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疾風の帰り径

BROACHに存在した「疾風の通り径」を移行しました
ブログ内リンクが以前のまま、画像が移行出来てないものは、修正予定

うちのエース

2008-07-09 08:16:29 | Camera
 ガソリンの値上がりが止まりません。
 相場に合わせて価格を変えられる石油元売会社はまあ安泰ですが、スタンドは閉店が続いています。八木山の会社御用達スタンド、名前もまんまエイトリーも、6月末ついに閉業してしまいました。撤退です。
 価格を変えられるガソリンスタンドでもこうなのですが、構造的に価格に転嫁しにくい水産業や農業への影響は計り知れないものがあるでしょう。買う側の私たちには嬉しいシステムでもあるのですが、生産者が損しないように価格に転嫁できるシステムは構築できないのでしょうか。
 食糧の自給率を上げようというときに、なぜなんでしょうか。

 どちらが票になるかなんて次元ではもうないはずです。


 さてカメラの話題ですが、我が家にカメラは数あれど、最も出番が多い、いわばエースはこのカメラです。



 RicohのCaplio GX100。クラシカルで上品なデザインと手触り、24mm相当からの広角ズームであること、1cmまで寄れるマクロ機能がエースの品格。アクセサリーがいろいろあったり、コンパクトなのに非常時は単4電池でも動くところも◎。
 前にも書きましたが、このカメラの欠点はレンズキャップ。レンズ前にカチャッて装着するタイプで、あっという間に紛失してしまいました。

 先週、マイナーチェンジモデルのGX200が発売されたのですが、一緒に発売されたのがこの新型レンズキャップでした。即購入。



 電源を入れ、レンズが繰り出すと、自動的にキャップが開くのです。



 良く見ると3枚の羽の間に隙間があるのですが、今時のレンズキャップは遮光よりもレンズ保護用なので、これで十分。



 フードやフィルターを取り付けるアダプターもオプションです。



 ただし、奥行きのあるフィルターを装着すると、6日のブログ、気づいた方もいたと思いますが、ワイド端で撮ると、時にはこんな



 隅がけられてしまいます。これは43-46mmのステップアップリングに46mmのPLフィルターをつけた例です。

 これに取り付けるテレコンバーターが今回発売されました。これも即ゲット。
 繰り出し式のフードが付いた本格派です。
 先端には55mmのフィルターネジも切ってあります。



 まさにエースの風格がありますね。我が家の岩隈。
 このテレコンを取り付けると、72mm相当のテレ端が135mm相当になります。マクロ撮影はなんとレンズ先端から5cmまで寄れるのでした。
 ただし、ズームをテレ端に固定するのが使用条件。

 少し引くとこんな絵になってしまいます。



 望遠ズームにはなりません。

 元々持っている、ワイドコンバーターと液晶 VF。



 ワイド端が19mm相当まで拡がるのに加え、こちらはズームも可能です。ただしワイコンの前にはフィルターネジは切ってありません。19mm相当では無理ですね。

 このVF、色順次式カラーディスプレイ方式の液晶なんですが、上も向くんです。ローアングル撮影が可能になります。



 いやーカメラって本当に面白いですね。



 ボーナスの使い道に困っている方、ぜひGX200、お奨めです。

クラシックカメラマン30

2008-06-29 09:50:53 | Camera
 スワローズのダニエル・リオスが、薬物違反で出場停止、解雇になってしまいました。
 リオスはスペイン出身。

 1982年夏、私はサッカーのスペインワールドカップ中、仕事のため一ヶ月近くマドリードに逗留していました。夕飯は大体スペイン飯と東洋飯が一日おき。
 一番庶民的な日本料理店(たしかNAOMI)のおやじさんが当時スペインでは超マイナーだった野球のスペイン代表少年チームの監督で、時々イタリアやオランダに国際試合をしに行く話をしていました。

 今年35歳のリオスは当時9歳ですから、ひょっとしたらNAOMIのおやじさんが教える野球を見ていたかもしれません。

 サッカーの方は、私は当時ドイツに住んでいたので、NAOMIで日本人向けにキンキンに冷やしたセルベッサ(昔ちょっと流行った冷凍酒状態)を呑みながら、とりあえずテレビでドイツを応援していましたが、二次予選リーグでスペインにとどめを刺したのがドイツだったと思います。決勝はイタリアがドイツを下したのですが、スペインの人はほとんどイタリアを応援していましたね。

 そのスペインとドイツが今晩ヨーロッパカップの決勝です。

 今日はドイツのスパイカメラの話です。



 右上がLEICAのⅡf、その手前がⅢfのミニチュア版、MINOX用のフィルムを使用する1998年製のカメラです。
 その手前の革ケースに入っているのが、オリジナルのMINOX。MINOX Bという1959年発売のカメラです。
 元々はソビエト連邦に併合されていたラトヴィアのリガにあったカメラメーカー、MINOX。
 第二次大戦後はドイツに会社ごと移って生産を続けています。



