「家族域社会 菅野久美子著 角川新書」を読み終えました。
読み終えてしばらくは重い気持ちが張り詰めるような感じでした。
家族の遺体の引き取りを拒否する子、親とのかかわりを拒否する子、孤独死、家族葬から直葬そして0葬への流れ。
「人間亡くなるときは一人よ」という言葉は昔から時々耳にしますが、文字通り一人亡くなり骨さえも残さない。
振り返ると、戦後から今への社会は、郷里の地域社会が過疎化に。
都市部に流れた労働者を企業体が社宅や企業病院などを作り企業社会的なものを作り営んできたのも、バブルの崩壊とともに企業の体力がなくなり崩壊。
気が付くと都市部の町内会等もその維持が難しいことろが出てくるなど。
「人が人と支えあう」その崩壊の歩みをたどっているように読んでいて感じました。
そして、今、コロナ渦からの「新しい生活様式」が唱える「ソーシャルディスタンス」はどういう社会を生み出していくのかと考えてしまう。
未だそれは混とんとして見えてきていないように思えます。
ただ人は社会を作り生活をしてきました。その先に、また人と人とがふれあい、つながりを持つ社会にありたいと思いました。
読み終えてしばらくは重い気持ちが張り詰めるような感じでした。
家族の遺体の引き取りを拒否する子、親とのかかわりを拒否する子、孤独死、家族葬から直葬そして0葬への流れ。
「人間亡くなるときは一人よ」という言葉は昔から時々耳にしますが、文字通り一人亡くなり骨さえも残さない。
振り返ると、戦後から今への社会は、郷里の地域社会が過疎化に。
都市部に流れた労働者を企業体が社宅や企業病院などを作り企業社会的なものを作り営んできたのも、バブルの崩壊とともに企業の体力がなくなり崩壊。
気が付くと都市部の町内会等もその維持が難しいことろが出てくるなど。
「人が人と支えあう」その崩壊の歩みをたどっているように読んでいて感じました。
そして、今、コロナ渦からの「新しい生活様式」が唱える「ソーシャルディスタンス」はどういう社会を生み出していくのかと考えてしまう。
未だそれは混とんとして見えてきていないように思えます。
ただ人は社会を作り生活をしてきました。その先に、また人と人とがふれあい、つながりを持つ社会にありたいと思いました。