疾風の帰り径

BROACHに存在した「疾風の通り径」を移行しました
ブログ内リンクが以前のまま、画像が移行出来てないものは、修正予定

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※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

美しく碧き黒部

2009-09-30 07:07:04 | 汽車旅行
 バスツアーの二日目は宇奈月温泉に向かいます。
 宇奈月と聞くと、うなずきトリオを思い出すのは私だけでしょうか。



 富山地方鉄道の宇奈月温泉駅と、黒部峡谷鉄道の宇奈月駅が隣接して建っています。



 この頼りない車輌に乗るのが二日目のミッションなのでした。



 観光客の数にあわせて増結するらしいのですが、この日は2台のディーゼル機関車に13両の客車、半分強がトロッコ列車と呼ばれるオープン車輌なのでした。



 ※この辺の写真、カメラのセッティングが前夜のまま、-1.3ステップアンダー補正なので、暗い写真ばかり。そのまま修正しないで載せています、すみません。


 連なるダムとダム湖に沿って列車は登っていきます。フニクリフニクラ。



 スイスに来たみたいですね。



 発電所の建物までライン河の古城風。



 しかし車内の案内放送が室井滋なんです。



 やっぱり猫が好き以来好きな女優さんなんですけどね、びっくり。富山出身なのでした。



 ダムといえば、あえて好んで来ている訳ではないのですが、前週の只見川と今週の黒部川、国内有数の大水力発電地帯を続けて訪問してしまったのでした。



 一時間ほど、碧い黒部川と山々の景色、トロッコ列車とレールの軋み音を楽しんで、鐘釣駅に到着。

 黒部峡谷鉄道の終点は欅平なんですが、このツアーでは此処までです。



 この辺りは紅葉の名所であると共に、名水の里、さらに温泉もあるんですが、車では来る事が出来ません。



 川を眺めながら15分ほど歩きます。



 楽しそうな水辺に降りていくのです。



 この河原が普通の河原ではないのでした。



 河原を掘るとお湯が湧き出てくるんですね。露天風呂もあります。

        

 弁当を食べた後、足湯。



 5分ぐらいで足が真っ赤になりました。



 再びトロッコ列車で宇奈月へ戻ります。



 この超狭軌鉄道、あの有名な黒四ダムなど、黒部川上流のダム建設のために造られた資材と人員運搬用の鉄道なんですが、支線もあるし、駅もたくさん、しかし観光客はその一部だけを利用しているんですね。
 そして鉄道会社の親会社は関西電力。黒部川上流のダムは、北陸電力ではなくて、関西電力が開発してきたものなんですね。

 東京電力が福島や新潟に原子力発電所を建設しているのと同じです。

 この鉄道、4月20日から11月一杯までの営業なんですが、発電所や鉄道ののメンテナンスは冬でも必要。



 そのため、なんと線路に並行して屋根つきシェルターが続いているんです。

 宇奈月から欅平までは20km。



 人がやっとすれ違える幅のトンネルを冬には、月金で毎日鉄道員が交代で往復するそうです。片道6時間。

 添乗員の調査によれば、鉄道のトンネルや橋の部分には冬季歩道はないので、まんま橋を渡るのだとか。看護師さんも歩いていくことがあるそうです。それが仕事とは言え、すごいですね。



 無事宇奈月に戻りました。

 後日動画も公開しますので、お楽しみに。
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おわらの卵とじ

2009-09-29 07:32:28 | 祭だわっしょい
 今回のツアーのメーンエベント会場へ向かいます。


 by D40

 行ったことがある方はすぐわかりますね。
 井田川沿いの駐車場と街を結ぶ坂道。ライトアップされています。



 これは午後6時ぐらい、諏訪町の石畳でしょうか。



 まだ始まるまで一時間あるので、人もまばらです。



 富山市八尾町に来ています。やつおと読みます。



 有名な「おわら風の盆」は毎年9月の1-3日に開かれる、秋の収穫を祈るお祭り、盆というのは、お盆とは関係がなく、風がおさまることを意味しているそうです。
 台風来ないで、と言う事でしょうか。



 その風の盆の中心は、町流しといわれる、踊りの行列。



 全くプログラムはなく、それぞれの流しの頭領が、流したくなったら流すという、お祭りらしいお祭りで、その街流しを見られる幸せは、なんとも味わい深いのですが、一晩中街の通りで待ち構えていても、見られない人もいるというものなんです。

     

 もちろん、お祭りは、地元の人たちが楽しむもので、観光客はそのおすそ分けに預かるだけなんですが、さすがに毎年何十万人も集まると、地元の人もある意味緊張を強いられるし、もちろん地域起こしには貢献するわけで、それで生まれたと思われるポストイベントが、この「月見のおわら」なんですね。



 某ツアー会社が企画し、団体旅行を独占契約。9月下旬の週末二日間、それも各二時間だけのイベントなんです。

     

 上の立て看板の様に、ツアー客優先のイベントなんですが、出入り口にもぎりが立っているわけではないので、実質的には誰でも只で見られます。バスの駐車場は独占ですが、一般車用の駐車場はあったようでした。



 本来の風の盆は、街の中心がさらに小さく区分けされた、町内会のような11の組織、諏訪町とか、東新町とか、その部分だけを基本的に流すのですが、月見のおわらでは二本のメーンストリートをずっと流します。

