此処に思いつくままに箴言を書いてみよう。箴言はたぶん苦い方が好いし、或いは棘も必要であろう。これは箴言であるから、本来は上品に書きたいが、聴きづらい辛辣さも要る、それも書こうと思う。直截なコトバは誤解を招くかもしれないが、洞察力の在る明察の人に読んで貰えれば、それでよい。
* 江戸時代からは国学の影響があった勢か、神代文字の記述が見られる。だがそれに関した伝承はすでに鎌倉期にもあり、漢字以前に日本特有の文字が在ったとする言い伝えは古い神社などにはある。古代日本人は、今から16500年前に土器を焼く力があった。それは世界最古である。大きな集落をつくり、そこに数千人の住民が暮した。青森県の三内丸山が名が知れているが、栃木県宇都宮の根古屋台縄文遺跡も三内丸山とほとんど同時代である。紀元前六千年前ということになる。歩いてみると遺跡は実に好い場所に立ってゐるのがふつうである。小高い日当たりの好い東南向きに創られていて、川が近くに在る。大抵それが条件である。縄文人もよく考えて自分達の住居を選んでいる。暮らしは、木の実、魚などの採取と農業栽培だろう。縄文期は稲の栽培は無かったとされているが水稲はどうか知らぬが陸稲はあった。食料の多寡が子供の数を決めた。食べさせられなくて母親は多くの子供を亡くしたに違いない。それで食料の確保はむしろ男より女の方が必死だった。自活できない形で人の子はうまれる。嬰児に乳を与え、何から何まで世話をして育てる。子供にとって母は神にも等しい。話は横道に反れたが、コトバは最古の旧石器が発掘された12万年前からあったことは確かだ、だが書き言葉は、いつの頃から出来たのだろう。それが神代文字の起源である。意思の疎通ができれば、それで好い時代が長く続いたであろう事は想像がつく。だが、いつかは大切な記録や技術を残す為に文字が必ず必要となる。それでも簡単に文字が生み出せないから、恐ろしく記憶の優れた人が語り部となり、あった事を記憶した。だがそんな人達ばかりではない。必ず文字が必要となる。そうして作られたのがイロハの原型であろう。音を文字と対応させて文字を見ながら音を発して、発音と文字を結んだ。それが最初の文字である。其れがいつ頃に完成したのか、想像するにかなり前であろう。紀元前3000年にはあったと感じる。文字があれば筆記具が必要に成ろう。紙があったかどうか?筆と墨汁はズーッと後だろう。木に刻む方法しか無かったのだろう。そうすると長文は無理だ。2025・04・13
* 日本文明と文化の根幹について述べてみたい。外国人からみると日本人の行動様式や考え方、価値観は特異なのだという。どんな点で特異なのか?、それは多くの外国人が日本に観光に来て驚くことなのだそうだ。「私たち外国人には無宗教は考えられないのですが、こと日本人には仏教や神道があるようだし、さらには儒教や道教もある事だろうが、そのすべてに関して、行動や思考が一つの宗教に捉われない事に驚く」。のだそうです。
だが、我々日本人は、そのように言われて、なるほど、外国人が言っている事を理解しながらも、なぜ、そのようなことに驚くのか?が、むしろ我々の方が驚いて仕舞うだろう。なぜなら、このように一つの宗派に捉われない事は、外国人の信奉する一神教的な価値観・世界観では、理解できないだろうと感じるからである。だが日本人には日本人成りに、教えと、価値観、世界観が確かにあり、それは日本文明・文化と表裏一体である。日本人に取って表向きの宗教は、謂わばかりそめの形式にほかならず、何ら本当の根幹にある物ではない。では本質とはなにか、と言うならば、それは祖先崇拝と大自然の崇拝になる。これは古い古い(たぶんこの列島に生きて来た10万年を越す祖先からの自然観で)古神道の感情であり、世界観なのだが、複雑で込み入った形式的諸制度は単にそこから出て来る雑音に過ぎない。
どう云う事かというと、日本人に取って格式ばった宗教などと言う物は、一種の建前に過ぎないのだという事です。宗教という立派な建築物など必要としないのです。遥か遠い多くの祖先を尊び、大自然に敬意を払い、親を敬い兄弟姉妹仲良く助け合い、他者に迷惑をかけることなく尊重し合い、大自然と太陽と月の恵みに感謝して生きる。これが日本の遠い大昔からの宗教と謂えば言える。(ふと思ったのだが、此れって、教育勅語が言おうとしている事に非常に似ている)それは簡単で常識的な事で在り乍ら、だが世界はこの簡単なことが出来ないでいる。
