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彫刻家のつれづれ日記2

彫刻家・田中等のつれづれ日記をお送りします

はる いろ おもい

2016-03-09 21:58:03 | 展覧会
☆今日は雨でしたので、美術館とギャラリー巡りをしました。

☆まずは宮崎県立美術館で開催中の「第42回宮崎県美術展」。

会場は撮影禁止(アマチュアの展覧会には何の意味も無い)なので、画像はありません。

感想はHP日記に記します。

☆次に、アートスペース色空へ。

私が預けている小作品をアレンジして、18日から私の個展を開催してくれることになっているので、新作を追加搬入。

☆そして、宮崎空港の3Fギャラリーで開催されている”はる いろ おもい”展へ。

これは空港ビル業務課の石尾さんの企画展で、児湯郡在住の児玉美音子さん(絵画)、武田(旧姓 杉尾)幸さん(彫刻)、堀内景子さん(書)による3人展です。

3人の関係は、児玉さん、武田さん、堀内さんの息子さんが高鍋高校美術部の先輩後輩関係であるけれど、それぞれの作家と石尾さんが別々な関係で懇意にしていて、今回、”児湯”という共通項での3人のコラボの場を設定したということのようです。

















僕たちの広場#5 そして ”川端康成の眼”展

2015-11-20 20:53:35 | 展覧会
☆今日は宮崎県立美術館へ出かけました。

とても暖かく、爽やかな気候でした。

☆まず”僕たちの広場#5”。

今のメンバーでの開催は今回が最後と言うことです。

次回からは大幅なメンバーの入れ替わりがあっての継続であり、固定したメンバーでの馴れ合い的なグループ展ではないところに、この”僕たちの広場”のスタンスがあります。

ですから出展の皆さんも、自由な実験的な作品が発表できると同時に、きわめて真剣勝負で立ち向かっているところがあって、その気持ちがとても伝わってきます。

昨年から、かなり作品世界が展開してきた作家が多く、私もわくわくしながら会場を見て廻ることができました。












☆そして、開催中の”川端康成の眼”展へ。

この展覧会は川端康成の収集した作品と、彼と親交のあった東山魁夷の作品を展示した企画展です。

私は川端康成のコレクションは、芸術新潮の2007年2月号特集記事で見ていましたし、それほど見たいという気持ちもなく会場に足を運びました。

しかし、実際に目にした川端康成の世界には、魂が完全に吸い寄せられてしまいました。

特に、”縄文土偶 女子頭部胸部”と”聖徳太子立像”は、どうしてこんなものを個人でコレクションできるのだろうかと言う驚きでした。

また、デビュー仕立ての草間彌生の作品も購入している眼力には恐れ入りました。

そして、これほどの東山魁夷の作品を見たのも初めてでした。

思っていたよりはるかに素晴らしい空間が広がっていました。

これは必見の世界です。





日岡兼三展 - 高鍋町美術館

2015-11-01 17:27:26 | 展覧会
☆今日の午後に、高鍋町美術館で開催中の「日岡兼三展」を見に行きました。

一言で、”大ショック!”でした。

私が日岡氏とよく宮崎市内で出会っていたのは、私が佐土原町に住んでいたころで、彼が蟲を描いていたころです。

彼の年表を見ると、彼が末原晴人氏に師事して本格的に絵を描き始めてからまだ間もないころです。

いつか一緒に飲もうと言いながら、彼はお酒が飲めなかったのでとうとう二人で親しく接したことの無いままに終わりました。

そして、私は1984年の暮れに高鍋町へ帰ってきましたので、それ以降の彼の作品を知りません。

その後に彼の作品を見たのは最晩年の死の直前の宮日会館での個展と、死後の宮崎県立美術館での遺作展のみです。




☆ですから、私が高鍋に帰ってから後に展開されたこの展示室の傑作群には、私は今日初めて出会ったのです。

腰が抜けてしまうほどの衝撃でした!

こんなすごい作品を作っていたんだ!