     

 なので、同じところにずっと居れば、必ず複数の流しが見られるわけです。

 風の盆では、観光客を裁くのも各町内会ですが、月見のおわらではツアー会社の添乗員。



 この晩は、西町、上新町、今町、下新町、福島の5グループだけが流します。

     

 日曜日も同じグループだったのか、別の町だったのかは不明です。



 七つのゾーンをひとつの町流しがそれぞれ30分かけて流します。

     

 合計二時間なので、ずっと一ヶ所に居れば4グループ見られるわけですね。



 私は流れと反対に歩き回って10グループは観られた勘定になりますが、同じグループを何度も見ていることになります。

     

 暗くてほとんど写真が撮れないし、撮れたとしても、見たことがない人には絶対に伝わらない、幽玄な音楽と情緒。



 もうすぐ新しいブログサイトに引っ越す予定ですが、それにあわせて動画も見られるようにしますので、少しお待ちください。



 フラッシュや三脚は禁止と謳っているんですが、ずっと光ってるし、お喋りしてる人も大勢いるし、もっと静かに鑑賞すれば、感動も深まると思うのですが、掟破りで台無しなのは、本まつりも、月見のおわらも同様でした。

 最後に開かれる輪踊りには誰でも参入可能です。



 街の雰囲気を味わうにはもちろん本まつりの方が良いと思いますが、より観客が少なく、確実に町流しを見られるという意味では貴重な「月見のおわら」でした。

ちょうど月見のシーズンに行われる、月見のおわら、薄曇の空で、月も良く見えず、月見ならぬ、玉子とじになってしまいました。
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まるで弾丸ツアー

2009-09-28 07:52:03 | Touring
 しばらく触れにくいテーマでしたが、昨日はスワローズ、イーグルス、ベガルタが、ひさしぶりにすべて勝利しました。微かではありますが、まだ燕と犬鷲が日本シリーズで対決する可能性も残っています。

 週末に、非常に長距離を移動するバスツアーに参加してきました。

 一泊するバスツアーは仙台に来て初めてです。

 仙台駅東口集合出発が、朝の9時。
 これはそんなに早いわけではないのですが、現地に着くのが16時半、片道500km程になるでしょうか。運転手さんも大変です。

 最初にハプニング。
 バスのエアコンが故障です。

 前にもこのツアー会社で庄内に行ったとき、バスのエアコンが不調だったような気もするのですが、なんと仙台宮城インターでバスを交換。まあ出先で壊れるよりはよかったのかも。



 仙台セントラルバス、しっかり整備してくださいね。

 満員だと長距離だし疲れるかなぁと心配したのですが、結局50人乗りに乗客28人と余裕の人数。
 早めに予約したせいか、運転手さんの真後ろ、一番の席を用意してもらえました。



 これは非常にラッキーです。

 ほとんどがご夫婦か2-3人のおばちゃんグループ。
 男子の単独参加は私だけ。年齢も全て50代以上だったと思います。

 最初の休憩が、磐梯山SA、先週来たばかりですね。

 数年前にちょうどこのあたりで長距離バスの事故があったこともあって、運転手さんのためもあって休憩が多いのかも。

 次の休憩は、米山SA、風力発電機があるところです。

     

 日本海がとても綺麗に見える場所です。



 昼食は此処のレストランか、軽食コーナーで自由に取ることになっており、私は鶏の照り焼き丼。



 シンプルですが、今回の弾丸ツアー、結局これが唯一、温かい御飯が食べられた回なのでした。

 さすが日本海、ますの寿司の現地生産までありましたよ。



 話は前後しますが、今回のツアー、メインイベントが初日の夜ということ、翌日のイベントも、昼時が大自然の中ということもあって、初日の夜、二日目の昼と夜(仙台帰着予定が22時)は弁当をオプションで頼めるのです。

 初日の夜と、二日目の昼は決まったものしかないのですが、二日目の夜の分は一応メニューがありました。

     

 三度目の休憩は、有磯海SA。

 このあと富山ICを出て、ここに立ち寄ったのが、16時半でした。



 池田屋安兵衛老舗。



 江戸時代から続く富山の薬の製造法を学びます。

     

 食べすぎ、二日酔いに効くという、反魂丹、一応お買い上げ。



 このあとメインイベント会場へ



 単一ツアー会社のイベントで、他の会社は入れないのですが、北は仙台、西は大阪辺りから80数台のバスで2,800人ぐらいが来襲。それでも9月初めの本祭りと比べるとだいぶ少ないのでしょうね。
 たぶんその日は毎日数百台のバスが来ると思われます。

 此処で夕食です。



 この街にはあまり開けた場所もないし、練り歩く前にバスで夕食なのでした。

 イベントの様子は別途報告します。





 胡弓の余韻に浸りながら、21時半にバスに集合し、ホテルへ移動。

 ホテルは駅から離れた場所にあり、周囲には居酒屋も皆無。

 街まで出る元気はないし、隣のコンビニで酒と肴を買って来たあと、温泉大浴場で、はんなり。
 翌日に備えます。

 朝はホテルのバイキング。

 9時に出発です。二日目の席は後のほうでした。



 バスツアーには付き物の物産センターで休憩。
 おばちゃんたちは元気に買い物です。

 そしてこの日訪れたのは此処。



 この部分のレポートも別途。

 今日の格言好きなぱんだ(親)さん向きのお土産があったので写真だけパチリ。



 お昼は河原でいただきました。



 14時半ごろ現地を出発。
 帰りは再び、米山SAで最初の休憩。

 次の休憩が、阿賀野川SAです。

 前日に注文していた夕飯がこれ。

     

