goo blog サービス終了のお知らせ 

映画批評etc

映画の感想ではなく批評
その他諸々

明日の記憶

2008年12月11日 | 映画(ア行)
★キャスト
渡辺謙
樋口可南子
吹石一恵
大滝秀治
及川光博
香川照之
渡辺えり子
坂口憲二
木梨憲武

★スタッフ
監督 堤幸彦
原作 荻原浩 「明日の記憶」
脚本 三浦有為子 砂本量
プロデューサー 渡辺謙

★あらすじ
大手広告代理店で働く佐伯は、取引先や部下からの信頼も厚い、現役バリバリの宣伝企画部長。精力的に仕事をこなす彼だが、最近、物忘れが激しい。「あの、えーと、なんだっけ、あの、メガネの…」異変に気づきながらも、彼は仕事に励むのだが…。不治の病・若年性アルツハイマー病に侵されていく、ある働き盛りのサラリーマンと、そんな夫を支え続ける妻の感動のドラマ。萩原浩・原作のベストセラー小説の映画化。

★寸評
重い病気を患った事がある人や周囲にいた人、健康でずっときた人との間で評価が細かく分かれるだろう映画です。
私は前者です。
そして、非常に感情移入しました。
不幸にも病気に遭った人で「こんなもんじゃない」って怒る人もいるでしょうが、患者それぞれによって状況は違うはずです。
私は主人公の心理の描写、会社や家族との関わり、それぞれのクライマックスで全て心を強く動かされました。
そして、映画にラストがきても病気にはラストはなく、現実は厳しく横たわっている事実という描き方にも共感しました。

そしてなにより、メインキャストの熱演は素晴らしいです。
渡辺謙さんはもとより、他のキャストも全員素晴らしいです。

批判めいた意見を言う事が実に難しい映画で、正直参ります。

脚本の甘さだとか、現実はこんなもんじゃないとか、娘との関係が希薄とか、散見致しましたが、全てお門違いな批判です。

真正面からこの映画の言わんとしている事を受け止めれば、そういう批判は出てこないはず。

この映画は主人公のキャラに起こる病気を描いている訳です。

だから、架空の出来事というよりも、近い将来、自分に起こりうる自体を描いていると考えるべきです。
病気は誰にでも起こることです。
それも荒唐無稽な病気や奇病でもなく、非常に身近な病気のことです。
周囲にもあるだろうし、自分にも起こる。

だからその上で、今の健康に対する感謝を持つ。

これがこの映画を観る上で当然持つであろう姿勢だと思います。

ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還 - スペシャル・エクステンデッド・エディション

2008年12月11日 | 映画(ラ行)
★2003年公開

★キャスト
イライジャ・ウッド
イアン・マッケラン
リヴ・タイラー
ヴィゴ・モーテンセン
ショーン・アスティン
ケイト・ブランシェット
ジョン・リス=デイヴィス
バーナード・ヒル
ビリー・ボイド
ドミニク・モナハン
オーランド・ブルーム

★スタッフ
監督 ピーター・ジャクソン
原作 J・R・R・トールキン 「指輪物語」
脚本 フランシス・ウォルシュ
   フィリッパ・ボウエン
   ピーター・ジャクソン

★あらすじ
冥王サウロンの指輪を葬る旅に出た仲間たち。アラゴルンたちと別れてしまったフロドとサムは、ゴラムの案内で滅びの山へと近づいていたが、指輪を取り戻したいゴラムは、2人を陥れる計画を練っていた。一方、ヘルム峡谷の戦いに勝利したアラゴルンたちは、オルサンクの塔を襲撃したメリー、ピピンと合流する。

★寸評
三部作の完結である。
結論からすると壮大な叙事詩だった。
ラストは全てが大団円で、めでたしめでたし。

いい作品だろう。
これ以上言う事はない。

ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔 - スペシャル・エクステンデッド・エディション

2008年12月11日 | 映画(ラ行)
★2002年公開

★キャスト
イライジャ・ウッド(男優) フロド・バギンズ
イアン・マッケラン(男優) ガンダルフ
リヴ・タイラー(女優) アルウェン
ヴィゴ・モーテンセン(男優) アラゴルン

★スタッフ
監督 ピーター・ジャクソン
原作 J・R・R・トールキン 「指輪物語」
脚本 フランシス・ウォルシュ
   フィリッパ・ボウエン
   スティーヴン・シンクレア