日本では既成の宗教は建前だというと、宗教をないがしろにしてゐると思われ勝ちだが、そうではない。日本人にはハッキリとした本源(日本教)がある、その本源は日本文明と分かち難く結び付いている物なのである。遠い祖先を想う為に日月の日を決めて必ず先祖を供養する。春秋の彼岸は仏教由来だが、本来の仏教には彼岸は無い、また原始仏教が日本化されて定着したのが盆である。日本には旧石器時代以来の世界観に、祖先供養、自然崇拝が流れているのである。それが日本人の文明的土台だ。その土台が堅固な物であればあるほど、日本人は世界のあらゆる思考と技術を取り入れることが厭わない。それはヒントであり、そのヒントは日本由来の独創性により再び新たな拡がりを持つものを創り出す。それが日本の特性である。2025・04・09
* さて、ごく大雑把にいうと、我々の日常意識(自分意識)の下の自律性意識には、音を意味に変換するスイッチのような、ごく精密な変換器がある。その機能こそがヒトが言葉をつかい、更には文字を発明して、思力を漸次的に拡大させる力と成った。それが可能だったのは、変換器がある為であり、その事は分って居ても、それがどんなシステム機構で動いているのか?は、今現在まで、正確で精密に捉えることが出来た人はゐない。大昔に空海さんが、把握を求め研究していたのは是だったし、角田忠信先生が、把握を求めてゐたのもこれでしょう。「”確かにこの変換器は脳神経系内にある”」。これこそが音声(コトバ)と意味の対応を突き詰めて行くとであう、「開かずの門」なのだ、誰一人として、この門を開けた人はいない。だが、この問題ははるか遠い所にある門ではありません。ごくごく、手近にある問題です。なぜなら、この変換器のお世話にならずに、人は、一日も、1時間も、1分も過ごすことは出来ないからです。 音と意味を記録する言語体系と言うものの奥には、必ずこの変換器があるはずだがこれを把握することの難しさは、むかしの禅宗の不立文字のthemeが提出している問題とも重なっている。音が意味に変る現象にふかく潜ることが要る。瞑想しかないでしょう。意識を超脱することでその現場に立ち会うこと、当面それしか無い。2025・04・08
* 数学を永く遣って来たのはイメージの変形・変換や概念の対応関係がどう理解でき、意識の中でどう動くのかという現象に興味が有った為でもある。であるから、それは当然の事だが、コトバと意味と結びつく、さらには言葉と思考にも結びつく。数と思考の対応関係が数学である。数学は関係を解体し再統合する学問である。言語と数学は密接に離し難いほど結び付いているが、それが上手く取り出せない。言語学者は数学を学び、数学者は言語学を学ぶ必要がある。言葉を解明するには必ず数学が必要である。数学を更に発展させる為には、コトバの意味論が要る。今現在、意味論と数学には深い断絶がある。古代の論理学を100年ほど前にフレーゲは初歩的な形で、新たに再現したがそれは全然完成してゐない。また、現代では数学のすべてに通じてゐる者などほとんど居ない。元々の古代では、数学は「数論と代数と幾何」から始った。300年ほど前に、そこに解析が付け加えられた。いわずと知れた級数の極限の考察からはじまった微積分である。その当時は優れた数学者は大体ほとんど全部の分野に通じていたが、発展するに連れて代数と幾何が結び付き、そこに解析も参入した為に、数学の範囲はおどろくほど広大に成った。それはそれで好い傾向だと思うが、だがマイナスの点が一つある。すべての範囲を見渡せる者が居なくなったという事だ。言語と数学は分かち難く結び付いている。2025・04・07
