街はあかりをなくしたおぼろ夜となつた
月をかすめて飛行機はとをざかるおぼろ
なんとわるいみちのおぼろ月
雨ふりそゝぐ窓がらすのおぼろおぼろに
腹いつぱいよばれてかへるみちはおぼろ夜
(風早難波村、茶来を尋ね訪ひ侍りけるに、已に十五年迹に
死にきとや。後住西明寺に宿り乞に不許。前路三百里、
只かれをちからに来つるなれば、たよるべきよすかもなく、
野もせ庭もせにたどりて)
朧(おぼろ)々ふめば水也まよひ道
白魚(しらうを)のどつと生(うま)るゝおぼろ哉
恨有(うらみある)門(かど)も過けりおぼろ月
おぼろ月大河をのぼる御舟(みふね)かな
女俱して内裏拝まんおぼろ月
薬盗む女やは有(ある)おぼろ月
草臥(くたびれ)て物買ふ宿やおぼろ月
手枕(たまくら)に身を愛す也おぼろ月
壬生寺の猿うらみ啼けおぼろ月
よき人を宿す小家やおぼろ月
石山や志賀登らるゝ朧月
朧月蛙(かはづ)に濁る水や空
蚊屋の内に朧月夜の内侍(ないし)かな
奇楠(きやら)臭き人の仮寐や朧月
さしぬきを足でぬぐ夜や朧月
足もとの秋の朧や萩の花
うすぎぬに君が朧や峨眉(がび)の月
朧夜や人彳(たたずめ)るなしの園
辛崎の朧いくつぞ与謝の海
花曇朧につゞく夕かな
ふく汁やおのれ等が夜は朧なる
(湖水の眺望)
辛崎(からさき)の松は花より朧にて
三か月や地は朧なる蕎麦畠
三日月に地はおぼろ也蕎麦の花
猫の戀やむとき閨(ねや)の朧月
花の顔に晴(はれ)うてしてや朧月
かすんでかさなつて山がふるさと
かすんでけぶつて山の街にも日の丸へんぽん
かすんでとほく爆音のうつりゆくを
伊勢は志摩はかすんで遠く近く白波
死ぬよりほかない山がかすんでゐる
ずつとかすんで送電塔
爆音はとほくかすんで飛行機
ふるさとは山がかすんでかさなつて
霞のあなたで樹を伐る音をさせてゐる
霞の中を友の方へいそぐ
うらうらお城も霞の中
捨榾を這ふ霞や山居梅雨晴れて
丘を曲れば花菜風霞む海見えて
心やゝにおちつけば遠山霞かな
ふと塔があらはれてくる朝霞
鰯(いわし)焼(やく)片山畠(はた)や薄(うす)がすみ
(軽井沢春色)
笠でするさらばさらばや薄がすみ
(雨、艸枕せんと人々留別)
いつ逢ん身はしらぬひの遠がすみ
(八反地村、兎文に泊る。)
門前や何万石の遠がすみ
茶を呑めと鳴子引(ひく)也朝がすみ
ふと塔があらはれてくる朝霞
よい程の道のしめりや朝霞
横乗(よこのり)の馬のつゞくや夕がすみ
古郷や蚊やり蚊やりのよこがすみ
(栢日葊は此道に入始てよりのちなみにして、交り他に
ことなれり。一茶は三月の末、いまだ踏のこしたる
甲斐がねや、三越ぢの荒磯も見まくほしく、逆枕旅立ば、
主は竹の花迄見おくり給ひぬ。)
今さらに別(わかれ)ともなし春がすみ
彼(かの)桃が流れ来(こ)よ来よ春がすみ
(明亥)
京見えて臑(すね)をもむ也春がすみ
春がすみ鍬とらぬ身のもつたいな
古郷や朝茶なる子も春がすみ
とくかすめとくとくかすめ放(はな)ち鳥
古郷(ふるさと)はかすんで雪の降りにけり
我里はどうかすんでもいびつ也
いたぶりし今の乞食よつゝかすむ
ジヤジヤ馬のつくねんとしてかすむ也
送電塔が山から山へかすむ山
かすむ日の咄(はなし)するやらのべの馬
(天上)
かすむ日やさぞ天人(てんにん)の御退屈
かすむ日やしんかんとして大座敷
かすむ日や夕山かげの飴(あめ)の笛
かすむやら目が霞(かすむ)やらことしから
誰それとしれてかすむや門の原
(上野)
白壁のそしられつゝもかすみけり
すりこ木の音に始るかすみ哉
西山やおのれがのるはどのかすみ
むく起(おき)の鼻の先よりかすみ哉
夕風呂のだぶりだぶりとかすみ哉