★あらすじ
荒涼とした景色が広がるエミン・ムイルを行く、フロドとサム。彼らは滅びの山の亀裂に指輪を捨てるという使命のため、冥王サウロンが支配するモルドールを目指していた。そんな二人の後をこっそりとつける怪しい影。それは指輪の前の持ち主ゴラムだった。フロドはエルフの綱につながれて苦しむゴラムを哀れに思い、モルドールへの道案内を命じる。

★寸評
本作は、はっきりと3組の主要人物が別れて行動する。
非常に判りやすい。
即ち、ホビットの4人が2組に分かれ、残りのアラゴルンとレゴラスとギムリの3組である。
キャラクターもクッキリとしてくる。
この描き方はいい。

本作で、前作で死んだボロミアのエピソードが語られる。
よやく、なるほど、と判る。
ここでしっかり語られなきゃいけない必要性がある。

しかし、相変わらず地名は沢山出てくる。
これが判り難い。
地図でも持って観ればいいのかもしれない。
判ったところで、どうというところはないんだろうけど。

本作の一番の見所は、城攻めの場面だろう。
実にエキサイティングな撮り方である。

城の正面での、オークからの攻撃とその防戦である。

何とも理に適った互いの攻防。
敵のオークは1万人。
しかも命知らずな野獣。
味方は300の精鋭。

堅固な城と、好く訓練された守備側の戦いが臨場感たっぷりに描かれている。
一人一人の殺陣を見せつつも、全体を俯瞰した視線でもたっぷりと見せてくれる。
これだけの映像はなかなか観られるものではない。

本作でゴラムがフィーチャーされる。
優しいというか甘い、フロドはこのゴラムを道案内として連れて行く。
このゴラムというキャラは面白い。
完全なCGキャラだが、表情豊かで心理描写も巧みである。

フロドとサムの二人では旅が持たない。
なにせバトルは弱いキャラなので、戦うわけにいかない。
が、この二人に輪をかけて人間以下の弱さのゴラムの登場は秀逸である。
肉体的にも精神的にも弱く、悩む悩む。
しかも実に醜い。
何とも憎めない。

しかし、また本作は次回が在りきで終わる。
一番コケやすい二作目だが、実にハリウッドらしいサービス精神で乗り切った作品である。
逆に、前作と次回作がなければ成立しえない作品だが、その弱点を逆手にとった良作である。

ロード・オブ・ザ・リング - スペシャル・エクステンデッド・エディション

2008年12月11日 | 映画(ラ行)
★2001年

★キャスト
イライジャ・ウッド
イアン・マッケラン
リヴ・タイラー
ヴィゴ・モーテンセン
ショーン・アスティン
ケイト・ブランシェット
ジョン・リス=デイヴィス
ビリー・ボイド
ドミニク・モナハン
オーランド・ブルーム
クリストファー・リー

★スタッフ
監督 ピーター・ジャクソン
原作 J・R・R・トールキン 「指輪物語」
脚本 フランシス・ウォルシュ
   フィリッパ・ボウエン
   ピーター・ジャクソン

★あらすじ
世界を滅ぼす魔力を秘めた1つの指輪をめぐり選ばれし宿命の勇者9人と悪の勢力との壮絶な戦いが今、幕を開ける!!

★寸評
三部作の第一作である。
膨大な含み情報量である。
なにしろ原作は10作もあるらしいので、三作品でもまだまだ足りないはず。

従って本作でも重要なエッセンスはかなり省かれているであろうことは想像出来る。
が、それ以上に問題だったのは戸田奈津子の誤訳だったらしいが、この問題も置いておく。
そもそも英語圏でない我々が、全てのニュアンスを理解しようというのは無理だから。
そもそもあの方の訳は「戸田奈津子語」ということが出来る。
「MotherFucker!」を「この野郎」と訳すことが多い。
猪木じゃねーんだから。


それよりももっと大事な部分は固有名詞だろう。
本作では地名と名前と種族名とか様々な固有名詞が出てくる。
国くらいは大体は把握できたが、都市まで別々になってくるともうどうでもよくなってくる。
加えて、キャストのルックスが多少似ていると、キャラが立つまでは必死で追わなくてはいけない。
これがボロミアの死ぬところで顕著に顕れる。
私は正直、アラゴルンとボロミアの区別が曖昧だった。
アラゴルンは「ストライダー」だとか「レンジャー」とか呼称が変わる上に、ボロミアと同じ人間である。
誰が誰だかハッキリ判るまで時間が掛かった。
その上、アラゴルンはエルフの姫とのロマンスの間に非常に幻想的な遣り取りをするので、本人確認はボロミアが死ぬとき。