* 自分は古代史や太古の歴史にはズブの素人で、超古代に何が在ったのか朧気ながら予想はしても、厳密には訳が解らないのだが、たとえば漢字以前に文字がなかったという思い込みは滑稽だと信ずる。まともな人間が生きてゐるなら、そんな事がある筈が無いのである。果たして急に漢文で日本書紀が編纂されるのか?です。ではなぜ、漢字以前に文字が無かったという言説がまことしやかに語られるのか?、証拠を出せと言われても、確かに記紀以前には表向き公の文書は無いので、たぶんそこには封印したい何かがあるのではと思ってしまう。だが、文字は漢字以前に存在してゐる。神代文字と呼ばれる文字で、一種の記号のように見える文字である。よみ方は一音に一文字の対応である。当時生きてゐた人の頭の中には日本語がある、その音を表現するための文字記号である。この記号で書いた文書は余り残ってゐない。神社に秘かに神宝として隠されているとかです。ではなぜ?公に残ってゐないのか?ですね。もしかすると焚書されたか?です。ではなぜ焚書される必要があったのか?です。王権が乗っ取られる時には、それ以前の記録は焚書されるのがシナの常識で、それに習ったのかも知れない。
日本の文明に於ける、現状で発見された最古の土器は、放射性炭素C14の減衰率からいうと現在から16500年以前という減衰曲線の一点が指定される。どう見ても2万年近い以前に原日本人はこの列島に生きてゐたらしい。たぶんここは住み易かったのだろう。外敵は島国という特性から比較的安全です。日本列島に住むと必然的に小型になる。それは馬でも鹿でも猿でも人でも同じです。栄養不良だからそう成るのではないようです。その現象を島嶼化と呼ぶらしい。ふしぎなことだが、住む地面の大きさで個体の体格が変化するというのは、一体なのを意味しているのだろう。明治に来た外国人は日本人が小さい事を書いている。しかし敗戦後とくに50年を経た頃から日本人の身長が伸び体格が大きくなった。これは何を意味しているのか。2025・04・06
* 日本は、ことばが成立して以来つねに言霊の國だった。「宇宙に響けわが心、伝えよわが魂」、古歌が伝えている。そのような国柄だった。それは何によってもたらされたかと謂えば、それは「日本語」以外にない。日本人の原始的な感性は、最も古い言霊を秘める日本語に負っている。歌は日本語の粋である。日本語の形成が何万年か解らぬが、人びとはおそろしくて美しい大自然を畏れ愛でて来た。直近の鬼界カルデラの噴火は7600年前、九州は住むに絶えず、人びとは関東・東北に逃げた。揚子江沿岸にも逃げたかも知れない。だが、未だに日本語の起源を海外に探している人が居る、何というボタンの掛け違いなのか。2025・04・05
* その人間の内面の一番大切な部分は外からは見えない。若しも見えて居る部分が有るとしたら、それは本質とは別な二次的な部分に他ならない。2025・02・26
* 殆どの人々は何の覚醒も無く惰性で生きてゐる。その様な状態を望んで居る支配者が居る。本人は勿論、自分が惰性で生きてゐるとは思っていない。然も自分で世界を理解する判断力を持っていると、間違ってそう思ってゐる。2025・02・26
* ある科学者のことば、「私の母は学歴が無かった、だが私の100倍もの本当の智慧が在った、どう逆立ちしても私は母に敵わない」。旧石器時代以来、日本国は偉大なる母たちで保持って来た。日本の縄文が偉大だったのは、多くの母親が偉かった為である。今の世の中を見渡して私が日本に危惧しているのは、この偉大な母親たちを見ることが少なくなった為だ。これは偉大な母親の智慧が継承されて居ない事なのではなかろうか。2025・02・27
* 多くの人は決して学ぶことは無い、学んだ様に見せかけているだけだ。世の中は空虚な学歴履歴と肩書で動いている。本当に学んだものが民衆の大多数を占める時に、日本は確実に変わる。2025・02・27
* まだ若い内は世界は見えて居ない。本当の歴史は或る事実を知る事無しに知れるものでは無い。先人たちの得た見解は絶えず悪意で支配する者によって消され或いは改竄されている。一般の民衆が無知の状態に置かれているのはその為にも因る。2025・02・28
* 我々大人は、いつから子供の心を失ったのだろう。小学生の頃に昆虫少年だった僕はキラキラと輝く眼をしていた。何時の頃からか、したり顔をして理屈を捏ねる駄目な大人に成ったのだろう。全ての大人はむかし子供だった。だが、それを覚えているものは幾らも居ない。2025・02・28
