ミムラのブログ・マラソン

三村邦久が楽しい体験を公開

最強のメンター勢揃い

2009年05月31日 | 学び
てっぺんの大島社長から頂いた維新の志士たちの写真を自宅の机の前に飾りました。 坂本竜馬、 西郷隆盛、小松帯刀、大久保利通、 桂小五郎、高杉晋作、 勝海舟、 などなど みんな私の年齢より若いと思われますが、 自分の命を捨ててでも、日本を変えようとしたエネルギーを貰いたいと思います。 . . . 本文を読む

タウン・ウォッチング

2009年05月30日 | 休息
今日は久しぶりに雨が上がった。 自宅よりセンター北駅を経由しセンター南駅までジョギング。 往復7キロ程度で体の中から汗とともに老廃物が出て行って、最高に爽快だ。 センター北駅では壁面アートを発見。 誰の作品かしらないが、自分のエネルギーを放出するのは最高の気分だろう。 自分の中のものを外に出していくことが快感を得る秘訣かな。 . . . 本文を読む

知的資本経営のすすめ

2009年05月29日 | 仕事
今日は、「知的資本経営のすすめ」を刊行されたアクセルの船橋さんと丸善社長である小城さんのセミナーに行ってきました。 船橋さんとは彼がリクルート時代から付き合いで、一緒に仕事を何度もさせて頂いて本当に感謝しております。 小城さんは、東大法学部卒通産官僚出身ですが、中小企業支援担当をされていたこともあるようで、親しみをもっていました。 さて、知的資本とは、会社の利益を生みだす基となる経営者から社 . . . 本文を読む

横浜中央市場でランチ

2009年05月28日 | グルメ
水産部門のご飯やさん。 ”もみじや”のおまかせ定食1000円。 ドーンとウニの箱。 マグロ、ぶり、きびなご、かつお、あじ、サーモン、ホタテ、たこ、甘エビなど びろーんと長いエンガワ ご飯、味噌汁はお代わり自由 大満足 近いし、穴場を見つけた。 ラッキー この店は不況は関係ないよ様子で、常に行列ができている。 新鮮、品数多い、ボリューム満点、こんな店は不況知らずだ。 . . . 本文を読む

賜杯の行方は?

2009年05月24日 | マラソン
5月場所14日目 33連勝中の横綱白鵬が琴欧州の上手投げに屈して1敗。 大関日馬富士は、横綱朝青龍を外掛けで破り1敗を死守。 いよいよ、25日が決戦の日だ。 誰が勝つにせよ、モンゴル勢だけど。 あとの注目は、千代大海が大関の地位を死守できるか否か? 5勝7敗から7勝7敗まで挽回したので勝ってほしい。 . . . 本文を読む

21回目の結婚記念日

2009年05月15日 | 家族
今日は21回目の結婚記念日。 今年は節約で、ミッドタウンのUnion Square Tokyo でランチです。 http://r.gnavi.co.jp/a068865/ 店の青柳マネジャーや中里さんはじめ、みんなにお祝いの言葉を頂きました。 また、シャンペン、記念のプレート、そして花束をプレゼント頂き感激です。 是非、機会があればどうぞ。 そして、いつでも楽しいことができるように、 . . . 本文を読む

価格破壊の最前線

2009年05月14日 | 風景
ここは、花屋の価格破壊最前線です。 近くの花屋さんで隠し撮り。(ウソ) ここは、苗20本ほどで1050円、写真にある3ケースで3150円です。 でも、別のを1ケースしか買ってませんが。 週末は6つほどある駐車場は常に満杯、お店にはいつも列をなしています。 薄利多売の典型モデルです。 . . . 本文を読む

竜安寺 我唯足知

2009年05月13日 | 文化
今日は知人のIさんと久しぶりに寿司屋で飲みました。 寿司屋っといっても、B級グルメの私がお薦めの店です。 横浜西口を出て、ビックカメラとスターバックスの間の路地を入ると右手に 「網元伊豆」と店があります。 ここは、安くて抜群です。 是非。 Iさんと話をしているとGWに石庭で有名な京都の竜安寺に行ったとのことで、話が弾みました。 わたしも昨年12月に行ってましたので、記憶力のない私でもどん . . . 本文を読む

イメージアップ

2009年05月12日 | 仕事
今日はプロの方に写真を撮ってもらいました。 HPなどで使いますが、これまでは ”顔が怖い”、”会った時の温かさがない” などと言われておりましたので。 今回は顔のシミも化粧で消してもらって、100枚以上撮ってもらって、その中からチョイス。 先立て、自分のサクセスカラーを分析し、スーツやネクタイも吟味し、今回の写真撮影です。 ”人は見た目が9割”、”第一印象で決まり”なんてことですか . . . 本文を読む

横浜開港150周年 

2009年05月11日 | 文化
横浜開港というととても目出度いはなしなのですが、150年前はとんでもない混沌とした時代でした。 1853(嘉永6)年、アメリカ東インド艦隊司令長官・ペリーが率いる4隻の黒船が浦賀沖に現れた。 ペリーの目的は日本に鎖国政策を破棄させ、港を開かせることだった。 安政元年、日米和親条約を横浜にて締結し、近代日本の開国となった。 アメリカ側の交渉役は日本総領事ハリスへと引き継がれる。 そして1858( . . . 本文を読む