この場面が非常に悲しくない。

ま、私が馬鹿なんでしょう。

さて、酷いことばかり書いていて、些かながら後悔している。
酷くはない。
むしろ素晴らしいと言える。
この作品のダイナミズムは、戦闘シーン。
キャラクター群像で観る部分はあるが、戦闘シーンは今まであまり観たことがないくらいに出来がいい。
まず、ワイヤーっぽくない。
当然使ってるところはあるが、いかにもワイヤーですって感じには見えない。

あと設定上、あまり無茶苦茶しない。
さっきまで普通の人間だったのに、空飛んだり(エルフは無敵っぽいがそれはワキなのであまり本編を支配してない)。
ファンタジーだとよくある話で、お約束的な部分。
いや、これファンタジーなんだからいいじゃないですか、みたいな都合のよさが出てこない。

あと、魔法があんまり強くないので、全知全能の無敵感がしない。
設定作った人は賢くて、この魔法って結構厄介で一個設定を崩すと物語全体を揺るがしかねない危険なもんだってことを、よく判ってる。
彼らの目的は指輪を破壊しに、火山に行く旅をすることである。
じゃ魔法で指輪をビューンって飛ばせばいいじゃんっていうことにならない位、魔法があまり言う事を聞いてくれない。

それに主人公のホビットが弱い。
何の特技もない。
彼の持つ特徴は勇気とか、足の裏が厚いとか、よくわかんないです。
この辺が人の心に響くんだろう。
ダメな奴とか弱い奴が頑張ると、俺も頑張ろうってなるから。

次の作品を観ざるを得ない作品である。

レオン/完全版

2008年12月11日 | 映画(ラ行)
★1994年アメリカ・フランス

★キャスト
ジャン・レノ
ナタリー・ポートマン
ゲイリー・オールドマン
ダニー・アイエロ
エレン・グリーン

★スタッフ
監督&脚本 リュック・ベッソン
音楽    エリック・セラ
主題歌   スティング "Shape Of My Heart"
挿入曲   ビョーク "Venus as a boy"

★あらすじ
凄腕の孤独な殺し屋・レオンと、家族を殺され、孤独になった少女・マチルダの純愛を描く。

★寸評
評価のしにくい映画である。
既にこの映画は歴史上の作品とすら言える、評価の確定した映画である。
批判する事は、冒険的作業になる事を覚悟しなければならず、かといって賞賛することは「何をいまさら」と思われるのが確実だからである。


ゲイリーオールドマンの奇妙な存在感。
ナタリーポートマンの艶やかとも言える好演。
そしてジャンレノの時折見せるコミカルさと重厚な渋味。

ゲイリーオールドマンが死ぬラストシーン。
「SHIT」→爆発
実にクールだなと思いました。

ナタリーに「恋をした」と言われ、牛乳を吐くジャンレノ。

レストランで酒を呑み、楽しくなっちゃって馬鹿笑いをするナタリー。


印象的なシーンは枚挙に暇なし。
文句の付け所がありません。

小道具が利いている。
冷酷な「cleaner」であるレオンは、観葉植物と牛乳を愛している。
麻薬捜査官のスタンスフィールドが気合入れるときは、カプセルの薬をカリッとキメる。


リュック・ベッソンはカメラワークやアートに特徴がある監督ですが、この作品では非常にオーソドックスに撮ってます。
王道的と言っていい。
観るものに挑戦をする様な演出や斬新な映像は少なく、むしろ判り易い演出に終始していると言っていい。

肝心の内容です。
ベッソン作品はストーリーをどうこう語るべきではないとすら言われますが、多少気になった点を述べます。

ストーリーも実はオーソドックス。
アンチヒーローのレオンが、今まで誰にも心を開いた事がないのに、薄幸の美少女のマチルダに、心を開いていく。

ラストは衝撃的ではなく、当然の帰結でしょう。
カトリックの世界(仏)にいる、レオンは当然死ぬことになるでしょう。
殺し屋ですから。
拭う事の出来ない罪を犯しまくってます。
衝撃のラスト、みたく語るのは感情移入してるから、衝撃なだけでしょう。
どんでん返しも無く、悲しく美しい結末と言えるんじゃないですかね。
もし、マチルダとレオンが結婚したりしたら衝撃の結末ですがね。


