お帰りなさい。
高校生の頃から、よく周囲の人から言われた。
「登山なんて苦しいだけでしょ。」
「女の子が山に登るなんて、ご家族は何も言わないの?」
私が高校でワンゲル部に入って山に登り始めた頃は、もちろん山ガールなんて言葉はなかったし、可愛いウェアも少なかった。
私たちはテニスウェアなどから可愛いものを見つけては嬉々として着ていた。
そんな時代だったから、山で会う人たちからでさえ、冒頭のようなことをよく訊かれた。
その度に明快な答えはできず、自分でも「なぜだろ?」と自問自答を繰り返してきた。
ここ数年、いろんなことがあって山から遠ざかる時期が続いた。
今年も春先に体調を崩して、ようやく歩き始めたのは先月の北八ヶ岳。
そして、今月上旬に燕岳。
相方からは日帰りピストンと言われたけれど、
「いまのワタクシにはそんな体力はございません」と申告して、ようやく燕山荘泊をご承認頂いた。
でも私は知っている。
相方が日帰りにしたかったのはトレーニングのためだけじゃなくって、テントや食糧を担ぎたくないからだということを。
さて、久しぶりの山。
中房温泉の登山口にいた皆さんの大半が出発してから、ゆっくりと歩き始める。
夏休みの週末、いまの私たちでは渋滞を引き起こすに違いない。
第2ベンチを過ぎた頃から少しずつ感覚が戻り始める。
登山口で少しお話ししたご夫婦に追いつき、言葉をかける。
「合戦小屋で一緒にスイカ食べましょうね」
苦しそうに、でも嬉しそうに微笑む奥さま。
私たちから少し遅れて合戦小屋に着いたお二人と約束通りにスイカを食べる。
「主人がこの春に定年退職して、久しぶりに登山を再開したのよ。」
嬉しそうに話される奥さまと照れくさそうな旦那さま。
いいな。
相方、私たちもあと何十年かしたら、あんな風になれるかな。
ねぇ、聞いてる?
スイカでエネルギー補給して歩き始める。
夏休みだけあって親子連れが多い。
小学生の女の子を連れたお母さんとおしゃべりした。
「私、学生のころは登山部だったのよ。主人ともそこで知り合ったの」
「あ、うちも山で知り合いました」
「今日もお二人でうらやましいわ。うちの主人は仕事でケガをしてもう登れないの。でも、子どもに山を教えたくて毎年子どもと登ってるのよ。主人はいつも登山口まで送ってくれるの」
素敵です。お父さん、お母さん。
コースタイムをだいぶオーバーして山頂に着いた。
お母さんと一緒に写真を撮った。
山頂から下りるとライチョウさん。
女の子が優しく語りかける。
「初めまして、のどかです。会えて嬉しいです。ありがとう」
素敵なお父さんとお母さんに育てられたのどかちゃんも素敵な女の子でした。
相方が以前言ったことがある。
「山では自分自身の身体と心だけが頼り。感覚が研ぎ澄まされていくような緊張感と、一方で自然の中に自分を放り出せるような開放感がたまらない」
私は相方のように厳しい場面に遭遇するような山に登っていないから完全には理解できないけれど、でも何となく相方の言いたいことはわかる。
私は、大きな自然をみんなで共有する瞬間が好きだ。
昨日まで知らなかった者同士が励ましあいながら登る。
初対面の人に下界では話さなかったようなことまでなぜか話してしまう。
みんなで壮大な夕陽に感動し、朝陽に歓声をあげる。
そんな瞬間が好きだ。
だから、私は山に登る。
自然に包まれて、素の自分に戻って優しい気持になった人たちに出会うために登る。