 越後の五目寿司

     

 富山で買って来た「黒部峡」純米吟醸ワンカップと共にいただきました。

 ほとんどが高速で移動なので、アルコール類の入手は前もってしておく必要がありました。

 これまで私が参加した数少ないバスツアーでは、帰りはいつも酒盛りだったものですが、今回の参加者は皆さんとてもおとなしく、私もおとなしく密かに呑んでいました。

 最後の休憩が、安達太良SA、ちょうど21時に仙台駅西口に到着しました。お疲れ様です。
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一番新鮮かな

2009-09-27 03:00:00 | 美味いもん
 先日初めて仙台卸売り市場の食堂街に足を運んでみました。



 市場の中、指定番号がないところに適当に車を停めて、螺旋階段を上がったところが食堂街、屋上です。



 サエモンさんや、びーえむあいさんのブログで紹介されている「市場のすしや」



 美味しそうなメニューがずらり。

 迷いますねぇ。

  

 このところ海鮮丼が続いているので、たまにはにぎりかなぁ。



 ○得、市場にぎり、十三貫で1250円。
 ゴージャスでした。

     
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再び会津の中原へ

2009-09-26 05:00:00 | Touring
 時象が混乱しているような気がしてきましたが、これは五連休の四日目です。

 只見の街を通り抜け、次に向かったのは此処。



 沼沢湖というカルデラ湖です。

 ダム湖が多い奥会津では稀少ですね。



 椎名誠の写真館やら、妖精美術館があります。

 やっぱり紅葉の季節になってからかな。

 中にウォーターハザードがあるトンネルを潜り抜け再び、252号線。

 ずっと只見川に沿って走るのですが、川というよりもずっとダム湖沿いなんです。

 ウィキペディアによると、奥只見ダム、大鳥ダム、田子倉ダム、只見ダム、滝ダム、本名ダム、上田ダム、宮下ダム、柳津ダム、片門ダムと、ほとんど川の流れ部分が見えない不思議な川です。

 それでも景色は綺麗ですよ。

 その中の柳津ダム沿いに広がる柳津の街、道の駅に美術館があります。



 地元出身の斎藤清画伯の美術館ですね。やないづ町立。



 優しい会津の雪景色の版画に癒されます。

 額入りの複製画を一枚ゲット。



 そして昼飯、安易に道の駅の蕎麦屋さんです。それでも順番待ち。

     

 博士山という山の方で採れる蕎麦なのでしょうか。

     

 会津といえば高遠蕎麦の大盛り。



 十割ではないようでした。

 そしてこの道の駅から見上げる丘の上には、



 柳津虚空蔵尊



 丑寅の守り神らしいのですが、境内にあるのは牛の像ばかり。



 太宰府天満宮にも似たような牛像がありました。



 そう言えば仙台の榴ヶ岡天満宮にもありましたっけ。

 でも写真は全て柳津の牛。



 おまけに



 丑年の方は特にお参りを。



 本殿内にも素晴らしい丑や寅の絵がたくさん奉納されていますが、撮影禁止。

 プチ清水の舞台もあります。



 もっとゆっくり観て回りたい立派な神社でした。

 そして今回の旅のハイライト。

 喜多方市山都にある橋なんです。

 まさにちょうど只見川が阿賀野川に合流するちょっと上流、一の戸川が只見川と反対側から合流します。

 何度かそばを通ったけど、いつでも来られると思って、じっくり見たことがない、どちらかと言えば鉄ちゃん向けのポイント。



 磐越西線の一の戸川鉄橋

 美しい橋なんです。



 明治43年に架けられた橋ですよ。もちろん単線。



 今でも現役

 なんでこの高さにしなければならなかったのだろう。
 勾配をきつくしないためかな。



 見物客が数人いました。



 聞いてみると10分後に列車通過予定、またまた強運です。

 ファーーーーーん



 来ました来ました。



 何の変哲もない二両編成のディーゼル車。しかもとってつけたような配色。生活路線なんです。

 休日は朝と夕方にばんえつ号、SLが通過するんです。

 SLを撮影するにはこの近くに宿泊する必要があります。喜多方に一度逗留してみたいですね。

 そして会津坂下(ばんげと読みます)ICから磐越道へ。



 磐梯山に別れを告げます。



 郡山JCTから東北道、案の定眠くなります。
 上杉景勝も眠くなった時はこれですよね。

     



 吾妻PAでこれを飲んで目覚めたんですが、あまり胃には良くなさそうですね。

 PAのコンビニで見つけたもの。

     

 売れそうですね。

 メガシャキで仙台に戻ってきたのでした。

   

