夕燕我には翌(あす)のあてはなき
夕露やいつもの所に灯(ひ)のみゆる
夕日影町一ぱいのとんぼ哉
夕不二(ゆふふじ)に尻を並べてなく蛙(かはづ)
夕紅葉(ゆふもみぢ)芋田楽(いもでんがく)の冷たさよ
夕やけや唐紅(からくれなゐ)の初氷
夕月に尻つんむけて小田の鴈
(月 出)
夕月のけばけばしさを秋の風
夕月の正面におく蚊やり哉
夕月の友となりぬる蚊やり哉
夕月やうにかせがせて茶碗(ちやわん)酒
夕月や大肌(おほはだ)ぬいでかたつむり
夕月や涼(すずみ)がてらの墓参(まゐり)
ゆうぜんとして山を見る蛙(かはづ)哉
夕空や蚊が鳴(なき)出してうつくしき
夕立が始る海のはづれ哉
夕立のすんでにぎはふ野町(のまち)哉
夕立のとりおとしたる出村(でむら)哉
夕立やけろりと立し女郎花
夕東風(ゆふこち)に臼の濡(ぬれ)色吹(ふか)れけり
夕東風(ゆふこち)に吹(ふか)れ下るや女坂
夕桜(ゆふざくら)家ある人はとくかへる
夕ざくらけふも昔に成(なり)にけり
夕汐や艸葉の末の赤蜻蛉(あかとんぼ)
夕汐や塵(ちり)にすがりてきりぎりす
湯入衆(ゆいりしゆ)の頭かぞへる小てふ哉
夕㒵の花で洟かむ娘かな
夕風や社(やしろ)の氷柱(つらら)灯のうつる
夕暮や蚊が啼出してうつくしき
夕暮や蛍にしめる薄畳(うすだたみ)
山焼の明りに下る夜舟哉
山やくや眉にはらはら夜の雨
山焼くや夜はうつくしきしなの川
山々ややつと春めき直(すぐ)暮る
闇夜(やみのよ)のはつ雪らしやボンの凹(くぼ)
やれ打(うつ)な蝿が手をすり足をする
山畠やこやしのたしにちる桜
山水(やまみづ)に米を搗かせて昼寝哉
山道の案内顔や虻(あぶ)がとぶ
山見ても海見ても秋の夕(ゆふべ)哉
山盛(やまもり)の花の吹雪や犬の椀
山里は汁の中迄(まで)名月ぞ
山寺は碁の秋里は麦の秋
山寺や雪隠(せつちん)も雉の啼所(なきどころ)
山寺や雪の底なる鐘の声
山の湯やだぶりだぶりと日の長き
藪陰(やぶかげ)やたつた一人の田植唄(うた)
藪陰(やぶかげ)をてうちん通る夜寒哉
藪尻(やぶじり)の賽銭(さいせん)箱や春の雨
藪むらや貧乏馴(なれ)て夕すゞみ
山雰(やまぎり)の足にからまる日暮哉
山雰(やまぎり)のさつさと抜(ぬけ)る座敷哉
(蛙たゝかひ見にまかる、四月廿日也けり。)
痩蛙(やせがへる)まけるな一茶是(これ)に有(あり)
柳からもゝんぐわとて出る子哉
やぶ入(いり)のかくしかねたる白髪哉
藪入(やぶいり)や泪(なみだ)先立(さきだつ)人の親
藪入(やぶいり)や墓の松風うしろ吹(ふく)
焼筆で飯を食(くひ)つゝ冬篭(ふゆごもり)
焼穴(やけあな)の日に日にふえる紙子(かみこ)かな
(柏原大火事、土蔵住居して)
やけ土のほかりほかりや蚤さわぐ
(御徒町を通る。爰は三月四日の火にかゝりて、いまだ
むなしき地のみ多く、艸花の所得㒵にひらく。)
焼柱(やけばしら)転(ころ)げたなりに秋の風
鵙(もず)の声かんにん袋破れたか
(耕ずして喰、織ずして着る体たらく、今迄罰のあたらぬも
ふしぎなり)
もたいなや昼寝して聞(きく)田うゑ唄
餅つきに女だてらの股火(またび)哉
餅の出る槌(つち)がほしさよ年の暮
門前(もんぜん)や子どもの作る雪げ川
(かゞみ開きの餅祝して居ゑたるが、いまだけぶりの立けるを)
―三男石太郎を悼みし句―
最(も)う一度せめて目を明け雑煮膳
木母寺(もくぼじ)の鉦(かね)の真似してなく水鶏
木母寺(もくぼじ)の雪隠(せつちん)からも千鳥哉
木母寺(もくぼじ)の花を敷寝(しきね)の蛙(かはづ)哉
(から風の吹けばとぶ屑家はくづ屋のあるべきやうに、
門松立てず煤はかず、雪の山路の曲り形りに、
ことしの春もあなた任せになんむかへける。)
目出度(めでた)さもちう位(くらゐ)也おらが春
名月や寝ながらをがむ体(てい)たらく
名月や仏のやうに膝をくみ
名月をとつてくれろと泣子(なくこ)哉
飯(めし)の湯のうれしくなるやちるみぞれ
飯櫃(めしびつ)の螢追ひ出す夜舟哉