 超小型のフィルムを使用するカメラ、スパイカメラと呼ばれる由縁です。



 フィルムのサイズは8x11mm、まあコンパクトデジカメの撮像素子よりやや大きいくらいでしょうか。



 露出計も内蔵されています。



 スライド開閉式の本体を、ひこひこ開閉すると、フィルムが巻き上げられ、シャッターもチャージされます。



 MINOXのフィルムは110のようなカセット式です。
 レンズに絞りは無いため、フィルターがスライド式で出てくるようになっています。



 距離計はさすがに無いので、ピントは目測ですが、付属のチェーンに結び目のようなマークが数ヵ所あり、スパイが機密文書を撮影するときの目安になります。 



 シャッタースピードノブ。
 全てのノブは親指を押し付けて回すスタイル。決して使いやすくはありません。



 50年前の製品ですが、今でも十分通用する工業デザイン、素晴しい仕上げ、カチッと決まる操作感。
 まさにラトヴィアから生まれた宝石のようなカメラです。

梅雨の晴れ間です

2008-06-27 07:22:28 | Camera
 報道によれば、栗駒山荘や須川高原温泉がある、栗駒山北側へは秋田県側から、車で入れるようになりました。
 近く、頑張ろう栗原・頑張ろう大崎ツーリングを企画します。路田里はなやまや鬼首、鳴子温泉辺りを一泊二日で回って来たいと思います。7/5-6かその次の週末。参加希望者はコメントください。栗原大崎を味わい食べつくし、伯楽星や綿屋、産直品を買い漁って来たいと思います。募金もね。
 昨日の河北新報によれば、世界谷地は無事なようですが、未だ近寄れません。細倉の映画ロケ地はどうでしょう。

 昨日今日の仙台は良い天気です。
 Leica M3 miniで撮った今朝の空。



 色が悪いですね。何か根本的におかしい。

 デジカメといえばおととい、ついに出てしまいました。(200の写真は全てWebからの無断借用)



 RicohのCaplio GX200です。
 外観は銘機GX100と同じ、これは昔からリコーのポリシーです。無理にデザインを変更しない、好感が持てます。



 CaplioのロゴがRICOHに変わっています。そうかCaplioは名称から外れたのかも。

 もちろん撮像素子や、映像処理エンジン、液晶モニターなどは性能が上がっています。お奨め。
 アクセサリーは共通です。



 GX100はかなり使い倒していますが、どちらかといえば、広角用。今回よさげなテレコンバーターが発表されました。そうなんです、こいつら、マクロが1cmまでいけるので、接写近接写真にも強いのです。

 それから最高に面白いレンズキャップ。





 最近のコンパクトカメラ、レンズキャップ不要のシャッターつきが主流。キャップが必要なGX100では、購入1カ月にどこかの林道でキャップを落とした私ですが、これはすぐれもの。
 羽根仕掛けの3分割の覆いがレンズの繰り出しで花形に開くみたいです。すごい。
 大手カメラメーカーがまじめにこれを製品化して、標準でつけるところもすごい。
 相当キャップへの苦情が多かったのでしょうね。まじめなリコーです。

 早速このキャップとテレコン、発注してしまいました。GX100で使います。

ミニチュアでも本物

2008-06-25 07:53:09 | Camera
 カメラを集めていると、こんなものまで集まる話を、前に書きましたが、さらにさらに



 これはContax Ⅱ携帯ストラップですが



 ミニチュアカメラです。
 大きいのが比較用、本物のLEICA M3。



 約1/2スケールのM3miniはデジカメです。320万画素。本物にはないズームまで出来てしまいます。



 見た目は結構、本格的。セルフタイマーも本物と同じように作動します。
 まあ撮れる写真は



 それなりです。
 こちらはLEICA Ⅲf mini。



 MINOXタイプのミニフィルムを使用するアナログ(?)カメラ。



 そしてRolleiflex mini。これもデジカメ、しかも本物と同じ正方形フォーマット。



 液晶モニターがファインダーの部分についていたり、巻き上げノブを回さないとシャッターが降りなかったり、凝っています。
 結構まともな写真が撮れます。







 M3miniも外で撮れば、結構いけるような気がしてきました。

クラシックカメラマン29

2008-06-14 06:18:11 | Camera
 ユーロカップ、オランダ強いですね。今日もフランスに勝ってる。

 昨日は仕事でSS30の展望台に上がりました。



 梅雨入り前の東北、良い天気です。鉄塔の向こうに蔵王がくっきり。

 隣の東北学院高校跡地には、東北一の高さとなる、森トラストタワーの建設が始まっています。



 1950年代の日本のカメラで、ライカコピーが氾濫する中、個性的と言えるシリーズがKonicaでした。ご存知の通り、コニカは小西六写真工業製のカメラです。富士フィルムのフジカとともに、フィルムメーカーとして、とにかくフィルムをたくさん売るため、カメラの大衆化に邁進して来たのでした。
 だから、数の出ないプロ用のカメラではなくとにかく庶民的なカメラ、そしてピッカリコニカやジャスピンコニカといった革命的なカメラも作ってきたメーカーでした。庶民的なんですが安っぽくは無い、良いカメラをたくさん送り出しています。

 昨年秋に、ⅢとⅡB-mを紹介しましたが、いつの間にかファミリーが増殖していました。



 それだけお気に入りのシリーズ。かつコストパフォーマンス抜群。全て距離計連動レンジファインダー。

 まずⅡです。



 1951年に発売されたⅡ、その後56年ごろにマイナーチェンジされているⅡAとⅡB-m、いずれもフィルム巻上げとシャッターチャージが別々です。



 だから一枚撮るごとにノブを回してフィルムを巻き上げ、レンズ脇のシャッターチャージを押し下げる必要があります。面倒ですが、じっくり被写体に向き合えますし、この機能を生かすと、二重露出も出来ます。その場合はカメラ上部のシャッターボタンではなく、レンズについているシャッターを押すのです。