 三日で806km、ほとんど渋滞もなく充実したツーリングでした。


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少しだけ越後

2009-09-25 07:38:55 | Touring
 檜枝岐から奥只見湖へ入る途中で県境を越えたため、新潟に来ています。

 旅の時はいつもそうなんですが、朝食がビッグなので、なかなか腹が減りません。

 関越道や国道17号線を横切り小出の街に入ります。
 特に下調べもしておらず、2時過ぎになんとなく飛び込んだのが此処



 その時間でも駐車場がいっぱいだったのが決め手、ラーメンの土佐屋。

 背脂ラーメンが有名なお店らしいのですが、私には毒。
 ただの塩ラーメン600円です。
 醤油、味噌、塩がそろっていて、背脂は+80円。



 それでも結構こってり系。

 次回、いつになるかわかりませんが、腹をすかせた状態で、背脂系をいって見たいものです。

     

 その後、あの場所へ向かいました。



 旧山古志村です。



 入って見るとわかるのですが、それほど急峻な山谷があるわけでも無くごく普通の山村、2004年の10月、そこをまず台風が襲い、三日後のあの中越地震、村内は135ヶ所で土砂崩れが発生し全てのインフラが失われたのです。



 村の中心の谷が周辺から崩れ落ちた土砂で埋まり、あの震災ダムに家々が沈んでいったのでした。



 今でも土砂に埋まった家々が当時のまま残されています。



 完全復旧は恐らく困難、ダムも残しそれなりに安定する地形を保持し、その上に新しい道路と橋を造ったようでした。



 悲しい風景です。

 被災した皆さんのものと思われる新しい住宅が下の写真の奥のほうに並んでいます。



 災害と正面から向かい合って、頑張っているようでした。

     

 この後旧守門村へ。すもんむら。

 守門村は今では魚沼市、山古志村は長岡市の一部になっています。



 新潟の地方を車で走られた方は気づかれると思うのですが、とにかく家が大きいですよね。

 関東や東北地方とはスケールが違います。

 この古民家も、民家と呼んで良いのでしょうか、庄屋かな。豪農の家ですね、目黒邸。



 寛政9年、1797年に建てられたそうです。

             

 まさに豪壮、越後ではかなり周辺部かと思われる地域ですが、豊かな場所だったのですね。



 こんな豪邸がいくつか残されているようでした。

 そして宿へ。(これだけ写真を宿のHPからいただき)



 温泉ではありませんが、家族で切り盛りするお宿。

 スキー場まで歩いていける事もあり、合宿や、リピーターも多いそうでした。

 無線LANもありました。



 夕飯、豪華です。



 一皿不思議なおかず。



 野菜の千切りみたいなんですが、聞いてみると、なますうり。食感が良い感じ。

 帰宅して調べてみると、千切りではなく、自然にほぐれてこの形になるのだとか、不思議な植物があるものです。

 果実というのは動物に持ち運ばれてなんぼ。食べやすいように進化したということなのでしょうか。

 民宿だし、これでも十分、地酒をいただいて、後はコシヒカリを食べるだけと思っていたら、

 グラタンは出るは、

 蟹団子のあんかけは来るは、



 米櫃までたどり着けませんでした。とほほ。

 子供連れが多い宿で、しばらく賑やかでしたが、それも静まりこの夜は熟睡。

 朝飯です。

     

 やっとコシヒカリにありつけました。

 出発。

 早速近所にある酒蔵へ。



 玉川酒造、越後ゆきくら館、夏でも雪をキープ、その下でお酒を熟成させているのでした。



 この日は試飲も出来ないので、酒蔵も見学しませんでしたが、宿から歩いて来れるので、早めに到着して宿から歩いて酒蔵見学と試飲、ほろ酔いで宿へ、というのがベストスケジュールであります。

 仕込み水はいつでも飲み放題。



 前の晩にもいただいた美酒の名前は、玉風味。
 越の玉梅を買ってきました。ネーミングは今一です。

 国道252号線を東進、入広瀬でJAの売店に寄ってみましたが、まだ新米は置いてありませんでした。無念。

 JR只見線と共に山へ上がっていくと県境。



 六十里越です。

 此処を過ぎると、田子倉湖が見えてきます。



 前の日に行った奥只見湖の下流になりますね。



 田子倉ダム



 252号線が289号線と交わる只見の街周辺からは、会津のマッターホルンといわれているらしい、蒲生岳が見えます。



 そしてこの街には越後長岡とは切っても切れない人の記念館があるのでした。

     

 河井継之助、奥羽越列藩同盟の一翼を担った長岡藩家老は、山縣有朋軍と一進一退の攻防を繰り返し、敗れて会津に逃れる際、八十里越えを果たした後、此処で没したのでした。



 当時日本に3台しかなかったガトリング砲のうち、2台は長岡藩が所有し、長岡城の攻防では継之助が自ら、薩摩軍に発砲したそうです。



 旅はまだまだ続きます。


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恵まれすぎた会津、そして奥只見

2009-09-24 06:30:00 | Touring
 連休二日目は、白河から会津に入り、南会津を走り回ったあと、国道352号線沼田街道で一旦檜枝岐のちょっと手前まで登り、見通で左折。



 名前が不明の大規模林道、実に走りやすい良い道です。

 檜枝岐側から登って、小繋トンネルをくぐると下り、会津の山々を眺めながら降りていきます。



 人里に入ると、そこがこの日の目的地、木賊温泉、とくさと読みます。シダの一種なんですね。



 渓流釣りで有名な場所のようで、予約の電話をしたときも、到着した時も何度も釣りですか?と聞かれます。

 ご夫婦とお婆ちゃんで切り盛りしている小さな民宿
 しかも旦那さんの本業は、バスの運転手さん。この宿にバスで来ると、運転手さんがこの宿のオーナーなんです。 

 温泉は無色無臭です。

     

