Romarin フランスの草の根となって

住み始めた時は腹がたち、住み慣れると離れがたいフランスにすみ、45年の年月がたちました。日々のことなど綴ります。

酪農業博覧会

2008年02月27日 | 生活
パリの酪農業博覧会でのサルコジの吐いた言葉が
インターネット上に流され、ものすごい反響となった。
テレビ、ラジオのニュースでも一番目に取り上げられる
ほどの事だった。

この博覧会の初日にサルコジ大統領が訪問し、たくさんの
人に囲まれ握手をし続けていたが、めがねをかけた男性に
近づいて握手をしようとしたら、その男性が、
「触るな、私の事を汚さないでくれ」と言った。
サルコジ大統領は一瞬考えた風だったが、
「あっちへいけ、貧相なやつめ」----と日本語に訳すとこうなるだろうか?
と非常に汚い言葉を吐いた。

普通に生活していてもこのような言葉遣いをする人はそういない。

一国の大統領なるものが、ひどい事を言われたとしても
このようなことばをはくべきでない。

喧々諤々、国中が大騒動と言う印象である。



きょうはシラク前大統領がやはりこの博覧会に来た。
大変な歓迎のされ方で、「やっぱりシラク前大統領は違う。
私は今の大統領は嫌いだ」と言っているマダムもいた。

シラク氏は大分やせた感じを受けた。大きな手をひらひらさせて、
打ち解けた笑顔で、品格のある態度はやはり今の大統領にないもの
と実感させる。



ラジオで面白い事を言っていた。

   サルコジ氏に向かって「さわるな、汚くなる」と言っためがねの
   男性はいったいなんだったのか? 彼が何者かわかったら歴史に
   名が残るだろう。

免許をとるまで・・そして事故!

2008年02月12日 | 生活
娘が晴れて車の免許を獲得しました。
一度自動車教習場に登録をして、レッスンも全部受けた段階で
試験を受ける前に、オランダに勉強に行く事になって中断したのです。
4年間そのままになっていました。

2年間までだったら継続できたのですが、長すぎたので、もう一度
登録し直し。
娘も申し訳ないと思ったらしく、お小遣いをためて、自分のお金で
また教習場通いが始まったわけです。

幸いに、法規の試験は一回で受かりました。
実技は2回失敗。

3回目にやっとOKが出て大喜びしたのですが、試験官が書類を見て、
「書類が期限切れだ」といったのです。たった4日間過ぎただけの事
なのですが。

その書類は最初に登録した時に期日でした。

娘はは真っ白な顔をして帰ってきました。
「受かったけど落ちた・・・」

主人は教習場に抗議しに行きました。
でも何の成果もなかった。
ただ、次回受ける時の経費はとらないことにしてくれたのですが、
次回は受からないかもしれないし、本当に面倒な事になりました。



結局は受かったという結果が大元の所に行って、免許証が来たのです。


やったぁ~

さてさて、早速わが愛車、フォードのKAを運転。

うむうむなかなかうまいではないか。



2週間たちました。

妹がアパートを換わるのでその手伝いに行きました。
その帰りに私の仕事場に迎えにくることになっていて、
待っていた所に、携帯で電話。
「今から行くからね・・・・・・ああっ、ぶつかったぁ!!!」

「え、どこ?」

結局娘が悪くて、示談書を書こうとしたら、相手の人が
「とってもいいひとで」
「100ユーロをくれたら、それでいいですよ」

最初はそんなのだめだ、と言おうと思ったのですが、
確かに、初めての事故、しかも責任はこっち側。
保険料が高くなってしまう。などとつらつら考えて、
100ユーロですめばおおもうけだ。なんて思いました。

結局車の修理費が高くなりそうなので、保険会社に事故の届けを
出しましたよ。
修理は車の値段くらいかかるという事が判明し、保険会社は車を
会社に譲るか、修理するかという事を行ってきたので大いに迷いましたが、
また新しく車を探さなければならないことなど考え合わせ、修理する事に
決定。

あと一ヶ月絆創膏を貼った車を運転するのです。