 要するにコストを抑えるために、ほとんど出来合いのシャッターアッセンブリーを買ってきてのっけてるだけなんですね。左側のノブがチャージで、右がシャッター。

 ⅡAには、大衆カメラには珍しくF2.0の48mmレンズが付いています。



 そしてKONICAのフラッグシップ、Ⅲ。



 1956年発売のⅢと、58年発売ⅢA、美しいです。
 ⅢにはⅡには無かった大型の巻き上げレバーが付いています。しかしそれはLeicaのような右手親指で操作する場所ではなく、左手の親指で操作するレンズの根元にあるのです。それも2回押し下げてで1回分を巻き上げます。ギコギコ。もちろんシャッタ-も同時にチャージされます



 これがこのシリーズの最大の特徴になっています。
 これもおそらくコストダウンのための工夫かと思うのですが、意外と使いやすいのです。

 ⅢAにもF2.0のヘキサノンレンズ。そして大きな見易いファインダー。



 庶民向けではありますが、持ってる人に十分な満足感を与えてくれる、デザイナーやエンジニアのクラフトマンシップがじわじわ伝わってくる銘機たちです。

 このあとKonicaのカメラには露出計が搭載されるようになって行きます。同じシリーズにⅢMと言うカメラもあるのですが、未入手。

 その後の世代はこんな形になって行きました。



 1966年発売のAUTO S2ELと、1963年発売のAUTO S。
 個性が無くなっていきます。しかも大きい。



 露出計の無いⅡと比べて縦にも横にも大きくなってしまいました。

 しかしこのあと、小西六写真工業は小型化を進め、ベストセラーのC35じゃーにーコニカを生み出し、その流れがピッカリコニカ、ジャスピンコニカへと続いていきました。大衆向けカメラのメインストリームです。

 しかしその先にあったのは、フィルムを使わないカメラの出現、皮肉です。

夜の走査線

2008-06-11 06:43:08 | Camera
 今週ボーナスが出ることになったのでというか、そのボーナスをあてにしてフィルムスキャナーを買いました。
 というのもこれまで時々使っていたニコンのスキャナーがこんな結果だからでした。





 何か赤っ茶けてしまうのです。 ソフトフォーカスっぽい感じも。10年前のスキャナーだしもう寿命かなとあきらめたのでした。

 新しいのはEpsonのF-3200というモデルです。



 これまで使っていたNikonのCOOLSCANⅢは、SCSI接続で、うちのSCSIボードがVista非対応で接続出来ず、こいつのためにXPのパソコンを古い部品を集めて1台仕立てて使用していたのです。F-3200 はもちろんUSB接続ですが、IEEE1394も可能。

 右がCOOLSCAN。右下はCanonの古いフラットベッドスキャナー。



 こんな風にフォルダーにフィルムを装着してスキャンします。



 ウインドウズ画面でまずプレビューさせるとサムネイル表示が出てきます。そのあと取り込みたい画像のみを精細スキャンするのです。



 土曜日のプチツーリングのとき、Contax RTSにプラナー50mmF1.4をつけたものを持っていったのですが、その写真ができたのでネガをスキャンしてみました。







 ホコリ除去の機能は一応付いているのですが、大きなものは残ってしまうようです。特に私の部屋はホコリっぽいのです。



 ひどいのはこれ



 ドッキリしましたが、フィルムの下に髪の毛が挟まっていたのでした。金髪じゃないですよ。

 先月行った半子町の藤です。
 たしか、Nikon Fで撮ったもの。レンズは50mmだったかな。





 冬に古いネガを整理するすると言っていて、結局全くできませんでしたが、ランダムに1本だけ持ってきて試しにスキャンしてみました。





 ポルトガルのリスボンです。1988年か89年、20年前ですね。やはり古いネガは退色しているでしょうか。





 ヴァスコ・ダ・ガマの銅像かな



 やっぱり、埃が気になりますね。



 これらは、Leica Ⅲcで撮ったものです。レンズは50mmかな、だったらElmarですね。



 あともちろんポジ、スライドも取り込めます。



 これも試しに引っ張り出してきたのは、エーゲ海に浮かぶギリシャのロードス島にバカンスで行ったときの写真です。十字軍の島ですね。





 これはNikonの防水コンパクトカメラです。とはいえ35mmニッコール単レンズつきでなかなかシャープでした。





 この天気なら誰でも美しい絵が撮れます。でもちょっと青すぎ?? これも退色でしょうか。





 ここまでまとめて来て思ったのですが、最初の写真、赤っ茶けているのは、単にセンサーの前にホコリがたまっているだけではないでしょうか。だったら掃除できれば綺麗になるかも。

クラシックカメラマン28

2008-06-03 07:18:15 | Camera
 ガソリンまた上がっちゃいました。5月は遠出が出来なかったので、うちの車は未だ暫定税率がかかっていない4月物が入ったままなんですが、それでも5月に満タンにしておくべきでした、油断です。

 一昨日渋谷で入手したカメラを紹介します。



 私が8年棲んでいたドイツ、ノルトラインヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフにあるオットーベーリング社のカメラ、ROBOT ROYALです。カメラのデザインも素晴らしいけど、このROBOTのロゴなんて現代でも十分通じる格好良さですよね。文字が躍っています。