 別棟にある岩風呂は湯船がひとつ、部屋ごとに呼ばれて順番に使います。
 立ち寄り湯はやっていないので、宿泊客専用。



 夕食はイワナとキノコ、山菜尽くし。

 酒は花泉の辛口。(写ってないけど)



 夫婦で山から採って来る山菜とキノコは、保存されて一年中供されます。



 ドタキャンと言うか、予約した日を一日勘違いしていたお客さんが一組いたおかげで、岩魚刺しと、天然舞茸の天麩羅がダブルになりました。強運日です。



 固めの豆腐もうんまい。

 最後に舞茸御飯も食べ放題って、そんなに喰えないよん。



 もう一度風呂に入って、腹ごなしに表に出たら、満点の星。
 実に久しぶり。

 都会の子にはプラネタリウムのような無数の光。自分の小ささを感じさせられました。

 この日はとても寒い夜で、まだ暖房がない部屋ではあまり熟睡できず、早朝散歩です。



 釣りファンが集まるらしい西根川河畔に天然岩風呂があるのでした。
 一般客は200円だけど、宿泊客は無料。



 あまりにも寒いので、岩風呂はパスし、宿のお風呂に浸かりました。
 宿のお風呂は無臭で加熱なんですが、ここの露天はもっと硫黄臭がしました。

 朝食。



 この中で美味しかったのが、赤いキノコ。



 マスタケ、鱒茸と言うそうです。

 御飯おかわり、満腹、満腹。
 舞茸御飯もありますよう、と言われても、もう降参。

 御握りにしてもらえばよかったかな。

 再び大規模林道で、檜枝岐方面へ。



 ジムニーでも高速道路並みのスピードで駆け上れます。

     

 七竈でしょうか、ところどころで紅葉が始まっています。

 いよいよ尾瀬方面へ



 檜枝岐から御池の尾瀬沼山峠口までは、此処だけ別世界のような大観光地の趣。



 尾瀬に入る人は、ここいらに駐車してシャトルバスで登山です。

 私はそんな人たちを横目にバイク族と共に峠道へ。



 このすぐ先が、恐らく352号線でも一番標高が高い場所のはず。
 何か峠の標識を期待していたのですが、特になく、ちょっと行き過ぎてカーナビでチェック。



 前に東北の道路最高地点はどこか考察した記事の予想より少し高かったようでした。



 国道沿いにヘリポートがありました。

 ヘリの話題はちょっと複雑ですね。

     

 まさに樹海ライン、対向車は多いものの、別世界の走りを経験できます。



 途中で新潟への県境を越え、あっけないほど早く、日本最大の人造湖、最大の貯水量を誇る、奥只見湖の南端に到達。

 尾瀬の入口から30分ぐらい。

 かつてはこの辺りから先には二輪車は入れなかったそうです。なんでだろう。



 首都圏の水がめに流れ込むウォーターハザードが次々と出現しますが、水量はわずか。



 山腹を縫うように走る水平のセメント壁のラインは、道路です。



 水量は限りなく満水に近いように見えます。



 これなら八ッ場ダムは要らないかも。



 Let it Be好きの私にもこのタイトで連続するワインディングロードは疲れます。

 TTなら楽しいかもしれないけど、ウォーターハザードのバンプで、確実に腹か鼻をこすりますね。

 やっと銀山平へ。SW向きの場所ではあります。
 奥只見湖の西の端になります。

 此処からトンネルです。ダム建設時に掘られたトンネルが、そのまま一般道路として使われているのでした。
 ダムの北側を東へ回りこむ方向。



 トンネルはこれも何故か二輪車通行止め。

 10kmほど走ってダムサイトにいけるのですが、トンネル内部はこんな感じ。



 この道を自転車で駆け抜けたと言う、フィクションに興味がある方はこちらをどうぞ。感動もんです。
 長編なので、元気な時に気合を入れて読んでください。

 10分ほどで、ダムサイトへ。
 湖の北端にあたります。



 コンクリートの自重で水圧に対抗する、重力式ダムとしても日本最大だそうです。



 ちょっと万里の長城みたいですね。



 遊覧船に乗ってみました。



 不思議なデザインに、何故か万国旗。



 家族連れが多い観光地です。

 荒沢岳の連峰。



 ダム以外に全く建造物もないし、かもめも飛んでいないので、海老せんも売っていないし、子供たちにはさぞ退屈なクルージングでしょう。

 税金の無駄遣いだとか、自然破壊だとかは置いておいて、こんなすごい建造物を造るために下見を繰り返し、地図や地形の模型とにらめっこして設計施工する作業には、同じ技術屋としては大きなロマンを感じます。



 上は東北地方の最高峰、尾瀬の燧ケ岳。

 下は会津駒ケ岳でしょうか?