* 本当の知性に附いて一つ言える事がある。それは本物の知性の証としてあるのは、自ら学び、発見をして行く者のことである。釈尊が謂う様に、彼は牛のように慎重に思慮深く歩む。そして過去の偉大な智慧を尊び、それを自分の内に吸収する事の大切さを知ってゐる者である。平板な一般の常識を鵜呑みにしない為に、彼は中々同類の仲間が出来ないが、それでも彼は笑っている。然し、それは本当の意味での彼の内面の事であり。外面的には幾らでも何も知らない一般人と和気藹々調子を合わせる事も出来る。彼は常に学んでゐる、そして、にこやかに接してゐ乍ら、相手の知性の中身に附いての判断は厳しい。彼は或る意味で怖い人でもある。2025・02・28
* 人が生きて来た本当の人生の糧は、得られた物質的財物ではない。我々のこの体はいつか生きることを止める時が来る。その時にあらゆる財物はその価値と意味を失う。我々のすべては母の腹から裸で生まれて来た。ほとんどひとりでは生きられない未成熟児を、母は乳を与え慈しみ育ててくれた。やがて母は死んでしまったが、父母の思い出は、人生の困難な時にいつもいつも支えてくれた。我々の一番の価値が在るのは思い出である。我々は裸で生まれて来て裸で土に帰る。2025・02・29
* 創造性には、徹底して自分の頭で考えるという事が一番大事なことだが、それが為されて居ない事が最大の問題。知識よりも想像力の方が大切なのだが、これはおそらく教育制度の刷り込みに因る物だろう。日本の現状の教育制度は、そこに在るモノを矢鱈に覚えることを重視し考える事を教えていない。戦後の占領軍が導入した教育制度は、日本人が、分析し・考え・疑問・を持つことを否定している。だが、何れにしても、自分の頭の中で吸収した知識を結び付けることは想像力の所産である。そしてこれ程、楽しいことはない。まったく異なったもの関係を類推し同定する。沢山の結論をインプットして昇華する。異なった分野の情報が多い程、その想像力の範囲は深く豊かになる。それを自分の頭で納得するまで考える。それは一見難しい様に見えるが、全く異なった現象に同じ関係を見出すことだ。2025・02・29
* 古代の自然哲学は素朴な実在論であった、日本の縄文人の人々も、その様に解釈してゐは筈である。自然の齎す諸現象を、統一した見解で理解したいという願望が、自然哲学を発達させた。それは何万年もの遠い昔の事ではない。高々二千年くらい前の古代ギリシャに始まる機運であった。ギリシャ自体も、その様な知識を自分達で生み出した訳ではなく、諸国を航海した後、当地の言い伝えや、考え方を学び、それを総合したのである。2025・02・29
* 日本文明の鍵を握っているのは「日本語」です。世界でも特異なコトバの範疇に入る日本語でも、時が経つと常に変化をします。語彙は勿論ですが、それだけではない、江戸時代のコトバは、まあ何とか理解できますが、室町、鎌倉、平安、奈良、天平、縄文、となると自信がありません。でも同じ日本語ですから、まるで異質なコトバではない。それに「方言」と言う物もありますからね。日本語の起源はいろいろと説が沢山有りますが、この言葉はどこぞの国から伝わったものでは無く、日本で独自に発生したコトバです。そして島国という条件がその独自性を保存して来ました。どこぞから伝わったという起源を探しても無駄です。それは徒労に終わる。なぜなら日本語ほど古いコトバは無い。若し伝わったのなら、それよりも古いコトバがある。だが日本語は世界最古のコトバなのです、ですから伝わったという空想は矛盾しています。日本語の持つ不思議な効果は日本語で生活をしている人には、中々把握できない。思考はことば以前からあるが、思考と言語の関連性が十分に研究されて居ない。2025・02・30
* 人々が金科玉条の如く信じて居る民主主義とは最良の制度であろうか?。2025・03・01