少し書きましたが、私が理解に苦しんだポイントはレオンとマチルダの関係です。
劇中でも露骨にマチルダが「愛してる」って言っちゃってますが、単純な関係ではないはず。

フランス人の脚本なので、恋愛観のギャップとかも関係あるんでしょうか。
レオンは非常に人間関係に辟易しています。
少年のように恋愛に苦手意識を持っています。
マチルダは家族関係にトラウマすら抱えている。

この両者の間に芽生えた愛情に、素直に共感することは出来るもんでしょうか。

下品に言えば、ロリコンとファザコンです。
この関係は決して喜ばしくはないでしょう。
しかし、観る側はこの関係が恋愛に発展することは無いことがわかっています。

親子でもなく、恋人同士でもなく、ビジネスパートナーでもなく。
非常に微妙な関係。

これはなんだろうなぁと思っていました。
そしたら、ブラックジャックとピノコの関係に似てるかもなぁと思いました。

もし、ブラックジャックが死んでピノコが一人で残ったらこんな感じの切ない話になるんでしょう。

この関係は撮り方次第で嫌悪感のみが残る不快な関係になり得ます。
が、そうならないのは、むしろ、感覚的な部分なのかもしれません。

2人の身長の差とか年齢差とか、バックグラウンドの人間関係とか。


レオンはマチルダに本音っぽいことを初めて言ってからは、もう会いません。
あの後に2人を会わせる必要性が出てくれば、関係を見直さなきゃいけない。

だから、ラストはあれでいいのかなと。
論理的に説明するとそういうことになるんでしょう。

Life 天国で君に逢えたら

2008年12月11日 | 映画(ラ行)
★2007年公開

★キャスト
大沢たかお
伊東美咲
真矢みき
袴田吉彦
川島海荷
石丸謙二郎
哀川翔

監督 - 新城毅彦
原作 - 飯島夏樹『天国で君に逢えたら』『ガンに生かされて』(新潮社刊)
脚本 - 斉藤ひろし、吉田智子
主題歌 - 桑田佳祐『風の詩を聴かせて』

★シナリオ
ガンのために38歳の若さで他界したプロウィンドサーファー、飯島夏樹の著書『天国で君に逢えたら』『ガンに生かされて』を原作とした映画作品。実話を基にしたドキュメンタリー的作品として製作された。

★寸評
実話を下敷きにしている作品なので、作品の展開は自ずと決まってくる。
異空間が作れないからである。
しかも数年前の世界なので、余計に神経を使わなくてはいけない。
基本的に日常に生活している圏内で画を作らなくてはいけないので、劇的な画を作りにくいのである。
従って、本作にはCMで繰り返し流れている、ウェディングドレスでウィンドサーフィンに乗ってる画くらいしか、劇的な画は無い。

非常に気になったのがキャストの演技。
特に伊東美咲。
中心キャラに顔が綺麗なだけのマネキンを置いておく神経が許せない。
この女優とも呼べない棒読み丸出しの女性を上手いと感じる人がいるとしたら、日本の映画界の将来は不安。
既にそうなのか?
出てくる度に現実に引き戻される。
想像でしかないが、役作りをする際に、自分なりの役を作らずに、ご本人を忠実になぞろう、とか考えてあんな感じになったんじゃないだろうか。
所詮は素人の域を出ない役作りであるから、どうでもいいが。

あと、子役である。
大抵、子役の芝居はひっかかるが、本筋に迷惑を掛けない程度であれば許す。
が、演出上、これは許す・許さないの範疇を越えている。
(子供だから芝居が下手なのは仕方ないというエクスキューズは一切認めない。ならば巧い子を探せばいいだけの話である。「見つからない」のならば妥協した映画創りをしていることになり、観客を愚弄している。)
家族ドラマなので、本筋の重要な場面にも子供は出てくる。
その割には、長女の子以外は、その他大勢扱いで、非常にぞんざいである。
それぞれのキャラをクッキリ作るには時間的な制約があるのは分かる。
あと実際の子が、キャラ立たない子なのかもしれない。
が、テーマで「家族愛」を描くならば違うと思う。
「夫婦愛」で描くならば伊東美咲が酷いので、どうにもならん。

と、役者と演技について、書きすぎた。
映画をみると三流だが、ノンフィクションは非常に感動的である。
飯島夏樹さんは非常にダイナミックな人柄で、そのエッセイや小説は興味深い。
だから残念である。

2001年 宇宙の旅

2008年12月11日 | 映画(数字)
★1968年公開 
★監督 スタンリー・キューブリック 
 原作 アーサー・C・クラーク 「前哨」
 脚本 スタンリー・キューブリック
    アーサー・C・クラーク