 しばらく走って思い当たったのですが、この不思議な船のデザイン、北欧のフィヨルドを優雅に走る豪華客船をイメージしているのかも。



 40分のクルージングでした。

 ところで、この奥只見湖、1977年8月に来ていたのです。

     

 大学の同級生たちと、新潟出身の奴の実家に泊まり、会津若松・日光経由で東京へ戻るツーリング。

 関越道も樹海ラインもなかったので、県境越えは17号線三国峠と49号線。

 でも奥只見ダムではダムのすぐ脇まで車で入っていますね。

     

 今はダム下に駐車して坂を上る必要があります。

 膝痛が残っていたら、これに乗る手もあるんですが。



 スロープカー、片道100円。

 1977年当時は有料だった奥只見シルバーライン(現在は只見だけにただ見)のトンネルを再び抜けて、魚沼地方へ向かったのでした。

つづく
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私のためのSW

2009-09-23 08:21:41 | Touring
 昨日は母の命日でしたが、今朝になって気付き、あわててお線香。ごめんなさい。

 連休は、会津に行くことにしました、それも若松や喜多方ではなく、南会津。
 ETC割引後初となった今年のゴルデンウィークの初日に、北へ向かって渋滞にはまった経験から、関東の人ほど遠くまで行こうとすることがわかり、同じ方向に混じらないように、逆方向に決めたのでした。それも初日ははずし、二日目に出発。最近旅行は二泊三日で十分なんです。

 和製英語のSW。南西でもないしスイッチやスイッチャーでもなく、サンドウェッジでも、サブウーファーでも、スミス&ウエッソンでもありません。ましてやスターウォーズやスポーツワゴンでもなく、シルバーウィーク。
 
 



 白石付近。

 案の定、北行きは渋滞ですが、南行きはスムースです。

 福島付近。



 天気は快晴、吾妻山もくっきり。

 馴染みの山々を味わいながら、白河インターまで一気に南下します。関東ももう目と鼻の先。

 太陽の国なる、ちょっとあやしげなネーミングの福祉施設の前を通り、国道289号線へ。
 289号線は、いわきから新潟まで列島を横断する国道。福島新潟県境は未開通です。

 最初の立ち寄り地は、



阿武隈川上流に架かる、雪割橋。

 渓谷に沿って遊歩道も整備されています。

     

 紅葉か雪の季節に来たほうが良さそうですね。



 続いて、ここは美瑛かと思わせる絶景ポイント。
 ♪らーらーーらららららーらら




 北の国からのテーマが自然と……

 座頭ころばし展望台



 どうも名前の由来がわかりませんが、展望台好きな私には実にグーな場所でした。

 おまけに



 羽鳥湖の風車も微かに見えました。

 そして開通一周年の甲子トンネルを抜けると、会津なんですね。



 阿武隈川水系から阿賀野川水系へ。

 中央分水嶺の向こう側です。

 まず昼飯。

 会津と言えば蕎麦。大きな看板があったので、釣られて行って見ました。



 下郷の農家れすとらん、蕎屋



 バイク族も来ていますね。



 大繁盛していましたが、うまく席につけました。

 京子さんのこだわり十割蕎麦



 会津の蕎麦は手ごわい印象があるので、温かい麺にすることに。



 会津地鶏けんちんそば、900円。



 意外と手強くない蕎麦、これならざる系にするべきでしたが、美味しゅうございました。

 囲炉裏で焼いているのが、しんごろう130円。



 おむすびにじゅうねん味噌を塗って串焼きにしたものだそうです。

 結構皆さん、注文していました。

 その後、下郷には日本一のそば畑があると言うことで、ジムニーでうろちょろ。



 稲田と蕎麦畑と、コスモスが満開です。



 恐らく日本一のそば畑は北海道ではないかと思うのですが、とにかく広い畑はいくつもありました。



 ただ、ここいらの蕎麦の花のピークは過ぎていて、もう実になりつつありました。



 全く看板も宣伝も見つけられなかったのですが、日本一の標識ってあるんでしょうかね。

 このあと、なるべく国道121号線を使わずに会津田島へ。



 旧南会津郡役所、1885年、明治18年の建築です。

     

 実に瀟洒。

 一度壊されかけたこともあったそうなんですが、地元の方々の努力で、昭和46年に建物のまんまスライド移動させて保存されています。

 もともとは漆喰壁だったらしいのですが、雪対策でこの造りに換えられたそうです。



 田島には、城跡もあるようですが、戦国時代、上杉家が会津にあったころ、直江兼続の弟、大国実頼が城代だった事もあるそうです。
 与六の弟の与七、天地人では小泉孝太郎の役どころですかね。

 田島には某大手金属鉱山の拠点があったのですが、小学校のころ、お父さんがそこで働いていた、岩崎博くん(出た!! 想い出の実名シリーズ!!)と言うそれはそれは聡明な転校生が、田島から祖師谷に来て、たぶん東大に入ったと想像されますが、当時ずいぶん刺激を受けたものです。



 窓ガラスもカーテンも往時のもので、ちょうど受付のお姉さんが窓拭きをしながら教えてくれましたが、手入れは大変だそうです。

 館内にこんな展示品が



 ちょっとHな内容の冊子、興味がある方は是非現地で、お手に取ってお確かめください。

 このあとは、再び国道289号線を西へ。121号線を南進するほうが目的地へ行くには早そうなんですが、とにかく関東からの車が多そうな日光街道は敬遠します。



 広い黄金色の会津、稲はもう刈り取りを待つばかりですね。

 401号線にぶつかるので左折、今度は南へ進みます。そして352号線を南東方面へ



 観光客は有料になるんですが、古民家集落に入園。



 前沢曲家集落です。



 旧南会津郡役所のお姉さんも、大内宿よりずっと素朴で良いところですよと、太鼓判。

     