 ROBOTは1934年に誕生したカメラシリーズ、元々はドイツ空軍ルフトヴァッフェのパイロット用記録カメラです。
 ユンカースやメッサーシュミットに乗っていた撃墜王たちには大法螺吹きが多く、撃墜数を信じると、敵機の残数と合わなくなることが判明し、記録用に取り付けられるようになったそうです。



 だから戦前戦中のカメラは質実剛健で無骨。ビデオカメラで言えば駅やコンビニの監視カメラのようなシンプルなカメラでした。フィルムは35mmの普通のフィルムなんですが、フォーマットは正方形24x24です。
 しかも、戦前から連射ができたのでした、これがすごい。連写か。1秒6コマですよ、現代の一眼と対抗できます。

 もちろんパイロットが敵機を撃ち落す間にフィルム巻上げなんて出来ませんから、ゼンマイ仕掛け。一度の巻上げでフィルム一本50枚程度撮れたそうです。



 このROYALは戦後、カメラブームに、ライカやコンタックスの機能に似せて、美しく仕上げなおされたもの、素晴しい機能美です。このModel.Ⅲは1953年発売。
 距離計も付いていてレンズ交換も出来ます。もちろんゼンマイ巻上げ連写が可能。

 シャッターはオリンパスPenFTと同じロータリーシャッター。



 スリットのある円盤を高速でぶん回します。



 レンズが暗めのXenar38mmF2.8なんで少し安めに入手できました。



 このカメラの最大の問題点、ストラップを取り付ける金具がないのです。ずいぶん重いカメラなのに。
 首からぶら下げられません。やはり最後までコックピット用なのでした。
          ※追伸 Robotカメラ、機種によっては翼に取り付けられたものもあったようです。

 あとは正方形フォーマット、近所の写真屋さんで果たして上手く現像焼付けしてもらえるもんでしょうか。

 2年後の1955年に普通の35mmサイズ、24x36フォーマットのROYAL36が発売されています。

 ROYALに興味を持った方はこちらをどうぞ。

クラシックカメラマン27

2008-05-31 06:43:14 | Camera
 今朝自分のパソコンで自分のブログを開いたら、カウンターがジャスト40000。幸せな朝でした。
 ありがとうございます。

 今日もカメラの話です。



 以前にも紹介したアイレスカメラ、今日は1957年発売の35Ⅲc。ちょっとホコリだらけですね。



 おそらくLeicaのM3に一番似ているカメラです。



 左がM3。
 35Ⅲcは、レンズは交換できないし、フォーカルプレーンシャッターでもないけど、窓の配置、セルフタイマーのレバーのデザイン、ストラップ金具にいたるまで、そっくりまでは行かないけど似た雰囲気。中古価格の相場は1/10から1/20ほど。お買い得です。



 上から見たカメラ全体の形も同じです。



 ライカM3をちょっとだけ知っている人が見たら、間違うことでしょう。



 35Ⅲと比べると、シャッター羽も5枚にグレードダウンしてるけど、格好は良いですね。

 一番変わっている所はここ。



 一旦底ブタをはずしてから裏ブタを開けるんです。我が家にカメラは数あれど、こんな面倒な仕組みはこのカメラだけ。Ⅲcより前に出た35Ⅲも、後に出た、今後紹介するであろう35Ⅲsやヴァイカウントも、簡単に裏ブタを開く方式なのに、不思議です。これもM3に似せるためなのでしょうか。

こんなものもゲット

2008-05-28 07:21:23 | Camera
 昨年暮れからすっかりオークションにはまり込んでいる私ですが、クラシックカメラをチェックしているとカメラ本体やレンズ以外にも、いろんなものがアンテナに引っかかります。

 例えばこれ



 ジャンク品(壊れて動作しない)LeicaのMCメーターの上に乗っている四角い黒い板。
 太陽電池なんです。 1cm四方サイズ。

 初期、半世紀前のカメラについていたセレン露出計の測光素子の代用になるらしいのです。
 半田付けは得意なので、そのうちLeicaのメーター等セレン露出計が駄目になっているカメラを直してみようと思っています。

 ※ちなみに電池がなくても動く露出計が一般的にセレン素子。その後ボタン電池を使うのがCdS素子です。

 ネットで調査すると、交換そのものは簡単だけど、当然光を電圧に変換する効率が変わるので、調整が必要で、それが面倒なようでした。2個で1000円。高いのかな安いのかな。

 次に最近のおとりよせ。



 薄っぺらい箱が届きました。開けてみると



 パンフレットがたくさん



 Leicaのカタログです。こんなものを集めていた人、売る人、買う人が世の中にいるんですねえ。



 電気仕掛けになる前のカメラは単純で、触っていればおおよそ使い方は判るのですが、そのあとのカメラは結構複雑で個性的なカメラが多いのです。18冊で2000円。
 マニュアルほど詳しくはありませんが、各部の機能がわかるだけで十分。