★あらすじ
人類の祖先ヒトザルは謎の黒石板(モノリス)の啓示を受けて道具を使うことを知る。やがて宇宙に進出した人類は月面上でモノリスに再遭遇するが、その事実は極秘とされた。18ヶ月後、コンピューター・ハル9000に制御された宇宙船ディスカバリー号が木星探索に旅立つ。ハルは乗組員と会話を交わし、感情さえ持つかに見える。しかし乗組員はハルの性能に疑問を抱き、その機能を制限しようとしたが…。木星探索の真の理由が知らされた後、ボウマン船長はモノリスに導かれて異空間を旅し、モノリスの監視下で新しい人類へと進化する。
 
★寸評
奇才キューブリックの作品。
ガンダムもスターウォーズもこの作品がなければ生まれていないだろう。
ノベライズ版を含めて観ないとかなり難しい作品。
初見で論理をしっかりと追うことが出来る人は絶対いない。
いたとしたら、馬鹿か偉大な哲学者としてそのうち自殺する。
 
まず、台詞として説明される部分が極端に少ない。
最初の台詞が出てくるのまでには30分ある。
そして、台詞が出てきたら出てきたで殆ど説明的な台詞がないので、状況を理解するまでには、幾つものハードルがある。

無音状態の場面も多い。
宇宙空間において、呼吸音だけの場面も多い。

非常に客を突き放して考えさせる作品だ。
挑戦的作品だし、解釈次第で何とでも考えられる。
面白い映像は沢山あるし、デザインも非常に練られている。

が、あまりにも実験的過ぎる作品ゆえに、大衆には一切迎合していない。
簡単に理解なんかさせねーぞ、という意図すら見えてくる。

しかし、じっくり観ると判るところもあるかと思っていたが、さっぱり判らない。

こんな映画が許されるのはキューブリック作品以外に存在しない。

300<スリーハンドレッド>

2008年12月11日 | 映画(数字)
★2006年公開

★キャスト
ジェラード・バトラー
レナ・ヘディ
デヴィッド・ウェンハム
ドミニク・ウェスト
ロドリゴ・サントロ

★スタッフ
監督 ザック・スナイダー
原作 フランク・ミラー
   リン・ヴァーリー
脚本 ザック・スナイダー
   カート・ジョンスタッド
   マイケル・ゴードン
音楽 タイラー・ベイツ

★あらすじ
レオニダス率いる地上最強と謳われた精鋭300人のスパルタ軍が、クセルクセス率いる桁違いの兵力を誇るペルシア軍の巨大軍勢を迎え撃った “テルモピュライの戦い”を活写した。人類史上最強の男たちの勇姿を描いた、衝撃の歴史スペクタクル超大作!

★寸評
漫画で言えば、「北斗の拳」、ゲームで言えば「三国無双」。
マッチョイズムな映画である。
これは女性には理解し難い映画だろう。
女性は小道具程度でしかない。

本作の特徴は映像だろう。
普通のロケは全く無い。
自然がない。

故に完全なる作り物の世界である。
が、観るべきものは景色の美しさではなく鍛え抜かれた肉体美である。
ハッキリ言ってストーリーもどうでもいい。
何の趣向もない。
凄まじい血飛沫と、醜く化け物じみた敵と、マッチョな男達が暴れまわる爽快な映画である。

とは言っても、一応歴史をベースに置いているため、歴史考証が必要になってくるかな。
と思ったら、とんでもないことです。
歴史上こんな事実はないとか、こんな思想は存在しないとか。
そんな事を考える人がいたとしたら、それはそれで誤読の仕方が凄い。

敵軍のクセルクセス王は顔全体をピアスで覆っているパンクです。
敵軍の切り札の軍はサイも象も出てくる。


んなわきゃねーわな。
完全な漫画だ。


と誰でも思う。
だから歴史の作品と捉える必要はないと思う。
この映画に対し、イラン政府がイラン人の先祖であるペルシア人を激しく冒涜しているとして非難しているらしい。
この映画はペルシア人だけでなく女性も蔑視している。

だから観なければいいと思います。
映画なんだから、途中で止めればいいんですね。


あと、接写が多いのは残念。
「300人が戦う」という謳い文句だったので、もっと軍勢のVFXでも使って面白い画を作るのかと思ったが、そうでもなかった。
どちらかといえば、スパルタ兵の華麗な殺陣と変わった映像を見るのが主。
続編も作りたそうなラスト。
問題点は多々あり、修正できるかが課題。