 実際に使用されている民家集落。五箇山白川郷と同じですね。



 水が豊富な地域です。

     

 お住まいの皆さんが綺麗に花を植えていますね。

    

 一軒だけ、中を見学できる家がありました。

     

     

 花菖蒲園もありますが、雪の季節にも来て見たいものです。



     

 こんな植物が植わっていましたが、何でしょうね。



 気になる看板がありましたが、お店はありません。



 しかしこの後、352号線を宿方面に戻ったら、川っぺりでなにやらミニイベント開催中。



 ばんでい餅。



 近在のおばちゃんおばあちゃん達が寄って集って焼いてます。



 何でばんでいなんでいと聞いてみると、ばんだいが訛ってばんでいになったとか、磐梯山のばんだいかしらと思い込んだのですが、帰宅して調べると、盤台の上で潰して叩いて作ったうるち米の餅、携行食だそうです。
 しんごろうとの違いは焼いてから味噌を塗ることですね。

 このあたりも蕎麦畑でした。



 今夜の宿に向かいます。

 つづく
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守門から会津坂下

2009-09-22 01:48:08 | インポート
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魚沼はコシヒカリの収穫の真っ盛り。

今日は只見から柳津を抜け、会津坂下から仙台に戻る予定です。

この方面、キノコがんんまいです。
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南会津から奥只見

2009-09-21 07:05:20 | インポート
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会津高原に来ています。

今日は檜枝岐から奥只見方面へ。

時間があれば山古志まで行ってみようかと思っています。
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僕ら離れ離れになるんだね

2009-09-20 05:48:02 | 懐かしの昭和
 友引の昨日突然、このブログの去年の記事「イメージの詩」と、掲示板のほうへ、あるコメントが届きました。

 「あなたは誰?」



 なんと中学三年生のときの同級生から。

 自分の名前で検索を実行して、私のブログに到達したそうなんです。

 この写真は、春の遠足で箱根の山に登った時のものなんですが、一緒に写っています。



 私が高校一年の5月に引っ越したこともあり、中学時代の友人とは疎遠になったこともありますが、恐らく卒業後、一度会ったか会わないか。

 考えてみると、自分は匿名にしておいて、友人は実名で載せるなんてひどい話。
 でもそのおかげで今回の感動的な遭遇が生まれたわけなんです。



 上の写真に彼は写っていませんが、これは修学旅行専用列車「ひので」の車内。

 9月に奈良京都への旅でした。



 最初に行った琵琶湖湖畔。

 そして雨の飛鳥寺。鬼の俎。



 修学旅行で一緒に写っているんだから、かなりの仲良しですよね。



 たぶん京都のホテル。

 悪ガキばかり。



 天龍寺かな。



 私と同じく彼も常にカメラをぶら下げていたようで、うちにある私の写真は彼に撮ってもらったものかも。




 神護寺



 そして大徳寺



 この後清水寺にも行きました。

 拓史君これで私を思い出してくれるでしょうか。

 下の写真は、卒業直前に横浜の氷川丸に行った時のもの、私が撮ったものなんでしょうね。



 次回、東京に行く楽しみが増えました。

 今度は好きだった女の子の実名入り記事を書かないと。
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BBSもあるあるよ

2009-09-19 06:39:17 | その他
 連休が始まりました。
 誰が決めたともなく、シルバーウィークと言うあだ名も定着しつつあるようですが、どうせ来年以降はこんな連休にはならないのでしょうね。

 疾風の通り径には、BBS、いわゆる掲示板もあります。

 疾風の通り径@BBS by 風写 ←クリックするとジャンプします。

 ブログは日記形式で記事が独立していますので、個々の記事にコメントをいただけるのは、どんなに古い記事でも大歓迎なんですが、個々の記事には関連しない話題や、こんな林道があるから行ってみてよとか、こんな安くて美味い酒があるとか、自分のブログはないけどちょっとだけ報告したいことがあるみたいな時に利用してください。

 画像も一回に一枚だけアップ可能です。サイズの制限も設けません。


 ↑クリックすると拡大されます。

 最低タイトルと名前(匿名で十分)イメージキーを入力し、コメントを書いて、Send your messageを押すだけ。

 是非是非ご利用ください。

 ところで、Pentax、実際にはHOYAという会社の一部なんですが、元気にまた新型デジタル一眼レフカメラを出しました。

 K-mの後継機、K-xです。
 コンパクトで高性能で、ライブビューも動画もできると言うすごいスペックなんですが、もっとすごいのが、100種類の色の組み合わせから選べるんです。(画像は無断引用)



 一時期のベネトンみたい、これってやはり若い女性や奥様向けのコンセプトなんでしょうか。

 Pentaxのサイトで、色の組み合わせを選んで遊べます。間違って購入ボタンを押さないように。

 オリーブ色のK-xが欲しくなりました。

 中学生の頃に、色が選べる万年筆があったような記憶がありますが、おんなじ乗りですね。
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歴史の目撃車