 カタログを眺めながら、カメラを撫で回す、私には安上がりなレジャーです。



クラシックカメラマン26

2008-05-25 08:29:44 | Camera
 昨日は二日酔いで一日ふらふら。
 宅配が届いたと思ったらまたお酒、やれやれ。

 しかし、一日アルコールを摂らないと、肝臓は本当に休めるのでしょうかね。

 そんな日はカメラを弄繰り回したりしています。



 Olympusの35SⅡと言うカメラなんですが、レンズが三種類あって、この2台はどちらも35SⅡ1.8と呼ばれているようです。



 ちょっと見で違いと言えば、金色に輝くSマークがあるかないか。



 Sマークがないほうが、1957年発売の前期型、Sマークのあるほうが1959年発売の後期型です。



 まあほとんど同じカメラなんですが、厳密に言うとシャッターモジュールが違うんです。車で言えばキャブレターがストロンバーグか、SUかと言ったところでしょうか。



 前期型は精工舎のMXL、セルフタイマーのレバーがカメラ本体側にあってクラカメらしい雰囲気を醸し出しています。



 シャッター系列が今のカメラと比べると変ですよね。100とか、5とか。

 一方後期型は、SLV。



 セルフタイマーのレバーはレンズの胴にさりげなくついています。



 シャッター系列も普通です。

 一般的に高性能と言われるSLVの後期型は「カチャッ」と言う音でシャッターが落ちますが、MXLのほうは「チッ」と言う小さな音。静かなほうがいいですね。

 シャッターボタンの部分を見比べると判るかと思いますが、前期型より後期型のほうが、ボタンが高いですね。その分ストロークも長くなっていて、前期型のほうが軽いタッチで◎です。

 セルフタイマーのレバーも、いたずらについているのではなく、撮られる人(=普通は撮る人)にタイミングが判るように見易く設計されているのですね。電気仕掛けになる前の器械ですから。



クラシックカメラマン25

2008-05-05 08:37:49 | Camera
 昨日、久々に掲示板に書き込みをしたら、そのせいか、サーバーがダウンしてしまいました。今朝方やっと復旧。やっぱり無料のサーバーは不安定ですね。

 今日はまた私と同じ年のカメラの紹介です。
 これも最近オークションで入手しました。



 LeicaのⅢgと言うカメラです。
 いわゆるバルナック型ライカの最終型。



 舐め回したくなるくらい美しいカメラです。
 1956年製。

 レンズは昔ドイツで購入した沈胴式のエルマーです。



 バルナック型と言うのは、Leicaの創設者であるオスカー・バルナック氏の名前から来ている俗称ですが、M3以降のレンジファインダーカメラや、一眼レフと区別するためにこう呼ばれています。1923年から1970年まで生産されたシリーズで、35mmのパトローネ式フィルムや、ストロボなどを取り付けるアクセサリーシューはライカ標準を他メーカーが勝手に真似したものです。

 基本的にバルナック型のカメラにはまず、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと言うグレードを示すローマ数字が与えられます。
 Ⅰには距離計が無く、ちょっと不便、ピントは目測で合わせるしかありません。
 Ⅲには距離計もついていて、プロのカメラマンが使用するのはこのモデルです。
 ではⅡは何かというと、低速シャッターが無いのです。1/1000から1/30か1/25までだけ。Ⅲには1秒までありますから、Ⅱはローコストモデルといえます。どうもライカは元々高速側と低速側で、別々のぜんまい仕掛けを使っているようで、こんなグレード分けが可能だったようです。



 同じバルナック型のⅢc、そしてM型のM3と並べてみました。Ⅲcは1950年製、M3はこれも1956年製です。

 Ⅲの後についている小文字のアルファベットは無いモデル(ただのⅢとか)もありますが、あるものは年代を追ってaからgまであります。しかし、なぜかeだけ抜けています。たくさん製造されて、多く出回っているのは、Ⅲc(1940-1951)とⅢf(1950-1956)です。



 左からM3、Ⅲg、Ⅲc。
 サイズが微妙に違います。



 これは逆順ですね。左からⅢc、Ⅲg、M3。
 ⅢcとⅢgの上面はほとんど同じデザインですが、M3は全く異なります。


                    *この写真撮影は怖かったです。

 この大きさの違い、最大の理由はファインダーなのでした。
 レンジファインダーを、日本語で言うと、距離計。

 ここに、WEHAと言う単独距離計があります。日本製です。



 距離計の無いカメラのアクセサリーシューに取り付けて使用するものです。
 前面の二つの窓から見える被写体の像を



こちら側で覗いて真ん中のツマミを回して一致するところの目盛りが距離を示すのですね。
 プリズムとミラーを使用して、三角法を利用しているのです。
 おそらく元々は大砲の狙いをつけるのか何かに開発されたものが小型化したのでしょう。
 このファインダーが販売されていた当時の広告を見つけました。若干モデルは違うかもしれませんが。



 レンジファインダーカメラ、距離計連動式カメラと言うのは、この距離計が内蔵されていて、レンズのピントを回すとこの距離計が連動するものなわけです。

 バルナック型ライカの代表、Ⅲc(1940-1951)



 世界中のメーカーがこのモデルのコピーを作りました。
 キャノンのコピー  ミノルタのコピー ロシアンライカ
 そしてそんな世界中のメーカーをあざ笑うように1954年に発表されたM3(1954-1966)



 いずれもこの距離計が内蔵されています。
 Ⅲcはまんま組み込まれている感じが想像できると思いますが、そのために、構図を決めるためのファインダーと別に距離計用の覗き窓がついています。Ⅲgも同様。

 下はⅢgとM3。



 バルナック型も良いカメラだと言われていますが、ピントあわせと言う点ではこんなに使いにくいカメラなのです。
 逆に言えば、1954年に発表されたM3のファインダーがそれだけ優れていたことになります。

 差を実感してもらうにはファインダーを覗いてもらうしかないのですが、簡単に言えば、像が大きい、距離計も同時に見える、パララックス補正もあり、望遠レンズも使える、と言うことになります。またそれまでのスクリューマウントM39に変わりレンズマウントがバヨネットタイプになり、レンズ交換が速くなったのも大きな改良点です。