そんな悪い作品ではない。
もっとイケた筈の作品である。

8mile

2008年12月11日 | 映画(ア行)
★2002年公開

★キャスト
エミネム
キム・ベイシンガー
メキー・ファイファー
ブリタニー・マーフィ
オマー・ベンソン・ミラー

★スタッフ
監督 カーティス・ハンソン
音楽  エミネム
主題歌 エミネム "Lose Yourself"

★あらすじ
デトロイトのヒップホップ・クラブで、毎週末に行われるラップ・バトル。白人のラビット(エミネム)は、その才能を発揮できずにいた。現在バトルを制する「フリーワールド」は、ラビットを目の敵にしている。ある日ラビットは、モデル志望のアレックス(ブリタニー・マーフィ)と出会い、恋に落ちた。だが、甘い時は長くは続かない。

★寸評
Hiphopをテーマにした作品。
カリスマであるエミネムを起用したのはいい。
が、エミネムのプロモーションヴィデオと化してしまった感がある。
貧乏、家庭の不仲、仲間との不和などが現代的な不健康さの中で、描かれる。
これを青春映画などとジャンル分けするべきではない。
実に不健康な現状である。

彼の母親は醜く下品。
仲間は馬鹿とかデブ。
恋人はビッチ。

それらの災難を乗越えてクラブでのフリースタイルバトルにぶつける。
結局、何も解決しない。
にも関わらずメデタシメデタシ的な雰囲気になっている。
憂鬱な現実を見せられても憂鬱になるだけである。

この手の不健康さがエンターテインメントとして成立しているんだろうか。
想定している対象年齢が10代から20代前半なんだろう。
自分が何者でどこに行こうとしているのか、ぶつける場のないエネルギー、鬱屈したエネルギーの爆発、などのテーマは、その昔Nirvanaのカート・コバーンのそれのようなものなんだろう。
その当時はリアルタイムに共感した。
が、それも既に10年以上前。
そこからそろそろ新しい提案をして欲しいと思ったが、一歩も前には行ってない。
それがアメリカの現状という事なのかもしれない。

プラダを着た悪魔

2008年12月11日 | 映画(ハ行)
2007年公開



監督 デヴィッド・フランケル
キャスト
メリル・ストリープ
アン・ハサウェイ
エミリー・ブラント
スタンリー・トゥッチ



あらすじ
大学を卒業してNYにやってきたアンディ(アン・ハサウェイ)。就いた仕事は超一流ファッション雑誌「ランウェイ」の編集長ミランダ(メリル・ストリープ)のアシスタントだった。 ファッション業界に絶大な影響を与える彼女の下で働くことは女性達の憧れ。だがアンディはミランダなど初耳、ファッションになど全く興味がない女性だった。本来の夢、ジャーナリストになる為の土台くらいの気持ちで働こうとする彼女だったが、そんな考えは吹き飛ばされてしまう。ファッションのカリスマ、ミランダはまさに「プラダを着た悪魔」だったのだ。



寸評
テンポが良い。
人間関係もすっきりしていて、力を抜いていても楽に見られる。
メリル・ストリープの演技は、当然巧いが特に目立って凄い事をするわけではなく、持っているポテンシャルからすれば当然の事をしているだけ。
そこが凄いとうことだろう。
アン・ハサウェイは最初っから綺麗。
多分、巨乳であるが故に、太っているっていう話になるが、普通に細い。




何か、おぉっと思うような何かを期待すると、残念な結果にはなる。
非常に戯画的な描写もあるにはあるが、ベースは日常に置かれているので荒唐無稽さもなければ驚くような提案も無い。
端的に言えば主演の二人に共感なり魅力を感じなければ何もなく終わってしまう作品だろう。
ストーリー展開は読める読めないの次元ではなく、こうならざるを得ないところをそのままなぞって行く。
それを小気味いいテンポで飽きさせずに見せた作りは良い。




それと、働く女性への応援歌かと思ったらそうでもない。
予定調和的なラストも実にハリウッド的であり、冒険はなく新しい提案もない。



そこらへんがこの映画の限界である。
魅力的な作品ではあるが、名作ではない。

俺は、君のためにこそ死ににいく

2008年12月11日 | 映画(ア行)
2006年公開

監督 新城卓
キャスト
岸恵子
徳重聡
窪塚洋介
筒井道隆

あらすじ
昭和19年秋。太平洋戦争で不利な戦況の日本軍は、最後の手段として特別攻撃隊を編成。鹿児島県の知覧飛行場はその特攻基地となった。軍指定の食堂を構え、飛行兵たちから慕われていた鳥濱トメは、別れを幾度も経験する。やがて終戦を迎えた日本で、特攻隊員の生き残りと遺族は思いがけない過酷な試練を経験する事になる。