2009-09-18 06:43:50 | Car&Bike
 その日、パリジェンヌたちは皆、「象の鼻」に振り向いたそうです。



 1911年製、ルノー35CV。

 アールデコなんでしょうか、なんとも華やかなデザイン。

 こんな車が日本、それも東北地方の片隅にいま存在していることが信じられません。



 ほかにも、これでもか、これでもか。

 20世紀初期ののもうすぐアンティークになろうかと言う車たちがずらり。

     

 八戸の郊外にある、ツカハラミュージアム

 すごいコレクションがあるものです。



 歴史の目撃車、時代を駆け抜けた名車たちが展示されている博物館なんですね。

 館内にはレストア工房もあり、見学できるようです。

       

 今週の月曜日に出社したら机の上にあったパンフレットの紹介でした。

 車好きの先輩が置いていったもの。

 連休に行って来いということなんでしょうな。

 東北道北上は、ゴールデンウィークでこりごり
 今回は大穴狙いですよ。
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隠れ家、そして秘密基地

2009-09-17 07:28:44 | その他
 今朝は新月直前の細い月と明けの明星が並んで見られるはずとのことで、楽しみにしていたのですが、起きたらもう陽が上がっていました。

 で、昨日の報道

          

 おじさんの身体にいいはずのオイルなんですけど。

 たまーーにしかやらない炒め物と、餃子を焼くのに使うぐらい、やめたほうが良いでしょうか。

===

 子供の時に、秘密基地って作ったことがありますか?

 私は長く集合団地暮らしだったのですが、小学校低学年ぐらいの時に、一階のベランダの下とか、近所の空き地の笹薮の中とかに、取るに足らないものを悪友たちと集めて、基地ごっこをした記憶があります。

 なぜ基地と呼ぶのか(当時そう呼んでいたかは定かではありませんが)は、当時の少年漫画にまだまだ戦争の影響が強く残っていたかもしれません。ゼロ戦はやとなんか好きでしたから。

 そこで長く寛ぐのが目的ではなく、基地を持つことが目的だったように思います。

 この基地の存在は男の子だけの秘密で、女の子は砂場や芝生にゴザを敷いて、ままごとが定番でしたよね。


 その後、笹薮があった空き地にはゴルフ練習場が出来、基地は消滅。
 永く平和が続いて、面白くなくなった私たちが、ベランダ下から、ゴミ焼却場裏の木の上に移設した基地は、次の週にあっさりゴミ係のおじさんが整理焼却。われらの宝物は奪われてしまったのでした。

 時は流れて、雰囲気の良い飲み屋の話をブログ仲間と交わしていたときに、気づいたのですが、隠れ家のような雰囲気っていう表現が、結構使われていますね、そういえば。
 Google mapによれば、仙台でも、大人の隠れ家を売り物にしている居酒屋が少なくとも15軒ほどあるようです。
 中高年向けの雑誌でも特集があったような気もします。但したぶん男子向けだけ。

 のりピーのような立場になったら、隠れ家が欲しい気持ちは分かるような気がしますが、何で、この隠れ家と言う雰囲気が好まれるんでしょうね? 隠れ家のようなと言う形容が、無条件に良い雰囲気と言う説明になっている感じです。
 暗くてウッディなイメージ。

 現代の男子、それだけ何かから逃げたいのでしょうか。

 それとも、秘密基地と同じで、仲間だけで通う隠れ家のようなお店を持っていると言うことそのものに満足感を感じているのかな、世の男は。

 一方情報ワイド番組や、一般の雑誌等でも、好んで使われる、女性向き、とか、女性に好まれそうな、と言うわかるようで、良くわからない表現。
 お店でいうと、前面ガラス張りとか、窓が広いとか、とにかく明るくて白いイメージです。

 年をとっても、女子はオープンな場所に集うわけですね。

 一般に男子より女子のほうが、特定の仲良しグループで集まる傾向が強いように思うのですが、男子は横丁に隠れ、女子は大通りや広場沿いに集まるのが何だか不思議です。

 まぁ、私は自宅が隠れ家で秘密基地みたいなんですけど。
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小さな同乗者……何階ですか?

2009-09-16 06:54:46 | インポート
 昨日は会社の帰り、スーパーに買出しにいったら秋刀魚の下ろしたのが売られていたので、思い出したように



なめろうにしました。ちょっと味噌を入れすぎてしょっぱ。

 胡瓜を添えることにしました。

 先日高層ビルの上層階に棲息する虫たちは、エレベーターで上がってきたのかもしれないという話で、ちょっと盛り上がりましたが、三日ほど前からマンションのエレベータに小さな同乗者がいるのを発見。



 初日はドアの内側に留まっていて、ドアが開くたんびにあたふたしていましたが、翌日は奥のほうへ移動していました。

 従弟がブログにたびたびを登場させているので、私も小さな動物を見かけると、無視できず、写真を撮りたくなり、昨日は朝刊を取りに降りる時にカメラを持ち出したのでした。

  

 なんと言う虫なんでしょうね。五分の魂はありそうです。

 昨日の帰宅時にはもういませんでしたが、希望の階に降りられたのなら幸いです。

 エレベーターの監視カメラには不審な男が写真を撮っている映像が記録されていることでしょう。
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