つれづれなるままに弁護士(ネクスト法律事務所)

それは、普段なかなか聞けない、弁護士の本音の独り言

絶歌

2015-06-19 19:04:16 | 日記

いわずとしれた神戸連続児童殺傷事件の犯人だった元少年Aが書いた、ということで太田出版から出版されている本だ。

初版10万部。売れ行き好調で5万部の増刷が決まったという。

私は買わなかったが、さる筋から貸してもらって先週末に読んだ。「さる筋」っつっても、「ヤ」のつく方々とか「暴」のつく関係者じゃないぞ。もちろんサルでもない。

 

「絶歌」への世評の多くは批判的だ。

しかし、私は(いちおう)弁護士なので、基本的に「あらゆる言論は自由であるべき」と思っている。

「誰かに抑圧されたり、検閲されたり、封殺されたりする表現はあってはならない」と思っているし、「世に発信することに意味がない表現などない」とも思っている。

 

ただなぁ。

被害者のご遺族のお気持ちを考えると、胸が潰れそうだ。

少なくとも金を出して読む本じゃないと思う。

どうして「元少年A」が「絶歌」を「匿名・有償」で「出版」しなければならなかったのか、最後まで読んでも私には全然分からなかった。

「もう、書くことしか残されていなかった」(絶歌に書かれていた出版の「動機」らしきコトバ)というなら、このブログのように無償公開すればよかろう。いや、私は別に書くことしか残されていないわけじゃないが。

確かに「絶歌」には少年事件に取り組む我々司法関係者や教育関係者、そして、今この瞬間、「人を殺してみたい」という思いに取り憑かれてしまった人間に伝えるべき、いくつかのメッセージが書かれてはいる。

しかし、そのメッセージは、被害者のご遺族の苦痛と引き換えに世に発するほどのものではないような気もする。

 

それよりなにより、32歳になってなお、「元少年A」で事件を語り、ついでに金まで儲けようとするその姑息な姿勢を私は認めない。

「絶歌」を世に(有償で)公表するという行為が、被害者のご遺族の心を抉(えぐ)る行為だ、ということは元少年Aにも分かっているはずだ。

被害者のご遺族は「元少年A」の本名も知っている。でも被害者のご遺族は誰一人としてマスコミで「元少年A」の本名を口にすることはなかったし、今もそうだ。

そこまで自分のことを慮ってくれる被害者のご遺族に対して、彼らが抱き続けている悲しみや苦しみを(しかも「匿名」で)商品にする権利が「元少年A」にはあるのか? 「表現の自由」などと呼ぶに値しないその権利の名は?

それは、自分を慕ってくれていた被害者を殺害したこと以上に卑劣で卑怯なことではないのか?

 

あと。

「絶歌」は「第1部」と「第2部」に分かれているが、この2つを同じ人間が書いたとはちょっと信じられない。

無理に難しい表現を使おうと背伸びしているのが見え見えな自己陶酔的「第1部」は、薄っぺらな言葉が上滑りしていて、少なくとも文章表現的には稚拙で鬱陶しくて読むに堪えない(と私は思った)。

太田出版は、「すべてを元少年Aが書いた」と説明しているが、もし、ゴーストライターが関与しているとしたら、「元少年A」という「匿名野郎」の更に「黒子」だ。世に、これほど情けない、人に言えない仕事もあるまい。

匿名なら何でも口にする卑怯者。

金になれば何でもOKの出版社。

それに興味本位で群がる愚衆。

私には三位一体の暗黒娯楽ゲームにしか見えないが、どうだろう?

 

「元少年A」は印税の一部(!)を被害者のご遺族に渡す意向だという。

そんな金を被害者のご遺族が受け取ると思っているのだとしたら、医療少年院における矯正教育とはいったい何なのか、暗澹(あんたん)たる気持ちだ。