そして彼が最晩年の青の世界に入っていくのは、肺がんが発病してからだと分かりました。

彼は私たち俗人には見えない世界を感じ、見ることの出来る人だったようです。

そう親しく交流したわけでもないのに、会うといつもお互いのことが気になる私たちでした。

彼は私よりも4歳上ですが、いつも同時代を作っているという共有意識があって、それで彼が亡くなったときには戦友の死という悼みで葬儀に参加させていただきました。










間違いなく、宮崎の美術界においては最も高みにある作家だと思います。

多くの人が、日岡兼三という優れた作家に出会う機会を作ってくれた高鍋町美術館の青井学芸員の直観力に、脱帽します。



日岡兼三展

2015-10-23 18:45:50 | 展覧会
☆午後から、高鍋町美術館の屋外建造物にブロンズプレートを取り中ける作業に出かけました。

高鍋町美術館は、ちょうど明日から始まる「日岡兼三展」の展示作業中で休館中で、作業には幸いでした。

と、そこへ日岡婦人と生徒さん、そして産休中の青井学芸員が出てこられて、記念写真を撮られたので私もパチリ。

日岡氏は12年前に57歳で逝去されましたが、同世代の戦友が亡くなったという想いで、私も葬儀に参列させていただきました。

日岡婦人は私の大学後輩です。

青井学芸員の尽力で、高鍋町美術館で日岡兼三氏の回顧展が開催されるのは、実に感無量です。

彼の世界が忘却されてしまわないためにも、非常に意義のある回顧展でしょう。

是非、多くの方に見ていただきたいと思います。




☆私の作業は、石井十次の「帰国途上の所感」詩碑に、生誕150年を偲んでの銘板を取り付けるものです。



ブロンズプレートが大きいので、ひずみを防ぐための補強対策がしてあったのでしょう、裏地にたくさんの補強のでっぱりが出ています。

この出っ張りの部分は、石の面に埋め込まなければならないので、下準備が大変でした。






おまけに設置面に接して植え込みがあるので、足場が大変悪く作業は難航しました。

今日は溝を彫り込んだだけで終わりました。

作業は明日の午後までかかりそうです。







相田みつを展

2015-07-18 21:10:46 | 展覧会
☆高鍋町へ帰ってきてさっそく、今朝は今日から高鍋町美術館で開催が始まった”相田みつを展”のオープニングに出席しました。

相田みつを氏の子息で、相田みつを美術館館長の相田一人氏もオープニングに参加していただきました。






☆テープカットの後は、相田一人氏の解説による内覧会が行われました。









私は今日まで、相田みつをの書にはほとんど関心がありませんでした。

相田一人氏の言われる、いわゆる相田みつをに対しての表面的な印象による最大の誤解者でした。

その先入観を見事に裏切られる内覧会でした。

肉筆の書の筆使いを見ると、たしかに相田みつをが命を削りながら言葉を綴っていった気配がひしひしと伝わってきます。

ぜひ、私と同じように先入観念をガツンとしていただくために、相田みつをの息遣いを感じられる直筆の書を、多くの人々に見ていただきたいです。

☆相田一人氏がテープカット前の来賓挨拶で披露されていましたが、町長や館長の挨拶のあいだに、一匹の蜩が相田一人氏の肩に止まりまりました。

相田氏のすぐかたわらに居た私はその一部始終を見ていました。

実は相田みつをの詩と書の原点は、戦死した兄二人の存在があり、その思いは”ひぐらしの声”という作品に凝縮されています。

上の画像の最後の画像は、まさに”ひぐらしの声”の作品の前での一人氏の解説です。

私は、この高鍋町美術館での”相田みつを展”には、まさしく相田みつをの魂が蝉に化身してやってきたのではないかと思える出来事でした。

☆この4週間に及ぶ私の不在で、我が家の庭はこの有様。




今日は草取りの作業の予定でしたが、午睡をして涼しくなった夕刻に作業にかかったら、雨となりました。

雨は本格的になりました。

☆それで買い物に出かけると、スーパーでびっくりの出来事!

なんと高鍋町内で、タイガービールが売られているではありませんか!