 ※ちなみにバヨネットと言うのは銃剣の先につける小剣のこと。離れて打ち合いをしていた後に弾が尽きて白兵戦になったとき、すばやく剣をしっかり取り付けないと殺されてしまいますね。
 今日の主役はⅢgなので、M3の話はこれ以上しませんが、興味がある方はこちらをどうぞ。←クリック。

 それだけ革命的で使いやすいM3が1954年に発売され、まさに一世を風靡したわけですが、世の中にはひねくれ者が必ずいます。彼らが言うには、バルナック型のほうが良かった。」 スクリューマウントレンズもアダプターを介してバヨネットボディでも使えるんですどね。(フランジバック=レンズマウント面からフィルムまでの距離、は全く同じ長さです)

 実際にはⅢfは1956年まで、Ⅱfも57年まで生産されたのですが、このようなマイナーなユーザーのために、ライカはわざわざ新しいモデルを56年に発表したのでした。それがⅢgです。



 Ⅱg、Ⅰgも存在します。
 もちろん大きな違いはファインダー。
 Ⅲcよりも前面の窓が一つ多いのです。



 新しく増えた窓、右から二つ目の窓はブライトフレームの明かりとり用です。メインのファインダー窓も大型化されています。
 Ⅲfまでのファインダーは、見える枠がそのまま50mmレンズの画枠、単純なのですが、近距離を撮るときはパララックス誤差が結構大きく、実際撮れる写真の構図がファインダーとはずれてしまっていたのでした。
 Ⅲgでは、まずファインダーを大型化し、ブライトフレームを追加、距離によってこのフレームを動かすことで、この問題を解決すると同時に、90mmレンズ枠も表示しています。

 この、やや可哀想なモデルは、なんと1970年まで細々と生き残り、それでも43,284台が生産されました。M3の製造中止が66年、M2が67年、70年と言えばとっくにM4が販売されていた頃ですから、マイナーな割には長く生産されたモデルと言えます。

クラシックカメラマン24

2008-04-30 06:29:04 | Camera
 以前Nikon S2が、ContaxやLeicaの模倣から始まった話を書きました。
 また一方、LeicaがM3の大成功に浮かれて、一眼レフの開発が遅れた話もしました。

 これらのストーリーの中で、最も重要な製品、後に日本製カメラが世界を席巻することを確実にした、キーともいえるカメラがNikon Fです。



 ある方の紹介文

 "1959 年に発売され一世を風靡した一眼レフカメラ。その後の写真を永遠に変えてしまった名機です。当時はライカやコンタックスなど西ドイツのカメラが主流でしたが、Nikon F によって日本の技術力が世界に示されたのでした。"



 "この世にカメラは2種類ある。それはニコンとそれ以外のカメラである。ニコンの名声は,Sシリーズにより,世界的に高まっていったが,ニコンの力を,より多くの人がわかちあえるようになったカメラこそが,「ニコンF」である。
 「ニコンF」は,かつて世界最高と言われた35mm一眼レフカメラである。また,1959年から1974年まで販売された超ロングセラー機でもあった。頑丈なボディと,充実したシステムが,その活躍を支えてきた。"




 赤城耕一氏”考えようによっては、ニコンの一眼レフは初号機から完成域に達してしまっているという見方すらできる。そのぐらいFというのは凄いカメラなのである。Fの研究書というのはこれまで数限りなく出ているし、とくにコレクターの方々のための各種番号帯における細かい仕様の違いなどはそちらを見ていただくとして、ここでは21世紀におけるニコンFのあり方について考えてみたい。
 まずはそのデザインである。内部のペンタプリズムの形状を生かしたままの尖ったファインダー屋根は、今となってはかなり珍しく、すごく新鮮に思える。
 過ってカメラを落とし、自分の足の甲にでも当てたらタイヘンなことになりそうな形状であるが、これがカメラの持つ潜在的なチカラを現しているようにも思える。すなわちこうしたシャープな形状のカメラを使うと、シャープな写真が撮れるのではないかという、ほとんど妄想的な夢を持ったりするわけである。これはもちろん悪いことではない。



 ボディまわりの角張ったラインも、手に刺激を与え、脳神経まで伝わるような感覚がある。写真を撮るという行為自体に緊張感を与えてくれることができるわけだ。



 こうしたシャープな線に包まれたFは、その場所がスタジオであろうが、戦場であろうが、街中であろうが、圧倒的な存在感を持って迫ってくる。もちろんカメラマンというのは「撮らせていただく」立場であるから、黒子に徹していなければとも思うのだが、道具そのものの存在感を示したい場合という撮影も、なくはない。闇に潜ませるという目的に使用するには、ブラックボディが適するわけだが、Fのブラックボディは別の意味で存在感を際立たせてみせる場合がある。
 現在でもFの存在感というのは揺るぎがなく、そのデザインはどこに出しても恥ずかしくないものだと思うのである。 ”


 賞賛の声は尽きません。
 私が入手したモデルはおそらく1972年型、最終形ともいえるものです。
 大事なペンタプリズムカバーに当たりがあって、少しへこんでいるため、相場よりだいぶ安く入手できました。

 S2と並べてみました。



 S2は1954年の製品。LeicaのM3と同じ時代です。おそらく全く勝負にならなかったのでしょう、実際にはS3,SPという後継モデルは生産するのですが、57年に開発を開始し59年に発売されたのが”F"でした。



