、舞台にはへそ丸出しの踊り子たちと危ない短さのミニスカートを履いた歌い手が飛び出してきて、舞台前の空間はディスコ会場にと早変わりした。
これを待ちかねていたラーは弾けるように飛び出していき、例によって右手を空に突きあげるシャーマンのようなポーズで踊り始めた。
そして、旧友や顔見知りを見つけると、抱き合うようにして話し込んだり、ムエタイのキックで蹴り付ける真似をしたりして、はしゃぎ回っている。
その合間には、しきりに私を引っ張りに来るのだが、今日は長時間書きものをしていたせいか重い疲れがあり、もっぱら顔見知りが差し出してくれるウイスキーを舐めながら見物を決め込んだ。
ラーが私を放ったらかしにしていると思ったのか、先日の選挙でオボートー役員になった太っちょ氏が隣りに座り込んで、「ラーはクンターよりずっと若いからねえ。マイペンラーイ(気にしない、気にしない)」と慰めてくれる。
そこで、彼の手を引っ張って一緒に踊ろうとすると「俺は駄目だよ」と一目散に逃げ出した。
踊りの輪の中では、彼よりもずっと年配の男たちが工夫を凝らした独特のステップや手踊りを披露しているのだけれど、やはりカレン族みんなが踊り好きというのではなく、人それぞれなのである。
*
実は、夜通しのパーティーと思って自粛していたところもあったのだけれど、意外にも10時前になると「これが最後の曲です!」というアナウンスがあった。
そういえば、各地からやってきた職員たちは、これから数時間かけて山奥に戻らなければならないのだ。
そこでやっと重い腰をあげて、ラーと一緒に踊り始めた。
曲調が合ったのか、自然と体が動き始め、ニューヨークでカンフーダンスを舞っていたころの軽快な感覚が戻ってきた。
広いスペースを使って、前後左右に飛んだり跳ねたりしていると、若い衆たちが踊りをやめて、呆れたような顔をして私たちの動きに見入っている。
白髪の爺さんが、長い黒髪の若い女(暗闇の中ではそう見えるらしい)の手をとってクルクルと回すなんてこと、カレン族は絶対にやらない。
曲が終わって、腰を叩きながら甥っ子や従兄のそばに戻ると、彼らも不思議そうな顔で私の顔を見つめている。
いつも私の腰痛を気づかって、力作業は絶対にやらせようとしないふたりなのである。
「クンター、すごいね。57歳なのに、村でナンバーワンの踊り手だよ!」
ラーが嬉しそうに飛びついてくる。
「ど、どうもおかしい。ピ、ピ、ピーカオ(霊が取り憑く状態)になったみたいだ」
「・・・」
ラーが一瞬凍りつき、心配そうに私の目を覗き込んだ。
腕には、鳥肌が立っている。
ムハハハ、まいったか!
*
これで話が終わらないのだが、わが村である。
今朝方、メールチェックを終えて店に戻ると、ラーが青い顔をしている。
「村で見かけたことのない老人が通りがかって、目が合った途端すごい力が光って、頭が締め付けられるような感じになったんだよ。あの人、ピーカウ(霊憑き)かも知れない。あたし、怖いよお」
これまでも何度か書いたように、ラーはピーに関する多少の感知力を持っている。
「そりゃあ、二日酔いだろう」
夕べ、どさくさに紛れてウイスキーをあおっていたので相手にしないでいると、ますます頭が痛くなってきたようだ。
「もう我慢できない。あの人を呼び戻して、お祓いをしてもらおう」
すぐに連れ戻って来たのは、前歯の欠けた人の良さそうな老人だった。
まっすぐに目を見つめてみたが、何も感じない。
同じカレン族でも、ポーカレンとは違う言葉をもつスゴーカレンである。
幸いにも、ノンソンケオは多少のスゴーカレン語を話す。
その通訳で話を聞くと「ここからずっと遠い山奥に住んでいるのだけれど、まわりに悪いピーが多くて苦しいので、この村に移ろうと思って昨日から様子を見に来た」という。
もしも、彼がなんらかのピーを連れて来たのだとすれば、昨夜の私の冗談もまんざら嘘ではなかったことになる。
私が日本人だと知ると、「先の戦争中に、日本の軍人はとてもよくしてくれた」と思い出を語り出した。
わが村だけではなく、山奥の人も日本軍に悪印象を持っていないことを知り、ホッと胸を撫で下ろす。
クッティアオをご馳走したあとで、ラーは例によってお祓いの木綿糸を両手に巻いてもらい落ち着きを取り戻した。
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