蚊帳青う寝覚よき夜の稿つげり
蚊帳越しにまともに月が青葉のむかうから
蚊帳に机も入れてわたくし一人の仕事がある
蚊帳へまともな月かげも誰か来さうな
蚊帳をふきまくる風の暮れると観てゐる
雨晴(はれ)や蚊屋のうちなる朝たばこ
(江戸屋敷)
馬迄も萌黄(もえぎ)の蚊屋に寝たりけり
おそ起(おき)や蚊屋から呼(よば)るとうふ売(うり)
手をすりて蚊屋の小すみを借りにけり
梟(ふくろふ)よ蚊屋なき家と沙汰(さた)するな
蚊屋つりて喰(くひ)に出る也夕茶漬(ゆふちやづけ)
翌(あす)も翌(あす)も同じ夕(ゆふべ)か独(ひとり)蚊屋
田の人よ御免候らへ晝寝蚊屋
草の戸によき蚊帳たるゝ法師かな
戸を明(あけ)て蚊帳に蓮(はちす)のあるじ哉
やすき身を先(まづ)知れ蚊帳の出入より
夕顔や早く蚊帳つる京の家
㒵(かほ)白き子のうれしさよまくら蚊帳
蚊屋つりて翠微(すいび)作らん家の内
蚊屋の内に朧月夜の内侍(ないし)かな
蚊屋の内にほたる放してアヽ楽や
蚊屋を出て内に居ぬ身の夜は明(あけ)ぬ
蚊屋を出て奈良を立けり夏木立
蚊屋を出(いで)て奈良を立ちゆく若ば哉
このみちいくねんの栃若葉
すくすく伸びてはからまつ若葉
たちよればしづくする若葉
どうにもならない矛盾をだいてゆく若葉
バスのとまつたところが刑務所の若葉
はるかに墓が見える椎の若葉も
雨がふる大阪城の若葉かな
いくにちぶりのプラタナスすつかり若葉(名古屋へまた)
梅若葉柿若葉そして何若葉
影もはつきりと若葉
風はうつろの、おちつけない若葉も
この木もあの木もうつくしい若葉
かげは楠の若葉で寝ころぶ
桑の若葉のその中の家と墓と
椎の若葉のもりあがる空は雲なし
椎の若葉もおもひでのボールをとばす
すずしく風は萩の若葉をそよがせてそして
梛(なぎ)の若葉のむかうからのぞいて朝日
楢の葉の若葉の雨となつてゐる
柿の若葉が、食べるものがなくなつた
柿の若葉が見えるところで寝ころぶ
柿の若葉に雲のない昼月を添へて
柿の若葉のかがやく空を死なずにゐる
影は若葉で柿の若葉で(十二日の月)
寝床から柿の若葉のかゞやく空を(病臥雑詠)
窓へのぞいて柿の若葉よ
犬がいたづらに吠えて大樟の若葉かげ
死なばよき水とろとして若葉濃き影を
兵隊おごそかに過ぎゆきて若葉影あり
列なして読む児等に若葉影濃けれ(図書館にて)
柿若葉その家をたづねあてた(樹明居)
柿若葉、あれはきつつきのめをと
柿若葉、もう血痰ではなくなつた
今日のよき日の柿若葉なり
裁判所の桜若葉がうつくしくて
どしやぶりの桜若葉のそよぎやう
窓若葉雨待てる雲遙かゆく
八ツ手若葉のひつそりとして
青葉若葉大いなる石垣に日の照りつく
青葉若葉のひとりです
刑務所の高い塀から青葉若葉
この家があつてあの家がなくなつてふる郷は青葉若葉
豆腐屋のラツパも寄らない青葉若葉
曲つて曲る青葉若葉(小郡から大田へ)
関ヶ原は青葉若葉がせまるとトンネル
みんなに話しかける青葉若葉のひかり
水はおのづから里へわたしも若葉ふみわけて
ゆれてゐるかげは何の若葉をふむ
なんと若葉のあざやかな、もう郵便がくる日かげ
やつと霽れて若葉あざやかなかたつむり
監獄署見あぐれば若葉匂ふなり
むくむく盛りあがる若葉匂ふなり