(鑑真和尚来朝の時、船中七十餘度の難をしのぎたまひ
御目のうち塩風吹入て、終に御目盲させ給ふ尊像を拝して)
若葉して御目の雫ぬぐはばや
我が宿は蚊の小さきを馳走かな
わが宿は四角な影を窓の月
(朝顔寝言)
笑ふべし泣くべしわが朝顔の凋む時
(上 巳)
龍宮も今日の潮路や土用干
(深川三股のほとりに草庵を侘びて、空しき樽をかこち、
枕によりては薄きふすまを愁ふ)
艪の声波を打って腸(はらわた)凍る夜や涙
炉開きや左官老い行く鬢の霜
(納 涼)
酔うて寝ん撫子咲ける石の上
(燧が城)
義仲の寝覚めの山か月悲し
(上野の花見にまかり侍りしに、傍らの松陰を頼みて)
四つ五器のそろはぬ花見心哉
(十五夜)
米(よね)くるる友を今宵の月の客
(人に米をもらうて)
世の中は稲刈るころか草の庵
(乙州が首途に)
行く秋のなほ頼もしや青蜜柑
行く秋や身に引きまとふ三布蒲団(みのぶとん)
(甲斐の山中に立ち寄りて)
行く駒の麦に慰むやどりかな
行く春や鳥啼き魚の目は泪
夕顔に見とるるや身もうかりひよん
(南都にまかりしに、大仏殿造営の遥けき事を思ひて)
雪悲しいつ大仏の瓦葺き
(富家ハ肌肉ヲ喰らヒ丈夫ハ菜根ヲ喫ス 予は乏し)
雪の朝独り干鮭を噛み得タリ
雪間より薄紫の芽独活(めうど)哉
(無常迅速)
頓(やが)て死ぬけしきは見えず蟬の聲
(大津に出る道、山路をこえて)
山路来て何やらゆかし菫草
山吹や笠に挿すべき枝の形
闇の夜や巣をまどはして鳴く鵆
病(や)む雁(かり)のかた田におりて旅ね哉
名月の花かと見えて綿畠
名月や池をめぐりて夜もすがら
名月や座にうつくしき顔もなし
(貰うて喰ひ、乞うて喰ひ、やをら飢ゑも死なず、年の暮れければ)
めでたき人の数にも入らむ老の暮れ
(江戸を出で侍りしに、人々送りけるに申し侍りし)
麦の穂を便りにつかむ別れかな
(凡兆来ル。堅田本福寺訪テ其(夜)泊。凡兆京に帰ル)
麦の穂や涙に染めて啼く雲雀
葎さへ若葉はやさし破れ家
(トウ山、今日や故郷へ帰るを見送らんと、杖を曳きて
よろぼひ出でたるに、秋の名残りもともに惜しまれて)
武蔵野やさはるものなき君が傘
(野水が旅行を見送りて)
見送りのうしろや寂し秋の風
三日月に地は朧なり蕎麦の花
水寒く寝入りかねたる鴎かな
見所のあれや野分の後の菊
身にしみて大根からし秋の風
前髪もまだ若艸の匂ひかな
(那須余瀬、翠桃を尋ねて)
秣(まぐさ)負う人を枝折の夏野哉
待たぬのに菜売りに来たか時鳥
(晋の淵明をうらやむ)
窓形(まどなり)に昼寝の臺や簟(たかむしろ)
冬籠りまた寄りそはんこの柱
冬知らぬ宿や籾摺る音霰
古池や蛙飛びこむ水の音
(隣庵の僧宗波、旅に赴かれけるを)
古巣ただあはれなるべき隣かな
吹きおろす浅間は石の野分哉
不精さや掻き起されし春の雨
(尾張の十蔵、酔和する時は平家を謡ふ。これ我が友なり)
二人見し雪は今年も降りけるか
(宵のとし、酒のみ夜ふかして、元日寝わすれたれば)
二日にもぬかりはせじな花の春
二日酔ひものかは花のあるあひだ
(堅田にて)
病雁(びようがん)の夜寒に落ちて旅寝哉
ひよろひよろと尚露けしや女郎花
日は花に暮れてさびしやあすならう
貧山の釜霜に鳴く声寒し