今年は平成最後のクリスマスか・・・
クリスマスにもあんまりいい思い出が無いな・・
脳裏に映るのは10代最後のクリスマス、京都の四条河原町
その頃、無職な僕は河原町のミカドと言う名のパチンコ屋のスマートボールに嵌っていた
その時分でも、パチンコ台は手で弾か無くて主に電動式になっていて
ましてや、もうスマートボールなんて代物はほとんどの店で消滅していたのが
何故だか京都の一等地のこの店に置かれていた
ここのパチンコ屋の前に坂本龍馬と中岡慎太郎の終焉の地の碑があり
幕末史に有名な旅籠の近江屋があった場所だ
電動式の台に座った日にゃすぐの持ち金が底をつくが
スマートボールは一発づつねらって打つので僕の様な暇な貧乏人にぴったりだった
もちろんこの球も換金が出来て射幸性を煽っていた
10代最後の年の瀬、来年20歳を迎える無職な青年が自分の置かれた立場も忘れて足繁く通った
河原町に行くとパチンコの合間?気分転換に町を徘徊した
だいたいが歩いて行けるところ
清水寺に八坂神社、花見小路
木屋町や花街の祇園なんかは僕とは別世界の町だった
スマートボールで少し儲かると新京極のうどん屋に走った
今でも京都の古いうどん屋に入ってコシの無いふにゃふにゃのうどんに甘いお稲荷さんを食べると
(これじゃ!これが京都のうどんじゃ)
とか思う
いったい何の話やったっけ?
そうそう
クリスマス
その日は確かクリスマスだった
ピューピューと北風が河原町に吹き付ける冷たい晩
街にはジングルベルとその頃流行っていたモンタ&ブラザーズの‘ダンシングオールナイト,が流れていた♪
その日はパチンコで頭がヒートアップしてとうとう帰りの電車賃160円の最後の100円玉まで投入してしまって
手持ちの金が60円になってしまった
(しもうた60円しかのうなってしもうた・・)
街がクリスマスで浮かれている晩に
まぬけな青年は60円を握って街を夢遊病者のようにさ迷った
(あかん、どうやって大阪まで帰ろう)
四条大橋から暗い鴨川をのぞき込んで考えた
ふと、左手を見ると木屋町の入り口に交番があった
「おまわりさん、100円貸してもらえんでしょうか?」
「しゃー無いな~やるわ!」
「いや!そんなわけに行きませんから」
「ほんなら借用書書いて」
・・・と言うわけで
100円借りて家に帰った
今でも京都に行ってそこの交番の前を通ると・・
(昔、100円貸して貰ったとこやな・・)
と懐かしい思い出に浸っている
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