* 初めの生命はもちろん浅い海にうまれた藻類だった。この藻類がやがては植物と動物に分化し、海で生きる為に多くの資産を開発した。それは運動能力と感覚器の獲得である。太陽の燦燦と降る陽光の下に初めての命はうまれたのであるから、光りに対応するもの、光に反応するか感覚器を司る細胞(視覚)が出来た。そして光を受けて外なる世界を見ることが可能となった。それと同時に空気の波動に対応する機能(聴覚)も、細胞の変化から起きた。そして何時の頃からか?雄性と雌性がうまれ、それが互いの補う形で、次の生命を創り上げる力を獲得したのだ(有性生殖の発生)。それは大気中に上陸する遥か以前の事だろう。メス性は体の中に次の生命となる卵巣を持ち、それを定期的に排出する事で卵を育てることに成る。だが其処にはオス性のもう一つの遺伝子が必要となる。もしもオス性の精子がメス性の卵に届かないならば、卵は子宮に着床もせず死んでしまう事に成る。メスの排卵は自然のサイクルに従っており、それはメスの個人の意思で排卵をしたり、排卵を止めたりは出来ない、自然のサイクルに従っている。オス性も遺伝的行動から、メスの子宮を通じて卵巣にまで精子が侵入するように、排卵の機会に受精が出来るように行動している。だが、これは自然のサイクルの面もあるが、行動は脳神経の中に蓄えられた本能の所作行動であろう。
よりメス性の方が、その生殖過程は自然のサイクルが命ずるシステムに従っている。例えば鱒や鮭は川の流れの中で受精をし、川自体が卵を育てる子宮の役割をして居る。川を汚しては成らない、それは縄文の古代から言い伝えたれた掟である。古代人は環境を含めた生態系が命のふ卵器であることを本能的に知ってゐた。彼らは実に智慧があった。我々は太陽の運行、月の重力と満ち欠けのシステムにより、命のリズムが形成されている。そのことを古代人は知ってゐたが、生活の全体が依り自己家畜化した現代の人間はその能力を失った。それは進歩とは言えず、むしろ退化に近い。大自然と一体に成ろうとする修験道は失われた本能それを回復する為の方法で在ったかも知れない。
何事も大自然の創り上げたSystemを内に取り込みその真の力をもって遠い故郷の賜物に帰って行くことは、若い時に修験に没頭した真言宗の開祖の弘法大師空海の目指すところでも在った。佐伯真魚氏は多くの弟子達に単に私がやった様な跡を追うこと無く、私が求めて果たせなかった言語の真理を探究して欲しいと言い残したが、弟子共は師を越えようとはしなかった。それは師が探求して果たせなかった課題が物凄く難しい事の現われであった為である。情けないと謂えば言えるが、独創的な人物はそう簡単に現れるものでは無い。朝晩に師の廟に食事を運ぶことは好いが、そんな事よりも師が探求して果たせなかった言語の深淵を探求すべきではないのか?。その方が師は悦ぶと思うがどうだろう。でなければ真言宗は既に空海で終わってゐる。他の宗派は既に終わってゐる。それでも動いているのは惰性の賜物であろう。2025・03・25
* 地球が暫時氷河期に向かっているというのに地球温暖化を防ぐために、二酸化炭素を出すなという方針だそうですから、大衆を騙す支配者の遣ることには際限がない。生命の源は二酸化炭素にある。前に藻類の事を書いたが、太陽光と水、そして二酸化炭素が生命の源である。動物は植物によって命を支えられて居る。植物が偉大なのは、太陽光からenergyの全てを光合成によって生産する。動物がこの地球に生きてゐられるのは、植物のお陰なのである。山も管理しないと効果的に植物も繫茂できない。枯れ枝、落ち葉、伸びた草、などを取り除く必要があるのだ。管理することで植物は効果的に成長できる。2025・03・26
* 今は危機の時代だ、グローバル勢力に支配されている政治体制が信頼できない、C19以来、人間の平和な常識的と社会は脅かされつつある。すでに戦争は仕掛けられていると見るべきだ。流行病とか移民とかで。また人々を縛ろうとする政策法令が可決される。人々は何を信じて好いのか判らない時代になった。下手をすると誘導されて命まで奪われる。災難を見通している方も居られますが、殆どの人は、どんな理由で、何が起きて居るか解らないと思います。戦後に生れた我々には、まったく知らされて居ない秘匿された事柄がある。それを知れば歴史の謎は氷解します。それにはタブー化された事実や、秘匿されている歴史を知る事が必要があります。大事件は恐らく常に、計画し動かしてゐる事実です。2025・03・27