寸評
例の如く、映画は映画として講評する。
歴史考証の細かい違いや、認識に関する差異、イデオロギーに関する論議には与しない。
映画そのものの良し悪しに絞って議論する。

誠に散漫な映画である。
資料的な価値も無い。
戦争を賛美もしていない。
特攻を賛美しているわけでもない。

主役は鳥浜トメさんという、実在の特攻の母である。
この方の生き様を通してこの時代や特攻隊を見ていくって事だと思っていたら、そうでもない。

具体的には、バラバラのオムニバスを溶接したような荒さがある。
確かに、一つ一つのストーリーは、話が話だけに心に迫るものはある。
それは同じ日本人としての共感であり、映画に対する共感ではない。
これはアメリカ人にとってのベトナムの敗戦に関する暗い記憶のようなものだろう。

言ってみれば、特攻隊という題材におんぶに抱っこの映画である。
イデオロギー云々が無ければそれほど注目に値する映画でもないし、面白い映画でもない。
同じ様なテーマでもっと重いメッセージを伝える映画はある。

反戦というテーマであれば、「硫黄島からの手紙」が勝っている。
日本の軍人を描くことにかけても、アメリカ人に負けているとは実に皮肉である。

ホリデイ

2008年12月11日 | 映画(ハ行)
2006年
監督 ナンシー・マイヤーズ
キャスト
キャメロン・ディアス
ケイト・ウィンスレット
ジュード・ロウ
ジャック・ブラック

あらすじ
傷ついた心を癒すため、見知らぬ土地に旅立つ事を衝動的に決心したアマンダとアイリス。ネットを通じて知り合った二人は、ロスとロンドン近郊にあるお互いの家を2週間だけ交換する事に。こうしてロスからロンドンにやってきたアマンダは、同棲していた恋人と手ひどい別れをしたばかり。一方のアイリスは、片思いしていた同僚の婚約発表により失恋…。新しい土地で彼女たちを待っていたのは、美しい家と思い掛けない出会いだった。


寸評
ホームエクスチェンジという、あまり馴染みの無い旅行なんだかホームステイなんだかを機に互いの生活を改革しようという、ラヴ・コメディ。

なかなかの作品である。
テンポ良し、演技よし。
本作は所謂悪人がちゃんとスポイルされる。
女ったらしは見限られるし、浮気女も捨てられる。
でも、本命の恋愛はなかなか成立し難そうである。
結論はちゃんと出していない。

ジュード・ロウの色気がニクい。
キャメロン・ディアスは得意なパターンで自分の色をしっかり出している。
ケイト・ウィンスレットは演技派の面目躍如で、懐の深い演技を見せる。
ポイントはジャック・ブラックで、唯一のお笑いキャラのポジションを活かしている。
この男、曲者なのだが本作では抑えた演技がキラリと光っている。
この男の存在とポジションが本作をただのテレビドラマからちゃんとした映画にし得ている。

加えて、風景の美しさは素晴らしい。
英米のそれぞれの美しさがよく出ていて良い。
家も良ければインテリアも良く、誰もが羨むセレブっぷりである。

普通に設定だけ列挙していったらこれはバブル期のトレンディドラマなんだろう。
が、そこにハリウッド風味の隠し味をチョコチョコ塗してあるのでちゃんと現在の鑑賞にも耐えている。
即ち、過去の名作のオマージュであったり、映画音楽の名曲の数々など。
あと信じられないタイミングで名優ダスティン・ホフマンが出てくる。
しかも台詞ゼロで。

観る際の心構えは、「そんなんありえねぇ」などとやさぐれているなら観ない方が賢明だろう。
少し悩んでいる位ならば元気も出るし、余裕の有るときならば恋の一つもしたくなるだろう。
ここでジャック・ブラックが夢を持たせてくれる。
この男のルックスでも頑張ればなんとかなるという庶民の夢を体現してくれている。

モンスターズインク

2008年12月11日 | 映画(マ行)
2001年
監督 ピート・ドクター
   デヴィッド・シルヴァーマン (共同監督)
   リー・アンクリッチ (共同監督)
制作 ピクサー・アニメーション・スタジオ