 八角形のボディスタイルは共通。
 各ダイヤルの配置も非常に似通っています。



 このシャッターボタンの位置は、ほかのカメラよりかなり後ろにあり、Nikonの数少ない、使いにくい機能です。
 似通っているのは、ダイヤルだけではありません。



 底板も、裏ブタの開け方も



 内部構造もそっくりです。



 もっと分解すれば共通部品が多いのでしょうね、でもしません、できません。



 つまり、何が言いたいかと言うと、日本カメラ業界の転回点になった製品のわりには、意外と安易にSシリーズの一眼レフ化と言う改修で出来たカメラだったのかもしれないと言うことです。それだけSシリーズの土台が良かったのか、そもそも良いレンジファインダーカメラがあれば、一眼レフに改造するのが難しくないのかわかりませんが、この2台が良く似ていることはご覧の通りです。

 外へ出かけない日はこんな風にカメラを撫で回しながら、昔のエンジニアに思いを馳せているゴールデンウィークです。

遠眼鏡

2008-04-23 08:28:04 | Camera
 私は余り望遠系の写真は撮らないので、カメラの交換レンズも、短いものが多いのですが、昔こんなものを買ったことがあったのでした。



 NikonRayfact製のTelescoMicro ED6x18Dという単眼鏡。拡大鏡としても使えます。
 これを買ってみた理由は当時使用していたデジカメにあるのです。



 Nikon Coolpix 5000という2001年型のデジカメです。
 28mm相当からの3倍ニッコールズームレンズ、500万画素2/3インチCCD、光学ズームビューファインダーに可動式の液晶画面、というカメラ好きの急所を狙う機能満載でした。4月に異動した部署に同じカメラが偶然あります。

 このカメラに上のテレスコが取り付けられるのです。



 余り格好良くはありませんが、テレスコにも三脚取付金具がついています。



 ベランダからの景色
 カメラ単体、テレ端84mm相当だと上のようですが、テレスコをつけると



 単純に6倍して、504mm相当になるのでしょうか。結構寄れますが、オートフォーカスは働きません。
 このテレスコを取付けるには、Coolpixのレンズの根元にある46mmネジにアダプター金具をねじ込むんです。
 ですから、Coolpixのズームレンズの前にテレスコが乗る形になります。

 このカメラもテレスコも、最近はほとんど使用しないまま放ってありました。

 一方最近大活躍のRicoh Caplio GX100



 質感がなんともいえないし、24mm相当からの3倍ズームだし、1cmまでマクロで寄れるし私が買ったデジカメの中で一番たくさんシャッターを押しているカメラといえます。

 このカメラの最高の欠点は小型コンパクトなのに、レンズキャップが必要なこと。自動シャッターがついていないのです。
 予想通り、キャップはあっという間にどこかへ行ってしまいました。

 それで最近替わりにに使用しているキャップが、



 Leica M用に買ったZeiss レンズ用のキャップ、46mm用、ぴったりなんです。

 それである日気づいたのです。
 径がおんなじだ。

 早速アダプター金具をCaplioに付けてみます。



 金具をねじ込んでいる部分は、今一機能がはっきりしない、取り外し可能なバヨネットリング、レンズキャップを噛ませるためだけにある部品です。しかも46mmのネジが切ってあるわけではありません。
 でもプラスチックなので、力を入れて金属製のアダプター金具を回すとなんとなくねじ込まれているようです。

 信頼性がないのでこのまま持って走ると危険ですが、何とか取り付けられました。



 Caplioの6倍テレコンバータ完成です。24x3x6=432mm相当ですが。



 テレ端といっても上の写真は72mm相当の画角。
 テレコンをつけて432mm相当だと



 ちなみにカメラのズームを引いてしまうと



 こんな絵になってしまいます。
 昨日月を撮ってみました。



 遠い昔、伊達の若様は、天守台の縁側から、遠眼鏡でこんな風に仙台の街を眺めていたのでしょうか。

露出狂の詩

2008-04-22 07:32:29 | Camera
 最近、未明に目が覚めると、外からピチュピチュ、聞きなれない鳥の声がします。燕でしょうか。

 会社構内の紅枝垂桜が満開になりました。



 現在デスクを担当している、元カメラマンのベテランに昔のニュース取材の話を良く聴かされます。宮城沖地震30周年が近いせいもあるのですが。
 ポータブルタイプの取材用ビデオカメラが普及したのは、1980年以降ですから、30年前の地震の時はぎりぎりフィルムカメラの時代でした。現在残っている宮城沖地震の映像は16mmカメラで撮影されたものです。
 16mmフィルムカメラ、最後の世代は自動露出だったらしいのですが、その前はフルマニュアル。カメラマンはこんな露出計をぶら下げて走り回っていたそうです。



 うちにも露出計すら入っていない35mmフィルムカメラが多数ありますので、ドイツのカメラ市や、ヤフーオークション等で入手した露出計がいくつかあるのです。



 大きさは一番大きいものでも携帯電話よりは小ぶり。



 上はドイツ製の Horvex 3、そしてこれはライカMシリーズ専用です。



 こんな風にカメラの上に装着できるのです。



 基本的には、フィルム感度を合わせ、撮りたい方向に向ければ、メーターが振れ、適正な絞りとシャッタースピードの組み合わせがわかります。
 これは日本製、Sekonicです。金属製のものは、質感も高く、光を測っているだけで楽しくなります。露出狂!?