* なぜこんなにも病人が多いのか、むかしはこんなに多くは無かった気がする。病気の元はひとつに食にある。様々な添加物が混入したものを食わされている為という原因もある、今の我々は身近に在る薬草の効果を知らないし、どれが薬に成る草花かも知らない。わたしの尊敬する田中圭一先生は、「江戸時代の医学は予防医学だった」と書かれている。病気に成ったら医者のも行くであろうが、それ以前に自ら薬草を採取し、或いは庭に薬草を植え、そこを薬園の様にして居たという。庭は予防医学の為の漢方薬の宝庫だった。それらは各家で育てられ使用されたという。江戸時代の智慧は、こんな所にも有ったのだと感心した。2025・03・28
* 言葉の究極の問題は、簡単に言えば、どう意味がわかる過程が機能するか?という問題に尽きる。①、ことばの問題は、音を使って、どの様に意味を伝え、それが相互に分る過程が、どうなっているか?を、掴むことに尽きる。また、音から意味への変換を、無意識の時点でどう構成されるか?を把握することに尽きる。②、音に意味を載せるには、すでに意識の内に伝えようとする構文を先導する、意識と音をつなぐものがある。③、伝えようとする意志が構文をつくる。④、音声化と構文は同時に起きる。⑤、音声化が不可能だとそれは失語症となる。失語症には機能的失語症と、意味的失語症がありそうだ。
* コトバの問題は、どうやって音から意味を理解できるか?という過程を知ることに尽きる。2025・03・31
* 対話と思考のことばは、おもに波動に拠って通信される、人間の場合は声帯が空気を震わす際に発する音である。音は例えば電話線の中を流れる電子のながれや波動で、其れを類推表現されるが、音や電子のながれが言葉なのではない。ことばと言うのは流れに両端についてゐる意識の事だ。そこを間違うと何か変な事になる。電話線の中を流れる電子の波動が、言語の全てだという結論が、構造言語学派と言う人達の結論だ。彼らは其処にある物のみに注意を傾けて、それが全てだと結論している。一番重要な所が見えてゐない。2025・04・01
* 流れと形には、どこか必然の美しさがある。生物のかたちと言う物は、どういう理由で出来たのだろう?。水の中を動く生物は、其れなりの形をしている。流体に沿った形態をしている。むかし「生物のかたち」という書物に出会った。ダーシー・トムソンの、子供にでも解るやさしい本である。誰でもが子供の頃に不思議に思った問いがそこに書かれている。かたちはその環境に生きる生物がつくり上げたものだ。水中には水中の、空気中には空気中なりの形がある。必然と思えるかたちは、そうした環境に適応したものとして生まれたのだろう。そして、それは美しくて無駄がない。モミジの種子も素晴らしい二枚葉をもっている。それはハエの羽根にソックリだ。筋がその羽根の強度まで設計したようでもある。私は小学生のころ昆虫少年だった。家の周りの雑木林には、何本ものクヌギやコナラの木々があり、そこにはカナブンやらクワガタ、カブトムシが、クヌギの木の樹液を舐めに集まってきた。そこに行けば、簡単に昆虫の行動が観察できて、捕まえることもかんたんだった。そこは子供の夢の場所だった。やがて少年は、生き物の形が殆ど完璧に構造力学的に設計されていることを知った。だが、昆虫が自らかたちを作り、その力学を知ってゐたのだろうか?と不思議だった。やがて、私は人間が小さなノミ一匹のすべてを知ることさえ出来ない事を知った。ひとつのいのちは広大な宇宙そのものである。2025・04・02
* 降りつづいた雨もようやくあがり、今朝は朝日が差してきました。三月末から気温の低い日があり、桜もまだつぼみの侭でしたが、これからは二分咲き、三分咲き、五分咲きとなり、満開も近いでしょう。サクラ前線もしだいに北へと移動している様です。日本にはサクラの銘木名樹があります。とくに関東から東北に掛けては素晴らしいいサクラを楽しむことが出来ます。わたしも桜の名樹の花を楽しみにして居ます。名木を見て見たい。その花の素晴らしさは代えがたいものが在ります。西行法師が愛したサクラ、良寛禅師が愛でたサクラ、芭蕉の俳句のサクラ、わたしもサクラの名木をみる旅行がしてみたい。2025・04・04
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