あらすじ
モンスターズインクが所有する無数のドア。モンスターたちは毎日、このドアを通って人間界に行き、子どもたちの悲鳴を集め、モンスター社会の電力源として使っていた。しかし彼らは実は、人間の子どもは猛毒を持っていると信じていて、本当はひどく怖がっていた。そんなある日、2歳の女の子が迷い込んでしまう。それに気付いたサリーとマイクのコンビは、初めこそ恐怖におののいたが、やがて愛情を抱き、お尋ね者の彼女を何とか人間界に返そうとする。

寸評
展開も設定も実に良く練られた作品である。
一分の隙もなく、首尾一貫したエンターテインメント作品である。
上記のようなあらすじなどは殆ど意味をなさず、これらを説得力のあるものとしているのは、圧倒的な映像の力と、磨き上げられた台本によるものだろう。
普通のところがこの台本を作ろうとしてもクソ作品しか出来ない筈だ。

これほどの作品には批判など出来ない。
子供が見ても楽しめるだろうし、大人が見ても楽しい。
funをストレートに表現することに関しては、日本はアメリカには勝てないのかもしれない。

オーメン

2008年12月11日 | 映画(ア行)
監督  リチャード・ドナー
製作  ハーヴェイ・バーンハード
脚本  デヴィッド・セルツァー
出演者 グレゴリー・ペック
    ハーヴェイ・スティーヴンス
音楽  ジェリー・ゴールドスミス
撮影  ギルバート・テイラー
公開  1976年


寸評
ホラーの元祖であると言われるが、その実はサイコロジカルスリラーの類であろう。
スプラッターな要素は少なく、心理劇的な描写が多い。

キリスト教的な素養の少ない日本人にはこの映画の本当の怖さは判らないのかもしれない。
風景や舞台設定は、我々からはあまりにも遠い西洋的な風景であり、キレイとは感じつつも、自分の日常とのオーバーラップは感じられない。
基本は心理劇ゆえに、ここが日本人には痛いところだろう。

ただ、怖いか怖くないかがこの映画の評価の分かれ目ではない。
実に丹念に作られた作品であり、本作にインスパイアされたフォロワーも多数いるに違いない。

この手の映画の先駆けである点、実に意義深いものだが、現在の目線にも耐えうる点はやはり音楽だろう。
シーンの怖さを決定付けている音楽は、SE含め時に美しく時に不快である。

ところで中年になったグレゴリーペックは山崎努に見えて仕方ない。
巧い役者ではないが、おっさんでもセクシーなのは見事。


技術だけではなく、アイデアと情熱に溢れた作品である。

シティオブゴッド

2008年12月11日 | 映画(サ行)
監督   フェルナンド・メイレレス
キャスト アレクサンドル・ロドリゲス
     レアンドロ・フィルミノ
     ダグラス・シルヴァ
     セウ・ジョルジ
     アリス・ブラガ
     パウロ・リンス
原作   パウロ・リンス
脚本   ブラウリオ・マントヴァーニ

寸評
ストーリーを追うとどうってことないだろう。青春サスペンスとでも言うべきか。
この映画は撮り方が素晴らしい。
カッコいい絵を様々な手法で見せてくれる。
しかも撮ってる絵自身はどうってことない日常の風景である。
これは発想が素晴らしい証拠である。

日常からかけ離れた世界の映像を見せるのは実に骨の折れる作業だ。
金も掛かる。
が、この監督は極めて日常的な風景をスタイリッシュに見せている。
大して金も掛けてないだろう。
制作費は330万ドル。
この額でこの作品を作れるとは驚異である。

演技に関して。
演出が優れているので気にならない。
なにしろ全員素人である。
演技自体が初めての役者ばかりである。
これも驚異である。
しかし、これは仕掛けがある。
どうやらアドリブが主体とのことだ。
日常的に使っている言葉を中心に喋ればリラックスして喋れるし、それほど役に近づく努力も必要ない。
なるほどと思う。
監督の慧眼である。

あらすじに関して。
リオデジャネイロの惨憺たる有様が淡々と描かれている。
実に悲惨である。
子供が無邪気に笑いながら殺しをやる。
大人が子供に命令して子供を撃ち殺す。
なんともやり切れない場面を淡々と描写している。
それなりにショッキングである。

しかしこの映画には暗さがない。
このテーマを暗く描くと本当に最悪である。
本作の空気をカラりとさせているのは音楽であろう。
サンバや70年代ディスコクラシックスが、シーンを極彩色に塗り固め、空気を明るく軽くしている。

しかし恐れ入った。
ブラジル映画と飲んで掛かっていたが、才能溢れる監督はいるものである。