 古いものでは物によって電池も必要ありませんが、上の左のほうとライカは電池が要るタイプです。
 電池が要らないものは、セレニウムという素子を使っているのに対し、電池が要るタイプの素子は硫化カドミニウム、CdSです。電池を使う分感度が良く、暗い場所で使えるのが強みです。もっと新しいものはSPDとかGPDという素子が使われていますが、デジカメは、撮像素子で光が測れるので、必ずしも必要ありません。若い人には、カメラが好きでも、露出計の存在すら知らない人もいるかも。

 これはドイツでカメラを買ったときにおまけでもらった、Hanimex、これも日本製です。



 こんなメーターを首からぶら下げて、近所を散歩するのも良いものです。

クラシックカメラマン23

2008-04-19 09:24:18 | Camera
 30000ヒット突破しました、ありがとうございます

 一昨日は仙台の報道カメラマンの花見会に参加しました。といっても居酒屋の2階でしたが、昔は毎回桜の下でも催されていたそうです。見るからにカメラマンといった猛者、昔制作技術で一緒に仕事をしていた若いカメラマン、いろんな人たちと杯を酌み交わすことができました。普段は現場でベストポジションを取り合って、時には蹴りあいになることもある連中が和気藹々と楽しそうでした。
 驚いたのは、A新聞、K通信、M新聞のカメラマンは東北全県担当で各社ひとりしかいないのです。キー局のテレビカメラマンはいないはずですから、地方の報道映像はほぼ地方のメディアに依存しているわけです。
 頑張ろう、地方のカメラマン。仲良く競争しましょう。



 今日紹介するのはこのカメラです。



 Leicaflex SL MOT
 ライカの一眼レフです。

 かつて35mmフィルムカメラの主流はレンジファインダーでした。ニコンキャノンも、ミノルタコニカも、ライカやコンタックスのコピーから始まって、独自の技術を培っていました。
 しかし1954年に発売されたLeica M3の衝撃。レンジファインダーの完成形(最近発売されたデジタルM8までほぼ同じ形ですよ)。この衝撃が日本のカメラメーカーを一眼レフ開発に向かわせ、逆にライカが衰退して行った原因になったとも言える、カメラの歴史で最大の事件ともいえます。
 しかしライカも一眼レフを作っていなかったわけではないのでした。



 Made in Japan一眼レフの代表Nikon Fの開発が始まったのが1957年、発売が59年ですが、ライカ初の一眼レフが登場したのが、1964年。遅い。
 このSLは、2代目になります。1968年発表、私のは1974年モデルです。



 一眼レフの顔ともいえるペンタプリズムの前に、ブランド名であるLEICAの文字がなく、端っこに小さくSL MOTとあるのが、なんとも不思議です。
 たまたま今ちょうどヤフオクに出品されているSLを見つけました。



 もう1台出品されてました。



 いちばん端っこにSLの文字だけ、変ですよね、ドイツ人のデザイン感覚。

 ライカも一眼レフの優位性は認識する一方、社内的にはMシリーズが順調に生産されていたはずで、なんとも居心地の悪いLEICAFLEXの存在が象徴されているようです。
 実はこの個体、シリアルナンバーから追っかけると、SL MOTでなく、SLのはずなんです。MOTというのは、モータードライブユニットを取り付けられるという意味。
 Leicaは、昔からモデルチェンジ後、旧モデルのヴァージョンアップが可能であれば引き受けているので、これも当時のオーナーが改造させた個体なのかもしれません。



 すばらしい造りです。
 例えば下の写真は、リアカバーを開けるレバーなんですが、真ん中のポッチを押して右へスライドさせるだけの機能なのに、このポッチがレバーとぴったりツラ位置、隙間もありません。装飾品のようです。



 リアカバーの裏面。反射を防ぐ凝った塗装(?)が施されています。このような工夫の一つ一つが、黒が締まったコントラストの高い絵を生み出すのでしょう。フィルムの押さえ金具も、一般のカメラより多く配置されています。これもフィルムの平面性を安定させるため、高い解像度は、レンズだけの力ではありません。



 ライカの一眼レフはこのあと74年にSL2が出た後、すぐに76年にR3が出ます。
 SL2までは純粋のLeitzWetzlar製です。



 実はR3は、ミノルタのXEというカメラをベースにしたライカヴァージョンモデル。次のR4は、同じくXD改でした。
 レンズマウントはLEICAFLEXとの互換性を確保するために、Minoltaとは異なります。



 左が1990年にドイツのケルンで入手したR4です。ライカ純正のほうがだいぶ大柄ですね。大きいだけでなく、とても重いカメラです。
 R4の時代、レンズはカナダ製。



 レンジファインダー機を収集してるはずなのに、少し浮気してしまいました。Rシリーズはそんなわけで、特に日本のコレクターには余り注目されておらず、Mシリーズよりは低価格で、程度の良いものが入手できます。

 SL MOTを先日SUGOに持ち出しました。プリントをスキャナーで取り込んだものです。



 時代が近い同じドイツ製の機械ですね。あとから気づいたのですが、どちらもSLですよ。奇遇です。
 こっちはイタリア製。



 内蔵露出計も正常に働いているようです。

 今回SL MOTを譲っていただいた方が、なんと富山の酒造会社の方。富山には最近2度も旅行しているので、深い縁を感じました。次回富山に行く際にはぜひその酒造会社を訪問してみるつもりです。カメラ好きは日本酒好き?